悪役転生者たちの演武


 演武の会場というのは、地域ごとに特色が現れる。

 首都や華衆院領みたいに伝統なり外交なりが重要視される地域だと、国内外の有力者たちが落ち着いて観戦できるように、ちょっとした城のような建物の、砂利が敷き詰められた中庭で行われるんだけど、西園寺領みたいに大多数の領民の働きによって支えられている地域だと、より多くの人間に演武を楽しんでもらえるようしているらしい。

 そんな地域の特色が色濃く表れたのが、今俺たちが立っている、城下町の外れに存在する、だだっ広い円形の演武場だ。


(中から様子を見る限りだと、屋根のないドーム会場って感じだな。前世との違いがあるとすれば、広範囲にわたって地面に穴を掘って舞台や観客席を作ってるから、飛び入りで観戦してくる客も舞台を見やすいって感じか)


 少なくとも、建物という体は成していない。しかしその分、より多くの人間に祭りを楽しんでもらおうという配慮が感じられる。そんな演武場は今、話を聞きつけてやってきた数えきれないほどの客で埋め尽くされていた。


「……想像以上の集客効果だな」


 俺と晴信。自領の次期当主と土蜘蛛殺しの英雄の二人による演武が行われる話は、あっという間に城下町中に広まった。その話題性は相当の物だったらしく、演武場は満員御礼って感じだ。

 華衆院領で行われる演武はチケット制みたいなのを導入してるから観戦に来る人間に制限をかけているものの、かなりの盛り上がりを見せていた。……しかし、その制限を外し、祭りに訪れた者たちを一気に寄せ集める西園寺領の演武は、華衆院領のそれとは比較にならないほどの熱気で満たされている。


「とんでもない盛り上がりだ……こりゃあお互い、下手な試合はできないな」

「そうだろう。これだけの人数からブーイングを受けたくないと思えば、自ずと気合が入るというものだと思わないか?」


 距離と歓声で舞台のど真ん中に立つ俺たちの声が聞こえない中、試合前とは思えないくらい穏やかな会話を繰り広げる。

 前世だと一身に向けられる視線の多さに緊張してガチガチになってしまいそうだけど、お互い戦う事にも人に見られる事にも慣れているらしい。次期当主ともなれば、この程度のプレッシャーは笑って受け流すくらいにならないとやってられんしな。


「まぁ気合を入れ過ぎるのも問題なんだけどな!」

「ふっ……違いない。誤って観客を攻撃してくれるなよ? ここにいる者たちは皆、俺が守り導くべき民たちだ」

「分かってるよ」


 公開模擬戦である演武ではあるけれど、興行としての側面が強いから、幾つかの決まりごとがある。

 まず初めに武器にするのは演武用に用意された木製の物であること。相手をわざと殺めるような殺傷力が高すぎる魔術は使わないこと。観客を巻き込むようなことはしないこと……他にも色々あるが、絶対に守らないといけないのはこの三つだ。

 

(祭りの場で刃傷沙汰を起こさないっていう、せめてもの配慮って事か)


 身体強化を使えば演武の規定内の攻撃は、食らっても打撲以下で済む。蛮習染みた行事だけど、時代に合わせて色々考えられているのだ。


(……この決まりは俺としてもありがたい。わざわざ雪那にグロシーン見せなくて済むし)


 俺は演武場の各所に設けられた賓客用のスペース……その内の一つに護衛を伴って座る雪那に目を向けた。別の賓客用スペースには、同じく護衛を連れている高時殿も座っている。燐の姿は見えないが、恐らくどこかで様子を見ていることだろう。


