空飛ぶ岩船
本編の前にお知らせです。この度、応援コメントでいただいたアドバイスを元に少しだけ改稿しました。ほんの些細な変化で、話の流れは変わっていませんが、読んでいて受ける印象が良い方向に変わるかもしれないので、よろしければ読み直してみてくださると幸いです。
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それから様々なやり取りを経て、会見の場は華衆院領と西園寺領の丁度中間に位置する、三笠領に建てられた日龍宗の寺院の一つ、浄永寺に決まった。
この大和帝国の国教、日龍宗は政治的権限を持たない代わりに、国内中の王侯貴族に対して中立にして仲介人という立場を持っている。だから決闘の立会人とか、今回のような会見の場を用意する役目を引き受けられるって訳だ。
(貴族間の争いになった時の調停役になったりもするから、貴族としても日龍宗とは懇意にしときたいんだよな)
亡くなった家族を丁重に弔う役割もあるし、たかが宗教家と侮れない。会見の場を用意してもらうこともあって、国中の貴族や有力商人は挙って日龍宗に寄付して、寺院を権力者同士の会見の場として相応しい立派な建物にしているって訳だ。
幸い、政治的権限を手放しているおかげもあってか、日龍宗にはそれほどきな臭くないしな。
「若様、姫様の準備が整いました」
そんなことを考えながら雪那の準備が整うのを待っていると、宮子に声をかけられて振り返る。そこには白と青を基調とした、落ち着いた色合いの花模様が刺繍された打掛を身に纏った、大和帝国の貴族女性の正装姿をした雪那がいた。
「おぉ……素晴らしい……! 超似合ってるじゃないか! 普段の格好も勿論似合っているが、こういった正装姿もまた違った魅力がある! やっぱりお前って女は世界一綺麗な良い女だよ!」
「く、國久様……! 皆が、皆が見ておりますから……!」
雪那の両手で口を押えられながら周りを見てみると、奥御殿周りに待機していた同行の兵士や侍女たちがこちらを見ていた。どうやら雪那の魅力はどうやっても隠し切れないらしく、みんなが見ほれるような顔をしていた。
改めて思うが、こんな美少女を婚約者にした俺は大和帝国一の果報者だ。何時か寝室の布団の上で正装姿の雪那を脱がしてみたいものである。
「この着物は宮子が選んだのか? 相変わらず良い仕事をするなぁ」
「ふふん。そうでしょう? うっすらと桜色をした御髪の姫様には、白とか青とか落ち着いた色が似合うと思ったんですよ」
ドヤ顔でそう言った宮子は、雪那に気付かれないようにアイコンタクトを送ってきた。
――――それに若様、こういう格好の女性が好きでしょう? なんて言うかこう、童貞が好きそうな清楚な感じのが。
――――正解。お前って本当によく分かってるな。
龍印が雪那に宿って以降、背中を見られることを避けるために、雪那が着る服やら着替えやらに関しては殆ど宮子が一任されしている。雪那自身はファッションに疎いので、日々着る服は宮子に任せているらしい。それに伴って宮子にはファッションの勉強をしてもらったんだが、これがまた絶妙に俺好みのを選んでくるのだ。
勿論、宮子にとっては雪那に似合うかどうかが最優先。その一点を抑えた上で俺の好みの着物をチョイスしてくるんだから、やっぱり雪那は俺のストライクゾーンど真ん中を地で行く女だと思う。
(宮子も宮子で、雪那を着飾るのが楽しいみたいだし、こういう感じの仕事に向いているのかもな)
いずれにせよ、毎日絶妙なチョイスで雪那を美しく着飾り、俺の目の保養をしてくれる宮子には特別手当が必要だろう。それを使って、原作では一緒に殺される運命だった家族と贅沢でも何でもしてほしいところだ。
「さぁ、これで準備は整った。いざ西園寺家次期当主、晴信殿が待つ浄永寺に向かって出発するぞ!」
