悪役主人公対原作主人公②
「ぎ……ぁああああああああああああああっ!?」
鬼切丸を手放して膝を地面に付き、両手で必死に股間を抑えながらのたうち回る刀夜。
必死になって股間に噛みつくチャックを外そうとしているが、そうはさせまいと俺は更に魔力を注ぎ込んで、刀夜の股間をギリギリと締め上げてやる。
「ふにゅあああああうあうあううああああああああっ!?」
「主様!? 一体どうしたというのじゃ!?」
「お兄ちゃん! しっかりしてお兄ちゃん!」
断末魔に似た叫び声をあげる刀夜の姿に、すぐ近くにいる鬼切丸の化身である切子は勿論のこと、他のヒロインズも何が起こったのか把握しきれていない様子だ。
さもありなん。刀夜が味わっている苦痛は、男にしか理解できない地獄。ソコを攻められて悶絶しない男などいないのである。
これが他の男なら同情してやるところだが……この刀夜は愛する雪那との婚約を破棄させてやると俺の前で堂々と宣言し、俺の恋路を全力で邪魔しに来やがった、百体の馬の後ろ脚で蹴鞠のボールにされて地獄に落ちるべき男。そんな奴に同情など必要ないのだ。
(鬼切丸の力は、あくまでも刀身で触れた魔術を切り裂くというもの。振るう人間が居なければ、ただの刀と変わらない)
仮に刀夜が鬼切丸を振るえる状態だったとしても、魔術の干渉を受けているのは股間だ。下手をすれば自分の股間を傷つける羽目になる。
(まぁズボンのチャックなんてちゃちな金属部品を操ったところで股間を千切れやしないんだけど……こちとら小山みたいな大きさの岩を動かす魔術師だ。パワーが違う)
何だったら、このままハーレム野郎のハーレム棒をハーレム出来ないように再起不能にしてやってもいい。ちゃんとした決闘の手続きもしないまま、先に刀を抜いて斬りかかってきたのは向こうだし、このまま刀夜を性転換させるくらい許されるだろう。
そう思って俺は更に強くチャックを刀夜の股間に食い込ませる。
「ほでゅぎゅにゅええええええええええええっ!?」
「も、もう止めなさい、華衆院國久! 勝負は付いているはずよ!?」
とてもハーレム主人公がヒロインたちの前で晒していいとは思えない、涙と涎と鼻水だらけの表情を浮かべる刀夜を見て、美春が慌てて止めに入る。
……だが、俺はそれを聞いても魔術を解除しなかった。いくら皇族からの言葉でも、今回ばかりはそうも言ってられんからだ。
「そうは仰いますが殿下……この者は神聖な黄龍城の庭園で刀を抜いたばかりか、立会人も用意せず、私の受諾も待たずに決闘だと騒いだ傍から斬りかかってきたのです。いくら殿下がこの者を気にかけているとはいえ……この男の行いに正義はありますか? いたずらに領主を害そうとした罪を見逃すだけの正当性があるとでも?」
「そ、それは……!」
俯せになりながら尻を上に突き出し、股間を両手で抑えるという間抜けなポーズを取り、泣きながら声にならない悲鳴を上げ続けている刀夜を見下ろしながら、俺は美春に問いかける。
刀夜の行動を冷静な口調で説明すると、美春も思わず押し黙った。頭では刀夜に非があるという事は理解できているんだろう。それこそ、今すぐに無礼討ちにされても文句が言えないという事は。
「私は大勢の領民の未来を背負って立つ華衆院家の次期当主……命を狙ってきた不逞の輩を、このまま見逃すような甘い決断を下す訳にはいかないのです」
「命を狙うって……そんな大げさだよ! 実際に怪我をさせたわけでもないのに、刀夜をこんなに苦しめるなんて酷すぎる!」
「そ、そうです! お兄ちゃんは悪い事をした貴方を懲らしめようとしただけで……!」
「その通りじゃ! だというのに卑劣な術で主様を苦しめるなど、万死に値するぞ!」
んんー……! 完全に恋に盲目になったハーレムメンバーたちの喚き声が耳障りだぜ……!
