西園寺晴信の事情


(実際に目にするのは初めてになるけど、あれが斑鳩燐を作中一の忍者として押し上げる魔術か)


 身体強化魔術があるとはいえ、小柄な体からは到底想像もできない運動能力もそうなのだが、燐という人物を語る上で外せないのが、今さっき見せた魔術だ。

 斑鳩燐は影に同化する魔術が使える。影の中に潜り込むのは勿論のこと、視認できるならその影の中に瞬間移動したりも出来る。その力を使って、燐は人間では入れないような隙間を通ることも出来るし、敵に見つかっても一瞬で姿を晦ませることが可能という訳だ。


(流石に直接攻撃として使えるわけじゃないけど、それでも隠密活動をする忍者としてはチートも良いところだ)


 しかも忍び込んだり逃げるだけじゃない。ひったくり犯を捕まえた時みたいな奇襲も簡単にできるし、夜戦になればそこはもう燐の独壇場で、夜に限れば作中最強クラスの戦闘能力を持つようになる。

 まさにWEB小説でもチートとして扱われる空間魔術、それに非常に近い能力だ。


(難点としては、燐以外には使えないって事か)


 詳しい設定は忘れたけど、先祖の代から忍者の家系だった燐の実家は、何代にもわたって生まれてきた子供に魔術儀式を施していて、普通の人間では扱えないような魔術を使えるように品種改造みたいなことをしていたのだとか……そういう話だったはずだ。

 まぁそうでなければ人間の体が影と同化するなんて出来るわけがないしな。昔、詳しい事情の説明を省いて似たような魔術を編み出せないかと秋葉に聞いたことがあるけど、現状の魔導技術では不可能って言われたし。


「くそっ! 放しやがれ!」

「……うるさい」


 鎖で締め上げられても暴れているひったくり犯の首に手刀を叩きこんで、鮮やかに無理矢理眠らせると、燐は周りをキョロキョロと見渡し、ある一点に視線を留めた。

 その視線の先を追ってみると、晴信がこちらに向かって歩いて来ていた。


「無事に捕まえたようだな、燐。……それに國久殿と雪那殿下も……挨拶に向かえなかったばかりか、このような形で迷惑をかけてしまったらしい。誠に申し訳なかった」

「いいや、気にするな晴信殿」


 現場に駆けつけて真っ先に頭を下げる晴信に、俺たちは非難することなく言い返す。


「こうして実害を出すこともなく、早急に解決して見せたんだ。晴信殿とその者の鮮やかな手腕を称えても、非難する気などありはしない」

「そう言ってくれると助かる……皆の者も、騒がせて悪かった! このように不届き者が現れても、我が西園寺家の威信にかけて必ずや取り押さえる。皆には安心して祭りの続きを楽しんでほしい!」


 次期領主である晴信にそう言われ、実際にひったくり犯を捕まえたところを見た周囲の人間は、どこか安心したかのように祭りの中に戻っていく。

 前世だと祭りの最中に刃物振り回すひったくり犯が現れようものなら、祭りの中止すらあり得るんだけど、そこら辺は流石に異世界って感じだ。住民の肝の座り方が違う。


「燐も、怪我はないか?」

「……大丈夫」

「そうか。ならば良い。……よくやってくれたな」

「…………ん」


 安心したように微笑みながら燐の顔の横側に優しく手を添える晴信と、撫でられて心地よさそうな顔をしながら、それを受け入れる燐。

 そんな二人が放つ雰囲気からは、単なる友愛に留まらないものを感じ取れた。


(おぉ……! 晴信の奴、結構上手くやってるみたいじゃないか)


 パッと見ではあるけど、何だか良い雰囲気だ。少なくとも、燐の方は憎からず思ってるんじゃないだろうか? 好意もない男に顔を触られたら嫌そうにするだろうし。

 

(……まぁ見た目だけは幼女な相手と出していい雰囲気かって言われると反応に困るんだけど、燐の実年齢は十八だし、大丈夫か)