『『『おうっ!!』』』
俺の号令を受け、新品の鎧や刀、槍を装備した兵士たちが一斉に動き出す。
貴族同士の会見を行う時、「これから交渉する相手にはこれほどの力があるのだ」と自領の力を誇示するために、妖魔と戦う軍隊を率いる軍事パレードを兼ねた行軍で会見場所へと向かうのが一般的だ。だから俺はこの日の為に華衆院家で抱えている軍を編成した訳だ。
(だが俺は、ここでもう一押しする)
折角の機会だ。この五年間でずっと磨いてきた俺の魔術、その到達点の一つを見せつけ、華衆院家次期当主の力ってやつを領民や西園寺家の面々にアピールしよう。
そう思って計画を進めた俺は、軍を率いて城下町の大通りを通り過ぎ、そのまま大きく開けた空き地にポツンと建てられた、ちょっとした大きさの屋敷の前まで来ていた。
「せっかくの会見だ。どうせなら派手に行こう。……全員配置に付け! 遅れた奴は置いてくぞ!」
俺は雪那と、その身の回りの世話をする宮子を始めとした侍女数名が建物の中に入り、兵士たちもそれに続く形で配置に付くのを待つ。
「は、話には聞いてるが、本当に大丈夫か……?」
「馬鹿、今さら見苦しいぞ。男ならさっさと腹を括れ」
「我らが次期当主様を信じろ。あの方は土蜘蛛すら難なく仕留める、この地の英雄だ」
これから俺がしようとしているのは、当然兵士たちも承知済みだが、それでも彼らが一度も経験したことがないような事だ。幾らか不安の声も上がっているが、土蜘蛛殺しの英雄というネームバリューが効いているのか、最終的には全員腹を括った様子だ。
それを確認し終わってから、俺は地属性魔術を発動した。
「行くぞ……【岩塞龍・
その瞬間、館を丸ごと掬い上げるかのように、地面から巨大な岩の船が出現し、建物の基礎ごと何百人といる兵士たちを上空まで浮かび上がらせる、
船首が巨大な龍の頭の形をした、空に浮かぶ岩の大船は、そのまま浄永寺方面へと飛行を開始し、腹を括って搭乗していたはずの兵士たちは皆、盛大に狼狽え始めた。
「お、おおおおおおおっ!? と、とと、飛んでる!? 本当に空を飛んでるぞ!?」
「ば、馬鹿! 押すな! 危ないだろうが!」
「えぇい、狼狽えるなお前ら! 事前に空を飛んで向かうって言ってただろうが!」
「も、申し訳ありません國久様! で、ですがいざ本当に空を飛んでみると……!」
まぁ兵士たちが狼狽えるのは仕方のない話だ。何しろ魔術大国である大和でも、飛行魔術は失われてしまった魔術だからな。
(前世のファンタジー小説だと飛行魔術なんて大したことなさそうだと思ったんだけど……実際は超絶難しいからな)
風属性魔術を駆使して飛行するわけなんだが、ちょっと魔力制御をミスるだけで地面に墜落して死に直結する危険な魔術の上に、風属性魔術を極限まで極めなきゃできないような超繊細な制御が必要になってくるから、使える人間が居なくなってしまったそうだ。
実際に俺も残された文献を元に色々と試してはみたんだけど、全身打撲と擦り傷だらけになって断念する羽目になった。
(大昔……魔術の開祖は飛行魔術を駆使して何艘もの大船を飛ばし、滅亡寸前だった大和帝国を救ったらしいが……もしそれが本当なら、とんでもない天才だったんだな)
少なくとも、今の俺じゃあ文献通りの飛行魔術を使うのは無理だ。あれは本当に風属性に対する適正がないと安定して使用できないって、体験して理解した。
しかし風属性に拘らなければやりようはあったのだ。それがこの通り、地属性魔術を応用して空を飛ぶというものだ。
俺は元々、鉱物なら自在に形を変え、念動力でも使ったかのように動かすことができた。その技術を応用し、人を乗せた岩の船を宙に浮かび上がらせ、そのまま飛行することが可能になったというわけである。むしろ安定感と制御のし易さを考慮すれば、風属性を使った飛行魔術よりも高性能なんじゃないか?
