災害襲来


 農地に土を敷くのに当たって、問題なのはそれをどこから調達してくるかだ。

 まさか他所の畑から分けてもらう訳にもいかないし、腐葉土のベースになる土をどこからか掘り出して、饕餮城の裏手まで運ぶ必要がある。それだけ聞くとかなりの人手と時間が必要そうに見えるだろう。


(まぁ、俺がいればその辺りのコストも大幅に節約できるんですけどね!)


 俺の地属性魔術を使えば、大量の土を一度に運ぶことが出来る。勿論量が量だから人手と時間はある程度必要だけど、それでも馬鹿正直に人海戦術に頼るよりかはずっとコスパが良い。ホント、なんで皆は地属性魔術を極めようとしないのかが不思議なくらいだ。

 特にWEB小説の転生者系主人公たち。俺と同じ現代日本人としての視点を持っているなら、地属性の利点にすぐ気付きそうなもんなのに、前世の小説投稿サイトでも地属性使いの主人公って殆ど見かけなかったぞ。


(……まぁ空間魔法とか時間魔法とか、戦闘に関してはもっとチートな能力もあるにはあるけども)


 それでも汎用性の高さに関しては地属性が群を抜いてると思う。

 ちなみに【ドキ恋】の世界において、空間や時間に関する魔術は、ほぼ存在しなかったりする。


(魔術は理屈と定義を積み重ねて現象を引き起こす学問技術だからな……論理が出来ていない魔術を、人間は使うことが出来ないんだよな)


 科学全盛の時代だった前世ですら、空間と時間に作用する技術は存在しなかった……はずだ。この世界でも魔術の研究者たちが有力者をパトロンにして日夜研究に励んでいるけど、時間だの空間だのと言った魔術を生み出す手掛かりすら掴めていない。

 ちなみに、華衆院家でも魔術の研究所みたいなのを運営してて、俺が使う魔術も、俺の要望に応じてそこで研究・開発がされてたりする。


(ただ例外もあったと思う……その最たる例が、主人公の御剣刀夜と、転生者である俺自身だ)


 刀夜自体が時間魔術や空間魔術を使うって話じゃない。地球からこの異世界に移動してきた、その事実が俺の言う例外なのだ。

 俺の場合は魂だけが。刀夜に至っては肉体ごと、時空を飛び越えてこの世界に来た。その事実から推察するに、時空間に干渉する何らかの魔術があるのかもしれない。


(【ドキ恋】の原作だと、その辺りの事は明言されて……無かったよな……?)


 原作シナリオを読み飛ばしてたところもあったから、イマイチ自信がない。いずれにせよ、今は考えても仕方のない話だ。今は農地開拓の事に集中しよう。

 そう思って、俺は饕餮城の奥御殿にある自分の部屋で出発の準備を進めていた。土を掘り出す場所は既に決まっているし、明日にでも出発できるから、家臣団宛てに俺が不在の間の指示書を書いている真っ最中なのである。


「……城下町の組合との会合に関しては重文に任せる……と。まぁこんなもんか。あとやんなきゃいけないことはもう無いし、これで一段落――――」

「國久様。今お時間よろしいでしょうか?」


 筆を置いて墨の乾いた手紙を折り畳み、一段落つこうとしたところで、襖の向こうから声を掛けられた。この俺が聞き間違えることなどあり得ない、雪那の声である。


「雪那か。いいぞ、入れ入れ」


 そう許可を出すと、雪那は「失礼します」と一言断ってからゆっくりと俺の部屋に入ってきた。


「お忙しいところ申し訳ありません。実は少し、國久様にお願いがございまして」

「おぉ、何だ? 言ってみろ。何でも叶えてやるぞ」


 雪那がこうしてお願いをしてくるなんて珍しい事だ。金の力でもアプローチを仕掛けちゃいるんだが、元々物欲が少ないためか、そっち方面のアプローチの効果が薄かったからな。

 だからこうしておねだりされた時こそ、男の甲斐性を見せつけてアピールするチャンス……! これを見逃す手はないな。


「國久様は明日から、数名の家臣の方々と共に雇った人足の指揮を執って裏手の農地に土を運び込むと聞きました。後学の為に、そのお姿を見学させては頂きませんでしょうか? 決して邪魔になるような事は致しませんので」


 しかし雪那のお願いは、俺が想像していたのとは全然別物だった。物ではなくそっち方面のお願いだったとはな。

 そういえば、雪那の正室教育もそろそろ実践が組み込まれていくって話だったったけな。領地の外に出れば忌み子なんて呼ばれて疎まれる雪那だが、華衆院領限定なら表に出て仕事ができそうだし、将来人を指揮する時に備えて、指揮を出すというのが実際にどういうものなのかを見ておくのは悪い事じゃない。


「そのくらいの事だったら別に良いが……そうとなると、雪那に良いところを見せるために、俺も気合を入れないとな。お前を口説いている男が、どれだけ優れているのかを見せつける好機だし」

