恋路の邪魔=死亡確定の知らせ


「ぐっ!?」

「ぬ……っ!?」


 舞台の上空を飛び回る俺たちの体に、それぞれ岩と水が同時にヒットする。

 どちらも掠める程度だが、帯電する水というのは触れただけで全身にビリビリと強い痛みが走り、一瞬だけ体が硬直してしまうが、向こうも大質量の岩がぶつかってバランスを崩していたおかげで、結果的にお互い隙を晒す事はなかった。


「これでお互い二ヒットずつ……後が無くなってきたな!」


 演武のルール上、攻撃を三発食らえば負けだ。木刀での打ち合いの時に食らった分を含めれば、これでお互い二発目。ここからは先に一撃を与えた方が勝ちという訳だ。

 格ゲーで例えるなら、お互いの体力がミリ残し状態。この異世界に来てから殆ど感じることのなかった、ひりつくような緊張感を味わいながら、お互いに更なる魔力を滾らせていると――――


『双方そこまで! 皆には申し訳ないがこの勝負、西園寺家当主、高時が預かるものとする!』


 拡声の魔術を使ったのか、演武場全域に響き渡るような大きな声が地上から聞こえてくる。

 突然の演武の中止に観客席からどよめきの声が上がるが、困惑しているのは俺たちも同じだ。俺と晴信は互いに顔を見合わせ、雪那と高時殿が居る賓客席へと移動した。


「演武を中止にするとは……父上、一体何があったというのです?」

「うむ……まずはこれを」


 そう言って高時殿が懐から取り出したのは防音の魔道具だ。それを起動し、賓客席にいる人間たちを包み込むように、音を外部に漏らさない結界が展開される。


「実は先ほど、大型の妖魔が群れを成してこの城下町に迫ってきているという知らせを受けた。詳しい情報は今集めているところだ」


 その言葉に防音の結界内にいた者たちが息を吞むのが分かった。祭りで大勢の人間が集まっているところに大型妖魔が数を揃えて向かってくる……それが意味するところを、この場にいる全員が悟ったからだ。

 間違いなくパニックになるし、妖魔の一体でも城下町に辿り着かせたら大惨事は免れない。

 

「……晴信様。妖魔の情報を集めてきた」


 そんな時、燐が晴信の影から飛び出してきた。どうやら先んじて情報収集してきたらしい。


「それで、妖魔の正体は分かったか?」

「……ん。敵は大太法師だいだらぼっち。数は二十九……もうそこまで迫ってきてる」


 その知らせに、俺も晴信も思わず顔を顰めた。

 なにせ大太法師というのは、単体の強さだけで言えば土蜘蛛すら遥かに凌駕する、全長四十メートルはある超巨大な人型の妖魔だからだ。それが二十九体同時に城下町に迫っているとなると、並の魔術師では物の数にならないだろう。

 土蜘蛛を遥かに上回る、巨体から繰り出されるパワーと攻撃範囲も厄介なんだが、それ以上に面倒なのはダメージを与えることだ。


(大太法師は一見すると巨人みたいな姿をしてるけど、実際に目に見える部分は魔力で形成された仮初の肉体。本体は人間並みの大きさをした核で、巨体の中に身を隠している……だったな)


 仮初の肉体は傷付けられてもすぐに治るし、適当な攻撃をどれだけ繰り返しても大太法師を倒すことは出来ない。数に任せて軍隊を送っても、纏めて踏み潰されるだけだ。

 大太法師を倒すには、一撃で分厚い肉の壁を貫き、その奥にある核を破壊できる力を持った魔術師のみ……そして今この地でそれが出来る人間は限られている。


「高時殿。ここは私に、大太法師の討伐を任せてもらえませんか?」

「な……何を言うのだ!? 華衆院家の次期当主を、そのような危険に晒すわけにはいかぬ!」

「いいえ、高時殿。まだ公表できる段階ではありませんが、元より我が華衆院家と西園寺家は、国内で燻り始めた内乱に備える為の軍事同盟を結ぶ方向で話が進んでいます。例え敵が妖魔であっても契約の範疇……契約を結ぶことと、契約内容を履行することが多少前後するだけの話です」