「まるで話にならないな。決闘の作法も守らずに斬りかかってきた愚か者を庇い立てるなど、俺には到底理解できない」
俺も雪那に対しては色々と盲目になっている自覚はあるけど、正直ここまで酷くはないと思う。真に相手を想えばこそ、誤った道を進もうとすれば全力で諫めてやるのが、人を愛するってことだ。ただ好きになった相手をヨイショし続けることが、そいつの為になるとは限らないんだからな。
(そう言えば……原作でもヒロインたちは何かにつけて「流石は刀夜! 格好いい!」ってヨイショしまくってったな。そういうところが気持ち悪くて【ドキ恋】が嫌いになったんだっけ)
単独で見れば魅力的なキャラが多かったのは確かなのに、主人公が絡むや否やこの有様である。お手軽なチーレム物が流行っていたとはいえ、コレはないだろう。
まぁ道理にかなっていない頭の悪い発言をしている、身分が低いヒロインズの事なんぞ無視だ。俺は引き続き刀夜の股間を更に強く締め上げる。
「まぁこれもこの男の自業自得。刀を抜いて斬りかかってきた以上、己もまた殺される覚悟があっての事だろう」
「あ、あ、あ、あぁあ……!」
「待ちなさい! もうそこまでよ! 今すぐ魔術を解除しなさい! これは命令よ!」
命令……そう聞いて、俺は一旦魔術を解除する。痛みから解き放たれた刀夜に、銅鏡を持った朱里や真琴、切子に茉奈が駆け寄るが、あの様子だとしばらく復活するのは無理だろう。
「殿下……何故止めるのです? 如何に皇族に一目置かれようと、たかが客将にここまでの無礼を働かれて、黙って引き下がれとでも? 殿下の客将が起こした過ちを咎めることを、皇族としての命令を以てして止めると言うのなら、こちらは皇帝陛下を巻き込んで徹底抗議をさせていただきますが?」
「たとえお父様に咎められたとしても……刀夜は数百年ぶりに鬼切丸に選ばれた待望の剣士で、私にとっても大切な人よ! あんたなんかに、絶対殺させないんだから!」
美春の言葉には、軍事的な価値がある鬼切丸の使い手を守る事よりも、自分が好きになった男を守りたいっていう意志が強く表れていた。
好きな人を守りたいっていう気持ちはよく分かるが、だからと言って好き勝手させても良いって訳じゃない。本当に刀夜を想うなら、この世界での相応の立ち振る舞いっていうのを徹底させてほしいもんだ。
(だが待てよ……? このまま刀夜を処分するように動くよりも、俺と雪那にとってメリットのある話に持っていった方が良いんじゃないか?)
俺がそう思ったのは、今回の件で特に実害がなかったっていうのもあるが、刀夜が俺にとって脅威たり得ないと認識したのが大きいからだ。
実際に戦ってみて確証したんだが、純魔力攻撃を完全封殺する近接戦闘型の刀夜に対し、物理攻撃である地属性魔術は凄まじく相性が良い。正直、刀夜がチャック付きのズボンを履いてなくても勝てたと思う。どうやら俺は主人公の強さを過大評価して、少し強くなり過ぎたらしい。
つまりこのまま生かしておいてやっても、大きな害になりにくい。これ以上、皇太女の反感を買ってでも刀夜を処分するより、多少恩を売るつもりで利益を取った方が良い。
「殿下がそこまで仰るなら、今回の件を不問するのも吝かではありませんが……この男は決闘と称して私に斬りかかってきたのです。事前の取り決めは何一つされていませんが、決闘の勝者は敗者を好きにしても良いというのが大和帝国の倣い。であれば勝者たる俺がこの男に対して勝利の対価を求めるのが当たり前のことですが……正直、この男が俺が求める物を持ち合わせているとは思えません。それこそ、雇い主である殿下が責任を持ってこの男の尻を拭ってでもしてやらない限りは……」
「……一体何が望みなの?」
今回ばかりは話が早くて助かる……俺はニンマリと笑いながら、要求を口にした。
「皇太女任命の際に陛下から一部譲渡された、天龍院家重代の家宝の数々。その内の一つにあるという護りの短刀、
天龍院家重代短刀、月龍。名前の通り、刀身に龍の姿が彫られたその短刀は、魔力を込めることで所有者を中心とした結界を張ることが出来る、鬼切丸と並ぶ業物だ。
込めた魔力量に応じて結界の範囲と強度が増すのが特徴で、原作では龍印を譲渡された美春は、月龍の力を使って超広範囲かつ強固な結界を駆使し、あらゆる戦況を有利に立ち回ってきた。
