悪役転生者が考えた平和的なハーレムの潰し方
華衆院領に戻った俺は、さっそくお祭りデート……もとい、西園寺家との交友を国内に見せつける視察の為のスケジュール管理に奔走していた。
話し合いの段階で予想出来ていたことだが、重文たち家臣団からも西園寺家と密接な繋がりを持つことには賛同を得られたし、西園寺家の当主である高時殿からも俺たちを歓迎するという旨の手紙をもらうことが出来て、大奉納祭への出発の準備は着実に進んでいる。
(やっぱり、家柄の力っていうのは蔑ろに出来ないくらい偉大だな)
WEB小説とか読んでたからか、家を捨てて自由に生きるっていう選択を当たり前のように取ろうとしてた俺だけど、ここ数年はそう思い直す機会が特に多くなったと思う。
皇女である雪那と婚約できたというのは勿論だけど、華衆院家という帝国有数の大貴族としての家格の力でスムーズに進んだ交渉事や取引が多いのなんの。
これが下級貴族だったり平民だったら、大貴族である西園寺家と交友を深めることも簡単じゃなかった。例え晴信と友達になったとしても、当主はあくまで父親である高時殿だしな。家同士のやり取りとなると、信用と利益が必要だし。
(逆もまた然り……晴信もよく多忙な貴族としての生活を選んでくれたもんだ)
この妖魔が蔓延る世界は、家を捨てた根無し草に明日が保証されるほど優しくない。そう考えると、雪那の事が無かったとしても、貴族生活を続けた方が幸せだったかもな。
そんな事を考えながら、俺は饕餮城からほど近い場所に建てられた施設……華衆院領における魔術の研究・開発を行う、魔術研究所へと足を運んでいた。
魔術はこの世界において重要な役割を持つ技術だ。魔術の発展が領地の発展と同義であると言って過言ではなく、この研究所では、華衆院家直属の魔術研究家たちが妖魔との戦いや日常生活に使う為に役立つ魔術を日夜研究しているのだ。
(俺が使う魔術も、ここの研究者たちの協力があって編み出せたからな)
魔術は人間の想像通りに発動できる代物じゃない。魔力を消費することで、どのような現象が、どのようにして起こるのか……そう言った理屈と理論を突き詰めて、初めて魔術は発動するんだが……正直に言って、領主の仕事の片手間で極められるようなもんじゃない。
(【岩塞龍】や【鳴神之槍】とかも、この研究所の協力がなかったら編み出せもしなかったしな)
この研究所の協力も、華衆院家の家督の力で得られたものだ。俺が「こんな感じの魔術を使いたい」と命じておけば、その為の魔術式を嬉々として編み出してくれる。おかげで十八歳という若さで色んな魔術を使えるようになったし、平民の身で魔術を極めるより、ずっと効率的に強くなれただろう。
(多分、西園寺家とか魔術研究所を抱えている貴族の人間も、同じようなやり方で魔術を極めようとしてるんだろうな)
そのおかげで貴族は、武を尊ぶ大和帝国で、人の上に立つ存在として認められてるんだから、この研究所には足を向けて眠れない。
……さて、そんな研究所に足を運んだ理由だが、今回の用事は俺の事ではない。俺は研究所の奥まった場所に位置している、所長専用の研究室まで進んで、その戸を開けた。
「おーい。調子はどうだ? 雪那」
「國久様……わざわざ様子を見に来てくださったのですか?」
「まぁな。丁度饕餮城に戻るところだったし、そろそろ夕餉の時間でもあるしな。丁度良いと思って迎えに来た」
そう言いながら、俺は研究室にいるもう一人の人物に視線を向けた。
「それで? どれほどのもんだよ
「も、もうばっちりです。龍印は制御を誤れば膨大な魔力を供給してしまって暴走状態に陥ってしまうようなのですが、この三年間で雪那様はその辺りの制御を完全に会得したようで……こ、これならどんな魔術も安全に実験することが……ふふ、ふふふふふふ……!」
