コーヒーカップ戦法


 首都近郊に位置する平野に移動した俺と麗羅は、立会人となっている坊主……大和帝国で神聖視されている龍を奉っている、日龍宗にちりゅうしゅうの僧侶を挟むような形で対峙していた。

 武を重んじると言えば聞こえはいいが、政治的なプロセスをすっ飛ばして何かと暴力で解決しようとする風習がある大和帝国では、未だに決闘が法律で認められている。一応、その時には立会人……つまり過度な攻撃を止める人間を用意する必要があるんだけど、その立会人としてよく依頼されるのが、日龍宗という訳だ。


「それでは、双方準備はよろしいか?」

「問題ありませんわ」

「同じく」


 僧侶の言葉に対して自信満々に頷く麗羅は、柄や刃に細やかな装飾が施された豪華な槍の柄尻を地面に付けて、自分が負けるなんて微塵も考えていなさそうな顔を俺に向けてくる。

 現時点での麗羅の実力のほどは分からないが……原作開始時点では、槍の穂先に炎や雷、冷気などを付与して戦う近接型エンチャンターと言った感じの戦闘スタイルだったはずだ。原作開始前である今でも、槍を持って決闘の場に現れたところを見るに、近接特化のスタイルであることに変わりはないと思う。


(こと武術の腕前に関しては、御剣刀夜にも迫るものがあるって話だったな)


 つまり近接戦に持ち込まれることは許されない相手ということだ。俺も腰に刀を差しているけど、現段階だとそこまで剣技に自信があるって訳でもないし。


「それでは試合、開始っ!」


 原作知識にある麗羅の実力と、今の俺の実力を比べながらどう戦うかと思考を巡らせていると、僧侶が試合開始の合図を叫んだ。

 まずは距離を取ることに専念するか……そう思ったのだが、麗羅は槍を構えたままこっちに向かってこようとしない。一体どうしたのだろうと思っていると、高飛車という言葉がよく似合いそうなドヤ顔を俺に向けてきた。


「ふふん! まずは私との決闘を受けた勇気を褒めて差し上げますわ! ですが、貴方では私に勝つことは不可能! 決闘は始まる前から勝敗が決していたのですわ! おーほっほっほっ!」


 始まってもいないのにいきなり勝利宣言と共に高笑いし始める麗羅。一体コイツは何がしたいんだ?


「生まれ持った高い魔力量と他の追随を許さない魔術と武術の才! そしてこの圧倒的な魔力伝導率を誇る鈴木家伝来の宝槍を手にした私に敵はおりませんもの!」


 そういえば、鈴木麗羅は天才肌の魔術師っていう設定だったっけな。【ドキ恋】の他のキャラたちも、あれだけの才能があるなら麗羅が高飛車な性格になるのも仕方がないって認めている描写があったし。

 ちなみに魔力伝導率というのは物体にどれだけ魔術を施せるのかを表す数値で、これが高い物体ほど効率よく魔術を付与できる。あの槍が魔力伝導率が相当高いというのなら、近接型エンチャンターである麗羅にはうってつけの装備と言えるだろう。


「さぁ、大和の麒麟児、鈴木麗羅の武勇をその身に刻み、鈴木家を侮辱したことを後悔っ!?」


 まぁ奴がどんな戦い方をしようとしても、勝利をもぎ取るために戦う事に変わりはない。

 ヒュンヒュンと槍を頭上でグルグル回すというパフォーマンスをしながら延々と口上を口にしていた麗羅に対して、問答無用で地属性魔術を発動。さながら、地面から飛び出てきた巨大な湯呑のような形をした岩で麗羅を閉じ込め、そのまま空中へと浮かび上がらせる。


「岩の壁? 全く、浅知恵ですわね。こんな物で私を捕えられると本気で思っていて!?」


 そんな言葉と共に、岩の湯飲みの一部が大きく砕かれた。飛び散る破片や砂利に交じって爆炎が見えたことから、爆発系の魔術を付与した槍を、身体強化魔術を施した肉体で岩壁に突き刺して囲いを砕いたんだろう。

 ……が、その程度の破損など即座に修復できる。俺は魔力を込めて大穴が開いた岩の湯飲みを速攻で修復した。


「壊してもすぐに直った!? くっ……! こんな相手の動きを封じるような魔術に頼るなんて、まともに戦うつもりがありませんの!? もっと正々堂々と戦いなさい!」


 巨大な岩の湯飲み越しでも聞こえてくる、キャンキャンと甲高い声に俺は辟易とする。正々堂々まともに戦うつもり? あるわけねーだろ、そんなもん。 


(こちとら、決闘を受けた瞬間から手加減して勝つことが絶対条件になってんだから……!)