「あ、あの……普通で。気負わずに普通でいいですからね……!?」


   =====


 そんなこんなで訪れた作業開始当日、雪那が作業の様子を見学に来ることになった。

 外出時に好んで良く着る、着物に袴を合わせた動きやすさも兼ねた格好で、邪魔にならない位置からこちらを見守る雪那を見ていると、俺も自然と背筋が伸びる想いだ。

 やはり好きな女には仕事も出来る良い男っていうアピールがしたいじゃん? 前世でも仕事が出来る出来ないかは将来性が垣間見える立派なアピールポイントだったし、俺が地位に胡坐かくしかできないボンボンじゃないってところを見せつけたいところだ。


「それではこれより、作業を開始する! 人足の中でも特によく働いた者には十倍の報酬を出すので、皆心して作業に取り組むように!」

『『『おうっ!』』』


 ……とまぁ、そんな風に意気揚々と役目に臨んだのは良いんだが、今回の件で俺がやる事って言ったら大したことじゃないんだけどな。

 今回土の採取場所に選んだのは城下町からそこそこ離れた場所に位置する、森林近郊の丘陵地帯だ。行商人が活用する街道からほど近いものの、これと言った建設物もない、華衆院領でも完全に未開発の土地の一つで、とにかく雑草や雑木が滅茶苦茶生えている。


(前世だったら色んな所に開発の手が入ってて大量の土を掘り返せるところなんてそうはなかったんだけど、やっぱり異世界となると人の手が入ってないところも多いよなぁ)


 何でこの場所が選ばれたのかって言うと、腐葉土作りのベースになる土が大量に眠っているっていうのもあるんだけど、いずれこの場所に開発の手が入るって時の為に、地形を平らにしてしまおうっていう思惑があったりもするからだ。

 この丘陵地帯が平らになるだけの土を採取してしまえば農地を埋めるだけの土も手に入るし、いずれ新しく町か何かを開拓する時にも手間が減る。まさに一石二鳥という訳だ。


(後は地属性魔術で丘が平らになる感じで土を抉り取ってと……)


 イメージ的には目に見えない超巨大スコップで丘をくり抜いたって感じだろうか。地属性魔術で浮かび上がった丘から、更に純粋な土だけを抽出するように、雑草やら雑木やらを振るい落とし、残った土を所定の位置に置くのを数回繰り返す。

 地属性魔術っていうのは選別に関しても効果を発揮する魔術で、石や土、金属や砂といった鉱物には反応するけれど、植物には効果が適用されないのだ。だからさっきみたいに雑草ごと地面をくり抜いて空中に浮かべ、植物だけを振るい落とすなんてことも結構簡単に出来たりする。


「さぁ、運べ運べ人足たち! お前たちがどのくらい仕事をしているかは、この時点から確認が入っているからな!」


 俺がそう叫ぶと、金目当てで集まってきた人足……簡単な雑用をする日雇いアルバイトみたいな奴らは、報酬十倍に釣られて我先にと言わんばかりに、ちょっとした小山となった土山から麻袋に土を詰めていく。

 そうやって集めた土入りの麻袋はデカい牛車に載せて城下町まで運ぶ手筈だ。流石に俺一人で大量の土を遠く離れた城下町まで運ぶとなると、魔力が足りなさ過ぎて効率が悪いしな。


(言わば俺自身が重機になるってことだな)


 正直、俺がやってることは人足の大規模バージョンみたいなもんだし、指揮を執るのは連れてきた家臣任せのところがある。だから雪那が期待していたような働きを俺が出来るかと言われるとそうでも無かったりするんだよなぁ。

 まぁ俺の役割だって重要なもののはずだし、やることはきっちりこなすんだけどな。指揮官っぽい働きがまだできないなら、魔術の腕前を披露して雪那にアピールしようじゃないか。


(……それはそれとして、こういったある程度の細かい作業が出来る魔術師が少ないっていうのも問題だよなぁ)


 今現在、魔術を使って作業をしているのは俺一人だけだ。魔術を使える人間はこの場に何人も連れてきてはいるが、そいつらは俺や雪那、そして人足たちを妖魔から守る為の護衛の兵士であって、作業の為に魔力を使わせていい奴らじゃない。

 仮に兵士たちに作業を手伝わせたとしても、俺と同じように細かい魔術が使える奴がどれくらいいるのか……。


(この国は魔術大国なんて呼ばれてはいるけど、国民全体の魔術の修得率は決して高くはないし) 

 

 それも仕方のない事ではあると思う。魔術を使うには長い期間を掛けて訓練し、専門的な知識を身に付ける必要がある。日々生きるための金銭を稼ぎながらそれらの勉強をする余裕がある人間というのは少ないのだ。

 軍属になれば仕事として魔術の訓練を受けることになるけど、皆が軍に所属したいわけでもないし、身に付けるのは基本的に戦うための大雑把な魔術で、細かい作業向けの魔術じゃない。そこら辺もいずれ解決したいところである。