「……お互い、負けられない状況って訳だな」  

「そうだな……結果はどうあれ、恨み合いはなしでいこう」 


 そうこう話していると、行司服に身を包んだ日龍宗の僧侶が舞台を一望できる高台に上がった。

 この僧侶は演武の勝敗を判定する審判役だ。普段は決闘の立会人や取引の仲介人をしている日龍宗だけど、演武の審判として祭りに参加することもある。


「星の龍たちも集いに集い給えと先申す。これより御照覧いれまする武士もののふたちの戦を、六根清浄祓い給え、清め給え」


 こういうちゃんとした行事の時によく耳にする試合前の祝詞を聞きながら、俺と晴信はそれぞれ木刀を構えながら魔力を滾らせる。

 たかが木製の武器だと思うけど、手に持つ武器に不思議と頼りなさは感じない。魔術師同士の戦いだと木刀なんてすぐに折れそうだけど、この木刀は魔術によって強化処理が行われているからそう簡単に折れることは無いのだ。


「かたや東は西園寺晴信 こなた西は華衆院國久。発揮揚々、両者見合って待ったなし…………いざ尋常に、勝負!」


 審判が勝負の幕を開けたコンマ数秒後、空中に突然現れた、帯電する巨大な水の掌が四つ、俺の逃げ場を防ぐような軌跡を描きながら発射された。

 これに対して俺は後ろではなく前に向かって走りながら身を屈めるようにして回避。標的を見失った水の掌は、地面を手の形に陥没させながら弾ける。

 まるで破城槌のような威力だ。その上強い電流まで纏っているし、身体強化があっても、まともに食らえばかなり痛いだろう。……そんな威力の水の掌を、晴信は事もなげに連射してきた。


(魔力で具現化した大量の水に電撃を付与したものを、極限まで圧縮して撃ち出してるってところか……!)


 俺は木刀を強く握りしめ、地面から岩の龍を生み出し、その頭に乗って晴信との間合い詰めにかかる。【岩塞龍】と呼べるほどの大きさではないが、重量を削った分、岩の龍は晴信を目掛けて高速で飛翔した。


(演武での勝敗は場外の地面に足を付けるか、相手の木刀を折るか手放させるか、三回攻撃を叩きこむかで決まるが……とりあえず、全部狙ってみるか)


 勝利条件に拘る必要はないと即断し、飛んでくる水の掌には岩を飛ばして相殺しつつ、岩の龍の顎を大きく開き、そのまま晴信に嚙みつくと同時に拘束しようとしたのだが、晴信に最小限の動きで横に回避されるが……俺は間髪入れずに追撃の魔術を発動した。


「くらいなぁ!」


 舞台上で突如発生した強力な旋風に巻き上げられた莫大な量の砂塵が砂嵐となって、晴信に目掛けて殺到する。

 風属性と地属性の簡単な合体魔術だ。大量の砂で相手の視界を潰すシンプルな魔術だが、その分視界に頼って生きる生物には効果は抜群。怯んだところを狙って一撃くれてやろうと思ったのだが……晴信が放った大量の水を纏った旋風が砂嵐をかき消し、舞い上げられた砂は濡れて力なく地面に落下した。


(なるほど……水属性使いってことか。その証拠に、水で濡れた砂が押さえつけられてるみたいに動かせない)


 水は他の五大属性と比べると破壊力が出にくい。それをあそこまでの威力が出るくらいに鍛え上げた上で他の属性と組み合わせることで威力を底上げし、尚且つ繊細なコントロールまで可能にしている。

 

(水と複合してくる属性は雷を基本にしているみたいだが、多分他の三属性との組み合わせも出来るんだろうな。水属性は威力で劣る分、操作性と他の属性との相性に優れてるし)


 はっきり言って、演武という特定のルールが定められた状況下で戦うなら、俺より晴信の方が有利だ。ただでさえ俺の魔術は高威力・広範囲に突き詰めてるし。

 だが、俺だって周りを巻き込めない状況での戦いを想定せずに修練に励んできたわけじゃない。俺なりにやりようはある。

  

(それに何となく分かってきた……晴信が天を操る魔術師と呼ばれるようになった理由が)


