悪役主人公対原作主人公①
(俺が華衆院家の家督を継ぐと決めた段階で、一番原作シナリオから外れたヒロインと言えば茉奈だったんだろうが……なるほど、着ている仕着せから察するに、美春に仕えるようになったってことか)
実父である前久を追放し、茉奈とその母親が饕餮城の門を潜れなくなった時点で、俺は茉奈に対する興味を失っていたし、その後は干渉も調査もしなかった。後はもう、俺の迷惑にならない範囲で好きに生きたらいいって感じだったし。
(あの後は、正式に華衆院家の籍から外れて旧姓に戻り、不倫相手と結婚してから五条家にいる兄に頼ったけど、横領しようとしたのがバレて、家族諸共追放されたって話だったな)
我が父ながら、とことん馬鹿な男だと呆れざるを得ない。婿入り先から出戻ってきた弟と、その不倫相手+子供まで引き取ってくれただけでも感謝してしかるべきなのに、横領をしでかすなんてな。
むしろ追放くらいで済んだという事に驚きだ。横領の罪は切り捨て御免でも文句が言えないくらい重い。兄弟としての情もあったんだろうが……悪運の強い奴だ。
「お久しぶりでございます、皇女殿下。こうしてお顔を拝謁するのは五年振りとなりますが、息災のようで何よりです」
まぁ今は茉奈の事なんてどうでも良い。俺は片膝を付いて美春に挨拶をしながら、この場に集った主人公とハーレムメンバーたちの顔を確認する。
原作の第二部に登場するはずの茉奈がこの場に居たり、幸香や菜穂を始めとした、第一部に登場する攻略ヒロインたちも数人居なかったりするけど、この場に居る美春、切子、真琴、朱里の四人は、シナリオでも登場回数の多いキャラだ。そんな奴らが既に主人公と行動を共にしているとこの目で確認できただけでも、挨拶に来た甲斐がある。
後は適当に話をして、早々に切り上げればいい……そう思っていたんだが。
「下らない常套句はどうでもいいわ。そんな事よりも聞きたいことがあるから正直に答えなさい、華衆院國久」
挨拶そのものをぶった切って、美春の方から質問をぶつけられることになった。……ていうか何だろう、刀夜を始めとしたハーレムメンバーにやたらと睨まれてないか?
「この五年間、一度もアレから私宛ての手紙が届いていないわ。もしかして、あんたが握り潰している……何てことをしていないでしょうね?」
「失礼。アレ……とは何でしょう? 察するに特定の人物の事を言っているようですが……もしや、貴方の姉であり、私の婚約者である雪那の事を言っているのですか?」
「……! あんなのが姉だなんて言わないで! 不愉快だわっ!」
そう聞き返すと、顔を赤くして捲し立てるように大声を張り上げる美春。
「あんなのが生まれたせいで、私たち皇族は「忌み子を産んだ一族」って馬鹿にされて、求心力を下げる羽目になったのよ!? その原因になった奴の事を、家族なんて認められるはずないじゃない……!」
何ら非の無い雪那を謗るような発言を聞かされて、思わず顔を顰めてしまいそうになる俺だったが、そこはクールに我慢する。今、この場で、俺まで感情的になって皇族と口喧嘩しても良い事ないしな。
「それは失礼しました……ですが、それほど疎んでいるのなら、どうして雪那からの手紙を気にするのです? むしろ手紙など送らない方が、美春殿下を煩わせることもないと思うのですが。雪那もそれが分かっているからこそ、手紙を出さずにいるのです。断じて手紙を握り潰すような真似は致しておりません」
「そ、それは……!」
至極真っ当な正論をぶつけてやると、反論する言葉が見つからないのか、美春は俯いて黙ってしまう。
……なーんか、やたらと拗らせてないか? 原作でも周囲からのプレッシャーで雪那に対して素直になれないって感じだったけど、こんな訳の分からんキレ方するほどじゃなかったはず。
(今も思わず雪那の事を悪く言って、後悔と罪悪感に苛まれてますって顔をしてるけど、それでもここまで雪那の事を悪く言うようなキャラだったか……?)
