六つの変化と邂逅


 この三年間で、俺を取り巻く環境は目まぐるしく変化していった。そんな中で大きな変化の一つと言えば、三年前の戦いを機に呼ばれるようになった、土蜘蛛殺しの英雄という呼び名だろう。

 土蜘蛛は強大な妖魔だ。それを単身で倒したという話が華衆院領の内外に広く知れ渡り、家臣を力を借りながらだが領地運営も割りと上手くいってるのもあって、俺の評判は鰻上り。妖魔が来ても俺が居れば退治してくれるっていう風潮を作ることが出来た。


(まぁ三年前の戦いは、雪那に思いっきり助けられたんだけどね)


 本来なら雪那にも賞賛が浴びせられてしかるべきだと思うんだが、そうすると龍印の事が表に出てしまう。

 それで、雪那とも話し合った結果、あの戦いの功績は全て俺が得るという形になった。三年前の戦いの時、何が起こったのか……それを知るのは当人である俺たちと、宮子と重文、ごく一部の家臣だけだ。


(自分の実力を脚色して広めるっていうのは抵抗があったけど……後から本当に自力で土蜘蛛を倒せるようになったってんなら、問題なかったしな)


 この三年で、俺の魔術師としての実力はかなり跳ね上がった……これが二つ目の大きな変化。

 今の俺にとっては土蜘蛛すら相手にならないという事が、先の掃討戦で証明できた。再び戦乱の世が開ける原作シナリオ開始までに確かな実力を身に付けるという、五年前に定めた俺の目的は達成できたという訳である。


(……土蜘蛛を一人で楽々倒せるようになったんだ。少なくとも、大抵の武闘派ヒロインに負ける気はしない)


【ドキ恋】の原作でも、土蜘蛛を一人で倒せるキャラは数少ない。そんな一握りの強敵でもない限り、一対一で戦う分には俺に勝てる魔術師はそう多くないんじゃないかというのが、客観的に下した俺の判断だ。

 もちろん、実は過剰評価だったっていう可能性もある。これからも強くなる必要はあるけど、少なくとも華衆院軍の中で俺に敵う魔術師が存在しないのは事実だ。


(これから戦う可能性のある、ラスボスや他の領主との戦いの下地が出来た……後はもう、勝つか負けるだな)


 勿論、俺は全力で勝ちに行くんだけども。俺の恋路を邪魔しようってんなら、敵が美少女だろうが何だろうが知った事か。ボコボコにしてやる。

 ……さて、少し話は変わるんだが、雪那に龍印が宿った以上、俺は敵を打ち倒すよりも雪那を守ることに重きを置くことになるだろう。本来なら四六時中傍に置いておきたいところではあるんだけど、それだとプライベートもクソも無いし、何よりも現実的じゃない。

 龍印の事を秘密にし、雪那を守るには、どうしても協力者がいる訳である。


「それじゃあ、俺が首都に行っている間は雪那の事をよろしく頼むぞ、重文」

「お任せください。雪那様の秘事は、この松野重文が命に代えてもお守りいたします」


 そんな訳で俺は今は、鍵付きの二重扉の奥にある、内緒話をするのにうってつけである当主の部屋に招き入れた重文に、雪那の事を託すことにした。

 俺が一番信頼できる家臣だし、それもあって雪那に龍印が宿っていることを知っている、数少ない人間だ。家中における影響力も高いし、俺が留守の間、雪那の秘密を守るのにこれ以上うってつけの奴もいない。


「普通なら、雪那を首都まで同行させてもいいはずなんだけどなぁ」

「遺憾ではありますが、仕方ありません。皇帝陛下が雪那様を疎んでいるのは確かなようですし、皇族のお膝元に連れて行かない方が何事も穏便に済みます」


 婚約者の里帰りすら出来ないなんて、名目上の我が主君ながら実に狭量だ。迷信なんか信じずにドンと構えとけばいいものを。

 ……まぁそうは言ってられないのが、このままならない世の中だ。道理を通すのも、我を通すのも楽じゃない。


「改めて言うが……龍印の事を秘密にするのは、皇族に弓引く事と同じだ。バレれば最悪、華衆院家は根絶やしだし、関わった人間もただじゃすまない。それを承知の上で巻き込んだ俺を恨むか? 重文」

「何を今さら仰っているのか。もしも華衆院家に見切りをつけているならば、私はとうに雪那様の秘事を漏らしております」


 そう言って笑う重文に、俺も苦笑で返す。

 三年前、雪那に龍印が宿ったことを伝えた時はそれはもう驚いていたし、龍印の事を皇族にも伝えないと言った時は頭を抱えていたもんだが、それでも重文は俺たちの味方をしてくれた。

 それは華衆院家への忠義によるところも大きいんだが、重文自身が雪那の事を気に入っているというのもある。


 ――――私は私なりに雪那様の事を見てきました。その上で、命をかけてお守りするに値する方だと判断したまでです。


 元々、家督を継ぐ気が無かった俺を繋ぎ止めた切っ掛けになっただけでも感謝してたんだろう。その上で、雪那は俺の為、家の為に出来る努力を何でもしてきた。何十年と華衆院家を守ってきた重文が忠義を示すのに十分だったんだと思う。

