恋路の邪魔(物理)
政務の勉強や引き継ぎ、魔術や武術の訓練に明け暮れながらも、雪那を饕餮城に迎え入れる準備を進めて二か月。ようやく雪那を迎えに行く目途が立った。
この二か月の間は、前世を含めても最も多忙な時期だったが、雪那との同棲生活からの結婚が待っているのだと思うと、何の苦にも思わなかった……皇帝との謁見の時も感じたが、これが愛の力って奴なのか。
「皇族である雪那殿下への敬意を示す為、婚約者である俺自らお迎えに行く。それまでの間、領地の事は任せるぞ、重文」
「承知いたしました。どうか、道中お気をつけて」
そしてあれよあれよとやって来た、首都にいる雪那を迎えに出発する当日。
首都にある華衆院家の別邸に居を移した雪那とは、この二か月の間頻繁に手紙のやり取りもしているし、忌み子の迷信を信じない信頼できる人間や、着物や装飾品と言った送り物を寄こして不便はさせていない。送迎用の四方輿も、別邸の方で既に準備が出来ているし、道中を警護する兵士たちの編成できている。迎えに行く準備は万全……!
「それでは、出発するぞ!」
『『『おうっ!!』』』
俺と一緒に雪那を迎えに行く護衛兵たちに号令を飛ばし、俺たちは首都に向かって進み始めた。
華衆院領に住む民たちも、この二か月の間で知らされた皇族の輿入れの話題に沸いているみたいで、街の大通りを進む俺たちを眺め、見送っている。
「……遂に、遂にこの時が来た……!」
今すぐ馬を全力で飛ばして走り出したくなるような気持を必死に抑えながら、俺は晴れやかな気持ちで街道の先を見据える。
二か月前にも同じ道を通って首都に向かったはずなのに、この道の先に雪那がいると思うと、道中の景色が全く違って見えるんだから、人間って奴は勝手な生き物だ。
何ていうかね、世界の全てが輝いて見えるんだよ。もう未来に希望しか見えない。そんな俺の様子を見ていた重文からは「頭がパーになっちゃったんですか?」と言いたげな、実に失礼な視線を向けられもしたもんだが、それすらどうでもよくなるくらい俺の機嫌はよかった。
(今のこの道は、俺の恋を成就させるための第一歩……目に見える恋路って奴か)
正直な話、俺の冷静な部分は、この二か月間の俺を客観的に振り返って「IQ下がったな」って自覚してるんだけど、それすらどうでも良い。
そんな事よりも、雪那を無事に華衆院領まで連れてきたら何をしようかという方が重要だ。事前の下調べによって、大抵の女が喜ぶようなことはある程度把握してるんだが、生まれも育ちも特殊な雪那が〝大抵の女〟の枠組みにいるかどうかが疑問だ。
(やるなら雪那が喜ぶことをしてやりてぇ……前は時間が押してて碌に話すことが出来なかったから、まずはお互いの事を知るところから始めるべきだな)
饕餮城で一番雰囲気の良い部屋で、互いに向かい合って座りながらゆっくり茶菓子でも食べて……いや、それだと味気ないか?
華衆院領に到着したばかりの時なら疲れてるだろうし、城でゆっくりと語らう方が良いだろう。しかし環境の変化に慣れてきたら、大和帝国でも五本の指に入る大都市の華衆院領を一緒に漫遊……すなわち、デートをしながらお互いの事を知っていくのもありかもしれん。
(雪那の事で知りたいことは山ほどあるし、俺の事を知ってほしい。そして楽しいと思えることを共有したいとも思う)
前世を含めて今まで一度も経験したことはないが、恋愛の本質っていうのは案外そういうものなのかもしれん。
そんな風に希望に溢れる未来に想いを馳せながら馬を走らせていると、生木を圧し折るような音と一緒に、ズンズンという地響きが連続で響いてきた。そしてその音はどんどん俺たちに向かって近づいてくる。
「よ、妖魔だあああああっ!」
そして、街道沿いの雑木林から身長三メートルほどの巨体を誇る二体の妖魔が現れた。
西洋ファンタジー作品とかだとオーガとでも呼ばれそうな、それぞれ全身の肌が赤いのと青いのの人型の妖魔。人々からは赤鬼と青鬼で恐れられている、【ドキ恋】でも頻繁に登場した凶悪な怪物だ。
そんな奴らがニヤニヤと笑いながら首都へと続く道に……俺が雪那を迎えに行くための道に立ち塞がっている。
(こいつら……! 俺の恋路を(物理で)邪魔する気か!?)