勿論、雪那を死なせるつもりはないから、そんな原作通りの展開は訪れない。だったらこっちで有効活用してやろうって訳だ。
(雪那に龍印が宿っていることがバレようがバレまいが自衛の手段は必要だし、龍印による無尽蔵の魔力と月龍の力が合わされば、よっぽどのことが無い限り雪那を害することは誰にも出来ないって訳だ)
これを入手しないっていう手はない。月龍の力があれば、俺と雪那の幸せ結婚生活がより確実なものになるってもんだ。
「月龍を渡せば、本当に今回の件をお父様に黙っていてくれるの?」
「勿論。次期領主ともなれば俺を害そうとする人間も増えますからね。実際、先ほども不逞の輩に斬りかかられましたし……月龍があれば色々と安心できるのですよ」
「……いいわ。その話に乗ろうじゃないの」
よし、交渉成立だ。何事も言ってみるもんである。
ひょんなことから思わぬ成果を得ることが出来た俺は、その切っ掛けとなった刀夜を見下ろしながら口を開いた。
「……と、そういう訳だ。本来なら命を以て償ってもらうところだったんだが、皇族である殿下の顔を立てて、今回の一件は条件付きで不問にすることになったぞ。これもお前が散々馬鹿にした、身分制度の恩恵でもあると噛み締めるんだな」
「ぐ、うぅぅ……! 華衆院……國久ぁ……!」
ようやく声を出せる程度には回復したのか、刀夜は鬼のような形相で俺を睨んでくるが、それを丸っと無視する。いい加減、頭がぶっ飛んだ馬鹿の相手をするのも疲れるしな。
(……結果的に言えば、原作主人公が俺に敵意を抱いているっていうのが早めに分かったのも収穫だったな)
最早、刀夜自身の力は脅威ではないが、奴は押しも押されぬ超絶ハーレム主人公。美少女を味方に付けることに長けた存在であり、今現在の大和帝国は数多くの美人領主、美少女次期領主が存在している。
確たる根拠があるわけじゃないから優先順位は低めだけど、俺に敵意を抱いている刀夜が、そういった連中を味方に付けたとなると厄介だ。現に、今回の一件で決定的とまではいかないにしても、皇太女の美春との間に確執が出来たし。
(華衆院領を帝国内で孤立させない……その為に、俺も力のある味方を増やすべきだな)
今後の方針を定められた……この事実は大きい。有益な他所の領地との結びつきが出来れば領地の発展にも繋がるし、饕餮城に戻ったら早速そのように動かないとな。
(……それにしても、原作主人公が思った以上にヤバい奴でビックリした)
ちょっと政略結婚をして、ちょっと華衆院家と血の繋がりの無い連中を追い出したくらいで、あそこまで過剰に反応するもんか? しかもこっちの言い分なんて全然聞く耳持たなかったし……フェミニストというか、男嫌いと言われた方がまだ納得できるんだけど……。
(そんな奴がハーレム作ったら面倒だと思って奴の股間に大ダメージを与えたけど……たとえ千切ったとしても、朱里がいる限り生えてたんだよなぁ)
朱里がもっていたあの銅鏡は天魔鏡といって、実は鬼切丸と同じく選ばれた人間にしか使えない天龍院家に伝わる魔道具なんだが、その力を簡単に説明すれば、生きている生物が対象なら、どんな傷でも治せるっていう代物だ。
時間さえかければ欠損すら元通りに出来る力があり、朱里は【ドキ恋】の原作においては作中でも希少なヒーラーとして活躍している。朱里がいる限り、刀夜はしぶとく活動することが出来るという訳だ。
(まったく……厄介な奴の手に、厄介な魔道具が渡ったもんだ)
仮に刀夜の股間を引き千切っていても朱里がいる限り元通りになっていただろう。奴の股間を潰してこれ以上のハーレム拡大を未然に阻止できないっていうのが悔やまれるが、下手にやり過ぎて不必要な顰蹙を買う前に落としどころを付けられたし、何よりも最優先事項である雪那の防衛を大幅強化できただけでも良しとしよう。
……しかしこの時の俺はまだ気付いていなかった。例え傷付いた股間が元通りになったとしても、精神的な理由で役に立たなくなることもあるのだと。その事を俺が気付くのは、まだまだ先の話である。
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