閑話休題と祭りへの誘い
大和帝国でも十指に入る二つの名門、華衆院家と西園寺家の次期当主同士が会見を行っているという話題は国中を駆け巡り、様々な憶測が飛び交った。その中でも情勢に聡い貴族や商人たちは、こう考えていた。
皇族の威信が衰え、情勢が不安定になりつつある今、両家は皇族を見限り、自分たちの力でこれから押し寄せる時代の荒波を乗り越えようとしているのではないかと。
(無論、あくまで推測だが……美春殿下が謹慎を言い渡された今、この話題はあの方にとって決して小さくない痛手だ)
大和帝国正規軍を預かる両翼の片割れ、
現状では華衆院家も西園寺家も皇族に対して叛意を現していないし、現状では皇帝である天龍院玄宗は美春を廃嫡にしようと考えるほどの影響力はないが、将来的にそうなるのではないかという噂と、それを起こす切っ掛けにもなった事件の責任を取った美春には、少なからず厳しい視線が向けられている。
(ただでさえ領主たちからの借金で首が回らないのだ。美春殿下には、とにかく信頼回復に努めていただかなければ)
そんなことを考えていると、戸が少し開けっ放しになっている倉庫から、姦しい侍女たちの声が聞こえてきた。どうやら休憩がてらに、人目の付かない場所で談笑をしているらしい。
それだけなら何時もの事と気にも留めないのだが、話している内容は少々無視できないものだった。
「ねぇ聞いた? 西域では今、華衆院家と西園寺家の次期当主様が商談をしているそうよ。噂じゃ、今話題の馬鈴薯をより国中に広めるための事業を起こそうとしているんだとか」
「まぁ! ということは、その事業が成功すれば両家はより豊かになるという事よね? これはますます嫁入り競争が激化するんじゃないかしら」
「ただでさえ両家は帝国有数の裕福な名家ですもの。近隣だけじゃなく、遠方からも縁談が届いているともっぱらの噂よ。そこから更に裕福になるなんて話題が出てきたら、それはそうなるわよねぇ」
この城の侍女たちの話題と言えば、大抵が貴族などの有力者の息子に関するものだ。
有力商人や貴族の娘といった、確かな後ろ盾を持つ彼女たちは単に仕事のためにこの城で働いているのではなく、将来の嫁ぎ先探し……あえて悪く言うと、男漁りに来ているという意味合いが強い。
現にこの黄龍城には各地から有力者が集うので、そういう時に見初めて貰うよう、彼女たちは自分の親から言い聞かされているのだ。
「華衆院領と言えば、海外からの貿易船が頻繁に出入りしている、帝国でも随一の大都会よ。面白くて珍しい物も多いし、最高品質の絹織物の名産地だし、何よりも次期当主となられる華衆院國久様は目を瞠るほどの美貌の持ち主なんだとか!」
「土蜘蛛殺しの英雄と呼ばれるだけの武力もある上に、領地運営の才能まであると評判の方よね。もし嫁げたら絶対に裕福な暮らしができるし、お父様に頼んで釣書を送ってもらおうかしら?」
「でもあの方って、婚約者様を溺愛していることで有名じゃない? ほら、例の忌み子の……」
「そこが難点よねぇ。聞いたところによると、側室や愛妾すら受け入れないほどの寵愛ぶりらしいわよ。折角の優良物件なのに、勿体ないわぁ」
その話を盗み聞きした幸香は五年前の事を思い出した。どうやら國久は、自分に向かって言った言葉を今でも守り続けているらしい。
「なら西園寺家の次期当主、晴信様は? あの方こそ今一番の優良物件じゃない? なにせ婚約者が決まっていないし!」
「確かに……西園寺領は都会という訳ではないけど、国で一二を争うほど裕福だという大農場の持ち主だし、次期当主様の魔術師としての腕前は天を操るほどと噂よ。それに何といってもあの顔! 以前登城された際にお顔を拝見したけど、切れ長の瞳が特徴的な、涼やかな美貌がもう眼福で!」
「剣技も達者で、嫁ぎ先としては言う事なしって感じよね。ただ婚約者決めに関してはかなり慎重との噂よ。今のところ見合い話が持ち上がっても、丁重に断られるか、他の男性と引き合わされるかをしていているみたいだし」
「裏じゃ縁談仲介人なんて呼ばれてるものねぇ。当人と婚約できなくても、少し格は落ちるけど良い男性と結婚できるっていうし……そういえば、美春殿下の客将である刀夜さんはどう? 王族に目をかけられてて将来有望だって、前に一度話題になってたけど」
刀夜の名前を聞いて、幸香は自分の体がピクリと揺れたのを自覚する。
