国ですら恋路の邪魔はさせない
柔らかい感触を背中に感じ、振り返ってみると、そこには雪那が俺を後ろから支えるように抱き着いて来ていた。
普段の俺なら「ウッヒョー!」って喜んでるところではあるが、今が緊急時であることと、流れ込んでくる莫大な魔力に、俺は嬉しさよりも驚きを禁じ得ない。
(何だ……この魔力の量は……!?)
魔術を使い、俺に自分の魔力を全力で供給してくれているんだろう。しかしその量は尋常ではないのだ。
供給される魔力量は俺の最大魔力量を一瞬で上回り、それでも飽き足らずに溢れかえるほどだ。現に今、【岩塞龍】を全力で発動し続けているのに、魔力が全回復してから減っているという感覚が全然しない。
魔力が消耗した傍から、即座に回復しているのだ。こんなバカげた魔力が供給できる理由は、一つしか考えられない。
(龍印……! ついに宿ったのか……!?)
星から無尽蔵に魔力を供給できるという、大和帝国の皇族、天龍院家の中でも選ばれた人間だけに宿るという、【ドキ恋】の作中最大のチート能力。
なるほど……ラスボスが警戒するわけだ。この際限なく流れ込んでくる魔力の勢いは、激流なんて表現すら生温い。文字通り、星の底から宇宙まで届く噴火みたいだ。
「ありがとな、雪那……! これでどうにかなるっ!」
何にせよ、これは最大のチャンスだ。この無尽蔵の魔力供給……これだけのサポートを受けながらピンチを乗り切れないなんて嘘ってもんだろう。
俺は今発動中の【岩塞龍】に更に魔力を注ぎ込むと、燃え盛る岩の龍は周辺の地面を吸収して更に巨大化し、纏う炎は更に火力を上げて眩いほどに赤く輝く。
普段ならこんな贅沢な魔力の使い方はしない。これほどの規模の【岩塞龍】は一瞬で俺の魔力が枯渇してしまうし、結果的に与えるダメージも少なくなってしまうから。
(だが今の俺の魔力は実質無尽蔵! これならどんな規模の魔術だって使いこなせる!)
より巨大になり、より強い灼熱を放つようになった焼き石の龍に全身を締め上げられる土蜘蛛は、脱出しようと全力で藻掻いているが、岩の龍の質量が大きい上に炎によるダメージが強すぎて満足に身動きが取れていない。
それでも、全身を焼かれながらも全力で藻掻き続けるのは流石の生命力と言ったところか。きっと今【岩塞龍】を解除してしまえば、怒り狂って襲い掛かってくるんだろう。
(だから俺は、この隙を見逃さない)
【岩塞龍・炎天焔摩】を維持したまま、俺は地属性と雷属性の魔術を同時に発動する。
離れた所で放置されていた巨大な鉄杭は魔力に反応して俺の頭上へと舞い戻り、本物の雷でも纏ったかのような雷光を放ちつつ激しく高速回転しながら土蜘蛛の頭にその尖端を向けた。
「穿て! 【鳴神之槍】!!」
凄まじい電力を纏った鉄杭は強力な磁力によって、音速の壁を突き破る勢いで射出され、土蜘蛛の頭をぶち抜く。
いや、ぶち抜くという表現はもはや適切じゃない。もはや巨大な土蜘蛛の頭を消し飛ばしたと言った方が適切だ。その証拠に、土蜘蛛の頭は爆散して跡形も残っていない。
首の断面から緑色の血を流し、土蜘蛛の体がぐったりと動かなくなったのを確認してから、俺は発動していた全ての魔術を解除。岩の龍は地面に戻っていき、それを見た雪那の魔力供給が止まったところで、俺は後ろを振り返る。
(本体が死んだことで、分身体も消滅したみたいだな)
見渡してみれば、兵士たちは大なり小なり怪我はしているが、死傷者がいる様子はない。非戦闘要員の家臣や人足たちへの被害も無い……すなわち、俺たちの完全勝利である。
「兵士たちよ、勝鬨を上げろ! 音に聞こえし
=====
その後、俺と雪那は予定を繰り上げて饕餮城に戻っていた。
