デートに出発
麗羅との決闘に勝利した後、俺は恙なく雪那を華衆院領に連れてくることが出来た。
皇族から姫を婚約者として貰って凱旋したことを知った領民たちは、次期領主の婚約をダシにして既にお祭りムード。この世界は今、娯楽の少ない時代だから、人々は大抵宴とか祭りとかが好きだからな。豊かな領地の人間は、機会が何かにつけて祭りを開こうとする。
「國久様、雪那様、この度はご婚約おめでとうございます。我ら家臣一同、お二人の吉事を心よりお祝い申し上げます」
そしてようやく饕餮城まで戻ってきた俺と雪那は今、城の広間の上座に並んで座り、両拳を付けて頭を下げる家臣たちから祝いの言葉を受けていた。
「雪那様におかれましては、何か御用向きがございますれば、この華衆院家筆頭家老、松野重文に何時でもお申し付けくだされ」
「ありがとうございます、松野殿……不肖の身なれど、華衆院家に嫁ぐからには、お家の為、夫君の為に邁進させていただきますので、皆さんもこれからよろしくお願いいたします」
穏やかな声と共に微笑みかける雪那に、家臣たちの強張った体が解れるのが分かった
実際に会って話しているのを見て、雪那が悪い噂を流されるような人格の持ち主ではないと再認識できたのだろう。皇族から出迎えた姫を前にして、やや緊張した様子だった家臣たちが、少しばかり気持ちがリラックスするのが見て取れた。
「そう仰っていただけると、この老骨も助かりまする。國久様をお支えるのは何かと骨が折れますが、なにとぞよろしくお願いいたします」
「おい待て重文。まるで俺と結婚すると苦労するみたいなことを言うんじゃない。これからの生活に不安を抱かれたらどうする?」
「実際にそうではありませぬか。何せこれまで家を継ぐ気がないと我々に心労を掛けてきた國久様が、雪那様をどうしても娶りたいからと突然当主の座に就くと言い出して……我々がどれだけ振り回されたのか知らぬわけではございますまい」
それを聞いた家臣たちから「確かに」とか、「聞いた時は驚いた」といった言葉が、笑い声と一緒に出てくる。
「ちょっ!? 寄って集って重文の味方になるのは卑怯だろお前ら!」
ぐぬぬ……! 確かに否定できないけど、何というアウェー感だ……! 重文以外の家臣にも、子供の頃から何かと世話になっているから、あんまり強く出られないってのに。
呆れられてないかと不安になってチラリと横目で雪那を盗み見てみると、これと言ってマイナス方面の感情は出していないようなので、ひとまず安心する。……というか何か、ちょっと驚いてる? よく分からないが、とにかくそんな顔をしている。
「えぇい、家督を継ぐと決めてからは真面目に仕事してるんだから時効だ時効! それよりも、今後のことを話していくぞ!」
このまま昔話に発展し、俺の黒歴史を掘り返されても堪ったもんじゃないので強引に話をすり替える。
正式な婚約祝いの席の準備に、華衆院家当主の正室として雪那に覚えてもらう項目、今後の領地運営の方針といったことの確認とすり合わせを終わらせ、俺は雪那を準備しておいた私室へと案内していた。
「……華衆院殿と臣下の皆様は、仲が良いのですね」
そんな道すがら、雪那は俺にそんな事を聞いてきた。今世で初めて聞かれるような質問だったので、少し頭の中で整理してから俺は答える。
「そう……ですね。重文たちとは主従関係にありますけど、その前に家族みたいな間柄だと感じています」
「家族……ですか?」
「えぇ。何せ子供の頃から見知った間柄で、ずっと世話になりっぱなしですからね。俺からすれば父でもあり、兄でもある……そんな風に感じる家臣も多いんです」
まぁ向こうはどう思ってるかは知らんけど。雪那と出会う以前の俺は家督を継ぐ気が一切ない放蕩息子だったし、あいつらの手をかなり焼かせてたからな。俺の事を先代当主のバカ息子と内心で思ってても不思議じゃない。
……ただそれでも、公の場でなければ気安く接することが出来る間柄であるのは確かだ。
「おかげで次期当主の座に就いた今でも、「あのやんちゃだった國久様も成長なされた」ってよく揶揄われます」
「まぁ……そうなのですね」
少しおどけて言うと、雪那は小さく笑った。
「華衆院殿の気持ち、少しだけ分かります。私も宮子に、よく昔のことを引き合いに出されて揶揄われてしまいますから」
「そうなんですか? だったら私と同じですね」
「ふふ……そうですね。一緒です」
「付き合いが長いと、どうしても自分の恥ずかしいところとかも知られてしまいますからね。特に重文には散々苦労掛けましたから、何かと頭が上がりませんよ」
そう笑い合っていると、何だか俺たちの間にあった壁が無くなったような感じがして、俺は内心で全力のガッツポーズをとる。
(よっしゃああああああああああああっ! 重文たちナイスファインプレェェェェエエエエエエエエッ!)
