黒歴史を知る者


 その後、恙なく岩の大船は空を進み、浄永寺からほど近い場所にある、事前の取り決めで船を停める場所として定めていた平野に船を着陸させる。

 そこから地属性魔術を使って岩の船を変形。タラップ代わりのなだらかな角度をした段差が低く、長く広い階段を地面まで形成し、俺と雪那、兵士たちを降ろした。

 浄永寺は麓に大きな町がある、帝国西部でも古くから有力者同士の会談に使われてきた大きな寺だ。遠く離れたこの位置からでも、目的地である寺の屋根が見えている。


(出発から一時間足らずで到着……かなりの速度で来れたけど、飛行船が当たり前じゃない今の世の中だと、停める場所に困るのが難点だな)


 そこら辺も解決すべき問題だな。もっと小さな飛行船なら適当に庭に停めるとか出来そうだけど。

 飛行船の普及の目途が立った後の事を考えながら、馬に跨った俺は、ちょっとした軍事パレードをするかのように兵たちを率いて浄永寺へと向かうその直前、さり気なく近づいてきた雪那が俺の手を軽く握った。


「……お疲れ様です、國久様」

「こっちこそ、ありがとな」


 龍印の事を公に出来ないからこっそりとだが、一瞬で消耗した魔力を補給して呉れる雪那に小さく礼を言うと、彼女は控えめな微笑みで返した。


(相変わらず、とんでもない魔力量だな。かなりの魔力を消耗したってのに、一瞬で全回復とは)


 この三年間で俺の魔力量も跳ね上がったが、雪那に比べると雀の涙以下だろう。

 気を取り直して準備を進め、いざ出発をすると、岩の大船が空を飛んでくるという話は地元民たちの間でもすでに話題になっていたのだろう。町に辿り着くまでもなく幾人もの人が様子を見に来ていて、道の両脇からの視線が俺の一身に向けられていた。


(今でも信じられない、夢でも見てるんじゃないかって顔だな)


 その反応も仕方ない。もはや伝承しか残っていない飛行魔術……それも始祖にしか出来なかったっていう、大船を飛ばすなんて事を、過程は違えどやってのけたんだからな。

 これを見た西園寺家の連中に対し、華衆院家の力の一端をアピールできたことを祈ろう。


「着いた……ここが浄永寺か」


 そうして衆人環視に晒されながら歩を進めていき、俺たちは浄永寺に辿り着いた。

 小山の中腹に位置する浄永寺には、なだらかな坂を上って本堂へと向かう入り口が二つあって、その内の片方を使って行軍していくと、本堂に続く石階段の前に立派な装備で身を固めた錚々たる軍勢と、それを率いる一人の男が待ち構えていた。

 あの男が恐らくそうなんだろう……そう直感した俺は、馬から降りて男と正面から向かい合う。


「貴殿が華衆院國久殿か」

「如何にも。そう言う貴殿は、西園寺晴信殿とお見受けするが」

「その通り……俺が西園寺家次期当主、西園寺晴信で相違ない」


 そう断言したその男を、改めて観察する。

 前世でPCの画面で見たとおり、黒髪のロングポニーテールに、怜悧な美貌を持つ切れ長の瞳が特徴的な美男子だ。男がやったらむさ苦しくなりがちな黒髪のロングヘアーも非常に様になっていて、西洋ファンタジー作品にでも出てくれば氷の貴公子とでも呼ばれそうな外見と雰囲気をしている。


「話には聞いていたが、本当に岩の大船に乗って現れるとは驚かされたぞ。音に聞こえし土蜘蛛殺しの英雄、その名に偽りのない技量と魔力量だ」

「大貴族である西園寺家の次期当主として頭角を現していると評判の晴信殿にそこまで褒められるとは光栄だ」


 俺がそう言うと、晴信は真剣な表情で頷く。

 そんな形式的なやり取りをしていると、俺に少し遅れる形で雪那が乗った四方輿がやってきて、中から雪那が出てくる。


「おぉ……もしや、あのお方が……」


 上品な柄の内掛を纏い、うっすらと化粧が施されて、美しく着飾った美少女を見た西園寺軍から感嘆の声が漏れるのが聞こえる。少なくとも、俺が確認できた限りでは嘲りや侮蔑の視線は感じられない。どうやら連中は、この世の真理ってもんをよく分かっているらしい。

 華衆院家のコネと金をフル活用して五年間磨き続けた雪那は、他の原作ヒロインと比べても突出した美人になっている。本当に美しいものを前にすれば、下らない迷信なんぞ吹き飛ぶもんなのだ。


「紹介しよう、晴信殿。俺の婚約者である雪那だ」

「お初にお目にかかります、雪那殿下。私は西園寺家次期当主、晴信と申します。本日はここまでご足労いただき、感謝の言葉もありません」


 俺が紹介すると、晴信は片膝を地面に付けて頭を下げる。その流れるような動きには躊躇いが見られない。

 少なくとも、当人を前にして顔に出すほど赤目に対する偏見は持っていないようだ。まぁもしそうなら、最初から雪那を招待なんてしないか。


「頭を上げてください、晴信殿。今の私は華衆院國久様の婚約者としてこの場に立っています。そのような畏まった態度は無用です」

「……では、失礼して」


 ……何だか身に覚えのあるやり取りだ。当時の俺はここまで完璧な作法を身に付けてはいなかったが、五年前に俺と雪那が初めて出会った時のやり取りも、大体こんな感じだったのかもしれん。