「んー……正直に言って、最近パッとしないわね。最初は皇族の宝刀の使い手で、妖魔や悪人を倒したって感じの小さな話題が頻繁に上がってたから、将来このまま要職に付けば優良物件になるって思ってたけど、さっき話したお二人と比べるとどうしても……ねぇ?」
「分かるわぁ。比べるのは失礼な話だと分かるけど、地位も財力もおまけに顔も、お二人と比べると格下感が否めないっていうか」
「それにほら、以前決闘騒ぎを起こして華衆院國久様に手も足も出ずに負けたじゃない? あれで間違いなく株を下げたし、その時の怪我が切っ掛けで……アレが使い物にならなくなったんだって!」
「ちょっと下品よ、もう!」
口さがない会話の内容に流石に辟易としながら、幸香はその場を後にした。当人の居ないところで陰口を叩くのは、幸香の性分に合わない。
(とは言っても……彼女たちと同じように、美春殿下たちも目を覚ましてほしいものなのだが)
雪那がこの城を去ってからというもの、美春は精神的に不安定になった。その理由を臣下の身で推し量るのは不敬ではあるが、雪那と和解が出来ないまま離れ離れになってしまったことが、心の棘になっているのではないかと幸香は考えている。何時でも和解の機会があると思っていた相手が突然遠くに行ってしまえば後悔が残るのも当然だろう。
そんな心の隙間を埋めるように突如現れ、鬼切丸の使い手として認められて重宝されだしたのが、他でもない御剣刀夜だ。
(確かに武力という点においては有用だ。そこだけ見れば客将として迎え入れるのも分かる……だがそれ以上に、あの男の思想は危険だ)
人は皆平等。力や金で人の自由や意思を制限するのは間違っている……身分制度のない異世界から来たという刀夜の言葉は、身分制度によって統治されているこの国では危険な思想なのだが、身分ゆえに言動の自由を奪われ、姉妹の確執を産んでしまった美春には抗えないほど甘美に聞こえたのだろう。何人かの女たちと同様に、盲目的になるほど刀夜に夢中になってしまっている。
(殿下と刀夜の間でどのようなやり取りがあったのかは分からない……しかし、あの男は殿下が思っているほど人格者ではない)
刀夜に惚れている女たちは皆、刀夜は心身ともに素晴らしい男だという。しかし幸香のように刀夜に惚れていない人間からすれば、とてもそうとは思えない。
確かに表面上は善人であるかのように見えるが、言動の端々からは拭い切れない歪みを感じる。そう感じた一番の切っ掛けは、國久に敗れたのを切っ掛けに、より一層鍛錬に励むようになった時の事だ。
これだけ聞くと自分の行いを反省し、自らを高めようとしているように見えて、幸香は刀夜に激励の一つでも送ろうかと思っていたのだが、その時に刀夜はこう言ったのだ。
――――応援してくれてありがとう、幸香さん! 安心してくれ! 次こそはあんな卑怯な奴に負けたりしないから!
刀夜は何一つ反省していなかったのだ。自分の浅慮な言動のせいで美春は謹慎されたのに、非が自分にあるなど欠片も思っていない。それどころか、命も取らずに不問という形で穏便に収めた國久に対して逆恨みすらしていた。
(それを機に、刀夜と距離を置くよう菜穂と一緒に言葉を尽くして諫言を申してみたが、より一層殿下を頑なにしてしまうだけだったな)
どうやら美春の心はすっかりと刀夜に依存してしまっているらしい。
今となっては美春から距離を置かれてしまい、まともに話しかけることも出来なくなっている。このままでは皇族が本格的に没落するという危惧していた展開が現実のものになってしまうのではないかと、幸香は今から気が気でなかった。
=====
それから、浄永寺で行われた会見の全ての日程が終了し、俺たちは互いの領地へ戻る日がやってきた。
表向きの目的である馬鈴薯と米や小麦に関する取引は無事に完了。裏側の目的であった、有事の際の密約に関しても、この場で決められるところまでしっかりと話し合い、後日に正式な契約を結ぶために動きだす段階までこぎつけることに成功した。
「今回の会見は実に有意義なものだった。現当主である高時殿にも、今後とも是非よろしくと伝えておいてくれ」
「あい分かった。今回の会見での出来事、余すことなく父に伝えることを約束しよう」
互いの家臣たちに見守られる中、夜間での話し合いの時のような気軽な雰囲気は鳴りを潜め、あくまでも公人としての挨拶を交わす俺と晴信。例え前世からの友人であり、今世でも友情を結べたとはいえ、互いの立場ってもんがあるからな。
今後の活動のため、互いの目的のため、通すべき筋道はちゃんと通さないといけない。
