夜の会談
「そういうお前は、死んでもロリ巨乳と敬語キャラ好きが治っていないようだな? なぁ、北川氏よ」
北川氏……前世での俺の苗字で、山本の俺に対する呼称だ。その上、前世から続く俺の萌えツボを的確に言い当ててくるということは……もはや、疑いようがない。
「本当に、山本なのか……!」
……前世の俺には、中学一年の時に知り合った友達が三人いた。
俺を含めた全員がコアなオタク男子で趣味が合っていた上に、根っこの性格部分も相性が良かったから、二十歳の時に死ぬ時まで本当に仲が良かったのだ。
ずっと男所帯でつるんで灰色の青春を謳歌しまくっていたし、とても恋愛なんて出来るような面子じゃなかったけど、四人で楽しく過ごした毎日は、俺にとって掛け替えのない思い出だ。
山本は、そんな俺の友達の一人。そんなもう二度と会えないと思っていた友達が、生まれ変わった姿で俺の前にいる。
「…………うん!? いや、ちょっと待て! お前本当に山本なんだよな?」
「その通りだが……なんだ? まだ信じられないのか? 何なら他にもお前の黒歴史を語っても良いが?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど…………お前、キャラ違い過ぎない……?」
前世の友達と意外過ぎる形で再会を果たし、俺は転生前の記憶を一気に思い出していたんだが……正直な話、俺の知っている山本像と、目の前にいるクール系イケメンがどうしても結びつかない。なのでこっちからも色々と確認してみることにした。
「お前の守備範囲は?」
「身長が百四十センチ前後のツルペタ」
「定期的に購入してた愛読書は?」
「コミックL●」
「エロ小説サイトに投稿してた作品のタイトル」
「【幼女だらけのファンタジー異世界にロリコンたちが転生した件について】」
「マジで山本じゃねぇかあああああああああああああっ!!」
「だからそう言っているだろう」
何一つ悪びれることも恥じることもなく堂々と性癖を暴露するイケメンに、俺は前世の山本の姿を重ねざるを得なかった。
そうだった……! 山本って自分の性癖を一切隠さないオープンな奴だった……! 特に守備範囲はと聞かれて、年齢じゃなくて身体的特徴を口にする辺りが如何にも山本らしい!
口で言うだけで実際に犯罪行為に走ることは無かったから無害だけど、常日頃から大真面目に「生まれ変わったら光源氏になりたいでござる」と大真面目に言うロリコン野郎……それが俺の知る山本である。
「まったく、何をそんなに狼狽えているのだ。一度死んで生まれ変わったのだから、別人のように見えるのは当たり前だろう。お前とて、前世からは想像もできない姿をしているではないか」
言わんとしていることは理解できる。前世の俺は決してモテるような外見をしていなかったけど、今では十人中十人がイケメンだと答える陽キャなチャラ男風イケメンだしな。前世と見た目が大きく異なるのは当たり前のことだ。
「だとしてもおかしいだろ!? お前、そんな喋り方する奴じゃなかったよなぁ!?」
俺の知っている山本は、「でゅふふふふふっ! 昨日放送された新アニメをリアタイで観たでござるか北川氏~。ヒロインがロリ属性完備してて思わずブヒってしまったでござるよぉ」みたいな喋り方をする、眼鏡をかけた小太りのオタク男子だ。断じてこんな見た目も喋り方もクールな感じのイケメンじゃなかったぞ!?
「これでも大貴族である西園寺家の嫡男として転生したのでな。喋り方が矯正されるのも仕方あるまい」
「ま、まぁ……確かにそうだけど……」
むしろ同じ大貴族なのにフランクな話し方を普段使いしている俺の方が少数派だろうな。
「……あ。じゃあ性癖も「治っていない」……そっすか」
とんでもない食い気味で答えられた。どうやら奴のロリコンは死んでも治らなかったらしい。
「でも……そうか……本当に、山本なんだな……」
今でこそ重文たち家臣や城下町の皆、そして雪那が居るからこの世界でも希望を持って生きていけてるけど、転生した当初は、もう二度と友達と会うことが出来ないんだと思っていた。ゲームもない、漫画もない、ラノベもない、何よりも三人が居ないことに絶望さえしていた。
それがまさか……こんな事って、あるんだなぁ……。
「おい……何を泣いているのだ」
「お前こそ……涙声になってるぞ」
「仕方ないだろう……こんな事が起こるとは、夢にも思っていなかったのだからな」
「あぁ……そうだな。俺も、そう思う」