「では会見の場所である本殿へ向かうとしよう。此度の会見を、互いにとって実りのあるものにする為に」


   ======


 書状に描かれていた会見の内容……ジャガイモやら何やらの話し合いは無事に終わった。

 ていうか元々、そこら辺の話し合いは事前のやり取りで殆ど終わってたし、今日やった事と言えば最終調整と、正式に書類を交わすことくらいである。

 ……むしろ本番は夜。仲介役である日龍宗の僧侶たちにも聞かせないよう、こっそりと行われる次期当主同士の対談が、今回の会見の本命だ。


(ある程度予想はしていたが、やっぱり向こうから誘ってきたな)


 今日一日目の会見が終わった後、俺の元にこっそりと届けられた短い手紙の内容……夜中に晴信が使っている部屋を伺ってほしいという言葉に従って、俺は浄永寺の廊下を静かに進んでいく。

 日龍宗の寺院は滞在の為の宿泊施設という一面を持つ。今この浄永寺には俺と雪那、そして晴信といった位の高い面々が宿泊していて、他の兵士たちは夜間の見回りなり町で宿をとって寝てたりしている状況だ。


(……まぁ、この建物にいるのは僧侶や俺たちだけじゃないみたいだけど、それは放っておいて良いだろ)


 その正体の目星は付いている。おそらく害意はないだろうし、対応できる自信もあるから問題はない。俺はこの建物に潜む何者かの存在を敢えて無視し、晴信が使っている部屋の前に立つ。

  

「晴信殿、國久だ。呼ばれて来たぞ」

「あぁ、どうぞ中に入ってくれ」


 そう言われた俺は襖を開け、部屋の中に入ると、そこには緑色の結晶が嵌め込まれた円形の置物……一定範囲内に防音の結界を張る魔道具と、酒と肴を用意した晴信が待ち構えていた。どうやら秘密話をする準備は万端らしい。


「まずは礼を言わせてほしい。よくぞ俺からの招待に応じてくれた」

「気にするな。俺も貴殿には聞きたいことがあった」


 そう言って、俺たちは少しの間だけ黙り込んでしまった。互いにどんなことを話せばいいのか分からなくなってしまったんだ。

 しかし何時までも黙り続けるわけにはいかない……そう晴信も思ったのか、軽く息を吐いて言葉を紡ぐ。


「そうだな、まずはこれだけ聞こう。…………國久殿は、【ドキ恋】を知っているか?」


 ……その言葉を聞いて、俺は確信した。俺が知る知識と現実の齟齬、その原因は懸念していた通りだったんだと。


「そう言うってことは、やっぱりあんたも転生者だったんだな」

「その通りだ。原作を無視して随分と派手に動いているからな。國久殿が一体どういうつもりなのか、目的は何なのか、そう言った事情を知っておきたかった」


 ……確かに、俺は原作を完全に潰すのも厭わずに行動をしている。それが他の転生者側から見ればどういうつもりなのか、俺の目的が何であるのかが気になるところだろう。

 しかしそれは俺も同じだ。原作という未来や知られざる事情を知る、影響力の高い人間がどのように行動するのか……それは俺の今後の方針に関わってくる情報だからな。


「信じてもらえないかもしれないが、俺は大それたことがしたいわけじゃない。それを証明しろと言われると難しいんだが……」


 相手が俺と同じ転生者ならば、事情を理解してもらえるのではないか……そう期待して、俺は焦らず、冷静に事情を説明した。

 ぶっちゃけた話、俺がしてきたことなんてほぼ百パーセント私情によるものだったんだけど、だからこそ邪魔さえされない限りは他人を害するつもりは一切ないし、何だったら可能な限り晴信に協力することも出来るということを、懇切丁寧に話す。

 向こうも腹を割って転生者であることを明かしたんだ。だったらこっちも正直に話さないことには信用を勝ち取れないだろう。


「……という訳でな。俺は単に好きになった女と幸せに暮らしたいだけなんだ。そのために必要なことなら何でもするし、邪魔立てするなら容赦出来なくなるということだけは覚えておいてほしい」

「…………」


 言いたいことを全て言い終えた俺は、晴信の返答を待つ。

 俺の目的を聞いた晴信がどんな答えを出すのか……緊張しながら待っていると、晴信はただならぬ様子で口を開いた。

 

「國久殿、もう一つ聞きたいことがある。どうか正直に答えてくれ……っ」

「わ、分かった」

 

 一体どうしたんだろう……? 様子がおかしいが、何か変なことを言ったか?

 疑問に思いながらも晴信の質問に耳を傾けていると、この男はとんでもない情報を口にした。


「國久殿は前世で、一時期恥ずかしい設定ノートを熱心に書いてる時期はなかったか? タイトルは確か、黒炎邪神龍王騎士団と書いてダークネスエリートって呼ぶ系の、とにかく香ばしい感じのノートを」

「ぶふぉおっ!?」


 俺の口から今まで出たことがないような叫び声が飛び出す。

 ば、馬鹿な……! それは俺の黒歴史中二病時代にノートに書いて、世に一切出すことなく焚書にしたはずの恥ずかしい設定資料集のタイトル! 何でこいつがそんな超一級禁書の存在を知っているんだ!?


(……いや、待てよ)


 一人だけいたのだ。前世であのノートを見つけ、後で振り返って悶絶したくなるような内容を冷静に指摘することで俺を中二病から解き放った男が。

 その男と俺は中学校以来からの親友だった。お互いの嫌がるようなことはしないし、人の黒歴史を吹聴して回るような奴じゃないということを、この俺が誰よりも知っている。そんな俺の前世での秘密を口にする転生者と言えば……俺の前世での最後を鑑みても、一人しかありえない。


「や、山本……!? お前、ロリコン眼鏡の山本か!?」

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