二年経って


 饕餮城の裏手にある岩山……その跡地。十三歳から本格的に魔術を始め、十五歳の今となっては、すでに山の体を成していない、大小様々の岩が散乱するその場所に俺は来ていた。

 有体に言えば……魔術の練習のし過ぎで、山を一つ潰したのである。元が小山だったとはいえ、地属性魔術による地形の変動は俺の想像を絶するものがあり、この二年間毎日地属性魔術ばっかり練習した結果、気が付けば山が無くなっちゃったんだよね。


「ま、邪魔な岩山が消えた分には皆から感謝されたから、何の問題もないんだけど」


 元々、饕餮城裏手の岩山は、これと言った資源も採掘されなければ、有用な植物も生えてこない、食い物になる禽獣も居ない、ただただ交通を妨げる邪魔な不良債権みたいなもんだった。それを潰しただけでも感謝されたし、華衆院領は当分石材に困ることも無くなったわけである。


「とは言っても、今日限りでここも魔術の練習には使えなくなるんだけどな」


 折角邪魔な山が消えたのに、空いたスペースを有効活用しないなんて手はない。華衆院家では今、新しい都市計画を立ち上げている真っ最中だ。俺が今日この場所に来たのは新作魔術の実験っていうのもあるんだけど、残った大岩を砕いて処理しやすくする為でもある。


「さて……そんじゃあ、始めるか」


 俺は散乱している岩の中でも、俺自身よりも大きな大岩を幾つか見繕い、地属性魔術で浮かせてそれらを縦に並べる。そして俺は、あらかじめこの場所に持ってきていた、大きさ一メートルくらいの正方形の鉄塊に地属性魔術を掛けた。

 すると綺麗な正方形だった鉄塊はあっという間に形を変え、俺の身の丈ほどの大きさがありそうな太く長い鉄杭へと姿を変えた。


「……俺の地属性魔術も、遂にこの段階まで来たな」


 そう、今の俺の地属性魔術は、岩や砂だけでなく、金属まで自在に操ることが可能となったのだ。でなければ、今の製鉄技術で一メートルもある正方形の鉄塊なんて作れないしな。


「更にこれに対して雷属性魔術を付与して……と」


 地属性魔術で浮かせた鉄杭に対して、雷属性魔術によって強力な電撃を付与する。その出力は明るい日中でも目が眩むほどの雷光を放つほどだ。これに触れた生物はただでは済まないだろう。

 更にそこに回転、磁力を加えていき……渾身の力を込めて並べた大岩に向けて射出した。


「吹き飛べ……!」


 目にも留まらない速さで射出された、強烈な電撃を帯びた鉄杭は、そのまま全ての大岩を貫通する。

 電磁加速で鉄塊を撃ち出す兵器……所謂、レールガンって奴を魔術で再現したのだ。その威力と効果はご覧の通り、単なる大岩を障子のように突き破り、地属性魔術によって状態が維持された鉄杭は、煙を上げてこそいるが傷一つ付いていない。


「新作合体魔術、【鳴神之槍】……ようやく完成ってところか?」


 繰り返して言うが、妖魔と戦うのは領主の役目であり、領主自ら戦場に出ることで兵士たちの士気が上がる。前世における近代的な兵法じゃ考えられないような事なんだろうが、魔術によって一騎当千の強者が頻繁に生まれるこの世界においては、領主が妖魔と戦う力を示すことで兵や領民に「この人に付いて行こう」と思わせることが出来るのだ。


「それにラスボスや内乱パートの事を考えると、鍛える時間はどれだけあっても足りやしないし」


 ラスボス自体の強さもさることながら、妖魔の王であるラスボスが動き出すことで大和帝国中の妖魔が一気に活性化するというのが原作のシナリオだったはずだ。

 しかも皇帝が死んだ後は帝国の新たな統治権を巡って各地で内乱が起こるし、そうなったら原作でもチート扱いされていた武闘派ヒロインたちとの戦いも待っている可能性が十分ある。


「この二年で、皇族は求心力が更に落ちてるからな。このまま皇帝が死んだら、マジで原作通り内乱が起こりかねん」


 ただでさえ金が無いっていうのもあったんだけど、それが改善される予兆がまるで見られないから、各地の領主からも若干見放され気味だ。

 新たな商会を立ち上げたり、名産品を作ろうとしたりと、皇族も色々と手を打ってるんだけど、いずれも余り上手くいっていないし、何だったら貴族たちから借金までしているくらいだ。そりゃあ求心力も落ちるだろう。

 少なくとも、いきなり死んだ皇帝に代わって、若い皇女が新たな統治者と認める貴族はまずいない。原作でも、後ろ盾を名乗り出て美春を傀儡にしようっていうキャラも多かったしな。


「そんな色んな意味でヤバい国を、有力者ヒロイン全員ハーレムに加えることで仲良くさせて、そのまま帝国を平和に持っていくんだから、やっぱり原作と主人公ってぶっ飛んでるわ」


 いずれにせよ、長らく続いた平和が終わる可能性は高い。だから俺は軍事力を強化したり、俺自身が強大な魔術師になるように色々と努力してた訳である。

 二年前、同じ場所で目標とした、地属性魔術をベースとした万能型超火力魔術師にも着々と近づいている。その過程で新たに身に付けたのが、地と雷の合体魔術である【鳴神之槍】という訳だ。