夜の帳が下りた寺院の一室。世界を超え、十八年の時を経て再会した俺たちは、男二人でしばらく泣くしか出来なかった。
=====
「それじゃあ、晴信が【ドキ恋】の事を思い出したのは最近だったのか?」
それから暫く経ち、ようやく落ち着いた俺たちは酒と肴を口にしながら会談を再開することにした。
ちなみに前世の名前で呼び合っていると面倒ごとが発生するから、今世の名前で呼び合うことにしたんだが、案外しっくりくるもんである。
「あぁ。それ以外の事に関しては生まれた時から覚えていたから、原作通りの人間にならずに済んだのだが、【ドキ恋】のシナリオを思い出したのは半年ほど前の事だ」
「マジかよ……俺はそっちの方も生まれつき覚えてたんだけどな」
どうやら俺と晴信とでは、記憶が戻るタイミングに大きな差があったらしい。そんな原作を思い出せない十八年は、決して小さくない損害だろう。
「それで、原作を思い出した後は急ぎ国内情勢を洗い直してな。その中で國久……お前が原作シナリオから大きく逸脱して動いていることを知って転生者だと当たりをつけ、こうして会見を申し込んだのだ。その正体が前世での友人だと思ったのは、実際に話してみた印象と、自分の評価が下がるリスクを負ってまで雪那殿下を娶った行動を知って予感した。彼女は【ドキ恋】の中でお前が一番好きなキャラだったからな」
晴信の行動の理由は、凡そ俺が予想した通りだった。流石に最初の方は、俺が前世の友達だなんて思っていなかったみたいだけど、晴信も原作と照らし合わせて俺が転生者だと思ったから、表向きの理由をつけて会見をセッティングしたらしい。
まぁそうしようと思っていたのは俺も同じだったんだけどな。原作の悪役が全然悪役らしくないって事は知ってたし、遅かれ早かれ俺もきっかけを作って会見を申し出ていただろう。
「皇族の権威の失墜に伴う国内情勢の悪化や、ラスボスによる皇帝殺害を発端とする内乱……これを乗り切るためにはより信頼における味方が必要だと考えてな。そこで目を付けたのが國久だったという訳だ」
「なるほどな……だとしたら、俺に話を持ち掛けてきたのは正解だった。ただその前に一つ聞かせてくれ。この世界で生きるにあたって、晴信には明確な目的とかあるか? あるなら互いの目的を邪魔しないよう、上手く協力し合える態勢を取った方が良いと思う」
「目標か……勿論、ある」
その時、晴信の視線が一瞬だけ上……天井に向いたのを俺は見逃さなかった。
その反応を見て俺は「まさか」と思った。しかしそれと同時に、「こいつならやりかねない」とも確信する。
「もしかして何だけどさ……西園寺家で斑鳩燐を雇ってたりする? しかも今まさに、晴信の護衛として天井裏に潜んでるとか」
「……よく気付いたな。燐の隠形は、探知に優れた魔術師でも気付けないほどなのだが」
「んー……俺の場合、魔力や人の気配を探知した訳じゃないんだけど」
地属性魔術を極めた俺は、一定範囲内に存在する鉱物を探知するという、金属探知機みたいな魔術が使える。
この魔術の前には、いくら隠形に長けた忍者でも鉱物を持って動いていれば容赦なく察知できる。現にさっきから、浄永寺の屋根裏で忍者刀や幾つもの暗器みたいな形をした鉱物が動いているのを探知してたしな。
「で、話は戻すんだけど……お前、まさか……!」
「察しの通りだ。俺は斑鳩燐を…………ストライクゾーンど真ん中のロリっ子と結婚したい!!」
「やはりかぁああああああああっ!!」
幾ら防音の魔道具を使っているとはいえ、当人が潜んでいるこの場所でとんでもない発言を魂からの本音として叫ぶ晴信。マジなのか、この男はマジなのか……!?
「三年前、原作知識が戻る前に出会った時からの一目惚れなのだ……この恋路を貫けるなら、俺はなんだってして見せる……!」
「落ち着け! 理想の萌えキャラが現実のものになって興奮しているのは分かるが、相手は原作通りのロリなんだろ!? 幼女に手を出すなんて異世界でも犯罪だぞ!」
「安心しろ。ロリはロリでも合法ロリ……誕生日的には俺より少し年下の十八歳だ。手を出したところで咎められる筋合いはない」
「何、だと……!?」
ば、馬鹿な……!? エロゲー定番の「この物語の登場人物はすべて十八歳以上です」っていう注意書きは、制作会社の嘘偽りに塗れた建前じゃなかったのか!? 原作の燐と言えば、身長百四十センチも無いっていう、紛う事なきロリキャラだぞ? あれが十八? 嘘だろ!?