何せ俺がこの世界に生まれてから十八年以上も経ってるし、原作の方も読み飛ばしてたから色々とうろ覚えだが、少なくとも口に出して雪那の悪口を言うようなキャラじゃなかったはず。精々、雪那の事を話題に出したら意固地になって怒るくらいだったと思うんだけど。
俺が原作を変えたことでバタフライエフェクト起こして、美春の性格が変わったとか? まぁいずれにせよ、素直に雪那に対して謝れもしなければ悪く言うような奴に、こっちから手を差し伸べてやるつもりはない。
「ふむ……どうやら美春殿下のご機嫌は良くない様子。これ以上話題に出すのも気が引けるので、この辺りで失礼しましょう」
「待て、華衆院國久!」
立ち上がって一礼してからこの場を去ろうとした矢先、何かいきなり刀夜に呼び止められた。
……え? いや、本当に何? なんかメッチャ睨んでくるんだけど……え? 俺なんか、こいつの反感を買うようなことした?
「俺からも聞かせろ! お前がここにいる茉奈を家族として受け入れなかったって本当か!?」
突然話しかけられたと思ったら、タメ口で責めるような口調で問い詰められ、俺は思わずポカーンと口を開いてしまった。
原作シナリオを知る身としては、上下関係にそこまで厳しくない現代日本で育った刀夜が敬語が苦手っていうのは知ってたけど、こうして身分差社会で長年生きてみると、刀夜の態度には呆れるしかない。いくらこの世界の事情に疎いからって、初対面の相手にこれはどうなんだ?
「殿下……この男は一体何なのです? 何故どこの誰とも分からぬ輩に、いきなり呼び捨てにされた挙句に言い募られているのでしょうか? 私は何か殿下のご不興を買うような真似をいたしましたか?」
「おい! 俺を無視するな!」
「彼は私の客将よ。宝刀、鬼切丸に選ばれた国外出身の凄腕の武人を私が雇ったって話は聞いたことが無い?」
「その話なら耳にしましたが……あぁ、なるほど。この者たちがそうなのですね。道理で馴染みのない服を着ているはずだ」
俺は自分が転生者であると推察されないように言葉を選びながら話す。
ちなみに刀夜が既に噂になっているっていうのは本当だ。何百年と使い手が現れなかった鬼切丸に選ばれただけでも話題性は十分だし、美春に従って妖魔やら犯罪者を倒してるから、首都では結構有名人になっている。
「で? お前は何故俺に対してそのような口の利き方をしている? 如何に殿下の客将とはいえ、無位無官の輩に舐めた口の利き方をされるほど、この華衆院家次期当主、華衆院國久は落ちぶれていないんだが?」
「な、何だよそれ!? 口の利き方を気を付けなきゃいけないほど、お前は偉いのかよ!?」
「そうだな……少なくとも、城という公の場で平民にそのような口を利かれたら、罰を与えなくてはならないくらいには偉いな。こうして口頭注意で済ませているのは、お前を雇い入れた殿下の顔を立てての事だと理解しろ。お前がふざけた態度を取る度に恥をかくのは、お前を客将として迎えた美春殿下なんだぞ?」
ちなみにこれは脅しでも何でもなくマジだ。私的な場だったら俺もそこまで口うるさく言わないけど、黄龍城は国中の色んな有力者が集まる公的な場所。そんなところで平民に舐めた口利かれたら、権威を守る為に大なり小なり罰を与えなきゃいけない。
むしろ俺の対応なんて相当優しいと思う。罰を求めないどころか、忠告までしてやってるんだから。心の狭い貴族なら切り捨てるくらいはするぞ?
「そんな下らないことで人が人を罰するなんて……! お前は間違っている!」
しかしそんな俺の忠告は一切聞き入れず、刀夜は真正面から俺を非難してくる。
「人っていうのは皆平等なんだ! それをお前みたいな金だけあるような奴が勝手に歪めて上下関係を作るなんて、そんなの可笑しいだろ!?」
「……生まれ、性別、才能といった点を考慮すれば人間が平等などあり得ないし、上下関係は人間社会をより円滑にするために必要なことだと思うんだが? 特にこの大和帝国は厳格な身分制度が敷かれた国だ。妖魔という不安が常に付きまとい、魔術という大きな力が存在するがゆえに移ろいやすい秩序を守る為には必要なことだ。お前たちが居た国では、そう言う概念は存在しなかったのか?」
「だとしても、俺なら口の利き方一つで誰かに罰を与えるなんて酷い事はしない! そんな事をしなくたって、人と人は手を取り合えるんだから!」
は? 何それ? 身分制度抜きでそんな簡単に人が一致団結できるなら、この世界の為政者たちは誰も苦労なんてしないんだが?