種族が異なれば妖魔は妖魔を食う事は日常茶飯事で、血の臭いに敏感だ。残された土蜘蛛の死体から放たれる血の臭いを嗅ぎつけて大挙して押し寄せる可能性は高い。
だから作業は一時中断し、俺と雪那、そして戦えない人足たちは先に町に帰されて、兵士たちによる死骸の処理作業を先に取り掛かることにしたという訳だ。
(まぁ、俺にとっても丁度良かったけどな)
家臣たちへの諸々の説明と、今後の予定の組み直しを終えて、俺は雪那の私室の前に居た。
そこでしばらく待っていると、部屋の襖を開けて宮子が顔を出してくる。
「どうだった、宮子」
「は、はい。若様の仰ったとおり、姫様の背中に龍を象った大きな紋章のようなものが浮かび上がっていて……あ、あれは一体何なのですか? どうして姫様に……」
「それに関しては今から説明する。とにかく入っていいか?」
「は、はい。どうぞ」
開けられた襖から部屋に入ると、そこには緊張した面持ちで座布団に座っている雪那が俺を見ていた。その前には俺用に用意されていたであろう座布団が置いてあったので、そこに胡坐をかいて座る。
「にしても、お互い災難だったな。でも無事でよかった……怪我はないよな?」
「大丈夫です。國久様が守ってくださったので……私の我が儘で見学に行きたいと言って、結局國久様の足枷になってしまったのではないかと思うと、申し訳なく思うのですが……」
「気にするな。あんな化け物が出てくるなんて俺も想像していなかったし、むしろ雪那が居なかったら逆に危なかったんだ。謝られるどころか、こっちが礼を言わなきゃなんない。……本当に助かった、ありがとう」
「……いいえ。國久様がご無事で、何よりです」
俺が頭を下げて礼を言うと、ようやく緊張が解れたのか、雪那は小さく微笑む。
「それで、本題な訳だが……宮子、お前も聞いておけ。ただしこれから話すことは雪那の為にも絶対に口外するな。良いな?」
「は、はい! 分かりました!」
これから俺が話すことは、俺の人生でもトップクラスの機密事項になるだろう。おいそれと口外することは出来ない……しかし、秘密を守る為には協力者が必要となる。その内の一人として、宮子は巻き込ませてもらおう。
どっちにしろ、雪那の着替えを手伝うほど身近な侍女である以上、この秘密に巻き込むことになるのは目に見えていたしな。
「雪那も気付いているだろうが……土蜘蛛との戦いの時、尽きかけた俺の魔力を全回復させてなお有り余る魔力供給を可能としたのは、雪那の背中に浮かんでいるっていう紋章……龍印の力によるものだ」
「……やはり、そうなのですね」
「龍印って……あの!? あれって御伽噺とか、そういうのじゃないんですか!?」
俺の言葉に宮子は大袈裟なくらいに驚いていた。まぁそう感じるのも無理はない。
龍印の存在自体は広く知れ渡っていることだが、前回龍印を宿した皇族が誕生したのはもう数百年も昔の話。今となっては皇族が自分たちの権威を高めるために民衆に流した、単なる御伽噺と思っている奴も珍しくないのだ。
「あのバカげた魔力供給は龍印以外にあり得ないって。現に、今朝までなかったはずの紋章が雪那の背中に浮かんでるんだろ? 龍を象った紋章が体のどこかに浮かぶっていうのは、龍印を宿した人間に見られる有名な特徴だ」
ちなみに龍印の大きさや刻まれる場所は個々人によって違うらしい。原作だと、雪那の龍印を譲渡された美春は、手の甲に紋章が浮かんでいたはずだ。
「現実的な話をすると、雪那に龍印が宿っているという情報が外部に漏れた瞬間、国内外問わずに様々な勢力が雪那を狙う事になる。皇族にまで情報が届けば、無理矢理にでも俺との婚姻を破棄させて黄龍城に監禁。二度と外には出さないようにするだろうよ」
