黄金の夜明け
守りの短刀、月龍を譲り受け、無事に饕餮城に戻って来ていた俺は、奥御殿の縁側で刀夜との決闘がもたらした影響と、今後の身の振り方についてちゃんと頭の中で纏めていた。
色んな反応を予想してはいたが、流石に手順も踏まずに決闘を挑んでくるっていうのは予想外だ。この一件はあまりに突発的で、俺も冷静に対処できたか不安になって、こうして対応に間違いはなかったのかと振り返ってみたんだが……結論から言って、完璧とまではいかなくても特に問題はなかったのだと判断できた。
(たかが客将が起こした不祥事を短刀一本で収めるのは貴族として甘い対応だとは思うけど……それを踏まえても、俺が下した結論は間違いではなかったと思う)
まず大前提として、かつては自由を求めていた俺が多忙な貴族としての身分に拘っている理由は、雪那の存在が全てだ。皇女を娶るにはしっかりとした身分が必要だから家督を継いだ訳である。
言ってしまえば、俺にとって貴族としての活動やら立ち振る舞いなんていうのは手段でしかない。雪那との幸せ結婚生活という、俺にとっての至上命題を果たすための利になるのなら、貴族としての面子だの、刀夜の今後なんて話は二の次だ。
(勿論、可能な限りは貴族としての役目を全うするけど、本命の目的はあくまでも雪那と無事に結ばれることにあるからな)
目的と手段を履き違えて行動をするような真似をするわけにはいかない。些か冷静さを欠いていたとはいえ、刀夜たちと対面した時の立ち回りも完璧とは言い難かったし、改めて最終目的を見つめ直して行動するよう心掛けた方がいいな。
(あの場で刀夜に……ひいては雇用主である美春に対して責任を追及するのは簡単だった。でもそれをやったらメリットよりもデメリットの方が大きくなりそうだったんだよな)
今の皇帝は子宝に恵まれず、実子は雪那と美春の二人しかいない。本来なら正室の子である雪那が皇位を継ぐはずだったが、忌み子と疎まれる赤目を持って生まれたが為に、側室の子である美春が皇太女となった。
しかしここで美春に責任を激しく追及し過ぎて、皇太女の座から追われるような事になったらどうなるのか……。
(雪那が次期皇帝候補の一人として、勢力争いに巻き込まれる)
この国における皇族や貴族の継承権は、血統が大きく影響する。帝国内を広く見渡せば皇族の血を引く人間は至る所にいるが、直系となる者は現皇帝を除けば、雪那と美春しかいないのだ。
今は美春という次の皇帝が居るからいい。しかしその美春が立場を追われれば、雪那を擁立しようとする人間は必ず現れる。幾ら忌み子だと疎まれようとも、冷静に考えれば、赤目の人間が不吉なんていうのはただの迷信でしかないと思い直す人間も多いだろうし、皇帝自らがそうなる可能性も高い。
(元々、皇族の嫡子で本来なら皇位継承権一位に座っていたはずの人間だからな。折角俺との婚約で皇帝候補から外れたのに、その婚約を白紙に戻される可能性だって否定できない……!)