 鈴木家は国内でも大きい貴族だ。決闘を吹っかけてきた以上、最悪命を落としても文句を言われる筋合いはないんだが、それでも次期当主を殺したとなると今後の領地運営に響く。

 立会人がいる以上、相手を殺傷した側に非がない事を証言してもらうことは出来るけど、やっぱり肉親を殺された恨みっていうのは理屈じゃどうにもならない部分もあるだろう。権力で皇族や他の貴族を動かして、俺に罰を与えようと動かれたら面倒すぎる。


(尤も……向こうはその辺の事を全然考えて無さそうだけど)


 何せ頭に血が上って決闘を言い渡しに来たような奴だ。俺を殺した後の事まで考慮している印象がない。


(それに……雪那の事を考えると、やり過ぎるのは良くないと思うんだよね)


 雪那の性格上、自分の名誉を守る為に俺が受けた決闘で相手に大怪我を負わせたとなると気に病んでしまうかもしれない。それが巡り巡って領民まで巻き込まれるとなれば猶更だ。

 個人的には雪那を侮辱した罪でパイルドライバー百連発くらいしないと気が済まないんだが、それで雪那が悲しむかもしれないんなら我慢するしかない。そういう訳で、俺は如何に穏便な形で、尚且つ麗羅にとって屈辱的な形で決闘に勝利し、雪那を侮辱したことを全力で後悔させるか……その方法に頭を悩ませているのだ。

 ただでさえ雪那を待たせて決闘をしているってのに、武闘派ヒロイン特有の有り余る体力が尽きるまで相手するとかやってられん。


「チマチマ壊しても埒があきませんわね! こうなったら、我が鈴木家に伝わる奥義で――――」

「おっと」

「きゃああああああっ!?」


 なんだか不穏な事を言っていたので、俺は宙に浮かべた麗羅入りの岩の湯飲みを横向きに高速回転させる。


「な、何ですのこれは!? ちょ、止めなさい!」


 さながら、遊園地のコーヒーカップみたいに回転する岩の湯飲みの中に入れられたら、まともに立ってはいられないだろうし、槍や魔術を使うどころじゃないだろう。このまま延々と回し続ければ、三半規管がイカれるのも時間の問題だ。


「待てよ……これ、良いんじゃないの?」


 ふと思いついた、麗羅の倒し方。これなら俺の理想通りに事が進むんじゃないか……そう判断した俺は、岩の湯飲みの回転を維持したまま、水属性魔術を発動して大量の水を生み出し、滝のように岩の湯飲みに注いだ。


「ちょ、水!? や、止め……ぶわぁっ!? ごぼぼぼ……!」


 岩越しに麗羅が水を飲み、溺れるような音が聞こえてくる。一応、排水用の穴を開けたから、本当に溺れることはないだろうが、降り注ぐ水の量は莫大だ。高速回転する湯飲みの中に入れられてまともに立っていられない時に、滝のような水をぶっかけられたら溺れているのと大差ないかもしれない。


「あ、貴方ぶへぇえっ!? き、貴族としてこんなごぼおっ!? じ、尋常に……正々堂々と戦いぶぼぉおおっ!?」


 何やら騒いでいるが、決闘前の取り決めでは戦法に関する言及は一切なかった。それは立会人も認めているはずだから、今の俺の戦い方に責められるべきところは何もない。

 だから俺は気にせず、空中に浮かぶ岩の湯飲みを四方八方に向かって連続で傾けまくり、中にいる麗羅を全力で転がしまくる。その間も、高速回転と水攻めは当然止めないのがミソだ。そうして麗羅を弄ぶこと、十分。


「そろそろ頃合いか」


 最初の内は元気に騒ぎまくっていた麗羅は次第に口数が少なくなり、遂には何も喋らなくなったのを見計らって、俺は岩の湯飲みを下に傾け、麗羅を放り出した。

 