「それに関してはちゃんと雪那の許可を貰ってからにしろよ」
このニヤニヤと笑っている長い緑髪と眼鏡が特徴の美女の名前は
俺は雪那以外の女にはもう興味が湧かないが、全体的に肉感的な爆乳美人といった容姿をしていて、萌えゲーのヒロインというよりも、エロ漫画のキャラみたいな印象を受ける女である。
「龍印がこの身に宿ったばかりの時は、無意識の内に大量の魔力を供給してしまって不安定な状態になっていたのですが、今ではどれだけの魔力を星から供給するかを自分の意志で調整できるようになりました。これも全ては貴女のおかげです……ありがとう、秋葉」
「俺からも礼を言おう。特別手当には期待してくれていいぞ」
「いえいえ、そんな……華衆院家には先代様の時から色々とお世話になってますし、私も伝説に聞く龍印を調べるのは、知的好奇心を満たされてとても有意義でしたし」
ふへへ……と、一切の他意を感じさせない朴訥とした笑みを浮かべる秋葉。
原作で暴走して首都を崩壊させてしまった件もあるし、雪那が龍印を宿して生きていく以上、魔術と魔力の研究家の助けは絶対に必要だ。そこで白羽の矢が立ったのが秋葉という訳である。
根っからの学者気質で魔術という分野の研究が趣味と豪語する秋葉は、作中においてはトップクラスの魔術研究家だし、博士キャラにありがちな人格が破綻しているみたいな奴でもない。むしろ良識を持って人の世を豊かにしたいと思っているタイプの人間だ。
(本当なら、刀夜の攻略対象ヒロインと深い関わりを持つのはリスキーなのかもしれないが……)
原作においては華衆院家次期当主となっていた、腹違いの妹の茉奈の部下という立ち位置で登場していた秋葉だが、五年以上も前から魔術研究所の所長として勤めていたし、何よりも優秀で口も堅いから、俺も色々と頼りにしていたのだ。
付き合いだけなら十年近くにもなる相手だし、重文に次いで俺が信頼している家臣の一人だからな。あるかどうかも分からない原作の強制力で秋葉が刀夜に惚れるなんて予想よりも、これまでの付き合いで判断した俺の人を見る目を信じたわけである。
「それにしても雪那、最近はこの研究所に足を運ぶ頻度が上がったな?」
「えっと……そう、でしょうか?」
「俺の把握してる限りじゃ、週に一回、定期的に龍印の調子を見てもらうくらいだったのが、二~三日に一回くらいになってる。なんか使いたい魔術でもあるのか?」
もしそうなら、一緒に魔術の勉強というのも楽しそうだ。前世じゃ勉強なんてただの苦行でしかなかったんだが、好きな女が絡めば何でも楽しく感じてしまうんだから、愛の力っていうのは偉大である。
「そう、ですね。これまでは遅れていた貴族教育を身に着けることに時間を取られて魔術まで手が回らなかったのですが、その手の教育も今年に入ってようやく履修し終えましたし、國久様から
なるほど、当然の理由だと俺は思った。無尽蔵の魔力なんてものが宿っていれば、それをどう扱うかに頭を悩ませるのは当たり前だ。特に雪那は真面目な奴だから、折角の力を何らかの形で役立てたいと考えているんだろう。
(……それに、今の雪那なら原作みたいな大破壊を巻き起こしたりしないだろうしな)
実をいうと、魔術というのは個々人によって適性みたいなのがある。攻撃魔術は得意だけど防御魔術が苦手とか、炎属性魔術は得意だけど地属性魔術が苦手みたいな感じのが。そしてその適正というのは、魔術師の精神状態や性格が反映されるらしい。
恋路を邪魔する奴は誰であろうと排除すると決めている、割と過激な性格をしている俺の場合は攻撃魔術は得意だが、それ以外の魔術は平均的。そしてこの領に来てから雪那の魔術適性もチェックされたんだけど、俺とは逆に攻撃魔術が苦手っていうことが分かった。