原則、領主と皇帝の結婚は認められていない。美春という後継者を失った帝国政府中枢の人間たちが、迷信を信じる人間たちの反感を買うというリスクを背負ってでも雪那を次の皇帝に擁立するように動くという展開は、俺にとって何が何でも避けたいことなのだ。
忌み子の皇女に皇位を奪われるくらいならと末端を推挙する反対派の連中も現れるだろうし、複数人の皇位継承者があちこちで推挙されて血で血を洗うような大政争が巻き起こる可能性が高いだろう。そんなところに雪那を放り込むような展開は論外。美春には皇太女の地位にいてもらわないと困るのだ。
(少なくとも、皇族の権威すら跳ね除けられるくらい、華衆院家の力が強まるまではな)
今回の面会で思ったんだが、美春をこのまま皇帝にするというのに不安を覚えたのも事実だ。想像を絶するくらいヤバい奴だった刀夜に対して、盲目的になっている奴が皇帝になれば、その影響は俺たち臣民にも及ぶだろう。それも悪い意味で。
(もしこのまま自分の行動を振り返らず、改めないなら、いずれ排除する必要が出てくるだろうな)
美春の雪那に対する拗れた執着も気になる。皇帝としての権力をフル活用して変なことをしでかさないよう、雪那と無事に結婚できるように示し合わせつつ、冷静に考え、慎重に動き、しかるべきタイミングで美春を皇位から退かせる必要性を俺は感じた。
(そう考えれば、今回の決闘騒ぎは丁度良かったのかも)
俺が美春たちと騒ぎを起こしたのは黄龍城の庭園……数多くの侍女や家臣の目に留まるような場所だ。先日の騒ぎの時にも、「一体何の騒ぎだ」と遠巻きから様子を見ていた連中が結構いた。
(どうもそいつらから話が皇帝まで届いて、美春は謹慎になったらしいな)
俺は先の一件を不問にすると確かに言ったし、宣言通り抗議もしなかった。……ただし、事情を聴かれたら正直に答えないなんて一言も言っていない。
あの後、俺の所まで天龍院家の家臣が騒ぎの原因を聞きに来たから正直に答えた。そうしたら皇帝が美春に罰を下したというわけだ。美春はあくまで刀夜を庇っていたから、それなら上に立つ者として部下の失態の罰を受けろって感じで。
変に娘を庇ったり、自分の都合の良いように噓を並べなかっただけ、皇帝も美春も完全に腐ってるわけではないらしい。
(実害もなく、正式に抗議文を出さずに不問にすると宣言したし、皇帝も忌み子じゃない実子は美春しかいないから、美春への罰は謹慎なんて軽いものになったが……この一件は、確実に美春の経歴に傷をつけた)
皇太女が不祥事で謹慎……この事実は、いずれ美春の地位を脅かすことだろう。原作では内乱を収束させた美春が皇位に就いて、刀夜は王配としてハーレムを築いてたけど、俺の知っている【ドキ恋】のシナリオはもはや崩壊している。
このまま美春が皇位から退くようなことになれば、末端でも皇位継承権を持った適切な人間を次期皇帝として推挙して、国内情勢の安定を図りたいところだが……その辺りの事は今は置いておこう。
(刀夜に関しては、次何かしてきたら遠慮なく潰せるしな)
武を尊ぶこの国では、切った張ったは日常茶飯事。実害がなかった以上、一度くらいは皇族の顔を立てないと周りからの反感を買ってしまうこともある。しかし二度も同じような事が続くなら話は別だ。
何の正当性もなく貴族に歯向かうなんてことを二度も繰り返せば、その罪は皇帝であっても庇うことはできない。もし次に刀夜が俺に斬りかかって来るにしろ、正式な手順で決闘を挑んでくるにしろ、俺は大手を振って刀夜を始末できるわけだ。
(そして多分……刀夜は再び俺に挑んでくるだろうな)
根拠がある話じゃないが、あの時見せた憎悪を宿した目を見て、もう関わってこないだろうと思えるほど俺は楽観的じゃない。
そして懸念通りに刀夜が俺に挑みかかってきた時こそ、うざったいチーレム主人公を正義の名の元に排除する絶好のチャンス。人質とか圧力とかの搦め手も封殺できる自信も根拠もあるし、その時が来れば遠慮なくぶち殺してやろう。