そう思うと、とめどない苛立ちが全身を支配する。せっかく新生活に想いを馳せてウキウキした気持ちに浸っていたのに台無しじゃないか!
「國久様、ここは我々が!」
「いいや、下がるのはお前らだ」
前に出ようとする兵士たちを下がらせて、俺は馬から降りて赤鬼と青鬼の前に進み出る。
この手の人型の妖魔は知能が高く、感情表現が豊かだ。これから俺たちをどうしてやろうかと想像しているのか、二体の鬼はニヤニヤと笑いながらにじり寄ってくるが、俺は全く怯む気になれなかった。
俺の恋路を邪魔しに道を塞ぎにくるなんて、神や仏でも許されない蛮行だ……!
「貴様ら許さん……! 許さんぞぉおおおおおおおおおおっ!!」
「「っ!?」」
「な、何という気迫だ……!」
「これが十三歳が放つ殺気だというのか……!?」
少しでも怒りを吐き出して冷静になる為に怒号を上げると、赤鬼と青鬼だけでなく、後ろの兵士たちまで怯んだ。それほどまでに、恋路を邪魔された俺の怒りが凄まじかったという事だろうか?
いずれにせよ、俺の恋路を邪魔する奴は容赦なく排除するのみ。せめてもの慈悲として、俺の魔術の練習台となることで、俺の恋路を舗装する石畳にしてくれるわ……!
「「グ……グォオオオオオオオオオオオッ!!」」
自分よりも矮小な存在と見下していた人間に怯んだ自分が許せなかったのか、鬼どもは躊躇いを振り切るように俺に襲い掛かってる。赤だの青だの色違いがあるが、鬼と呼ばれる妖魔はどいつも岩を素手で砕けるほど怪力だ。人間など、撫でられただけで首骨が折れる。
俺はそんな化け物相手にただの感情任せで前に出てきたわけではない。頭の冷静な部分で判断し、本当に魔術の練習台に使ってやろうと思った。だから兵士たちを下がらせたんだ。
「まずは離れろ。体臭がキツいんだよ!」
走って近づいてくる二体の鬼に対し、俺は地属性魔術で地面から岩の柱を二本突き出す。
斜め上に向かって地面から突き出される太い岩の棒は、地面に固定された柱も同然だ。それに向かって自ら全速力で突っ込む形になった鬼どもの胴体に、岩の柱の先端が的確に直撃。走る勢いも加算され、二体の鬼は揃って背中から地面に転がることになった。
「まずは赤いの! お前からだ!」
その隙を見逃さず、俺は自分の身長と変わらない大きさの大岩を四つほど地面から生み出し、それらを煌々と燃え盛る炎で包み込む。
傍から見ればそれは、巨大な火球のようにも見えるだろう。しかしその実態は更に凶悪な、大質量を持った焼け石である。俺はその巨大な焼け石を全て赤鬼に目がけて放り投げた。
「ギャアアアアアアアアアッ!?」
幾ら怪力を誇る鬼でも、倒れているところに大岩を四つも投げられたら堪ったもんじゃないだろう。しかもそれら全ては高温の炎で包まれ、真っ赤に焼けているのだ。重量と硬度で押し潰されながら焼かれる赤鬼は、嫌な臭いをまき散らしながら絶命していく。
「グオオオオオオオオオオッ!」
仲間が殺されたことに怒ったのか、残った青鬼は血走った目で立ち上がり、俺の方に全力疾走してくるが、対処が遅すぎた。
「お前には、こっちの魔術の実験台になってもらう」
そう言って俺が地面から新たに生み出したのは、体が岩で出来た龍だ。
その全長六メートルはある岩の龍は、全身が鉱物で出来ているとは到底思えない滑らかな動きで青鬼の全身に巻き付き、締め上げる。
「ガアアアアアアアアアアアッ!!」
しかし怪力の鬼を拘束するのにパワーは足りても硬度が足りない。まぁ所詮はただの岩だしな。鬼ならこのくらいの拘束、内側から力づくで破れるだろう。岩の龍の全身に見る見る内に亀裂が入っていき、もう数秒あれば青鬼は拘束から抜け出しそうだ。