狙ってやったことじゃないだろうけど、結果的には「臣下と仲良くしている」という、お互いの共通点を見つけられて親近感が生まれた。
趣味にしろ、思想にしろ、やっぱり人と仲良くなるには共通点があるのと無いのとでは全然違うからな。この調子でじっくりと確実に距離を縮めていきたい。
「さぁ、着きました。こちらが殿下の部屋になります」
しかし楽しい時間というのはあっという間に過ぎていくもので、気が付けば雪那の為に用意しておいた部屋の前まで来ていた。
饕餮城……というか、大和帝国の貴族が住む城館に共通して言えることなんだけど、城というのは基本的に表御殿と奥御殿の二つに分かれている。
表御殿が家臣たちと仕事をするための建物、奥御殿が領主一家が暮らす生活スペースって感じだ。雪那に用意した部屋は、表御殿と屋根付きの渡り廊下で繋がっている奥御殿の中でも、城主の私室に並んで豪華な造りをした、歴代の華衆院家正室が使っていた部屋である。
「………………」
「……殿下? 何か不満でもありましたか?」
部屋を見てあんぐりと口を開けている雪那にそう問いかけると、雪那は慌てた様子でブンブンと首を左右に振った。
「いいえっ。このような素敵なお部屋に不満など、あるはずもありません。……ただ、その……ここまで豪華な部屋に入ること自体が初めてなので、圧倒されてしまって……」
「あぁー……なるほど」
今まで古臭い庵で十三年暮らしてきて、ついこの間首都の別邸に移ったばかりの雪那には、国内屈指の大貴族である華衆院家の正室の為に造られた部屋は刺激が強かったらしい。庵どころか別邸と比べても部屋の広さは段違いだし、調度品のランクも桁違いだしな。
まぁ不満とか問題とかはなさそうなので、それでよしとしよう。
「この部屋は調度品に至るまで自由に使ってもらって構いません。何か追加で欲しい物でもあれば、何時でも言ってもらっていいですし」
「欲しいもの……ですか……?」
「何かありませんか? 殿下の好きな物でも取り揃えますが」
「私の好きなもの……」
そう呟くなり、黙りこくってしまう雪那。……えぇっと、これはもしかして……。
「もしかして、好きな物とか、そういうのは無かったりしますか? 趣味とかそういうのは?」
「ご、ごめんなさい。黄龍城にいた時は生活できるだけの金銭は貰っていましたが、娯楽に使うだけの余裕は無くて……趣味となると、宮子と談笑するのが、そうでしょうか……?」
「友人との談笑は趣味の範疇に入れていいんですかね?」
あながち否定はできないけど、趣味と呼ぶには余りにも質素すぎて判断に困る。
(ていうかマジかよ。いくら疎まれてたからって、皇女にそこまでギリギリの生活を強いるか? 普通)
俺が多額の小遣いをフル活用して遊び惚けている間も、雪那は親族臣下から疎まれる中、宮子と笑い合いながら話す事だけを慰めに生きてきたんだと思うと、涙が出てきそうだ……! これはもう、俺が全力で甘やかして幸せにするしかないな。
「つまり……金はあっても欲しい物が思いつかないと?」
「そう、ですね。華衆院殿が私の為に多額の予算を用意してくれることは嬉しく思いますが、それをどう使えば良いのか……」
今まで遊興費が無いのが当たり前の生活だった上に、原作知識に加えて実際に接してみた限りだと、かなり控えめな性格をしてるからな。巨額の小遣いを渡しても、逆に困ってしまうのかもしれない。
しかし同時にこうも思った……これはむしろ、チャンスなのではなかろうかと。
「では雪那殿下。提案があるのですが……未だ付き合いの短い婚約者同士、お互いの事を良く知る為に、私と逢引きをしていただけませんか?」