 そしてそれは演武の舞台で披露することはできないんだろう。全力を出せないのはお互い様って訳だ。


「何時までも様子を窺う余裕があるのか?」

「当然。そうでなきゃ悠長に構えていないからな」 


 再び帯電した水の拳を大量に生成し撃ち出してくる晴信の遠距離攻撃に対し、俺は岩の龍に乗って上空を旋回してホーミングしてくる水の拳を回避しつつ、地面から生み出した無数の岩を操作して対抗。戦況は飛んでくる水を岩で延々と相殺する、膠着状態に移行した。


(……ここだっ)


 まさにその、晴信がこちらとの手数勝負に集中したタイミングを見計らい、俺は地属性魔術を発動。晴信の足元の地面が泥のように流動し、晴信を覆い隠そうとする。

 そもそも地属性使いの俺からすれば、相手が地面に立っているというだけで短刀を首筋に突き付けている状態と同じ。後は相手の意識が地面から離れたタイミングを見計らい、確実に成功すると踏んだタイミングで拘束しに掛ったのだが――――。


「甘いっ!」


 変形した地面が岩が檻になって晴信の全身を覆い隠そうとした直前、弾丸のような凄まじい勢いで上空に向かって飛翔した晴信が、そのまま手に持つ木刀を振るって俺に斬りかかってきた。


「ぐっ!?」


 その一撃を何とか咄嗟に木刀で弾くことに成功。晴信はそのまま地面に落下する……筈だったのだが、信じられないことに晴信は地面に落ちるどころか、俺と同じ高さを浮遊し始めたのだ。

 

「飛行魔術……!? お前、それが使えるのか!?」


 しかも俺みたいな地属性魔術の応用じゃない。正真正銘、本来のやり方の飛行魔術だ。

 その習得難易度は、使い手が居なくなってしまうレベルの折り紙付き。それをただ使うだけじゃなく、戦闘に取り入れてくるとは……!


「お前と違って自分以外の者を連れて飛行することは出来ないがな。自分一人だけでなら自由に飛ぶことも、この状態で戦うことも、今の俺ならば可能だ!」


 空中を高速で駆け抜けてきた晴信は、俺に向かって木刀の連撃を叩きこんでくる。

 その一撃一撃が、不安定な空中で繰り出しているとは思えないほどの重さと鋭さだ。恐らく空中戦用に編み出した剣技なのだろう。本来剣術というのは地面に立って戦うことを前提に開発されたものだが、腕や腰の捻りを上手く扱い、熟練の剣士みたいな重く鋭い一撃を全方向から放ってきやがる。

 晴信は剣術も達者と聞いているが、まさかこれほどとは思わなかった……が、俺だって負けてはいない。


「オラァッ!」

「む……っ!」


 岩の龍の頭という狭い足場の上で、俺も負けじと木刀を振るい、全方向から斬りかかってくる晴信に対してカウンターの一撃を叩きこむ。奇しくも両者が放った木刀の一撃は、同じタイミングで互いの体に直撃した。


「中々やる……! お前の戦い方は純粋な魔術師のそれと聞いていたのだが、剣術もここまで出来るとはな……!」

「当然……俺は愛する雪那が思わず自慢したくなるような大和随一のスパダリになる男。剣術の一つや二つ極めなくてどうする?」 

「本来、その齢で剣術と魔術を同時に極めるなど出来るものではないのだがな」

「知らないのか? 雪那に対する俺の愛は、常に限界を超越する。お前だって、似たような理由で強くなったんだろ?」

「ふっ……違いないっ!」


   =====


 両者共に使っている魔術の術式は違えど、幻と呼ばれる飛行魔術を用いた空中戦を披露し、演武場の盛り上がりは最高潮に達していた。

 互いに高い技量を誇る國久と晴信の戦いはどちらが勝ってもおかしくないほどに拮抗し、観客たちは手に汗を握りながら戦況を見守っている。


(……晴信様)