(今現在、帝国内で飛行魔術を使える人間はいない。だからこそ、【岩塞龍・宙之岩船】という魔術が放つインパクトは絶大なものとなるだろうな)
こんな物が突然飛んでいるのを見れば、地上は大パニックになっているところだろうが、そこら辺は抜かりなく事前に告知しているから問題ない。
船を降ろす場所も確保しなきゃだったし、むしろ巨大な空飛ぶ船が見れると聞いて、わざわざ拝みに来た民も多いんじゃなかろうか?
(難点としては長距離移動となると膨大な魔力を消費する羽目になるが……今の俺ならそれも可能だ)
この三年間で、俺は更に膨大な魔力を身に宿すようになった。流石に龍印を宿した雪那みたいに無尽蔵という訳にはいかないが、それでも岩船一艘だけに限れば、余裕をもって飛ばすことができる。
飛行速度も馬とは段違いに早いし、いずれこの地属性版飛行魔術を体系化して広め、始祖ですらできなかった飛行魔術の普及や、それを用いた高速運送の事業化を実現したいところだ。
(もっとも、一番の目的はそっちじゃないんだけどな)
俺は岩の船の一部と化した屋敷の中に入り、雪那が居る部屋へと向かった。
想像もしなかった人生初の飛行体験に緊張しているのか、邸内で雪那の世話をしている侍女たちは皆強張っている顔をしているが、空を飛んでいることを肌で感じていない分、外で待機している兵士たちに比べれば幾らか余裕がありそうだ。
(それとも案外、女の方が肝が据わってるのかもな)
そんなことを考えながら雪那の為に用意しておいた部屋に入ると、そこには障子窓を開けて空を眺めている雪那の姿があった。
「凄い魔術ですね……! このような大きな岩の船が、天高く舞うだなんて……!」
「気に入ってもらえたか?」
「はい、とても!」
満面の笑みを浮かべて、キラキラとした目で普段よりずっと近いところにある空を眺める雪那。
初めての馬上も結構すぐに慣れていたし、むしろ高いところから見る景色は好きなんだろう。この笑顔を見れただけでも、この魔術を開発した甲斐はあったというものだ。
「だったら何時でもこの空に連れて行ってやるよ。移動も馬よりずっと速いから遠出もしやすいし、そのまま空中逢瀬と洒落込もう」
「お、逢瀬、ですか……!? えっと、その……き、機会があれば、ぜひ……」
俺が飛行魔術に関心持った切っ掛け……それは雪那との空中デートを楽しみたいからである。
華衆院家女主人として様々な教養を身に着けてきた雪那だが、流石に乗馬や武術方面にまで手が回っておらず、長距離移動となると四方輿に乗ってもらう必要がある。
しかし輿というのは狭いし遅いし揺れるし乗り心地が悪い。その上人手はいるし、移動中は話し掛けにくいし、とにかく移動手段に適さないのだ。
(馬で相乗りするのは体が密着して最高だったけど、乗り心地という点ではやっぱり悪いしな)
その点、屋敷を巻き込んで発動する【岩塞龍・宙之岩船】は揺れないし、早いし、窮屈じゃないし、その上冷たい風を防げるし、デートの移動手段としてはもってこいだ。
その上良い雰囲気も出しやすそう。誰も邪魔する者が居ない遥か上空、二人で水平線に沈む夕日を眺めるシチュエーションとか、何ともロマンチックじゃないか。
想像したら何が何でもデートに誘いたくなった。さっそく雪那にデートの申し込みをしようと口を開いた、その時。カンカンカンと敵襲を知らせる甲高い手持ち鐘の音が鳴り響いた。