「であれば父上。私も國久殿と共に戦いたく思います」


 晴信はそう言って、一歩前に出る。


「自領に迫る問題を他領の者にだけ解決を委ねることが出来ないというのは勿論ですが、大型妖魔の大群がそこまで迫ってきている以上、早々に打って出なければ被害は拡大するばかり。今からでは軍を編成する時間も、民を避難させる時間もありません。そして先ほどの演武で確信しましたが、今すぐ大太法師の群れを足止めし、打ち倒せる力を持った人間は恐らく、私と國久殿の二人だけしかこの地にいません」

「晴信……お前まで……!」

「時間はありません、父上。どうか今すぐ決断していただきたい」


 高時殿は目を強く瞑って葛藤し、やがて覚悟を決めたような顔で俺たちを見据える。


「分かった……迎撃はそなたたちに任せる。避難誘導や軍の編成は任せるがいい。……だが決して無理はしてくれるなっ。軍の編成が済み次第、速やかに援軍を送る!」


 そう言い残し、高時殿は護衛や側近に指示を飛ばし、早足で立ち去っていく。その姿は病身とは思えないほど力強いものだった。


「さて、やることは決まったわけだが、問題もあるな。大太法師の核をどうやって潰す?」


 分厚い肉の壁で覆われた大太法師の核は、個体ごとに場所が違う上に、並程度の感知魔術では場所を探れない。かといって闇雲に攻撃を仕掛けても、倒しきる前に魔力切れを起こしかねないし、俺自身そこまで感知魔術が得意じゃないのだ。


「それに関しては恐らく問題ない……そうだろう? 燐」

「……ん。敵情視察のついでに、大太法師の核がある個所を感知して、印をつけておいた」

「おぉ! 仕事が早いな!」


 そういえば原作でも、燐は攻撃力が低い代わりに感知魔術に優れていて、他にも色んな便利な魔術を駆使するというキャラだったな。視認した影への瞬間移動と忍者としての身体能力を掛け合わせれば、大型妖魔の群れを相手にそんな芸当を、短時間で出来るという事か。


「……でも問題は時間。晴信様たちが今から向かっても、大太法師たちが町まで辿り着く方が早いと思う」


 その可能性は俺も高いと俺も考えている。大型妖魔の移動速度は尋常じゃないくらい速いし、今こうしている間にも大太法師は城下町を囲むように開拓されている農村を襲っているかもしれない。

 よしんば俺たちが間に合ったとしても、三十体近い大型妖魔との戦いの余波を防ぐことはまず不可能だ。


「でしたら國久様。そちらに関しては私に任せていただけませんか?」


 しかし、こちらにも切り札がある。無尽蔵の魔力を誇り、結界を張る力を持った護りの短刀である月龍を手に持った雪那だ。


「私と、この刀なら出来るはず……いいえ、必ずやってみせます……!」


 護衛が居るから多くは語らないが、短刀を握りしめながら真っ直ぐに俺の目を見る雪那には、強い覚悟と不退転の決意を感じられた。

 かつて黄龍城の片隅で俯いて過ごしていた雪那は、この五年間で本当に成長した……そのことが少しだけ寂しいが、それ以上に誇らしく、そして頼もしく見える。


「分かった。守りはお前に任せる。頼りにしてるぞ」

「はい……っ!」

「よしっ。……そんじゃあ時間もないことだし、とっとと行くとしよう!」

「うむ。燐は雪那殿下の護衛に加わってくれ。この方は同盟相手の奥方だ。いざという時は抱えて逃げろ」


 晴信は去り際に燐に対してそう命じる。西園寺家で雪那の龍印を知る人間は、転生者である晴信の他にも実はもう一人、燐が居る。これは情報戦のエキスパートである燐に、龍印の情報が漏れていないかを監視してもらう為だったんだが……その辺りの話に関しては、今は置いておこう。

