攻略対象への明確な怒り


 その後、恙なく首都に辿り着いた俺たちは、黄龍城まで行って皇帝に挨拶をし、その後は真っ直ぐに別邸がある方に向かった。

 仰々しい護衛隊の行列を見て、首都に住む人間たちは何事かと俺たちの方を見ているが、その目に宿っているのは純然たる疑問であり、華衆院領のような主家の人間を祝うような雰囲気は一切ない。


(忌み子如きの結婚は、祝うに値しないってことか)


 普通、領主や皇族の結婚ともなると領内総出で祝う事なんだが、皇帝はそのつもりが一切ないらしい。黄龍城に登城した時は、一応俺個人に対して祝いの言葉を投げかけていたけど、娘である雪那を祝う気はないんだろう。実際、首都の住民たちは皇女が嫁入りすること自体知らないんじゃないか?


「……何とも腹立たしい話じゃねぇか」


 これはもう、俺たちの結婚は盛大に執り行わないといけないな。どーせ皇族側はこれと言って何かするつもりはないんだろうし、その分こっちで盛大に祝わないと。そう考えると、領地の運営にも力が入るってもんだ。

 そんな事を考えながら別邸に辿り着くと、館の管理や雪那の世話を任せている使用人が出迎えていた。


「お待ちしておりました、國久様。姫殿下のご出発の準備は、こちらで出来ることは全て終わっておりまする」

「分かった。滞在中も、特に問題はなかったな?」

「はい。雪那様も我々のような身分の者に対しても大変優しく接してくださって……我ら一同、お二人のご成婚が今から楽しみでなりません」

「あぁ……俺もだ」


 どうやら俺が送った使用人たちとも仲良くしていたらしい。能力があるのは大前提として、人柄を重視して選んで正解だったな。

 ……いや、雪那本人の性格も影響していたか? 原作でも、性格が理由で嫌われたことはなかったみたいだし。


「とりあえず、雪那殿下にお会いしたい。殿下は今どちらに?」

「私室としてお使いいただいた、庭に面する部屋でお待ちいただいております」


 それを聞いた俺は、引き続き準備を進めるように兵士たちに命令を下し、会いに行く旨を使用人を通して雪那から許可を得てから雪那の部屋へと向かう。

 正直、二か月ぶりに雪那に会えると思うと、遠足前の子供みたいに胸がドキドキする。領内に戻ってからも雪那を思い出さなかった日はなかったし、今日という日が近づく毎に眠りが浅くなったもんだ。

 以前会った時は姫とは思えないくらいみすぼらしい格好だったけど、あれから生活環境を変えて多くの着物や装飾品を送った。その変化が如何ほどのものなのか、それが気になって仕方がない。


(てかぶっちゃけ、雪那分が足りない……! 今すぐ補給がしたい気分だ!)


 特定の誰かに会えないというのがこんなにも苦しいものなのかと初めて知った。

 逸る気持ちを抑えながら廊下を進んでいると、庭に植えられた桜の木の下に、雪那がいるのが見えた。


「あ……華衆院殿。ご無沙汰しております」


 俺の存在に気が付いた雪那が少し頬を赤く染めながら、ずっと聞きたかった鈴を転がすような声で俺に挨拶をする。そんな雪那の後ろに控えている、明るい茶髪とソバカスが特徴的な少女は十中八九、田山宮子だろう。新たに原作キャラとの初対面を果たす形となったのだが、今の俺にはその事実が一切頭に入ってこなかった。


「……綺麗だ」

「ひぇっ!?」


 ポツリとそう呟いた俺に対し、雪那は変な声を出しながら顔を一気に赤くなるが、それも仕方のない事だと思う。ちゃんと着飾った雪那は、思わず本音が飛び出してしまうくらい綺麗だったんだから。

 一流の仕立て屋を雪那の元に送ったから、絶対に似合った着物を着てるんだろうという事は分かっていた……が、現実は俺の貧困な想像の遥か上をいっていた。 


(可愛すぎるだろ……! 俺の中の萌え豚が全力で叫んでいるのが分かる……!)


 華美すぎず、しかし上品な色をした花柄の着物に長羽織と袴を合わせた、大正ロマンに近いデザインの着物は雪那には抜群に似合っていた。ちゃんと梳かされるようになった白桜みたいな淡い色の髪も以前会った時以上に艶やかになり、文句の付け所がないくらいに完全無欠の美少女ぶりである。


(前世のどの【ドキ恋】プレイヤーも見たことが無い服を着た雪那だ……それを俺だけが拝むことが出来るなんて……!)