「國久……お前になら分かるだろう? 前世から恋焦がれた相手と巡り合い、その女と結ばれたいと願う俺の気持ちが。率直に言ってしまえば、好みの女とエロい事がしたいという、この熱い滾りが……!」
「それは……すっっっっごい理解できる……!」
今目の前にいる晴信は俺と同じだ。好きな女と結ばれるためならどんな手段も厭わないその気概は、雪那と結ばれる為の手段を選ばない俺だからこそ、誰よりも理解出来てしまった。
そして分かってしまう。ただでさえ前世では絶対に手を出すことが許されない守備範囲を持っていたのに、今世では合法的に手を出すことが出来る好みの女が目の前に現れたんだ。もしこの恋路を邪魔しようものなら命はない……そう思えるほどの気迫を、俺は肌で感じ取っていた。
「分かった。実際に合法なら、これ以上は何も言わない。何だったら、友達の恋路の応援だってしてやるさ」
「おお、よくぞ言ってくれた! 流石は前世からの付き合い。持つべきものは親友だな!」
「よし……そうと決まれば、華衆院家と西園寺家の両家での内乱対策の取り決めに関する草案を話し合うとしよう」
それにしても、俺たちはつくづく気が合うと思う。何せ同じ世界に転生して、同じような目的を持って生きているんだから。
正直な話、西園寺家と手を結ばない理由はない。前世からの友人であることに加え、財力、兵力、生産力、どれをとっても大貴族に相応しい名家だし、競合する要素もない。その上、お互いの目標を理解し、協力し合えるなんて、同盟相手としてこれ以上相応しい人間は他にいないだろう。
「そう言えば、原作主人公と戦ったそうだな。どうだったのだ? 実際に会ってみて」
「…………正直、かなりヤバい奴だったな」
俺は首都で起こったことを誇張なく伝えると、晴信は思いっきり顔を顰めた。
「それは……俺の想像を絶するヤバさだな。幾ら身分制度のない日本生まれだといっても限度があるだろう」
「俺もそう思うんだけど……刀夜って原作でもあそこまで酷かったっけ? シナリオ読み飛ばしてたから、よく覚えてないんだよ」
「それは俺もだ。お前と同じく、【ドキ恋】を購入してプレイした訳ではないからな」
晴信も俺と同様に、【ドキ恋】を購入した他の友達のPC借りてプレイした口だ。一応原作シナリオに関しても覚えている範囲で話し合ってみたけど、持っている知識に大差はなかった。
だがまぁ、前世からの友人が同じ世界に転生したと思うと安心感がまるで違う。ゲームの世界に転生なんて、実際に体験してみると――――
「…………?」
その時、俺は違和感を感じ取った。何を根拠にそう感じたのかも分からない、小さな違和感だ。
「國久? どうかしたか?」
「いや、何でもない。とにかく、原作シナリオに関しては俺たちで考えてもどうしようもない。せめて坂田と森野の二人が俺たちと同じように転生してたら話は変わるんだが……」
そんな僅かな違和感は話の流れにあっという間に呑まれていき、俺も気にならなくなって話を進めた。
坂田と森野は、【ドキ恋】を購入してじっくりとプレイした、俺の前世での友達の残り二人の事だ。作風自体が好みから外れていただけではなく、PCを借りて急ぎ足でクリック連打して【ドキ恋】をプレイしていた俺たちと違い、あの二人なら原作シナリオに関して分かっていることも多いんじゃなかろうか?
「……それに関してなのだが、國久。もしかしたら、坂田と森野も、この世界に転生している可能性があると言ったらどうする?」
「……どういうことだ?」
俺は居住まいを正して晴信の言葉に耳を傾ける。
「西園寺家は忍者である燐を家臣に加えることで、情報網を大幅に強化することに成功している。そうすることで領主家族の詳しい人格や趣味嗜好まで調べられるようになったのだが、俺と國久を除き、原作から大きく乖離した行動を取り、人格を形成している、二人の原作キャラ……土御門政宗と勅使河原惟冬の異変に気が付いたのだ」
「原作に出てくる小悪党四人に、俺たち四人が転生してて、残りの二人が坂田と森野の転生先だと? 何か根拠はあるのか?」
「残念ながら確証はない……しかし思い返してみてほしい。俺たちの前世は、どのような死に方だった?」
そう言われて、俺は眠っていた記憶を呼び起こす。
確か……レンタカー借りて四人でコミケに行った帰りに、信号無視した大型トラックが横から突っ込んできて、そのままって感じだったはず。
「あの事故で四人纏めて死んで、俺と國久はこうして【ドキ恋】に登場する四人の小悪党の内の二人である華衆院國久と西園寺晴信に転生した。だったら後の二人も同様に転生しているんじゃないか……根拠はないが、実はそうではないかという予感を感じないか?」
そう言われると、俺も否定しきれない。俺一人が転生してたなら単なる偶然で片付けられただろうけど、今目の前に俺と同じように悪役に転生した奴がいる。だったら俺たちと同時に同じ死に方をした坂田と森野もこの世界に転生してるんじゃないか? そしてその転生先は、原作から大きくかけ離れた言動や性格をしている人間なんじゃないか……そう感じずには居られなかった。
「もしもこの予感が当たってたなら、俺たち悪役転生者四人による連合が組めるのでないか? そうなればラスボスも内乱もより確実に切り抜けられるはずだ……!」
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