 俺も連れてきた護衛の連中に、一言言っておかなきゃいけないしな。


「おうお前ら! 何も聞かずにそこの忍者と共に雪那と避難を開始しろ! 分かったな!?」

「は、ははぁっ! 承知いたしました! ささ、雪那様。どうぞこちらへ」


 俺たちのやり取りに疑問を抱いている様子だが、何も聞かずに俺の命令を忠実に守る護衛たち。

 そんな護衛たちに誘導されるがまま移動を開始する雪那たちの姿を見送った俺と晴信は、大太法師の群れが居る場所へと向かうのだった。


   =====


「……感知阻害の魔術を施した。これでどれだけ魔力を出しても、気付かれない……です」

「ありがとうございます。龍印これが知れ渡ると大変なので、助かりました」


 護衛に誘導されて移動している最中、國久と晴信のやり取りから自分のやるべきことを察して、雪那の魔力が外部から感知されないように術を施し終えた事を、他の誰にも聞こえないような小声で告げた燐に、同じく小声で礼を口にすると、雪那は背中に刻まれた龍印を介して無尽蔵の魔力を星から供給し、それを月龍へと流し込んでいく。


(……本当は、晴信殿や兵士たちの事が羨ましい)


 出来る事なら、この無尽蔵の魔力を使い、國久の隣に立って彼と共に戦い、支えたかった。

 しかし雪那は攻撃魔術に関する適性が無いし、戦いながら魔術を使うことは決して簡単ではない。魔力供給役にはなれるが、自力で戦う能力に乏しい今の雪那では、下手に國久について行けば足手纏いになってしまうという事を、これでもかと自覚している。

 何が起こるか分からないのが戦場。土蜘蛛の時は、ただ運が良かったのだ。


(だから私は、國久様と肩を並べて戦うことが出来る方たちの事が羨ましいのですね)


 折角の龍印も、これでは宝の持ち腐れだ。現に雪那は、無尽蔵の魔力を持て余している。


(それでも……私にしか出来ないことが、今ここにある)


 この月龍があれば、國久が守らなければならない、遠く離れた土地や人を守ることが出来る。

 國久は雪那を信頼してこの宝刀を託してくれた。ならばその信頼に応えられないようでは婚約者失格だ。


(國久様……私はただ守られるだけではなく、貴方の隣に立つ者として、貴方が守ろうとしているものを共に守りたいのです……!)


 魔力の充填を終えた雪那は、万感の思いと共に月龍の力を人知れず解き放つ。

 無尽蔵の魔力を結界に変えた短刀の力は、大地を通じて超広範囲にまで及び、城下町だけでなくその周辺の農村全てを取り囲むように、月光のような輝きを放つ障壁を展開して、今まさに農民を踏み潰そうとしていた大太法師たちの足を遮るのだった。


   =====

 

 大太法師たちの姿が見える地点まで移動した俺たち。そこには巨大な妖魔に蹂躙されてしまった農村の光景などなく、天まで届きそうな高さをした光の壁に行く手を遮られた大太法師たちが、力一杯結界を殴り続ける姿だった。


「……大したものだ。原作でも龍印と掛け合わせればチートのような力を発揮していたが、実際にこうして見てみると、これほどまでに防衛に役立つ能力もあるまい」


 全体的に黒ずんだ肉塊を無理矢理人の形にしたような外見の大太法師は、山すら崩せるという巨体に見合った怪力の持ち主だが、魔力量に応じて強度と範囲が増す月龍の結界は、龍印という力を得ることで破壊不可能な無敵の防壁となっている。

 これならば、これ以上の侵攻を許すことはなさそうだ。まぁあんな化け物一体でも逃がせば大事なので、この場で早めに仕留めなきゃなんだけど、それでも幾らか余裕が出来た。


「それで、この状況をどう見る? 少なくとも、大太法師が群れを作って行動するなんて、前例はおろか原作にも存在しない話なんだけど」


 こんなとんでもない化け物が一体でも現れた時点でも脅威そのものなのに、それが群れを成して行動をしてくるなら、今頃西園寺領はおろか、大和帝国まで滅ぼされているだろう。