 幸いにも、晴信は性癖はともかく外見はイケメンで、何をやっても様になっている。おかげで犯罪臭が漂ってこないんだから、見た目ってつくづく大事なんだな……。


「……國久様。あのお二人は、もしや」

「前の会見の時に私的な会話もしたんだけど……どうやら、そう言う事らしい」

「まぁ……っ」


 雪那も晴信と燐が放つ雰囲気の意味を感じ取ったのか、少しだけ恥ずかしそうにしながらも目を輝かせて二人を見ている。雪那も年頃の娘らしく、コイバナとかに興味があるのかもしれん。


(ただあいつ……燐に自分の気持ちを打ち明けていないらしいんだよな)


 実は前回の会見の時、俺は晴信の恋愛相談にも乗っていた。これはその時に聞いた話だ。

 誰も彼もが頼ってるくせに可笑しい話だが、この世界において忍者というのは卑しい職業の一つとされていて、社会的な立場はかなり低い。少なくとも平民以下の扱いを受けていて、人と同じ畳に上がることすら憚られるくらいである。

 勿論、忍者が仕える家によりけりではあるけど、中には人間扱いすらしていない奴がいるのも事実だ。

 

(身分制度があるこの国で、大貴族である西園寺家の次期当主である晴信が、忍者の燐とまともに結ばれるには、かなり分厚くて高い壁を超えないといけないんだよな)


 実際、原作シナリオの方だと燐は最終的に、刀夜の愛妾という立場に収まるっていう展開だったと思う。

 身分を気にしないハーレム野郎ですらそれなんだし、燐と結ばれるなら、他所の家から適当な正室を貰って、燐を愛妾にするというのが確実な手段だ。

 

(でも晴信は、その手段を取る気はないらしい)


 見ず知らずの女の時間を無駄にしてしまうっていう道徳的な理由も勿論ある。しかしそれ以上に、燐以外の女と結ばれるというのは、晴信にとって受け入れがたいことのようだ。

 実際、会見の夜に俺が確実な手段を一つの手として提案した時も、晴信はこんなことを言っていた。


 ――――ハーレムだの両手に花だの実に下らん。俺は燐以外の女に興味がないのだ。


 家の威信を保ち、跡継ぎを残さないといけない貴族として、それはどうなんだろうとは思う。しかし晴信の気持ちが俺には痛いほど理解できるのも事実だ。仮に雪那が皇女じゃなくて身分の低い人間だったとしても、俺は最高の待遇を用意して正室に迎え入れようとしただろうし。

 少なくとも晴信は本気で燐を正室として迎え入れようとしている。その為なら寄せられてくる大量の縁談を穏便に捌くことすら朝飯前だそうだ。


(それに、燐を正室に迎え入れる方法もあるにはあるし、不可能な話でもない)


 政略結婚は利益に繋がるからやるものだ。しかし逆に言えば、政略結婚に頼らなくても利益さえ得てしまえば、自由な結婚も出来る。晴信はそういう風に高時殿を説得し、これでも頷かない場合は燐を連れて駆け落ちすると脅したらしい。

 跡取りとして立派に成長したはずの嫡男が出ていくなんて堪ったもんじゃないだろう。結婚の自由一つで嫡男が文句を言わずに西園寺家の為に働くならと、最終的には高時殿が譲歩する形で晴信の提案を受け入れたんだとか。


(ウチとの契約や連合の話にも、随分と気合を入れてたけど、それも当然って事か)


 晴信だって、周りに迷惑をかけるのは極力避けたいんだろう。だから今もこうして次期当主として働いている。 


(古臭い先入観から忍者を軽んじる奴も多いけど、諜報員や工作員は政治にはなくちゃならない存在だからな。燐も西園寺家に多大な貢献をしてきただろうし、その事を認めさせれば家中での反発も少なくなるだろう) 


 でも茨の道であることは事実だ。ことはそんな簡単じゃない。

 だから晴信は燐に対して自分の気持ちを打ち明けていないんだろう。下手に期待ばかりさせて、最終的に上手くいかなかった時、燐が受ける精神的ダメージは期待した分だけ大きくなるから。