何ていうか、俺の言う事なんか聞く耳持たんって感じだ。よく分からないけど最初っから俺に対して嫌悪感みたいなのを抱いてるみたいだし、俺が何を言っても無駄なんじゃなかろうか?
確かに刀夜が生きてきた世界では考えられないようなことかもしれないけど、この国にはこの国のやり方っていうのがあるんだから、素人が感情論任せて騒がないでほしい。
(正直、さっきから耳触りだけは良い単語が混じった、無責任な暴論を言ってるようにしか聞こえないんだが……この男を諫められそうなヒロインどもは、どいつもこいつも使い物にならなさそうだ)
とんでもなくぶっ飛んでいるハーレム主人公のご高説を聞いて、ヒロインズは皆「流石は刀夜! 信念の籠ったセリフだわ!」みたいな感じでトキメキ&ドヤ顔を晒していやがる……!
ていうか美春! 身分制度の頂点に立つ皇族のお前まで刀夜の暴論に賛同しちゃダメだろ!? これまで散々身分制度の恩恵に預かってきた奴が、何呑気にトキメいてやがるんだ!?
(そういえば美春って、原作でも刀夜の平等論を聞いて「斬新な発想だわ!」みたいなこと言って理解を示してた展開もあったっけなぁ)
こんなとんでもない発言のオンパレードでそんな反応をするなんて、やっぱり刀夜は催眠アプリでも使ってるんじゃないか?
いずれにせよ刀夜のハーレムは、早くも順調に築かれているらしい。こんなのが皇太女でこの国大丈夫か?
「そんな事より俺の質問に答えろ! お前が茉奈を家族として認めずに家に迎え入れなかったのは本当なのかって聞いてるんだ!」
「あぁ……? まぁ、その通りだけど? それがどうした?」
「それがどうした、だって……!? お前、よくそんな事が言えたな!? お前が茉奈たちを家族として迎え入れなかったせいで、茉奈だけじゃなくて、茉奈のお父さんとお母さんも大変な目に遭って家族がバラバラになったんだぞ!? 実の父親と血の繋がった妹に、どうしてそんな酷いことが出来るんだ!?」
それを聞いた俺は、チラリと茉奈に視線を向ける。その視線を受けた茉奈は、そっと視線を逸らした。
そんな態度を見た俺は、どうして刀夜たちが俺に対して敵意を向けてくるのか、その理由を察した。どうやら茉奈は俺が悪く聞こえるように、刀夜たちに自分の経歴を話したらしい。それが故意的なものなのか、はたまた本心からそう思って話したのかは分からないが、何とも迷惑なことだ。
「それが何だってんだ? 知らないようだから教えてやるが、俺たちの父である前久は、俺の母を蔑ろにして領地運営も一切手伝わずに愛人と放蕩の限りを尽くし、そこの女は父と愛人の間に出来た、華衆院家の血が一滴たりとも流れていない娘だ。そんな奴らを華衆院家に迎え入れてやる道理がどこにある?」
「だからって……! 血の繋がった家族だろ!? 少しの情も感じないっていうのか!?」
「情なんぞあるわけがないだろ。父に至っては俺が生まれる前から愛人の元から帰ってこず、母の葬式が終わるまで碌に顔を合わせたことも無いんだ。そんな血しか繋がっていないような奴らに抱く情なんて持ち合わせていない」
幾ら血が繋がっていようと、言動が伴っていなければ何の意味もない。刀夜はその辺りの事を理解してるんだろうか?