 原作でも大太法師一体を倒すのに主人公たちは超苦労してたくらいだ。もしも原作シナリオの過去話に、大太法師の群れが領地を襲ったなんて設定があれば、少なくとも西園寺晴信というキャラは登場していない。


「元々、大太法師は群れを作る習性がない妖魔だ。そんな通常ではありえない行動をとっているのだとしたら、その原因は一つしかないだろう」

「……ラスボスか」


【ドキ恋】のラスボスは、妖魔の王を自称するだけあって、他の妖魔を従える力を持っている。

 原作とは全く違う生き方をして、大規模な連合を組もうとしている俺たちを警戒しての事か……確かなことは言えないが、この異常事態を引き起こした存在として、一番可能性が高そうな奴ではある。


「だが今はそんなことはどうでもいいと思わないか?」

「……それはどういうことだ?」


 そうとも……そんな陰謀論めいた話なんてどうでもいい。一番の問題はそこじゃないのだ。


「だって考えてみろよ。こっちはただ惚れた女をものにしたくて頑張ってるだけだっていうのに、それを邪魔するかのように面倒ごとを吹っかけて来るなんて、腹が立つだろ?」


 あの性懲りもなく結界を叩いている馬鹿どものせいで、俺は雪那とのデートを邪魔されてしまったし、晴信は燐と結婚する為の実績作りを邪魔されようとしている。こんなことは神や仏であっても許されない大罪だ。

 

「俺たちの恋路の邪魔をしやがったんだ。そんな奴らはただで帰れるなんてありえないってことを、命を以て分からせるべき……そうだろ?」

「……くくくっ。はははははははっ! 全く以ってその通りだ! そう思うと、怒りを通り越して笑えてくる! お前という男は、物事の本質を捉えるのが実に上手いな!」

「だろ? 俺はこれまでも恋路の邪魔をしてきた奴を悉く分からせてきたからな。この手の事には一家言あるんだよ」

  

 強大な妖魔たちに立ち向かおうとしている前なのに、俺たちは緊張した様子もなく笑い合えている。

 しかし笑いとは本来威嚇の行動。この笑いの大きさが、そのまま恋路の邪魔をされた俺たちの怒りを表しているのだ。


「ならば、そうだな……俺も遠慮なく恋路の邪魔をしに来た奴らを叩きのめすとしよう」


 そう言って、晴信は片手を空にかざして、膨大な魔力を練り上げ、魔術を発動する。

 ……少し話は変わるんだが、魔術だけで水やら岩やらを一から具現化するのには、その分魔力を消費する。だから俺みたいな地属性魔術の使い手は、魔力の節約を兼ねて地面を直接操るっていう方法で戦っているんだが、水属性魔術の使い手だと近場に水が無ければ同じことが出来ない。

 だから本来、水属性の使い手が一番力を発揮できるのは海なのだが……今俺の目の前にいる男は、その常識を打ち破る。


「天を操る魔術師なんて、よく言ったもんだな……!」


 晴信は遥か上空に浮かぶ巨大な雲に直接干渉し、それを地上へとかき集めることで莫大な水を用意しているのだ。

 雲は莫大な量の水の塊。確かに快晴でもない限り、武器となる水は近場に存在している。恐らくこの男にかかれば、雲を作って雨を降らせることも雷を起こすことも自在なのだろう。そう思わせるだけの力を俺は感じ取った。


「これは俺も負けてられないな」


 この男が天を操るのだとしたら、俺は地を操る魔術師。空から激流のように降り注ぐ水を操る晴信に対抗するように、俺は地属性魔術を発動させた。


「【岩塞龍・天征】!」

「【明王身みょうおうしん須佐之男すさのお】!」 




――――――――――


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