(気持ちは分かるんだけど……何だかなぁ)


 この事に関して俺からの口出しは殆どできない。だがこんな俺でも晴信よりかは恋愛歴が長いのだ。

 その経験を基に、俺は一つだけ細やかなアドバイスをしておいた。それがどれだけの影響を発揮するのかは分からないが、二人の仲が好転することを祈ろう。


「そうだ、國久殿。貴殿に少し用事があったのだ」

「ん? どうした、晴信殿。何か問題が?」

「いいや、問題という訳ではない。大奉納祭の運営として、貴殿に頼みたいことがあるのだが…………俺と演武に出る気はないか?」


 演武……それは武器を持って踊ったりするという意味ではない。この世界における演武というのは、公開模擬戦の事だ。

 武を尊ぶ大和帝国では、演武は祭りの華。どこの領地でも祭りと一緒に演武を催し、集めた観客たちに観戦のお供として酒や料理を買わせようとするのが定番である。蛮習と言えば蛮習なんだけど、これがとにかく周りから受けるから、開催を止める理由にならないんだよな。実際、前世でも危険な祭りが伝統的に行われたりするけど、あんな感じだ。

 そんな演武に領主や次期当主が出場し、盛り上がり役を務めることも多い。実際、俺も演武の盛り上げ役として祭りの時はよく出場してたしな。 


「察するに、あれか? 土蜘蛛殺しと友好を深めて祭りに誘ったことだし、折角だから晴信殿と出場してもらって、次代を担う次期当主同士の対決ってお題目で演武を盛り上げてほしいとか……そういう感じの話が、当日になって急遽持ち上がったとか?」

「ご明察。俺としても、これから手を取り合う相手がどれだけ戦働きが出来るのか、俺の力が土蜘蛛殺しの英雄にどれほど通用するのか、胸を借りるつもりで確かめたくある。そういう訳で貴殿の時間と労力を貰いたいのだが、どうだろうか? 雪那殿下との逢引きの最中に心苦しい提案なのだが……」

「えっと、私は構いませんが……」


 正直に言って、俺も別に問題はない。怪我の恐れは大いにあるが、そこまで時間を取られるようなもんじゃないし、何よりも雪那に良いところを見せつけるチャンス。演武の相手に鮮やかな勝利を飾れば株も上がる。デートコースの一つとして、腕に自信があるなら悪くないんだが……。


「晴信殿、ちょっとこっちに来てくれ。そう、こっちに」


 俺は晴信の肩に腕を回し、少し離れた場所へと連れていく。そして雪那や燐に聞こえない位置まで辿り着くと、周囲の人間に聞かれないようにコソコソと話しかけた。


「それで? 実際のところはどうなんだ? 正直に言ってみな」

「話題の土蜘蛛殺しに土を付けることで実績を作りつつ、燐に良いところを見せつけたい」

「正直で大変よろしい」

 

 心の底から納得のいく説明だ。俺も似たようなことを考えていたし、俺たちって本当に気が合うんだな。


「けどなぁ、雪那が見てる前で負けるつもりがないのは俺だって同じだし、八百長なんぞする気はないぞ、俺は」

「当然、理解している。建前で言ったことも嘘ではないのだ。むしろ本気で来てもらわねば困る」


 ……確かに、俺もそこら辺の事が気になる。

 折角組んだ同盟相手が、荒事の際にどれだけ信用が置ける実力なのか。前世からの友人が今世でどんな魔術師になったのか。

 そして、華衆院領にまで届いている、天を操るとまで言われた西園寺晴信の実力、その噂のほどが。


「……いいぞ。やってやろうじゃねぇか。ただし、負けて好きな女の前で醜態を晒す事になっても恨むなよ?」

「それはお互い様だ。そうとなれば、あとは武術と魔力の限り戦うとしよう」


 こうして演武という試合をすることとなった俺たち。

 前世では考えられないようなやり取りではあるが、不思議と抵抗は感じない。良くも悪くも、俺は大和帝国に染まっているのかもな。



――――――――――


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