(温厚で怒っても手が出にくい人間はそういう傾向にあるっていうしな。原作で首都を壊滅させた時は、宮子が殺されたことで溜め込んでいた憎悪が噴出した状態だから、攻撃魔術への適性が急激に上がったんだろうが)
しかし俺が婚約者になったからには、そのような機会が訪れることは未来永劫存在しない。雪那はこれからも人を害する魔術を苦手とし続けるだろう。
(しかしアレだな……いざ龍印の存在が表沙汰になった時に、無尽蔵の魔力を攻撃に転用できる才能がないと分かれば、周囲からの反感も幾らか和らぎそうだ)
無限の魔力を持っていても、それを自分の意思一つで大規模な破壊活動に出れるか出れないかで言われたら、間違いなく後者の方がウケが良い。そういった意味では、雪那の魔術師としての適性は優れていると言えるな。
「それに……晴信殿には負けたくないと思って」
「……うん? どうしてそこで晴信殿が出てくる?」
意外過ぎる人物の名前がいきなり出てきて、俺は思わず雪那に問いかける。
「ここ最近の國久様は晴信殿の事を随分と信頼していらっしゃる様子で……その姿を見ていたら、私の方が付き合いが長い婚約者なのにと思うよう……に……」
徐々に勢いを無くすように言葉を途切れさす雪那の顔は、見る見る内に赤くなっていく。その表情には、「自分は一体何を口走っているのか」という心情がありありと浮かんでいた。
「ち、違うのです、國久様……っ。私はお二人の交友に口出しするような狭量な真似がしたいわけではなくて……その……っ」
「ふむ……つまり、何だ? 僅かな期間で俺とすっかり親しくなった晴信殿に、嫉妬してしまったと……そう言う事か?」
「あ、あぅ……!」
首まで顔を赤くして俯き、何も言えなくなってしまった雪那。その態度は最早、図星を突かれたと言っているようなものだった。
……一体何だ? 何なんですかこの可愛い生き物は? この女は一体どれだけ俺をブヒらせれば気が済むというのか。
「あ、あの!? どうしてこちらに近づいてくるのですか!?」
俺が雪那に一歩近づく度に、雪那も一歩後退していく。やがて背中から壁にぶつかってこれ以上後ろに下がれなくなったところに、俺は雪那の顔の横の壁にそっと手を当てた。
互いに好意のある者同士でやるのが大前提。それでいてフツメン以下がやれば鼻で嗤われるのが必定の、イケメンにだけ許された特権行為……壁ドンって奴である。ちなみにこの時は、周りへの迷惑になったり、対象を驚かせたりしないよう、壁には優しく手を当てるのがミソだ。
「全く、お前って奴は本当に可愛い女だな。まさか男友達にまで嫉妬するなんて」
「國久様っ!? あの、ち、近い! 近いです、國久様!」
「そりゃあ、お前の気持ちに整理がつくまでは無理強いはしないって約束はしたけど……何事にも限度ってもんがある。あんまり煽るような事を言って、俺の忍耐力を削らないでくれ」
「そ、そんなつもりでは……! 私は、その……!」
「それとも何だ? 我慢なんてしなくてもいいって遠回しに言ってるのか? 惚れた女にそこまで言われて何もしないほど、俺はヘタレじゃないぞ……?」
「あ、あうあうあう……っ!」
完全にしおらしくなって、俺の顔のすぐ下で赤くなりながらモジモジと身動ぎする雪那。そんな様子を見ていると凄いムラムラしてきた。
何というか、このままキスを迫っても抵抗しなさそうな雰囲気だ。両片思い状態なのはすでに把握しているし、マジでこのまま一線を越えちまおうか……そんなことを考えていた、その時。
「あの……お二人とも? 私がこの場にいるって忘れてませんか? 若い婚約者同士に目の前でイチャつかれると、行き遅れの私の心が凄く痛いんですけど……!」
「……はっ!? く、國久様! 秋葉が、秋葉が見ていますから……!」