「おーい、生きてるか鈴木麗羅」


 ベチャアッ! と地面に転がった麗羅は、まぁ酷い有様だった。全身グショグショに濡れていて、金髪の縦ロールもグチャグチャ。服や髪の毛には細かい砂が大量に纏わりついているし、ミニスカ着物が捲れてパンツは丸出しでピクピクと痙攣している。だというのに、なんて色気がない姿なんだろう。


(……【ドキ恋】って江戸時代くらいの日本をモチーフにした世界観なのに、なぜか女物のパンツはあるんだよな)


 ちなみに呼び方はパンツではなく下履きという。まぁ分かりやすいから内心ではパンツって呼ぶけど……何なんだろう。女が履いている状態のパンツを見るなんて初めてなのに、凄く冷静な気持ちになる。

 どうやらパンツっていうのは、ただそれだけで男をムラムラさせる存在ではないらしい。もっとも、真実の愛に目覚めた俺にとって、雪那以外のパンツなんてムラムラするに値しないんだけどね。


「僧侶殿、どうやらこいつはもう立ち上がることすら出来ない様子。この決闘は俺の勝ちでいいか?」

「……そうですな。これ以上の戦いは無益でしょう」

「お、お待ちなさい……! 私はまだ負けを認めては……うぇぷっ」


 あ、吐いた。お嬢様キャラとは思えない醜態を晒してやがる。

 

「そんな有様で言われても見苦しいだけだぞ。立会人の僧侶殿も認めたんだから、負けを受け入れろ」

「ぐ……うぅ……!」

「……さて、決闘前の取り決めは覚えているな?」


 決闘を行うにあたって、勝負の内容や武器や魔術の使用の有無を色々と事前に決めてたんだが、その中に「勝者が敗者に下す命令」も含まれていた。


「俺が勝てば、お前は二度と俺や雪那殿下に直接関わらない、だったな? 約束通り、二度と俺たちに関わるんじゃないぞ?」


 ちなみに麗羅は、「私が勝利した暁には、貴方には丸坊主になって鈴木家全員に土下座行脚をしてもらいますわ! おーほっほっほっ!」とか高笑いしてた。

 俺は雪那の眼に魅力的に映るよう、ヘアースタイルにまで気を配っているというのに、それを丸坊主にするなんて神仏でも許されない蛮行だ。そんな形で俺の恋路を邪魔しようとした麗羅には、ぶっちゃけ命を以て罪を償ってほしい。


(何はともあれ、決闘に勝利した以上、今後麗羅が俺たちに関わろうもんなら、立ち合いを務めた日龍宗を通して正式に抗議を出せるな)


 雪那の事を侮辱し腐る奴を一人でも遠ざけることが出来たんだから、それだけでも決闘を受けた価値はあっただろう。

 麗羅にも報いを受けさせることが出来たし、俺は晴れやかな気持ちでその場を後にして、雪那が待つ別邸へと足を進めるのだった。




「許さない……! 決して許しませんわ、華衆院國久……! この私にここまでの恥をかかせるだなんて……! いつか必ず、忌み子皇女共々、死ぬほど後悔させてやりますわぁ……!」

「おい、聞こえているぞ! どうやら決闘での取り決めすら守るつもりはないようだな! そんな奴には全身がズブ濡れのところに砂をぶっかけて、なんかもう凄い状態にしてやるぞ! オラオラオラァッ!」

「あぁああちょっ!? 止め、止めなさい! 肌に、服に、髪に! 砂が張り付いて大変なことになってるから! あ、ああああああああああああっ!?」

「フリでも何でもなくマジで余計なことすんなよ!? 分かったか!?」


 何だかWEB小説や漫画の話の区切り辺りで不穏なセリフを吐く悪役みたいなムーヴをかましてたけど、雪那に危害が及びそうな気配を見逃す俺じゃあない。即座にUターンして追い打ちをかけておいた。

 ……まぁ、決闘の記録は日龍宗で管理してくれているし、もし麗羅が雪那に接触しようもんなら、胸を張って堂々と麗羅に全面的に非があると主張できるから下手なことは出来ないだろうし、ひとまずは安心だろう。フリじゃなく、ガチでな。





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