祭りの中での出会い


 大奉納祭当日。出発の手筈を無事に終えた俺と雪那は、会見の時とは違い、十人ほどの護衛を連れて岩の飛行船に乗り、領地の境目を超えて西園寺家の居城である渾沌城へとやってきていた。

 前回は華衆院家の力を見せつける目的で軍を率いて来たけど、今回は友好が目的。下手な数の兵士を連れてきては逆効果だ。そんな配慮の甲斐もあって、俺たちはスムーズに渾沌城の表御殿にある謁見の間に通され、そこで当主の高時殿に挨拶をしていた。


「お初にお目にかかります、高時殿。本日はこうして相見えましたことを光栄に思います」

「頭を上げられよ、國久殿。今日は三笠領を挟んだ先にある遠い領地から、よくぞ参った」


 軽く下げていた頭を上げて、改めて高時殿の顔を見る。

 年齢が年齢だけに皴もあるが、晴信の面影を感じられる美中年だ。病気の事もあってか、やややつれているように見えるけど、少なくとも働き過ぎない限りは元気らしい。


「雪那殿下におかれましても、こうして西園寺領へ訪れてくださったこと、まこと嬉しく思います。この度は我が領の祝祭を楽しんでいってくだされ」

「ありがとうございます、高時殿。こちらこそ、大和帝国が誇る大奉納祭へお招きいただき、感謝の念を禁じ得ません」


 控えめに微笑みながら受け答えをする雪那に対し、高時殿や周りの家臣団からの悪感情は感じられない。むしろ好印象すら抱いているようだ。

 前回の会見の時に兵士たちの反応から察していたけど、どうやら赤目の人間を気にする風潮はあまり無い地域らしい。この西園寺領は華衆院領と同じく、妖魔が起こす被害を低めに抑えているらしいからな。忌み子への偏見も少ないし、雪那と遊びに行く場所としては最適なデートスポットの一つかもしれん。


「それにしても、これほどまでに美しく気品に溢れた姫君を娶ることが出来るとは、國久殿が実に羨ましい。何時までも婚約者を決めることを嫌がる我が愚息にも見習ってほしいものだ」

「お褒め預かり光栄にございます……ところで、ご子息の晴信殿は何処に? この地に来たら是非ともご挨拶をと思っていたのですが……」

「祭りの運営役の一人として、町中を駆け回っておる頃だ。本来ならば、華衆院家の次期当主殿と、その婚約者であり、皇族の血に連なる姫君が挨拶に訪れれば、愚息もこの場に引っ張り出したいところなのだが……」

「いいえ、お気持ちだけで充分です。私も、祭りを開催することの大変さを理解していますので」


 うちの領地でもデカい祭りは毎年行われていて、その度に華衆院家総出で動き回ってるから、晴信の大変さは理解できる。どれだけ入念に準備を進めても、領地の内外から人が大勢集まる以上、どうしてもトラブルが発生するからな。運営側の人間は、暢気に遊んでる場合じゃないわけよ……。

 おかげで俺はこれまで、雪那と満足にお祭りデートをする余裕もなかった。だから今回の大奉納祭は本当に楽しみなのである。


「晴信殿には折を見て挨拶をさせていただくとして……他の来賓も待たせてしまっているようですし、名残惜しいですが我々はこの辺りで失礼いたします」


 ぶっちゃけ、俺もいい加減に待ちきれないしな。雪那とのデートが楽しみ過ぎて、ここ数日間はずっとウズウズしてたんだから。


「高時殿にもいずれ、華衆院領へお訪ねいただければ光栄です。滋養に効く温泉もありますし、もしも我が領に来られるのでしたら、我が空飛ぶ岩船でお迎えに上がりますよ」

「ははは。そうだな。華衆院家とはこれからも仲良くしていきたい。いずれ必ず機会を作って招かれるとしよう」


 そうして俺たちは高時殿との挨拶を終わらせ、渾沌城を後にし、向こうが手配してくれていた宿泊所で正装からラフな着物に着替えて城下町へ繰り出す。

 ここからはもう遠慮の必要はない。色んな意味で祭りの時間だ……!