 優越感がヤバい……もし前世にいるオタク友達に連絡が取れるなら、思いっきり自慢してやりたいところだ。

 みすぼらしい格好をしていた時でさえ人並み外れて可愛かったのに、ちゃんと着飾った今の雪那は、舞い散る桜という演出も相まって、まるで人間じゃないくらいに可憐だった。

 正直な話、この場に誰も居なかったら、俺は心のままに「ぶひいいいいいいっ!」とか「萌ええええええっ!」とか叫んでたと思う。

  

「遅れて申し訳ありません、殿下。この華衆院國久、ただ今お迎えに上がりました。屋敷での生活に不便はありませんでしたか?」

「は、はい。皆さんには、とても良くしてくれました。華衆院殿にも、改めてお礼申し上げます」

「それは良かった。着物も大変よくお似合いですよ。正直、もっと早くに迎えに行けばよかったと後悔するくらい綺麗です」

「あ、あぅ……か、華衆院殿……っ」


 女を口説く時は、まずちゃんと口に出して褒めるところから。饕餮城の侍女や家臣の妻、女の商人などからアンケート形式でアドバイスを募って導き出した答えをさっそく実行してみたんだが、中々に良い手応えなんじゃなかろうか?

 眼を背けずに真っ直ぐに賛美の言葉を送ると、雪那は顔を赤くして恥じらっている。そんな姿を見ていると、凄いムラムラするよね。


「正直に言って、心臓が止まりそうなくらい可憐です。今の貴女を見れば、どんな美女でもこぞって恥じ入るでしょうね」

「華衆院殿……っ。も、もうその辺りで……!」


 もう今にも湯気が出そうなくらいに赤くなりながら止めに入る雪那。あんまりしつこくし過ぎるのも何だし、この辺りにしておくか。


「……?」


 その時、キラキラとした目で俺と雪那のやり取りを遠巻きから眺めていた宮子と目が合った。

 彼女とは今日が初対面で、今の今まで言葉を交わしたことは一度もない……そのはずなのだが、不思議なことに目と目を合わせるだけで会話が出来た。その内容はすなわち、こうである。


 ――――やっぱり姫様って最高に可愛いですよね!

 ――――それな! お前分かってるじゃねーか。


 どうやら宮子とは気が合いそうだ。まるで百年の知己を得たかのよう気分である。


「出立まで時間があります。どうでしょう、その間に話でも」

「そ、そうですね。宮子、お茶の準備をしてもらってもいいですか?」

「はい、分かりました」

 

 その後、宮子が手配した緑茶を前に置き、二人っきりになった俺と雪那は畳の上で向かい合って座布団に座った。

 さて、話をと言ったものの、まずは何から話すべきか……そう頭の中を整理していると、雪那は俺に頭を下げてきた。


「改めて、華衆院殿に感謝の言葉を言わせてください。婚約が決まってから今日まで厚く遇していただき、本当にありがとうございます」

「このくらいでお礼を言われても困りますね。貴女は私の婚約者だ。厚遇するのは当然のことです」

「華衆院殿にとってはそうかもしれませんが……貴族らしく暮らすというのは、どうにも慣れなくて」


 そう言って苦笑する雪那に、俺も「確かにそうかも」と笑って返した。生まれてから質素な生活を強いられてきたからな、この人。

 婚約する以上、黄龍城にはもう置いておけないと思って、雪那を別邸に引き取ってきたんだけど、生活水準の変化にまだ戸惑っているらしい。まぁ俺と結婚する以上、大勢の人間に傅かれる生活が待ってるんだし、嫌で慣れるだろう。それでも気になるようなら、それに合わせて調整をすればいい。

 

「それに私の事だけではありません。宮子の事も華衆院家で高待遇で雇ってくださるとか」


 雪那と結婚するにあたって、俺は宮子の身辺調査も行っていた。

 生まれも育ちも極々普通の一般家庭出身。しかし父親が早くに亡くなって、母親は体が弱く、弟妹の数が多いのでかなり貧乏。だから宮子は子供の頃から稼ぎ頭として城の下働きとして働いていたのだ。


(貰ってる給料の額を見た時は、結構無茶な節約生活をしてるんだろうなって思ったからな。皇族の懐事情的に、薄給で働かせてたし)


 だから雪那を領地に連れて行くに伴って、宮子を華衆院家次期女主人の専属侍女として雇い、その一家も引き取ることにしたのだ。

 金持ち貴族の華衆院家なら、金の無い皇族の元で下働きとして勤めている時とは比べ物にならないくらいの高給取りになるし、何よりもラスボス対策になる。

 いずれ雪那に龍印が宿る以上、ラスボスが宮子やその家族に手を出そうとするのは明らかだ。なら守りやすい俺の膝元に住んでもらった方が都合がいい。


「手紙にもよくあの者のことを書いていましたね。殿下がそこまで気に入っているのなら、婚約者として出来る限り配慮するのは当然のこと。……大切な人なんでしょう?」

「……はい。私にとって、無二の親友なんです」


 そう言って微笑む雪那を見て、気を利かせてこの場から離れている宮子の事が、ちょっと羨ましいと思った。現状、雪那にここまで想われているのは宮子だけだからな。

 まぁ二人の間にあるのは微笑ましい友情であって、男女の情愛じゃない。雪那に友達がいるのは喜ばしい事だし、男として唯一特別な存在に俺がなれば良い訳だ。変に嫉妬するような事じゃない。 