「そう……なるでしょうね。無尽蔵の魔力には、それだけの価値と危険が付きまといますから」
「そ、そんな……! 折角姫様に穏やかな日常が訪れたのに、また昔みたいになるなんて……!」
実際、原作でも雪那は古臭い庵から出られない生活を強いられていたし、俺と婚約することで原作とは全く違う人生を歩んでいても、龍印の事が公になれば、皇帝は無理矢理にでも雪那を連れ戻そうとするだろう。それは雪那自身も察しているらしい。
「……でもまぁ、こんなもん外部に漏れなければ良いだけだし、問題ないだろ」
「え……!?」
あっけらかんとした俺の言葉に、雪那は思わずと言った様子で顔を上げる。
「仮に知られて皇族から雪那の身柄を渡せって言われても、全部突っぱねちまえば良い。だからあんまり気にしなくていいぞ」
「気にしなくても良いと言われましても……それは無理な話です。皇族に歯向かうような真似をすればどうなるのか、國久様だってご理解しているはずではありませんか」
確かに、貴族の身で皇族に歯向かうというのは、すなわち逆賊の汚名を着せられるという事だ。仮にこっちが皇族に対して謀反を働かなくても、雪那に龍印が宿った事を報告しなければ同じこと。謀反の疑いありとして、大義名分を得た皇族は他の貴族を動かして華衆院家の断絶の為に動くだろう。
……だから何なのかという話だ。その程度の障害で怯むほど、俺の愛は軽くない。
「要は、皇帝陛下ですら俺の機嫌を損ねたくないと思わせればいい。龍印を手に入れるよりも華衆院家を敵に回さない方が得だと思わせればいい。それでも向かって来ようっていうんなら、ちょいと痛い目を見てもらうまでだ」
「……私の為に、皇帝と……大和帝国と戦うと、貴方はそう言うのですか……?」
「勿論、何事も穏便に済ませる越したことが無いから、そうなるように動くけどな。いざって時になったら、相手が王だろうが国だろうが戦ってやらぁ」
こちとらそんな可能性が十分あると分かった上で雪那と婚約した。皇帝だろうが国だろうが、俺の恋路の邪魔をするなら容赦はしない。
国中のどんな武闘派でも叶わないくらいに強くなって、国中のどんな権力者も逆らえないくらい領地を発展させ、帝国の陰の支配者でも何でもなってやろうじゃないか。
「雪那……お前と出会ったその時から、俺の至上命題はお前の幸せを守る事だった。だからもし、俺との未来を望んでくれるっていうんなら、信じて付いて来てくれ。この俺の全てに賭けて、必ずお前を守り抜く」
このタイミングを逃すな……と、場違いにも感じた俺は、この二年でより洗練されたイケメンフェイスを全力で凛々しくし、雪那の手を取って、ありったけの情熱を込めて告げる。すると雪那は顔を真っ赤にしてコクコクと頷いた。
その反応に俺は会心の手応えを感じた。シチュエーションと顔面偏差値が絶妙に嚙み合ってフラグが立った……そんな手応えだ。形はどうあれ、雪那を頷かせることにも成功したしな。
「さぁ、これから忙しくなるぞ! 誰にも邪魔できない俺たちの結婚に向けての大仕事を始めようじゃねぇか!」
龍印を秘密にする為にするべきこと。いざ龍印の情報が漏れた時の為に備えるべきこと。やらなきゃいけないことは多くあり、これから立ちはだかる敵はあまりに強大となる予感があるが、俺の中で燃え盛る恋の炎は些かも衰えていなかった。
そんなこんなで華衆院家は更なる発展の道を辿りながら、俺の魔術師としての腕前も上げていき……気が付けば三年の月日が経過。
主人公、御剣刀夜がこの世界に現れ、原作シナリオが開始されるのだった。
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