陰々鬱々とした様子の秋葉の言葉に雪那は飛び上がり、先ほどまでの雰囲気で流されて何でも許容してしまいそうな状態は解除されてしまった。まったく、婚約者同士がイチャついているところに口出ししてくるなんて、野暮な家臣である。
「折角良いところだったのに、邪魔するなよなぁ。その内馬に蹴られて死んじまうぞ」
「だって……! まだ十代の若者同士がイチャイチャしてる姿なんて、行き遅れ女の目には眩しすぎますし! 何ですか? 嫌がらせですか!? 結婚はおろか交際経験もない、モテない女への当てつけですかぁっ!?」
涙目になって言い返してくる秋葉に、俺は思わずため息をつく。
この様子を見て分かる通り、原作シナリオにおいても三好秋葉という女は生粋の学者気質であると同時に結婚願望も強めで、この世界における婚期を逃してしまったことにコンプレックスを抱く、エロゲーのキャラとしては結構変わり種の存在である。
それは俺が原作を大幅に改変した現在でも同じなのだが……正直な話、こいつが結婚できないのは自業自得な面が大きい。
「そんなに結婚したいなら、研究ばかりにかまけていないで、髪を梳かして洒落た着物を着て、伝手でも何でも使って出会いを求めに行けばいいだろうに。折角週休制度を導入して私的な時間も作れるようにしてるのに、休日でも関係なく研究室に入り浸ってたらそりゃ結婚も出来んわ。何の努力もせずに恋愛が出来ると思ったら大間違いだぞ」
「うぐぅぅ……!」
何というか、秋葉は不器用な奴なのだ。一つの事に集中しがちで、他の事が疎かになってしまうタイプだから、研究と恋愛の両立が出来ないらしい。
エロゲーの攻略対象なだけあって、外見だけ見れば男に好かれそうなタイプの美人なんだから、ちょっと努力すれば男の一人や二人、すぐに作れるだろうに。
(実際、特に努力をしていない秋葉に対して好意を抱いている男もいるしな)
その男は、秋葉に対する自分の好意を秘密にしているから、俺からは何も言わないけど……それだけモテるポテンシャルを秘めているんだから、もっと結婚する為の努力をすればいいのにと俺は思う。
(だが待てよ……本来刀夜が攻略するはずだったヒロインたちに、見合いをセッティングしてやれば、奴のハーレム拡大を防ぐ一手になるんじゃないか?)
いくら刀夜が尋常じゃないモテ期の真っただ中であり、原作ヒロインたちが激烈なチョロインであったとしても、結婚ないし交際をしている男がいる以上、浮気なんてするような奴は流石にいないだろう。浮気なんて出来るような女が、萌え重視のエロゲーのヒロイン張れるとは思えないし。
(狙って出来るような事じゃないとは思う。しかし攻略対象ヒロインたちは全員、かなりの美少女として描かれている。だとすれば、ヒロインたちに好意を寄せている男が大勢いてもおかしくはない)
そうした男たちを焚き付けて、ヒロインたちを片っ端から攻略させることが出来れば、刀夜はハーレムを作れなくなるって寸法だ。
原作ヒロインたちは皆、周りと比べても突出した能力を持っているし、敵に回せば厄介な存在だ。それを防げるなら、試す価値はあると思う。
(この作戦が成功して男たちが意中のヒロインと結ばれれば、きっかけを作ってやった俺に対して大なり小なり恩を抱くだろう。そうすれば戦力拡大にも繋がりそうだ)
兵馬を用いて敵を下すのは下策。徳をもって敵を下すのが上策と昔の偉い人も言ってたらしいし、こういう形で原作ヒロインを味方につけるのもありかもしれない。
そんな悪巧みを考えたり、普段通りの政務をこなしたり、雪那を口説いたりしながら日数はあっという間に過ぎていき……気が付けば、大奉納祭の当日が訪れていた。
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