「雪那殿下は――――」

「國久様! 大変でございます!」


 今度は俺から話しかけようと思って口を開いた……んだけど、タイミング悪く護衛の兵士が駆け込んできた。


「えぇい、騒々しいぞ! 一体何事だ!」

「そ、それが……鈴木家の次期当主様が突然ご訪問なされて、國久様に会わせろと」

「はぁ? 鈴木家の次期当主?」


 鈴木家は歴史の長さだけで言うなら華衆院家に匹敵する名家で、その次期当主と言えば原作のヒロインである鈴木麗羅のことだ。そんな奴が俺に何の用なのか……少し疑問に思ったが、すぐに心当たりに思い当って、俺は深く溜息を吐いた。


「申し訳ありません殿下。凄く名残惜しいですが、少し席を外させていただきます」

「い、いえ。どうかお気になさらず」


 雪那に一言断りを入れてから部屋を後にし、俺は麗羅がいるという正門前まで足を運んだ。


「いいから華衆院國久を出しなさい! 私を誰だと思っていますの!?」


 まだ距離があるにも関わらず、キャンキャンと甲高い声が俺の耳に響く。その事に辟易としながらも、俺は次期当主として麗羅の対応をすることにした。


「先触れもなくいきなりやって来て我が屋敷の前で騒ぐとは……一体何の用だ?」

「むっ! その物言い、貴方が華衆院國久ですわね!? 今すぐ私と尋常に決闘をなさい!」


 金髪縦ロールという、和風ファンタジーという世界観をぶっ壊すかのような髪型をした鈴木家次期当主、鈴木麗羅は俺の顔を見るや否やいきなりそんな事を言ってきた。

 ……和風ファンタジーには全然合わない見た目をしてるのは、ヒロインが大勢登場するという作品コンセプトを考慮して、制作陣がキャラが埋もれたり被ったりするのを防ぐために工夫した結果なんだろうなぁ……と、現実逃避したくなる俺だったが、残念なことにそうはいかないらしい。


「突然来てなんだと思えば……もしかしてアレか? 鈴木家からの縁談を断ったのが理由か?」


 実を言うと、雪那との婚約が決まって領地に戻ってすぐに、鈴木家からの縁談が届いたのだ。相手は麗羅の妹で、ゴリゴリの政略結婚。しかしその時点ですでに雪那との婚約が内定していたから、それを理由に断りの返事を送ったわけだが……どうやらそれが気に食わなかったらしい。


「当然ですわ! 縁談を断っただけでも業腹だというのに、その理由が忌み子の皇女如きとの婚約を優先したからなどと、名門たる我が鈴木家への侮辱に他なりませんもの!」

「…………はぁ?」

「せっかく両家の利益になる条件で婚約を申し出たというのに、何が不満だったというのかしら!? 少なくとも、疎ましい忌み子などを娶るよりも有益な話だったというのに! それを蹴ってまで忌み子皇女を選ぶなど、我々を馬鹿にするにもほどがありますわ!」


 武を重んじるこの国において、名誉だの面子だのは、時に利益を超える価値がある。だから貴族同士で衝突が起きた場合、決闘にまで発展することは決して珍しくないんだが……。


「…………それで決闘を申し込んできたってか? これと言って付き合いもない一貴族よりも、婚約者になった皇女を優先するのは当たり前だと思うんだが」

「我ら鈴木家が忌み子皇女よりも下であるなど、あるはずがないでしょう!? 受けた屈辱は必ず返す……それが鈴木家の家訓でしてよ!」


 頭が痛くなるような発言を聞きながら、俺は原作における鈴木麗羅の事を思い出していた。そうだった……麗羅ってこういうキャラだったな。

 古い家ほどプライドが高く、慣習やら迷信を重視する傾向がある。鈴木麗羅はまさにその典型であり、プライドが高い上に慣習にうるさく、攻略対象としては珍しく忌み子に対する偏見がある上に猪突猛進な性格をした、変則的なお嬢様キャラである。


(作中だと根は悪い奴じゃなくて、忌み子への偏見も刀夜や美春の言葉で認識を改めて反省するっていう展開も、あったっちゃあ、あったっけなぁ)


 だが、しかし、今この瞬間、雪那が侮辱されているという事実に変わりはない。

 ただでさえ、雪那との交流を邪魔されて気が立ってるっていうのに、そこに来てこんな聞くに堪えない発言を連発されたら堪ったもんじゃねぇ。


「いいだろう、その喧嘩買ってやるよ」


 冷静に考えれば、こんな決闘を受ける理由はまるで存在しない。例え忌み子と疎まれようとも、皇女の輿入れを理由に他の家からの縁談を断るのは至極真っ当な理由だし、麗羅が突っかかって来てるのも完全な言いがかりだ。この国の文化的に、理由はどうあれ決闘を受けないというのは腰抜け扱いされるもんなんだが、俺からすればそこは知った事じゃない。

 しかし……俺の心の地雷をここまで踏み抜いた奴を黙って帰すつもりはない。相手は武闘派ヒロインの一人だが、そんなの関係あるもんか。

 愛する婚約者を侮辱し腐った奴には、鉄槌の百発や二百発下してやらないと男が廃るってもんだろう?



 

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