 全く、重文には本当に頭が上がらない。これほどの家臣に恵まれたことは、この世界に生まれてトップクラスで良い事だったと断言できる。

 俺は重文を労わるように、手元に置いてあった徳利を持って、その口を重文の方に向けて傾けた。


「まだ若く未熟な俺たちには重文が必要だ。迷惑かけると思うけど、これからもよろしく頼む」

「なんの。この重文、最後までお二人をお支えいたしますとも」


 徳利の中に満たされていた清酒を、重文が両手で持っていた盃に注ぎ、その次に俺の前に置かれていた盃に酒を注ぐと、重文はおもむろに両目を片手で抑えた。


「感慨深いものですな……っ。こうして國久様自ら酌をしていただき、酒を酌み交わせる日が来るだなんて……っ!」

「あー、もう。一々泣くなよなぁ」


 この世界だと、十八歳から酒が飲める。俺も先日、無事に十八歳になったってことで、こうして慰労を兼ねて重文と飲んでいるって訳だ。これが大きな変化の三つ目だな。

 ちなみに雪那は俺より誕生日が遅いから、ギリギリまだ十八歳じゃない。誕生日を迎えたら、雪那とも飲んでみたいところだ。

 

「ほれ、こうして肴も用意したんだ。冷めちまう前に食おうぜ」

「では、失礼して」


 俺は盃と一緒に床に置いてあった大皿に盛られた揚げたジャガイモ……フライドポテトを重文と一緒に抓む。


「それにしても、爆発的に流行りましたな、馬鈴薯。今や華衆院領の特産品ですし、懐も潤った。これも國久様が提案したおかげでしょう」

「それを言うなら、各所との調整を行った重文たち家臣団や、実際に馬鈴薯を育てた農民たちの努力の賜物だろ。俺はちょっと提案しただけだし」


 饕餮城の裏手に不毛の岩山が聳えていたその場所は、今では農業研究所となって海外から輸入されてきた様々な農作物を研究し、育てている。そんな研究所の成果にして、この三年間の大きな変化の四つ目と言えば、ジャガイモの大量生産に成功した事だろう。

 冷害に強く、大量に育つジャガイモの評判は領内を駆け巡り、各地の農家がこぞって育て始めたくらいだ。


「それでも、馬鈴薯がこれほどまでに領民の間で定着したのは、國久様が馬鈴薯を揚げるという調理方法を思い付いたからでしょう。酒にも良く合いますし、今や領内中の酒場で、この揚げ馬鈴薯を出さない店はありませんよ」

「まぁ元々、うちの領地は天麩羅みたいな揚げ料理が名物だったしな。馴染みのある揚げ料理で、早い、安い、美味いの三拍子が揃ったら、そりゃ流行るだろ」


 養殖貝、絹織物、塩に蜂蜜と、大和帝国屈指の大貴族なだけに様々な名産品がある華衆院領だが、その中でも古くから領地を支えてきたのが、植物性の上質な油だ。

 その油をふんだんに使った天麩羅は昔から地元民に愛されてきたんだが、その天麩羅に似た料理で、手軽に作れて飽きにくい美味さから、フライドポテトは酒の肴として超絶受けた。

 そうやってジャガイモが魅力的な食材だと分かれば別の調理法を試したいっていう料理人も出てきたし、今では行商人を介して別の領地でもジャガイモが話題になりつつあるのだ。おかげでジャガイモと合わせて油も飛ぶように売れるようになった。


「馴染みのない新食材を喧伝するなら、やっぱり流行りになる料理がいるって思ったんだよ。今研究中の玉蜀黍とうもろこしや人参も、何か流行りになる料理を考えたいところだな」


 そう言いながら俺は杯を傾けて口の中に酒を流し込み……思いっきり顔を顰めながら呑み込んだ。


「にっっっが……! あーっ! 胸が焼けるみたいに熱い!」

「……この五年で國久様は本当にご立派になられましたが、酒が苦手なところが難点ですな。これからは会合の場で酒を勧められることも増えますし、酒には早くに馴れた方が良いですぞ」

「むぅ……酒に溺れる領主より、酒が苦手な領主の方が断然良くないか?」

「ははは、違いない」


 前世も二十歳ちょいまで生きてたから酒を飲んだことがあるけど、やっぱり苦手だったんだよな。カクテルみたいなジュース並みに甘い酒だったら好きなんだけど……この強烈な苦さがどうにも好きになれん。


(華衆院領だと果物栽培は殆どしてないし、カクテル造ろうと思ったら他所の領主と協力しないとな)