「さぁ、逢引きの時間だ。まずは何処から行こうか」

「く、國久様? 西園寺家との交友を兼ねた視察……あくまでもお仕事ですからね? それを忘れてはいけませんよ……?」

「分かってる分かってる。だが雪那との逢引きが仕事になるなんて滅多にない機会だ。折角なら、存分に楽しもうじゃないか」


 そう言いながら、俺は雪那にそっと手のひらを差し出した。


「あ、あの……この手は……?」

「今この城下町は、祭りに来た連中で一杯だ。逸れたら大変だろ? ほれほれ」

「やっぱりそういう……うぅ……し、失礼、しますっ」


 控えめに俺の指先をつまんできた雪那の手を優しく握り込む。掌がすっぽりと俺の指で包まれて、恥ずかしそうに顔を赤らめるが、雪那はしっかりと俺に付いて来てくれた。


(たかが手繋ぎ……前世じゃそう馬鹿にしてきたけど、なるほど……これは良いものだな)


 馬で相乗りするのも素晴らしいが、こうして手を繋いで歩くというのも、また違った素晴らしさがある。どっちが上で、どっちが下かとか、そういう話じゃない。手のひらから伝わってくる柔らかさや温もり、ゆっくりと歩調を合わせて肩を並べながら歩くこの距離感……青春ラブコメ系の、見ているだけで恥ずかしくなりそうな甘酸っぱさを感じるぞ……。

 そうして数多くの屋台が立ち並ぶ城下町を見て回る俺と雪那。時間が経てば少しは慣れてきたのか、雪那も次第に屋台の方に興味を持つようになっていった。


「ここまで屋台が並ぶのも壮観ですね。華衆院領での祭りと言えば数多くの山車だしからなる行列のねり歩きですから、道を開けるために屋台の数に制限をかけていますが、大奉納祭では逆に屋台で道が埋め尽くされるのですね」

「元々、作物の奉納にかこつけて食べ歩きを楽しむための祭りだからな。龍神様だって皆と一緒に食べた方が良いだろうって誰かが言い出したのを切っ掛けに、神事よりも食事を楽しむ祭りになっていったらしい」


 そんな祭りを続けてきた西園寺領は、海の幸こそないものの、肉や野菜、穀物に果物といった膨大な陸の恵みを生み出している分、昔から料理の研究に力を入れて来ていた。

 人間っていうのは案外単純で、美味い物を食べれば大抵を不満が消えて満たされてしまう。外交の場でも料理が政治的に利用されるようになって長い年月が経ち、昔のフランスでもそうだったように、戦う兵士たちの英気を養わせる役割も持った、この世界での料理人の社会的地位っていうのは意外なほど高い。


(この大奉納祭は、そういった料理人たちが自分たちの創作料理や得意料理を領の内外に披露する絶好の機会って訳だ) 


 上手く名前が知れ渡れば、貴族や豪商に召し抱えてもらえるかもしれないし、料理人として成り上りたいって奴らが各地からこの祭りに参加しに来るのだ。

 そんなことを考えながら雪那と手を繋いで歩いていると、一軒の屋台が目に入った。


「國久様、あの屋台には乾酪かんらく饅頭と書いてありますが、あれはもしや、晴信殿から聞いた……」

「……気になるな。店主、二人分貰えるか?」

「へい、お買い上げ、ありがとうございやす!」


 金を払って受け取った商品は、食べ歩きの祭りで提供するのに適した小ぶりなサイズの中華まんだ。

 先ほどまで蒸し器で保温されていたので、仄かに湯気を放つ中華まんを齧ると、中に入っていたのは、たっぷり目の胡椒が含まれたチーズだった。


「これが乾酪……噂には聞いていましたが、確かに美味しゅうございますね。胡椒との相性も良いですし……話に聞く牛酪も、食材として乾酪に劣らないのでしょうか?」

「それは食ってみないことには分からないけど……どちらも保存が効くっていうんなら、需要がありそうだ」


 先日の会見で晴信から直接話を聞いていたんだけど、どうやら晴信は子供の頃から地球の知識をフル活用し、大和帝国には存在しなかった様々な調味料やら料理やらを編み出していたらしい。

 特に保存食の開発に力を入れているらしく、最近では保存が効いて栄養価が高い、バターやチーズの大量生産に成功したのだとか。

 

(この世界って冷蔵庫みたいな魔道具があるから食材はある程度日持ちするけど、防腐やら真空保存やらに関してはまだ未熟だからな。牛乳みたいな傷みやすいものは早めに使わないといけなくて需要があまり無かったんだけど、これなら牛乳の価値も上がりそう)


