地属性はチート


「はぁ~……」


 三笠義明との面会を無事に終えたその日の夜。饕餮城の奥御殿にある自室に戻った雪那は、昼間の事を思い出して熱くなった顔を冷まそうと、深く息を吐いた。


「……國久様が、今日も私を恥ずかしがらせてきて困る……」


 生まれ育った黄龍城を離れて二年。それまでの不遇な扱いは嘘だったかのように、國久は満たされた日々を雪那に与えてくれた。

 治安が良く、忌み子への偏見も無いに等しいこの地での暮らしは、雪那にとって最早かけがえないものだ。臣民は皆優しくしてくれるし、大切と思える人も多く出来た。多忙な教育の日々も、この日常を守る為と思えば何の苦にもならない。

  

「……ですが……! 毎日のように口説かれては、心臓が持ちませんよぉ……!」


 問題があるとすれば、國久が宣言通り雪那を口説き落とそうとしてくるところである。

 この初めて会った時から、國久は毎日のようにあの手この手を変えて積極的にアプローチしてくるし、一日に数回は必ず愛と賛美の言葉を送ってくる。それが雪那にとって顔から火が出るほど恥ずかしいのだ。


(困っている訳ではない……それだけは間違いありません。少なくとも、嫌だとは感じていませんから)


 だが嬉しいかどうかと言われると、正直分からない。何せ後から思い出しても恥ずかしすぎて、嬉しいと感じるどころではないのだ。


「……私って、色恋沙汰が不得手だったんですね……」


 自分が恋愛耐性皆無だったなんて、國久と出会ってから初めて知ったことだ。しかも耐性が一切身に付かないし、國久の猛烈な攻めには色んな意味で参ってしまう。


「今日だってあんな堂々と、私以外を愛する気がないなんて………………~~~~っ!」


 あそこまで堂々と言い切られた時の台詞が雪那の脳内で延々苦と繰り返されて、また顔に血が集まって首まで赤くなってしまう。権力者の重婚や側室が当たり前のこの時代で、あそこまで一途に想ってくれる男などそうはいないと分かっているだけに、余計に胸にこみ上げてくるものがある。

 

「姫様。宮子です。入ってもよろしいでしょうか?」

「宮子……? は、入ってください」


 そんな時、襖の向こう側から宮子の声が聞こえてきた。入室の許可を与えると、地味だが仕立ての良い侍女用の着物に身を包んだ宮子が、静かに襖を開けて深々と頭を下げる。


「夜分遅くに失礼いたします、姫様。本日も熱の引くお飲み物が欲しいかと思いまして、ご用意させていただきました」

「……お察しの通りです。ありがたく頂きますね、宮子」


 魔術で作り出されたであろう冷水が入った白磁の湯飲みを受け取り、中身を呷ると、冷たい水が体中に浸透していき、スッと熱が引いていくのが自覚できた。


「何時もありがとう、宮子。おかげで落ち着きました」

「いいえ、お気になさらず。主の為に働くのは、侍女として当然の事でございます」


 畏まった様子で深々と頭を下げ、主からの礼の言葉を恭しく受け取る宮子を見て、雪那はクスリと微笑んだ。


「もう……今日は何時までその言葉遣いを続けるのですか?」

「まぁ、これでも華衆院家正室となる姫様の侍女ですからねー。姫様はもう周りから舐められるような立場じゃなくなったんだし、身の回りのお世話をする私もしっかりしないとって思いまして。どうです? 私もそろそろ有能な侍女って雰囲気出てきてません?」

「ふふふ……えぇ、そうですね。もう他の侍女の方とも遜色ないかもしれません」

「本当ですか!? やったー!」


 先ほどとは打って変わって、コロコロと変わる明るい表情を見せる宮子に、雪那も思わず笑い声を零す。

 雪那の侍女として宮子を引き取るにあたって、華衆院家正室の傍に仕える者として恥ずかしくないよう、宮子はこの二年間で貴人の侍女としての振る舞いを勉強し、身に付けてきた。その甲斐もあって一角の侍女には成長を遂げており、人前では先ほどのように慇懃とした対応をするが、雪那と二人っきりの時は昔のように話す。

 立場が変わり、互いが大きくなっても親友のままでいられる。その事が、雪那には嬉しかった。

  

「それで、今日はどうしたんです? また若様関連でしょう?」

「うぅ……はい。実は――――」


 雪那は今日あったことをポツポツと語り始める。

 ちなみに若様というのは國久の事だ。大和帝国では正式に家督を継いでいない領主の息子は、家来にそう呼ばれることがある。特に女性の家来の場合は、領主の息子と適切な距離を示す為に名前呼びは控えるのが普通だ。

 

「――――と人前で堂々と言われて、私はもう顔から火が出るんじゃないかと思いました……っ」

「なるほど……若様も相変わらず情熱的ですねぇ」


 話を聞き終わった宮子は思った……また何時もの惚気かと。

 國久と雪那の様子を傍から見聞きすると、そうとしか思えないのだ。正直、部外者のこっちまで恥ずかしくなってくる。


(きっと姫様も、何でそんなに恥ずかしいのか、気付いてないんだろうなぁ)


 雪那が國久の事をどう思っているのか……それは傍から見れば大体分かる。女はどうでもいい男に口説かれたところで何とも思わないのだ。少なくとも、好ましくは思っているはず。

