側室お断り


 馬鈴薯……すなわち、ジャガイモの事である。大和帝国原産の作物ではなく、海外から最近輸入されてきたばかりのを俺が目を付けたのだ。


「通ったのか? 俺の出した案が。まだ全然草案段階の案で、穴も多い話だったと思うんだけどな」

「はい。むしろ家臣や城下の代表の方々が積極的に穴を埋めるくらいで、あっという間に話が纏まったんです」


 俺が岩山を潰したことで、饕餮城の裏に出来た大きな空き地……そこの活用方法に家臣や城下町の代表数名と話し合っていた時、俺はこう提案した。海外から輸入された作物を、大和帝国で栽培してみないかと。

「異世界政治チートするんならやっぱりジャガイモ栽培は外せないよな」って気持ちが強かったっていうのもあるんだけど、それ以外にも大量生産が見込める新しい農作物は華衆院領にとって利益になると思ったのだ。


(幸い、この世界の農作物は地球のそれとほぼ同じで、海外でもジャガイモは料理に欠かせないってくらい大量に栽培されてるって話だしな)


 ジャガイモと言えば寒冷に強く、美味くて栄養豊富で大量に作れる救荒作物として有名だ。WEB小説とかの主人公が内政チートする時に、真っ先に題材に上げようとすることから、その有用性は地球全土に広く伝わっている。

 ただし、この世界ではまだそこまで知られている作物ではない。特にこの大和帝国では先日輸入されてきたばかりで、ジャガイモの存在を知らない奴の方が圧倒的に多いのだ。


(ただし、【ドキ恋】の原作じゃあ、ジャガイモは普及されなかったんだけどな)


 これはまだ来ていない未来の話になるんだが、この世界でもまるで夢のような作物であるにも関わらず、ジャガイモは大和国民から不評だったのだ。その理由は、大した知識もないままジャガイモを芽ごと食べて、食中毒で死んだ奴がいるからだ。

 ジャガイモの芽に毒がある事は有名な話だが、これまでジャガイモに触れたこともない大和国民がそれを知るはずもない。毒があるとも知らずに軽い気持ちで芽ごと食べた奴が死んで、それを見た周りの連中が「馬鈴薯には毒がある!」と騒ぎ立て、それが国中に広まった……それが原作シナリオにおいて、大和帝国でジャガイモが普及されなくなる理由である。


(原作じゃあ確か、ジャガイモに対する偏見を持たない御剣刀夜が、大和国民のジャガイモに対する偏見を取り除いて普及に成功させて持て囃されるって展開もあったっけなぁ)


 詳しい内容は覚えていないけど、それ見て「また主人公にとって都合の良い展開が……」と思ったのを覚えている。理由の究明も問題も改善もされずに、まるで主人公に解決されるのを待っていたみたいだった。

 まぁ一度毒があると広まった食材の偏見を取り除くのは大変だっていうのは分かるんだけど、大和帝国にだってちゃんと処理しないと毒になる食材は幾らでもあるんだし、ジャガイモだって刀夜の登場を待たなくても広まってて良かったんじゃないか? 


(だが今となってはそんな事はもうどうでも良い……俺はジャガイモを始めとした海外由来の農作物で一山当てる!)


 すなわち、あらかじめジャガイモを大和帝国に広めることで、先んじて主人公のお株を奪う。そうすることで先駆者にして次期領主である俺の評価も上がり、華衆院領の財政も潤うって寸法だ。


(まぁ言うほど簡単なことじゃないだろうけどな)


 新しい事を始めるにしたって、問題は幾つもあるし、一年そこらで全部解決するような話じゃないが、それをどう解決するかが、華衆院家の腕の見せ所だろう。

 それに、何の勝算も無いって訳じゃない。何しろ華衆院領には塩田も多いし、実は油の名産地でもある。となると、異世界でアレやらコレやらが作れるって訳だ……!