(無事に原作関連のゴタゴタが終わったら、魔術師を育てる学校を設立するっていうのも悪くないかもな)


 そんな事を考えながら順調に作業を進め、用意した牛車半分に麻袋を詰め終わったのを見計らって、俺は家臣や人足たちに休息を挟むことにした。

 働き詰めはかえって効率が落ちるのは世界が変わっても一緒だ。俺はあらかじめ用意しておいた弁当や飲み物を人足や兵士たちに配り、護衛の兵士たちの目が届く範囲内で思い思いに休憩を取らせる。


「お疲れさまでした。休憩後も、頑張ってくださいね」

「へ、へいっ! 勿論でさぁ!」


 ちなみに弁当と飲み物を配る時には、雪那が手伝ってくれた。超絶美少女な姫君に笑顔と一緒に弁当を手渡されて応援されたら、大抵の男は休憩後もやる気を出すってもんだろう。

 ……まぁ個人的に言えば、雪那が他の男に愛想良く振舞うっていうのは複雑なんだけどな。でも本人も「このくらいは手伝わせてほしい」って言ってきたし、実際に効果がありそうだったし、俺の我が儘で断るに断り切れなかった。


「國久様も、どうぞ」

「ん、ありがとよ」


 人足や兵士たち全員に弁当が行き渡ったのを確認し、俺も一番最後に弁当を貰ってそれを食い、消費した魔力の回復に費やす。

 魔力の回復は自然回復だけが手段じゃない。魔術によって大気中に漂う膨大な魔力を充填することが可能だ。……まぁ発動に時間が掛かるし、一気に回復できるわけでもないから、龍印みたいな使い方は出来ないんだけども。


(それでもこのペースなら、休憩が終わる頃には九割方は回復できるな)


 それだけあれば残りの作業も問題なく終わらせられるだろう。そう思って雪那と談笑したいのも我慢して魔力回復に徹し……いざ休憩時間が終わって立ち上がったその時、カンカンカンカンと甲高い音が辺りに響く。

 休憩時間の終わりを知らせる音ではない。護衛として連れてきた兵士の中で、妖魔の接近を探知する役目を背負った奴が、手持ちの鐘を力一杯鳴らしているのだ。


「警告! 警告! 妖魔の接近を感知しました! 妖魔は地中を潜って我々に接近中! 兵士たちは全員、臨戦体制に移行せよ! 繰り返す――――」


 その知らせに辺りは人足たちは騒然とし、それを慌てて兵士たちが宥め、守りやすいよう一ヵ所に集めるように誘導する。

 

「雪那! こっちだ!」

「國久様……っ!」


 俺も最優先で守るべき相手である雪那を傍に置き、念のために持ってきていた正方形の鉄塊を頭上に浮かせて妖魔の襲撃に備える。

 えぇい、雪那もいるこのタイミングで妖魔が襲ってくるなんて、間が悪すぎだろ!? 一体どこの妖魔だ!? 近づいたら首根っこ捩じ切ってやる!


「じ、地鳴りが……近づいてくる……!?」


 沸き上がる怒りを落ち着かせて冷静さを取り戻していると、ポツリと誰かが呟いた。

 そいつの言った通り大きな地鳴りが起こしている何かが俺たちがいる場所に近づいてきて……ソレは、地面を吹き飛ばしながら現れた。

 その正体は鬼のような頭を持ち、全身がタランチュラのように長い毛で覆われた、全長十メートルはあるであろう巨大な蜘蛛の姿をした妖魔だ。そいつの全体像を確認した俺は、頭の中にあった知識をそのまま端的に口にした。


「土蜘蛛だと……!?」


 それは、大和帝国各地で恐れられた強大な蜘蛛型の妖魔……その総称だった。

 曰く、砦と軍隊で守られた街を一夜で滅ぼす生きた災害。討伐には数千人で構成された軍が必要とされており……【ドキ恋】の原作でも、チート主人公や武闘派ヒロインたちを幾度も苦しめてきた、作中でも屈指の強さを誇る妖魔の一体だ。


(まさかそんな化け物が、このタイミングで来るなんてな……!)


 おそらく、街から離れた場所で大勢の人間が密集している気配に感づいて現れたのだろう。妖魔が来ることを予想して軍を率いてきたが、流石に土蜘蛛を相手に出来るほどの軍勢を連れてきてはいない。


(……だが、勝機がない訳じゃない)


 この世界が【ドキ恋】の世界であると知ってから……いいや、魔術や妖魔が存在する過酷なファンタジー世界であると知ったその時から、俺はいずれ直面する可能性があった、強大な敵との戦いに備え、魔術を身に付けてきた。

 そして雪那と出会ったことで、俺は予想できる全ての強敵から逃げるのではなく、雪那を守る為に正面から打ち勝つための準備を進めてきた。それは土蜘蛛と戦う事だって例外じゃない。


(俺の十年余りの修練。その総決算を、この土蜘蛛にぶつけてやろうじゃねぇか……!)


 

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