「あ、逢引きっ!?」
俺からの誘いに雪那は一気に顔を赤くする。
逢引き……簡単に言うとデートの事だ。正直な話、デートの誘い方にちょっと頭を悩ませてたから、今回の雪那の話を聞いて遊びに連れ出す丁度いい機会だと思ったのでである。
「そう難しく考える必要はありませんよ。饕餮城が建てられているこの街は、国内外から様々な人や物が集まる大和帝国でも有数の大都市。出歩くだけでも様々な出会いがある事でしょう。せっかく引っ越してきたのですから、この街で殿下の好きな物を見つけに行くというのはどうでしょうか? この街は私の庭も同然ですから、色々と案内も出来ますよ」
「あ、あぁ! なるほど、そういう事でしたか。……それならお願いしてもよろしいですか? 華衆院殿」
「えぇ。勿論です」
何だかホッとしたような、残念なような、何とも言い難い表情を浮かべる雪那。大方、逢引きというのは口実で俺が街の案内を買って出たのだと、そう思っていそうな顔だ。当然、そんな勘違いはさっさと訂正するに限る。
「……当然、私が貴女と逢引きしたいというのが本音ですがね。婚約したあの日、貴女を全力で口説き落とすと言ったことを、どうか忘れないでください」
「あ、あわわわわわわわわわ……!」
自前のイケメンフェイスとイケボをフル活用してそう呟くと、雪那は耳まで真っ赤にして俯いてしまう。
客観的に見て、「ナルシストっぽいセリフだなぁ」っていう自覚はあるけど、そんな事は知ったこっちゃない。折角地位も金もあるイケメンに転生したんだ。雪那を口説き落とすのに使えるものなら、金だろうが地位だろうが外見だろうが、何でも利用してやる。
=====
そんなこんなでデートの予定を組み立て、領主としての仕事とか正室教育の時機を見て決めたデートの当日。
自分の馬を奥御殿の前まで引っ張ってきた俺は、玄関で待っていた雪那を迎えに行った。
「お待たせしました、殿下」
「華衆院殿……今日のその、あ、あああ逢引きには……馬で行くのですか?」
「えぇ。歩いて回るには、この街は広いですからね。殿下は馬に乗るのは初めてと言っていましたね」
「は、はい。だから少し、緊張してしまって……」
「大丈夫です。こいつは大人しい馬ですし、今日は機嫌が良いようですから。……それじゃあ、失礼しますね、殿下」
「え……? きゃあああっ!?」
そう言いながら、俺は身体強化の魔術を発動し、そのまま雪那をお姫様抱っこをする。
「か、華衆院殿!? 一体何を……!?」
「何って、こうしないと乗せられませんからね」
俺はまだ十三歳で肉体的には成長途中。背丈も決して大きいとは言えないんだけど、それでも身体強化を使えば小柄な雪那を持ち上げるくらい、同サイズの発泡スチロールを同様に持ち上げる様なもんだ。
そしてそのままの状態で地属性魔術を発動し、足元の地面を隆起させてそれを踏み台にし、雪那に必要以上に負担をかけることなくスムーズに馬に跨った。
(刀夜対策だけじゃなく、こうやってスマートに雪那と相乗りが出来るようになるなんて……! 地属性魔術を重点的に練習しててよかったぁ!)
やはり自分の判断に間違いはなかったのだと改めて再認識し、俺は自分の前に雪那を座らせた状態で手綱を握り、馬の腹を軽く蹴った。
「それじゃあ出発しましょうか。決して落としたりしませんが、念のために私の服を掴んでてくれますか?」
「は、はい……!」
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