……いや、してないんだろうなぁ。だからこうしてわざわざ説明してやっても、全然納得してなさそうな顔をしてるんだろう。
「更に言わせてもらえば、一家が離散したのは父が横領に手を染め、その賠償で金銭的余裕が無くなったからだと聞いているぞ? 華衆院家に迎え入れられなかったのも、一家が離散したのも父の自業自得。俺が罪悪感を感じる必要がどこにある?」
それでも変な誤解を残したまま、何も弁解しないというのも不都合が多い。だからあんまり期待していないが、こうやって誤解を解けないかと刀夜に付き合ってやってるんだが……。
「う、うるさいっ! どんな事情があったとしても、女の子を傷つけていい理由になるもんか!」
案の定、聞く耳持たずだ。茉奈が傷付いた原因を作ったのは父にあると思うんだが、刀夜の中では全部俺が悪い事になってるらしい。
それにしても……いざこうやって会話してみると、刀夜ってヤベー奴だな。原作をプレイしてる時から何となくその片鱗を見せていたけど、男と女が争っていたら、どんな事情があっても女の味方をする行き過ぎたフェミニストっぷりは、最早病気だと思う。
(視点が変われば見えるものも違ってくるっていうけど、今まさにそんな気分を味わっている……)
思えば、原作に登場する刀夜以外の男キャラっていうのは救いようのない悪役ばかりだった。相対的に見て刀夜の方がマシって無意識に刷り込まれてたのかもしれん。だとしたらとんでもないカモフラージュ技法である。
正直、相手にし続けるのも疲れる人間だ。いい加減話を切り上げて帰りたいところだったんだが……刀夜は、聞き捨てならないセリフを俺に向かって吐いた。
「それだけじゃない! お前、金の力に物を言わせて美春のお姉さんと無理矢理婚約したんだってな!?」
「……間違っちゃいないな。皇族に代わって首都の物流を支える東宮大橋を掛け直した報酬として、雪那との婚約を認めてもらったし」
「そんなの絶対に間違ってる! 今すぐに美春のお姉さんを解放するんだ!」
……はぁ? 何言ってんだコイツ……?
いや、予想はしてたぞ? 原作を知る側として、俺と雪那が婚約した経緯を知ったら言いそうなセリフだとは思っていたし、予想できてたから何言われたって冷静に対処できると思った。
(でも実際に言われると……怒りが一周して逆に冷静になるとはな)
まさかここまで怒りを覚えるとは、俺自身予想だにしなかった。それほどまでに雪那との婚約を解消しろというセリフは、俺の神経を逆撫でするものらしい。
「愛も何もない、金だけで結ばれた政略結婚なんて上手くいくわけないだろ! そんなバカげた婚約、この俺の眼が黒い内は絶対に認められない!」
「認められないって……俺や雪那が誰と婚約しようがお前には関係ないだろ。それに政略結婚が悪いみたいに言っているが、結婚や婚約後に愛を育む夫婦だって大勢いる。お前のその発言は、そう言った夫婦全員を敵に回す発言だぞ?」
「だとしても、女の子の意思を無視して無理矢理結婚を迫るなんて絶対に間違ってる! 切子!」
「うむ、心得た!」
刀夜の一声に応え、切子の姿が人間のものから刀へと変化し、刀夜の手に収まる。
「俺と決闘しろ、華衆院國久! 俺が勝てば、美春のお姉さんの事は解放してもらうからな! お前みたいな女の子を蔑ろにする差別主義者は、この俺が絶対に倒してやる! さぁ、お前も刀を抜け!」
「えぇえー……」
なんかもう、滅茶苦茶だよ。刀夜は俺の話なんかまともに聞こうとしないし、ヒロインズは安定して刀夜の味方をして止めようとしないし、ここまで疲れる相手だと知ってたら、わざわざ会いに行かなかったのにと、今更ながら後悔してるところだ。
「来ないならこっちから行くぞ!」
頭が痛くなるような展開に額を抑えていると、鬼切丸を構えた刀夜が俺に向かって突貫してくる。
正直な話、こんな決闘受ける理由がない。立会人だっていないし、事前の取り決めだってしていないし、何より受けたところでメリットが無いからな。決闘から逃げたと吹聴されれば俺の名誉に傷がつく恐れがあるが、無視して帰るという選択肢も勿論ある。
(でもなぁ……ここまで俺の恋路を全力で邪魔しようとしてる奴を相手に退くっていう選択肢も無いよなぁ……!)
俺は地属性魔術を発動。対象となるのは地面ではなく……刀夜が着ているズボンの金属製チャックだ。
魔術による干渉を受けたチャックはバツンッ! と音を立てながら引き千切れ、その形状を鋭い牙のように変化。そしてそのまま形を変えたチャックを操り……刀夜の股間に、思いっきり噛みつかせた。
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