「当主である父に話を通してからとなるが、土御門家と勅使河原家の書状に関しても、今回話し合った通りになるだろう。國久殿には……」
「安心してほしい。こちらでも家中で話を通しておく」
おそらく坂田と森野が転生した先だと思われる、【ドキ恋】の原作とは大きく異なる二人の人間、土御門政宗と勅使河原惟冬への書状は、華衆院家と西園寺家の連名で送り、あの夜に話し合った通り、対ラスボス兼内乱対策の連合を組む方向で交渉することになるだろう。
(流石にラスボスやら内乱やらの事を表沙汰にして話を進めるわけにはいかないけどな)
幸いにも、華衆院家と西園寺家、土御門家と勅使河原家は得意分野というか……それぞれの領地で生産している物や、発展している技術とかが異なる。四家で交流を深める表向きの理由は、幾らでも存在するわけだ。
(それに、転生者四人の個人的な目標……多分、これに関しても衝突は起こらない)
前世での俺たち四人は【ドキ恋】をプレイし終わった後で感想を話し合っていたんだが、その時に四人の推しキャラが全て異なることを知った。何かと気の合う俺たち四人だけど、こと萌えツボに関しては大きな違いがあったんだよな。
俺が雪那と、晴信が燐と結婚することを第一目標としているように、他の二人が推しキャラとの結婚を第一目標にしたとしても、三角関係に陥ることはまず無いだろう。いずれにせよ、この過酷な異世界での生存戦略となれば、断る理由はないだろうというのが、坂田と森野の事をよく知る俺たち二人の見解だ。
「では晴信殿、しばしの別れだ」
「あぁ……そうだな」
最後の挨拶と、それに伴うちょっとした最終確認も全て終わり、俺たちは固く握手をして別れを告げる。
……正直に言って、凄く名残惜しい。折角こうして再会できたというのに、またこうしてお別れをしなくちゃいけないというのは、中々胸に来るものがある。
まぁ、しょうがない話ではあるんだけどな。お互い離れた場所にある領地の未来を背負ってる人間だ。行動範囲は基本的に自領で縛られているから、前世の時みたいに、会いたい時に会えるような間柄ではなくなってしまった。
(それでも、悲しくはない)
転生したばかりの頃とは違う。何せ同じ世界、同じ国、同じ空の下で生きていると分かったんだ。何時かまた四人で会える日もくる……そう思えば、前に向かって進む力が漲ってくるってもんだ。
「さらばだ、晴信殿。また会うその時まで、どうか息災でな」
「そちらこそ、妖魔に負けて死んでくれるなよ……次に会う、祭りの時までな」
名残惜しさを消すように、最後はお互いの手を強めに握り、手を放す。
……まぁ、次会う予定も組み立ててたりするし、ここまで名残惜しくする必要もないんだけどな。
「父に話を通せば、貴殿を正式に我が領が誇る祭り、大奉納祭に招待できるだろう。その時は是非とも、雪那殿下を連れて楽しんでくれ」
「あぁ。こっちも予定を開けて楽しみにしてるよ」
大奉納祭……大和帝国随一の食料生産地である西園寺領で年に一度行われる、大地を司る龍に一年の豊穣の感謝を伝えるという祭りだ。
遠く離れた領地で行われる祭りだから参加したことは無いけど、伝え聞く話じゃ何台もの神輿が行き交い、舞台が開かれ、様々な美酒美食を味わえる、大和帝国でも五本の指に入るくらい規模の大きい祭りらしい。
(国中から人が集まるその祭りに俺が参加することで、華衆院家と西園寺家が親密な関係にあることを、国中にアピールするって訳だ)
そうすることで華衆院家に手出しすれば西園寺家が、西園寺家に手出しすれば華衆院家が黙っていないという事を国内に誇示することで、下手に争う前に話し合いをしようと国中の貴族に思わせようって寸法である。
祭り当日は晴信は運営で急がしいから話す機会はあまりないだろうけど、こうやって貴族同士で手を結べば争わずに話を進めることが出来る……国内で味方を増やし、皇族ですら下手に出ざるを得ない権力を手にするという、俺の当面の目的を達成する第一歩を、無事に踏み出すことが出来るわけだ。
(それにこの祭りは、個人的なチャンスでもある……!)
何しろ雪那とお祭りデートに出かける絶好のチャンス……この機会をものにし、俺たちの仲を進展させるしかないだろう。
聞くところによると、大奉納祭では花火の打ち上げとかもあるらしい。祭り特有のロマンチックな雰囲気の中、より一層雪那を俺に夢中にさせてやろうじゃないか。
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