「敵襲! 敵襲! 正面より、妖魔の大群が接近中!」
「……チィイッ!!」
その知らせを聞いた俺は猛烈に舌打ちをした。これから雪那をデートに誘おうって時に襲ってくるなんて、どうやら本気で死にたいらしい。
「悪いな、雪那。ちょっと行ってくる」
「國久様……どうかお気を付けて。私もこの月龍を持って戦いますので」
押し寄せる妖魔の大群の知らせを受けて、雪那は真剣な表情で護りの短刀、月龍を鞘から抜き放つ。
決闘の戦利品である月龍を雪那に与えたのは最近の事だが、無尽蔵の魔力を放てる彼女なら、この岩の船全体を覆う結界を張ることも可能だ。
「あぁ、この船の守りは任せた」
そうしてくれれば、俺は遠慮なく攻撃に専念できる。
……まぁ、結界が必要に迫られるならの話だがな。
「敵は?」
「あちらです」
甲板になっている場所に出て兵士が指さした方向を見てみると、そこには百匹近い数の鳥型妖魔の群れが真っ直ぐこちらに向かってきているのが見えた。
ギャーギャーと汚い鳴き声を叫び散らかす異形の怪鳥たちは、一体一体の大きさはそれほどでもないが、大群で集落を襲うことで恐れられる妖魔の一種だ。その脅威を他の兵士たちもそれが分かっているからか、皆新品の武器を構えて臨戦態勢をとっている。
「下がってなお前ら。これから大きな会見に向かうって時に、戦いで損耗した装備を持っていく訳にはいかんだろ」
そう言って俺は自ら船首に立ち、【岩塞龍・宙之岩船】に対して更に魔術を重ね掛けると、巨大な龍の頭を象った船首は大きく顎を開き、口の奥から真っ赤に燃える無数の岩を散弾銃のように吐き出した。
『『『ギャアアアアアアアアアッ!?』』』
一つ一つが人間の頭二つ分くらいの大きさがあり、全体に鋭いスパイクが並んだ、赤熱化した岩の砲丸は数任せに放たれ、鳥型妖魔を大量に焼き潰し、撃ち落としていく。
しかし数が数だけに、全ては仕留めきれない。避けられたり外れたりしてしたのもあって、敵の群れはまだまだ残っている。
……だが、しかし。そこで攻撃を終わらせる俺じゃない。敵に直撃して勢いが止まったり、外れて向こう側へと飛んでいく燃える岩の砲丸に対して魔術で干渉すると、落下し始めた岩の砲丸は急旋回を繰り返し、何度も何度も鳥型妖魔の群れを襲う。
「な、なんという魔術だ……!」
「妖魔の群れが見る見る撃ち落とされていく……!」
赤熱化した大量の棘付き岩砲丸は、一個一個が意思を持ったかのように赤い光芒となって空中を縦横無尽に駆け、妖魔の群れをあっという間に撃ち落としていき……百匹近くいた妖魔は悉く地面に墜落していった。
それを確認した俺は全ての岩の砲丸を龍型船首の口の中に仕舞い込む。幸いにも妖魔たちが墜落した場所は人の手が及んでいない山中だし、船を降ろした後で、この地の領主の元に報告の知らせを出すとしよう。
「あれだけいた妖魔を、たった十数秒で全滅……!?」
「これが華衆院國久様……! 土蜘蛛殺しの英雄か!」
背中から浴びせられる賛辞を聞きながら、俺は思いっきり鼻を鳴らす。
これから愛する女をデートに誘おうとしていたところに襲ってきた……すなわち、俺の恋路の邪魔をしたからこうなるんだ。生まれ変わることがあったら、今度こそKYにならないようにすることだな。
「さぁ、道は開けた! このまま先へ進むぞ!」
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