 顔良し、財力良し、権力良し、武力良しの性格だって悪くない同じ年の男にあそこまで情熱的に口説かれているのだ。そうなるのも無理はないが……当の本人は、人間関係とは殆ど無縁の幼少期を送ってきた人間だ。自分の中の感情を、どのように昇華すればいいのか分からないのも無理はない。


「……私は駄目ですね。婚約してからもう二年も経つのに、國久様のお気持ちに対して何時までも答えを出せずにいるなんて……」

「そうでもないですよ。向こうから一方的に口説いて来てるんですから待たされることくらいで文句も言ってこないでしょうし、姫様が罪悪感を抱える必要なんてありませんって。存分に待たせて、じっくり自分の気持ちを整理すればいいんです」

「そ、そういうものなのでしょうか……?」

「はい、そういうものです」


 むしろその程度の度量もない人間に大切な親友の事は任せられないから、もし文句でも言って雪那を悲しませるもんなら、雪那を攫って逃げてやると、宮子は心に誓う。


(今のところはそんな心配も無さそうですし、家族の事もあって恩義もあるんですから、私にそんな選択をさせないでくださいよ、若様)


   =====


 岩山跡を農場にすることが正式に決まり、残った岩や石を完全に排除して更地にした後、俺は数名の家臣と、今回協力を仰いだ各地の農民の代表数名を連れて岩山跡まで来ていた。

 今からここで何をするのか……簡単に言うと、農場の下地を作りに来たのだ。

 

(本当なら、雇った農民に全部やらせても良いところではあるんだが……ここは地面が殆ど岩盤だしな)


 こんな所を鍬で耕せるわけがない。となると地属性魔術の使い手である俺の出番という訳である。

 魔術の開祖は農業に向かない硬い地面をも農地に変えてきたという。そのやり方に俺も倣うとしよう。


「いくぞ……ちょっと離れてな」


 見学人たちがある程度離れたのを見計らい、俺は地属性魔術を発動する。

 すると硬い地面は泥のように流動し、やがて岩山があった場所全体に、一定の間隔で空けられた、正方形の広い穴が幾つも生み出された。今からこの穴全てを土で埋めれば、それだけで無数の畑が完成することだろう。


「さて、これでどうよ? お前らに言われた通りに穴を掘ってみたんだが」

「えぇ、えぇ、これなら水はけの良い畑が出来そうです。……それにしても、これほど大きな穴をすぐに四つも作ってしまうなんて、流石は次期領主様ですなぁ」


 前世でも、コンクリートに囲まれた畑なんていうのはごまんとあった。だからこんな岩盤の地面でも大きな穴を開けてしまえば畑になるんじゃないかと農民に相談してみたんだが、その考えはドンピシャ。この世界でも似たような感じの畑は少ないながらも存在するらしい。


(他にも、輪作とか間作みたいな技法もあるし、堆肥作りの文化もあったりと、農業に関しては結構進んでるんだよな、この世界)


 勿論、様々な科学技術が進んだ地球ほどではないだろうが、少なくともWEB小説で学んだ程度の、素人に毛が生えたような俺の農業知識など不必要なレベルだ。

 これならジャガイモを始めとした、海外由来の作物の栽培も期待できそうである。


「それでその、領主様。ここの手伝いをすれば、うちの次男坊や三男坊を引き取ってくれるっていうのは……」

「あぁ、安心しろ。約束通り、そいつらは新作物の農民兼研究者として、華衆院家で雇い入れる。その代わり、そいつらの事をいっぱしの農民として育てろよ?」

「へへぇ、勿論です!」


 ジャガイモなどの新作物を栽培する上で一番の問題は人員だったんだが、これは意外と何となかった。

 基本的にこの国の農民たちは、領主の家督と同じように、自分の農地を自分の子供……大抵は長男一人に引き継がせる。しかしそうなると、次男とか三男とかには何も残せるものが無くなってしまう。そのせいで働き口に困る農家出身の人間っていうのは、毎年のように現れるのだ。


(職業難に遭って、下手したら犯罪を犯す奴も毎年のように出るしな)


 それを防ぐためにも、華衆院家で農家の次男三男を雇う事にしたわけだ。幸いにも、連中は子供の頃から農業の手伝いをしてきたからノウハウが身についているし、子供の頃から培ってきた技術を活かして働きたいって奴は多い。

 農民だって人の子供、人の親なんだから、長男以外の子供にだって幸せになってほしいだろうし、その為なら教育に力を入れてくれるだろう。


「後は空けた穴を埋めるための土だな」


 作物の種や、堆肥の為の籾殻やら枯葉枯枝、糞尿とかの当てはもうあるから、出来上がった堆肥を混ぜるための土を確保しないと。

 逆に言えば、それさえ出来れば後は人を呼び寄せて栽培を開始できる。栽培開始までに一番手間が掛かる畑作りを、地属性魔術で一気に省略出来たって訳だ。


(改めて思うけど、地属性魔術はマジで万能だな)


 転生して魔術に触れてみて改めてそう思う。攻撃にも防御にも使えるし、今みたいに開墾に使えるのは勿論のこと、街道整備にも盛大に役立っている。現に、俺がここにあった岩山から採取した石材は今、城下町を中心に商人の行き来が多い街道の舗装に使われているのだ。

 正直な話、前世の創作物で地属性の使い手が地味な噛ませ犬みたいなポジションに追いやられている理由が本気で分からない。地味だからか。なんか地味な印象があるからか。実際はそんな事はないんだけど。


 かくして、俺は畑に使う土の調達に動くことになるんだが、それが俺と雪那の運命を大きく動かすことになることを、この時の俺は知る由もなかった。


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