 まぁ優先順位は低いから後回しで良いけど。

 その後、しばらくの間重文と酒盛りをしていた俺は、明日に響かない範囲でお開きにして、寝る前に雪那の私室へと足を運んでいた。

 別に何か用があるって訳じゃない。しばらく領地を離れて、雪那とも会えない時間が出来てしまうから、今の内に雪那分を補充しておきたいのだ。


「雪那、今いいか?」

「國久様? はい、どうぞお入りください」


 許可を得た俺は雪那の部屋の中に入る。どうやら今は宮子は外しているらしく、雪那は自分が座っていた座布団の前に新しい座布団を自ら敷いてくれた。


「夜遅くに来て悪いな」

「いいえ、お気になさらず。どうぞ、遠慮なくお座りください」


 促されるがままに俺は座布団に座り、穏やかな微笑みを浮かべる雪那を眺め、感嘆の息を零す。俺にとって一番嬉しい五つ目の大きな変化……それは、雪那がより俺好みの美少女に成長したという事だろう。  

 原作における現時点での雪那も、みすぼらしい着物を着ていたにも拘らず、俺の中で一番の萌えキャラっぷりだったが、今目の前にいる雪那は明らかにそれ以上……不遇な扱いを受けていた原作と異なり、華衆院領で磨き抜かれた今の雪那は、見る者全てを魅了するような煌びやかさを放っていた。


(そして何よりも、おっぱいの成長の著しさよ……!)


 改造和服を好む原作ヒロインたちと違い、割と正統派な和装を好む雪那だが、分厚い和服の上からでも胸元が大きく膨らんでいるなんて相当だ。

 更に身長が低めで小柄なのもグッド……この両腕ですっぽり抱きしめられそうな華奢さと、男の夢とロマンと希望が詰まったおっぱいには、六つ目の大きな変化点である俺の下半身が滾るのを抑えられない。

 こんなストライクゾーンど真ん中の美少女が俺の婚約者だなんて……五年経った今でも、感動を禁じ得ない。


「それで、どうかなさいましたか? 私に何か御用でも?」

「いや、用ってほどじゃないんだよ。ただ明日から首都に出向くことになるからな。愛する婚約者と数日会えなくなるが寂しくて来たんだが、迷惑だったか?」

「あ、愛っ!? い、いえ、その! 迷惑だなんてそんなことあるはずがありません……!」


 一瞬で顔を赤くして慌てる雪那。その様子を見守っていると、彼女は俯きながらポソポソと呟き始めた。


「わ、私もその……あ、ああああああああああああああああ……!」


 もう煙が出るんじゃないかってくらいに赤くなった顔で、壊れたボイスレコーダーみたいな声を出し始め、やがて両袖で顔を隠しながら消え入るような声で俺に懇願した。


「ご、ごめんなさい……い、今のは聞かなかったことにしてください……!」

「あぁ、分かったよ。いずれ言えるようになる日を気長に待つさ」


 三年前の一件から、俺が愛の言葉を囁くと、雪那はこんな感じの反応を取るようになった。俺に対して何かを伝えようとするけど、口に出すのはあまりに恥ずかしくて結局何も言えなくなってしまう……そんな反応だ。

 だがこれまでの経緯と雪那の反応、そして言いかけた言葉から何も察せないほど、俺は鈍感系じゃない。


(まったく、本当に焦らすんだからぁ)


 だがこの状態が全然嫌だと感じない。恋愛において、両片思い期間が一番楽しいとはよく言ったもんだ。

 生憎と待つのは得意だ。だったら今この一瞬も全力で楽しんでやろうじゃないか。


「國久様……? もしや私を揶揄って楽しんでいませんか……?」

「いや? そんな事は無いぞ? ただ雪那は今日も可愛いなって思って」

「かわ……っ!? も、もう! 國久様は意地悪です……!」


 顔を真っ赤にして控えめに抗議する雪那。そんな反応すら愛らしくて、俺は声を出して笑う。

 そんな何時までも続いてほしいと思える一時はあっという間に過ぎていき、俺は首都に向かって出発するのだった。 

 

   =====


 と言っても、首都でやる事なんて殆どないんだけどな。

 マジで定例報告に来ただけだし、もう皇帝に対して報告だけ済ませればそれで終わりって感じだ。これと言った交渉相手も、同じ時期に黄龍城に来ている訳でもないし。

 だからこのままさっさと領地に戻って雪那分を補充したいところなのだが……。


(一応、主人公たちの姿も確認しときたいしな)


 領主が黄龍城に登城すれば、都合の付く皇族全員に挨拶を済ませるのが一般的だ。だから次期領主である俺が、刀夜を傍仕えにしているであろう美春に挨拶したいって言えば、向こうも都合を付けてくれた。

 そしていざ面会に臨むと、そこには見覚えのある五人を傍に控えさせた美春が俺を待っていた。


(この世界では存在しない学生服を着た三人組に、青髪の美幼女。……そして意外なのが居やがるなぁ)


 主人公である御剣刀夜に、その義妹と幼馴染である御剣朱里と羽田真琴。天龍院家の宝刀である鬼切丸の化身である切子……そして、五年前に一度顔を合わせたきりで、それ以降一度も面識がなかった、原作では第二部のヒロインの一人にして華衆院家の次期当主になっていた、俺の腹違いの妹である茉奈がそこに居た。


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