「それにしても……國久様は先見の明をお持ちなのですね。この国の未来を見据えて、より多くの食材を確保なされようとするなんて」

「……まぁ、今の帝国は色々ときな臭くなってるからな。何が起きても備えられるようにしておいた方が良いだろ」


 すごく純粋に褒めてくれる雪那にキラキラした目で見られ、俺はさり気なく視線を逸らした。


(……本当は先見の明でも何でもなく原作知識ありきの提案なんだけどね……)


 ラスボスの登場による妖魔の活性化に、皇帝の死による内乱。未来に起こる二つの大事件によって、国は食糧難に陥ることを、転生者である俺は知っている。だから俺はそれに備えて、新しい救荒作物を早い内から領内に取り入れることにしたって訳だ。


(勿論、未来の事をそのまま話す訳にはいかないから、色々と誤魔化して説明したけど……それでも話が通ったってことは、皆俺と同じ不安を抱えてたんだろうな)


 家臣や領民たちも、行商人を介して、既に国のあちこちで不穏な気配がしているのに感付いているんだろう。単純な利益目的の事業って理由もあるんだろうけど、平和な将来が保証されてないんじゃないかって感付いている奴も多い。現に、城下町や農村の視察に行ったら、そこら辺の事を俺に聞いてくる奴もいるしな。


(暦から逆算するに、原作開始まであと三年。それまでにどれだけの準備ができるかが問題だな)


 本当なら全ての元凶であるラスボスを事前に倒せれば良いんだけどな。内乱だってラスボスが黒幕になって起こるし。


(……ただプレイヤー目線から見ても、ラスボスの事って殆ど分からないんだよなぁ)


 おかしな話だが、【ドキ恋】ではラスボスについて殆ど触れられていなかった。

 詳しく話すと長くなるから要約して言うが、原作のラスボスは突然現れて雪那を闇堕ちさせることで龍印を暴走させ、首都ごと皇帝を殺害し、国が完全に統制を失ったタイミングを見計らって、国中の妖魔を活性化させることで、この地の人間を滅ぼして妖魔の国を作ろうとしたってことくらいしか分からない。誕生の経緯とか動機とか、そういうバックストーリーが一切描写されていなかったんだよな。


(もしかしたら、俺がプレイしてなかった続編にでも詳しく書かれてたとか……?)


 だとしたら、続編をプレイしなかったのは失敗だったな……前世の友達に借りとけばよかった。 


「おぉ、國久様。お戻りになられましたか。雪那様もいらっしゃるようで、丁度よかった」


 そんな事を考えていると、重文が現れて俺たちの方に近づいてきた。


「あん? どうしたよ、重文。なんかあったか?」

「実は三笠家の当主、義明殿から先触れが届きましてな。ご息女を伴って、近い内に國久様にご挨拶をしたいとのことです」


   =====


 三笠家は、治めている領地が華衆院領と隣接してることもあって昔から付き合いがあるんだが、言い方が悪いが弱小貴族だ。

 形式上、大和帝国での貴族間ではこれと言った身分差があるわけじゃないんだけど、家ごとの力に差があるし、力の無い弱小貴族は力の強い貴族に傅かなくてはならないという、暗黙の了解がある。たとえ相手が、まだ正式に家督を継いでいない次期当主でも、それは変わらないわけで……。


「こうして会うのは一年振りになるか? 久しぶりだな、義明殿。息災のようで何よりだ」

「そちらこそ、お元気そうで何よりです國久殿。しばらく見ない内にますますご立派になられた事を、心よりお祝い申し上げます」


 面会当日。三笠領の領主である義明は隣に自分の娘を座らせ、雪那と並んで上座に座る俺に対し、一段下の畳の上で娘と一緒に両手を床に付けて頭を下げ、丁寧な挨拶を述べる。

 四十路を超える貴族の当主が、上座に座る十五歳の次期当主に対して頭を下げるという光景は、互いの家のパワーバランスを如実に表していた。


「……さて。お互いに何かと忙しい立場であるわけだが、今日の用向きは先触れの手紙に書いてあった通り、ご息女を俺の側室に推挙したい……という話で良いのか?」

「えぇ、正しくその通りです」


 俺の言葉に義明がニコニコと応じ、隣に座る雪那の体が強張るのが分かった。

 今回の話、他人事じゃないからあらかじめ雪那にも伝えていたんだけど、改めて聞かされると動揺するらしい。

 ……不謹慎な話だけど、もし嫉妬してくれているんならちょっと嬉しいな。無反応だったら無反応で、傷付くし。


「國久殿には伴侶となる方が未だ一人しかおりません。お世継ぎの事もありますし、大貴族華衆院家の次期当主として側室は必要だろうと、老婆心で推薦させていただいた次第です」


 ……とまぁ色々と言っているが、要するに大貴族である華衆院家の次期当主の俺とお近づきになりたいって事である。

 側室とはいえ伴侶は伴侶。妻の実家に何かあれば極力助けにならないといけない。義明は自分の娘を俺の側室として差し出すことで、余裕があるとは言い難い三笠家を華衆院家に庇護してもらおうとしてるんだろう。