(ハーレム主人公の影響力を発揮する前に殺しておくという考えもあったんだが……この国では強い男ほどモテるっていう価値観が根強いからな。俺にボロ負けしたことを未攻略のヒロインたちが知れば、奴のハーレム拡大を阻止できる可能性は十分あるはず)
だからこそ、俺は自分が発信源だと悟られないようにしつつ、鬼切丸の使い手となった話題の剣士である御剣刀夜は、土蜘蛛殺しの英雄である華衆院國久に手も足も出ずに敗北したという事実を、大和帝国中に吹聴するように手配した。後は結果をご覧じろ、だ。
(結論、これから先どんな展開が起こったとしても、皇族を含めた何者にも脅かされないくらいの絶対的な権力を手にする必要があるな)
そしてそれを手にするには、華衆院家単独では難しい。複数の有力者と手を組んで取り掛かるのが確実だし、また不可能ではないと思っている。皇族の威信が弱まっているこの時代、皇族に見切りをつけて貴族同士で手を組むことで国難を乗り越えようという考えが、国中の貴族たちの頭にあるからな。
(問題は、どの貴族と手を組むかなんだよな)
判断材料としては、財力、軍事力、技術力と多岐にわたるが、一番の基準はその家の当主と利害が一致するかどうか……その辺りの事を探りたいんだが、現状ではそれは難しい。
華衆院家でも他所の領地の情勢を探る役目を持った人材は居るが、突出して優れているわけではない。良くも悪くも並みで、時には他所の家の城まで忍び込んで深い事情を探れる、諜報特化の人材が居ないのだ。
(その辺りの事を解決するために、前々から原作ヒロインの一人である
斑鳩燐は、大和帝国各地で活動する、諜報活動を専門とした傭兵……特定の主を持たない流浪の忍者だ。現代風に言えば個人経営の殺し屋とかスパイといったところか……作中では敵城に忍び込んで情報を盗んだり、工作活動をしたりと、陰の仕事人として活躍していた。
特定の家に仕えているわけでもないし、仕官させる余地があると思ってたんだけど、所在が掴めずにいたんだよなぁ。
ちなみに萌えキャラとしての属性は無口無表情がデフォルトの茶髪ロリっ子くのいち。
(そういえば、前世の友達に燐が作中で一番好きって言ってるロリコン野郎がいたっけ)
不意に前世の事を思い出して、俺の胸に哀愁が漂う。
俺は湧き上がるもの悲しさを振り払い、気を取り直して今後どうするかを思索していると、そこに雪那が近づいてきた。
「國久様、今よろしいでしょうか?」
「あぁ、勿論いいぞ。どうした?」
「実は先程、西園寺家次期当主、
その言葉を聞いて、俺は思いっきり首を傾げた。何せ西園寺晴信というのは、原作でも登場するキャラの一人だからだ。
【ドキドキ♡あっ晴れ戦姫恋愛絵巻】には、中国の伝承に登場する四凶と同じ名前の城に住んでいる、四人の小悪党キャラがいる。
そして饕餮城の華衆院國久……つまり俺の転生先だ。
こいつらはいずれも主人公である刀夜が活躍するためのかませ犬として登場するキャラで、性格は最悪そのもの。色々歪んでいるとはいえ、正義感で動いている刀夜の方がまだマシって思えるような面々ばかりだ。
(正直関わり合いになりたくないようなキャラだから交流を避けてたんだけど……どうしてその内の一人が俺にコンタクトを取ってきたんだ……?)
いずれも名門の家系なので、直接面識はないが領地同士の交流はあった。だからいつか顔を合わせる日も来るんじゃないかと思ってたけど……実は以前からこの三人に関する情報を聞いていて、俺はとある疑惑を抱くようになった。
今回送られてきた書状は、俺の疑惑を確信に変えるものなのかも知れない。だとすると、こちらも応じる必要がある。
「分かった。準備をして使者殿と会うとしよう」
俺は縁側から立ち上がり、謁見の準備を進めるのだが……この時の俺は知る由もなかった。
今日送られてきた西園寺晴信からの手紙が華衆院家の……いいや、大和帝国の黄金時代の幕開けの切っ掛けになっていたということに。
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