「成果は上々、強化と最適化を突き詰めていけば俺の強力な切り札になりそうだが……」


 鉄は岩を操るよりも強度と貫通力、切れ味や雷属性との親和性と言った強みを得やすいが、そもそも鉄を大量に用意すること自体が難しいから、物量攻撃には向いていない。

 一対一での戦いなら有用性は高いが、妖魔は群れることも多いし、他所の領主との戦いとなれば他の兵士の相手もする必要がある。そして何より総合的な破壊力で言えば、地面を操って大質量の攻撃をした方が上だ。


「鉄を操れるようになったことも、その為の鉄を用意したことも後悔はしてないけど……これらを差し引いてでも鉄を操って戦うメリットがあるのかって話なんだよなぁ」


 ぶっちゃけ、地面を直接操った方が早いし強いのだ。

 岩石を操る事との差別化を図るなら、莫大な量の鉄を用意する必要があると、俺は考えている。しかし俺が戦う為だけに、それだけの量の鉄を用意するというのも現実的じゃない。鉄は至る所で必要とされてるんだからな。

 となるとどうするべきか? 新しい鉱山でも見つける? いやいや、そっちも現実的じゃないし……。


「……待てよ? そもそも大量の鉄を、わざわざこっちで用意する必要があるのか?」


 そう考え直した時、俺は解決と更なる発展の糸口が見えた。その考えを突き詰めようとしたんだが……妙にタイミング悪く俺の腹がぐうっと鳴る。訓練と考え事をしている間に、いつの間にか昼飯時になっていたらしい。


「……今日は帰るか」

 

 俺は岩山跡をし、饕餮城に戻ることにした。他の政務もあるし、考え事は明日の訓練時間に改めてしよう。

 

「それにしても……二年か。あっという間にこの時が来たな」


 この二年間で、色んな変化が起こった。

 饕餮城の裏手にある岩山が消えたこともそう。皇族の求心力が落ちて、各地の貴族たちの動きに不穏なものが見え隠れし始めたのもそう。そして俺の下半身が順調に強化されているのもそうだ。具体的なことは言わないが、このまま順当に強化し続ければ、いざという時に大活躍するだろう。

 しかし、他の何よりも一番嬉しい変化と言えば……。


「おかえりなさいませ、國久様」

「おぉ、雪那。ただいま戻った」


 饕餮城に戻ってくると、出迎えてくれたのは俺の自慢の婚約者である雪那だった。

 何を隠そう、雪那はこの二年でより一層美しくなり、そして厚手の着物の上からでも分かるくらい胸の膨らみが主張し始めた。そういった外見的な変化もそうだが、二年前までは冷遇されていたが故に何事も諦めていたような雰囲気を常に出していたが、華衆院領に来てからはそういう事も無くなり、昔よりも明るい雰囲気を放つようになった……それが一番嬉しい変化だ。


「日課の鍛錬、お疲れ様です。今濡れた手拭いを持ってこさせているので、今しばらくお待ちください」

「ありがと。そっちは書類仕事の途中か?」

「はい。松野殿たち家臣の方々から教わりながらですが」


 俺の父親である前久は全くしなかったが、領主の伴侶の仕事とは本来、政務の補佐だ。内容は家ごとに違いがあるけど、我が華衆院家では将来的に、家臣団に交じって領地運営に参加してもらう事になる。

 俺も雪那もそこら辺はまだ勉強中だが、教える側である重文たち家臣が優秀だから、そっち方面も順調に成長してる実感がある。


「雪那もお疲れだったな。大変じゃないか?」

「大変じゃないと言えば嘘になりますが、華衆院領の皆さんにはとても良くしてくれていますし、このような形で役に立てるなら本望です。……それに、その……」


 何やら言い淀んだ雪那は恥ずかしそうに両手の指を捏ねながら、はにかむ様に微笑んだ。


「婚約者として國久様の支えになれるなら……嬉しいです」


 ……これよ、これ。雪那は自分の事を性格が良くないって言ってたことあったけど、俺からすれば十二分に女神同然である。余りに眩しすぎて両目を抑えて「目が! 目がぁ~!」と叫んじゃいそうだ。


(……といっても、龍印の事を考えると素直に喜べないんだよなぁ)


 原作では、雪那には今年中に龍印が宿る。具体的なタイミングは分からないが、それは回避できないことだろう。

 星から無尽蔵に魔力を供給する龍印がもたらす影響は絶大だ。ラスボスだけじゃなく、皇族や国中の貴族が雪那を狙う事になるはず。勿論、外部に情報が漏れないに越したことはないけど、現実はそう簡単に上手くいかない。


(領主として土地や領民を守る為っていうのもあるけど、俺が強くなる理由の大半は、龍印狙いの連中から雪那を守る事だからな)


 雪那の身柄を、または命を狙いに来る。それはすなわち、俺の恋路を邪魔することに他ならない。何時そういう奴らが来てもはっ倒せるよう、俺は誰よりも強くならなければ。


「そうそう。國久様が鍛錬に出かけられた後、岩山跡の事で松野殿から伝言を頼まれていたのですが……國久様の提案通り、馬鈴薯を始めとした輸入作物を栽培する農地として運用する事を、関係各所からの賛同を得られたそうです」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る