 海外とかだと当たり前のように作られているらしいけど、少なくとも大和帝国産のバターやチーズを作ったのは西園寺家……より正確に言えば、晴信が初めてだ。

 

(前世から食い物に関してちょっとうるさい奴だったけど、そのおかげで食事の水準が上がっているっていうのは嬉しいな。ちゃんとした輸出品になるのはまだ先だけど、近い内にバター取り寄せてじゃがバターとか作ってみたい)


 そして何よりも、内乱によって食糧難に陥るかもって時に、保存のきく高カロリー食品っていうのはマジでありがたい。華衆院領から塩を融通するから、より完成度の高いバターやチーズを作ってほしいところだ。


「いいな、楽しくなってきた。次はあっちの方に行ってみないか? 牛酪を使った屋台があるらしいぞ」

「はい……!」


   =====


 それから俺たちは、盛大に祭りを楽しんだ。

 華衆院領でも味わえない美味を堪能し、開かれる舞台や祭事を見学し、その途中で祭りに訪れていた他所の領地の有力者にも挨拶をしたりして、個人的な目的と公人としての目的を順調にこなしていった。


「……そろそろ歩き疲れただろ。ここらで少し休憩するか?」

「では、お言葉に甘えて」


 二人して思わず時間も忘れてずっと人混みの中を歩き回っていたが、流石に疲れてきたので、今は茶屋の前に置かれた、赤布が被せられた長椅子に座って休憩中である。人間夢中になると、時間も疲労も忘れるものみたいで、気が付けば二人して少し汗ばんでしまった。


「……これまでは華衆院家の婚約者として、お祭りには運営としての立場から関わってきましたが、こうして参加してみると時を忘れるほど楽しいものなのですね。長い歴史の中で、民草から愛され続けた行事だというのも頷けます」

「そうか……そいつは良かった」


 しかし、ここまで楽しそうに笑ってくれるなら、その甲斐は十分あったと思う。このお祭りデートが雪那に好評だったなら、これ以上に勝る成果はない。

 そう思って「また機会を作って祭りに参加しよう」と言おうとした、その時。


「泥棒! 泥棒ぉぉおおおおおおおっ!」


 そんな叫び声が辺り一面に響き渡り、俺たちを含めた周囲の人間の視線が一点に集中する。その視線の先には、金銭が入っているであろう巾着袋を持って全力疾走をしている、見るからに人相の悪い男が俺たちが休憩している茶屋の前を通り過ぎようとしていた。


「どけどけぇえええええええっ!」


 しかももう片方の手には短刀が握られていて、それを滅茶苦茶に振り回しながら人混みを無理矢理搔き分けている。その様子や周囲の状況を見る限り、どうやらひったくり犯の類らしい。

 こういう祭りが開催されると大勢の人間が集まるから、どうしても柄の悪い奴も集まってくる。華衆院領で祭りをやる時も毎年似たようなことが起こるし、こればかりは仕方がないんだけど……余りにタイミングが悪すぎたな。


(折角デートが順調だったっていうのに……!)


 俺と雪那のお祭りデートに猛烈に水を差された気分だ。これはすなわち、俺の恋路の邪魔をしたと言って過言ではないだろう。

 そう判断した俺は地属性魔術でひったくり犯の足を絡め取って転ばそうとしたのだが……それよりも先に、ひったくり犯の足元から突如として現れ、取り押さえた奴がいた。


「ぎゃあっ!?」


 まるで地面から飛び出してきたかのように現れながら、ひったくり犯の足を掴んで転ばせるのと同時に、分銅鎖を使って鮮やかにひったくり犯を拘束したのは、長い茶髪を首の後ろで一纏めにした、愛らしい容姿をした幼女だった。

 顔のパーツは全体的に非常に整っていて、どこか眠たげな大きな青い目が特徴的な、ミニスカくのいち装束に身を包んだ子供にしか見えない少女の事を、俺は知っている。


(……斑鳩燐。こんな形で会うことになるなんてな)


 それは【ドキ恋】の攻略対象ヒロインの一人であると同時に、晴信の意中の相手であり……作中において唯一の、空間魔術に最も近い力の使い手だった。


 

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