(昔から縁談の話は色々来てたけど、次期当主として動くようになってからこの手の話が本当に増えたよな)

 

 理由は大方察しが付くんだが……どうやら俺が雪那と婚約したのは、皇族への義理立てが理由だという話が広まってるらしい。

 忌み嫌われる忌み子の皇女を財政難の皇族から引き取ることで経済的負担を減らし、多額の結納金を渡すことで、新しい当主として皇族に忠義を示そうとしたとか、そういうバカげた噂だが、全く持って失礼な話である。俺が雪那に婚約を申し出たのは義理立てでも何でもなく、百%純愛によるものだというのに。


「親の贔屓目に思われるかもしれませんが、我が娘は気立てが良く、夫を立てることが出来る、どこに出しても恥ずかしくない大和撫子。必ずや國久殿も気に入るかと思うのですが、如何でしょう?」


 ……確かに、客観的に見れば見た目は良いと思う。夫を立てるように教育されたのだって、別に疑ってはいない。大抵の男なら一つ返事で側室に迎え入れるんだろう。


(だが、しかし! その女が雪那を小馬鹿にしたような顔で見ていたこと、俺は気が付いてるぞ!) 


 もうね、その時点で仲良くする気なんて欠片もない。側室として迎えるなんて論外である。性格の悪さと忌み子に対する偏見が態度から滲み出てるよ。


(大方、正室として迎えた雪那は忌み子だから俺に愛されることが無く、側室を送れば寵愛を得られて実家にも色々と融通してくれそうって感じの思惑があるんだろうな)


 正直に言えば、めっちゃ腹立たしい。雪那を侮辱した奴は万死に値するのである。

 ただ俺ももう十五歳。ある程度の分別が付く年頃だ。ここは穏便に撃退してやろうじゃないか。


「気持ちは嬉しく思うがなぁ、義明殿。俺は雪那に婚約を申し込んだ時、皇帝陛下に生涯で雪那ただ一人を愛し抜くことを誓っているんだ。その言葉を違えるような真似をする訳にはいかん」


 ちなみにこの話は本当の事である。二年前に雪那を首都の別邸まで迎えに行く前、皇帝への挨拶をする時に俺は確かにそう明言した。こう言っておけば、前々から届いていた縁談の数々を、皇帝の名前と権威を盾にしてスムーズに断れるからな。


「そして何より、俺は他の女が目に入らないくらい雪那に惚れ込んでしまっている! こんな俺のところに側室として嫁ごうものなら、決して愛することが出来ずに冷遇してしまう未来が目に見えるのだ! ならば俺と婚約などしない方がご息女の為である! それに知っているか義明殿、雪那が居ない話が城の奥御殿は、まるで火が消えたみたいに寂しい場所に――――」

「く、國久様……! 國久様……! も、もうその辺でご勘弁ください……!」


 正真正銘の本音で全力で惚気ると、雪那は羞恥で真っ赤になりながら止めに入り、義明の娘は屈辱と怒りで赤くなりながらこちらを見てくる。

 こいつからすれば、自分には忌み子以下の魅力しかないって堂々と言われたようなもんだからな。しかも雪那だって皇族の血がちゃんと流れているから、表立って反論も出来ないだろうし。


「で、ですが國久殿……! この国では複数の妻を娶るのは当たり前ですし……!」

「まぁまぁ、聞けって。縁談を結ぶよりも良い話があるんだ。我が華衆院領で始めようとしている新事業についてなんだが、どうだ? 俺たちに協力して一緒に一山当てるっていうのは」


 新事業……つまりはジャガイモに関する事業という、より美味しい話をチラつかせて、義明の関心をコントロールする。

 これは重文たちとも相談して決めた事だ。三笠領は決して裕福とは言えないが、色々と利用価値があるしな。


(より良い形で雪那との未来を形作れるなら、腹の立つ相手と手を取り合うくらいの度量は見せてやるさ)


 誰彼構わず喧嘩を買ったり売ったりしてたら、周りはあっという間に敵だらけになる。本当に望んだ未来を手にするためには、我慢だって必要だ。

 その後、重文たちも交えて詳しい事を説明し、結果として俺は婚約の打診を綺麗に回避しながら、お互いの(主に華衆院家の)利益になる条件で、事業提携を結ぶことに成功したのだった。

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