 西園寺家……というよりも、晴信個人に雇われている忍者、斑鳩燐もその中の一人。隠密らしく感情を表には出さないが、内心では主君の勝利を必死に祈っていた。


(……ううん、違う。私は、好きな人が勝つところを見たいんだ)


 そんな自分の中で巻き起こる感情に、燐は胸の奥が針で刺されたような痛みを感じた。

 燐の生家である斑鳩家は、より優れた忍者を輩出するという妄執に取り憑かれ、非情な魔術実験を繰り返しては生まれてくる子供に犠牲を強いてきた、帝国を取り巻く闇の一つだ。燐と血の繋がった姉妹たちも、何人犠牲になったのか把握しきれていない。


(……本当に酷い実家だったって、今でも思う)


 そんな実家を疎ましく思うのはある意味当然のことで、燐も斑鳩家から逃げ出そうとしていたのだが、何世代にも渡る研究の集大成と呼べる力を持った燐を斑鳩家が逃がすはずもなく、燐は同じ境遇を共にし、生き残るために互いを励まし合ってきた姉妹たちを人質に取られ、服従を強要されていた。

 大義も無ければ共感も出来ない、やりたくもない汚れ仕事を姉妹たちの命欲しさに心を擦り潰しながらこなしていた暗黒の日々……それを終わらせてくれたのが、他でもない晴信である。


(……晴信様は、西園寺家の持てる力を全部使って、私の事も、姉妹たちも皆助けてくれた)


 仕事関係で出会うことになった晴信は、燐の事情を知るや否や、あらゆる手段を講じて非道な人体実験を繰り返していた斑鳩家を断罪し、犠牲者であった姉妹を全員助け出した。その時に晴信はありとあらゆる方面に頭を下げたらしく、その甲斐もあって姉妹たちは今、西園寺領で穏やかに暮らしている。

 そんな晴信に雇われ、同じ時を共有してきた燐が、主君に対して恋心を抱くのにそう時間は掛からなかった。


(……でもこんな気持ち、晴信様に知られるわけにはいかない)


 ただでさえ卑しい忍者の身分。それも法を犯して断絶された家の出だ。名門である西園寺家の嫡男と結ばれる道理などあるわけがない。

 そうでなくても、こんな子供みたいな体をした自分が、容姿・実力・地位・財力・性格の全てを兼ね備えた晴信に釣り合うはずがないと、燐は本気で考えていた。


(……晴信様にお似合いなのは、きっとああいう感じの人)


 燐はそっと、婚約者の勝利を祈っている天龍院雪那の姿を盗み見る。

 瑕疵もなく、気品に溢れ、血筋に優れている教養のある姫君。そういう女性こそが晴信に相応しいはずだ。


(……だから大丈夫。私は、忍者として晴信様の傍でお仕えできれば、それで幸せ)


 燐は心の奥底に感じる痛みを全力で無視して、与えられた役目に集中する。

 今の自分の仕事は、賓客に万が一の事が無いように、影から不審者が近づかないように監視することだ。その他にも、人が密集している城下町に妖魔が向かってこないかを見張る役目も担っている。


(……現状、この賓客席に近づいてくる奴はいない。……それに、城下町の近隣に仕掛けた監視用の魔道具に今のところ反応は――――)


 無い……そう判断しかけた、まさにこの瞬間。監視用の魔道具が遠隔で燐に妖魔の出現を知らせてくる。

 それだけなら燐も焦りはしなかっただろう。妖魔とは何時何処から現れるのか分からない存在だ。ただ妖魔の存在を感知した程度で、燐を動揺させることは出来なかった。


(……待って。おかしい……! この反応……土蜘蛛並みか、それ以上の魔力を持った大型の妖魔が十数体、一斉に城下町に向かってきている……!?)


 しかしこの情報を前にすれば、普段は冷静な燐も思わず動揺せずにはいられなかった。


  



――――――――――


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