だからそうなる前に、俺は魔術で岩の龍の全身を修復した。
「ガアアッ!?」
子供の頃から魔力量と魔力操作能力の向上に費やしてきた俺は、少し練習すれば地面を粘土のように操って大きな岩の龍を即座に作り出せるようになっている。当然、地面から離れた岩も、俺の魔術の操作対象内。岩の龍が壊されても即座に直せるから、青鬼は何時まで経っても拘束から抜け出せない状態だ。
「そこでさらに追い打ちをかける……!」
岩の龍はほぼ全身を使って青鬼を抑えているが、首から上の頭部には動かす余裕がある。俺は青鬼の拘束を維持しながら岩の龍の頭部を動かし、青鬼の頭を思いっきり噛みつかせた。
「ギャアアアアアアアアアッ!?」
頭から妖魔特有の緑色の血を流しながら絶叫する青鬼。しかしそれだけじゃ終わらない、俺はそのまま雷属性の魔術を発動させた。
「これで止めだ、くたばりなぁっ!」
岩の龍の口から強烈な雷撃がゼロ距離で発射され、青鬼は頭から黒焦げになってピクリとも動かなくなる。俺の恋路を邪魔するからそんな目に遭うんだ。
青鬼が死んだのを確認してから岩の龍を崩して地面に戻すと、後ろに控えていた兵士たちから歓声の声が上がった。
「お見事です、國久様!」
「まこと、華衆院家次期当主に相応しい力でございました!」
「よせって。それ十三歳にしてはって意味合いもあるだろ。実際俺もそう思うし」
そう言って謙遜する俺だが、内心では順調に成長が確認できて結構嬉しかったりするんだよね。
確かに、今回連れてきた兵士たちの中には今の俺より腕の立つ奴がチラホラいる。しかし同時に、俺が目指す魔術師像に近づいているのも実感できるのだ。
(俺が目指す魔術師像……精密かつ強力な地属性魔術を軸に、超火力の他の属性魔法をブッパする戦闘スタイルに一歩前進ってところか?)
実際に魔術を使ってみて分かったんだけど、地属性魔術の汎用性がヤバい。攻撃、防御、拘束の全部に優れているし、これさえ極めてしまえば大抵の奴に勝てるんじゃないかって思ってしまうほどだ。まぁ流石に特化型の魔術師は対策取られると不利になるから他の魔術も覚えてるんだけど、刀夜対策として優先的に覚えようと思っていた魔術が、思った以上に強力なのは嬉しい誤算だ。
(魔術の操作能力を上げるのって難しいけど、出力を上げるだけなら難しくないからな。このまま地属性魔術を優先的に鍛えつつ、他の属性はとにかく威力を上げることに集中すれば、原作開始時点では様になっていそうだ)
岩の龍を生み出すだけならともかく、それを本物のように動かせるようになるのは結構骨が折れたけど、実戦で運用できると確認できただけでも、赤鬼と青鬼と戦った価値がある。勿論、その内他の属性の魔術の精密操作も出来るようになるけどな。今は突出した得意分野を作りたい。
(しかも地属性魔術が優れているのは戦闘における汎用性だけじゃない……地属性魔術は他の属性の魔術とかなり組み合わせやすい)
【ドキ恋】の原作でも、合体魔術みたいなのがあった。炎と雷を融合させてより強力な一撃を繰り出す的な奴がな。
さっきの戦いだと、巨大な燃える焼け石を作り出したのが、地と炎の合体魔術に分類される。ただし、ただ悪戯に魔術を組み合わせればいいってもんじゃない。氷と炎の組み合わせが悪いみたいに、属性ごとに相性差がある。
(その点、地属性魔術はどの属性と組み合わせても足の引っ張り合いを起こさない。合体魔術には一番向いている属性かもしれないな)
今の戦いで俺が見せた奴の発展形でマグマを作り出したり、岩だけじゃなくて金属も操れるようになったら、常に帯電状態の遠隔で操作できる武器を操れる……みたいなことも出来そうな気がする。
原作シナリオだと、地属性と組み合わせた合体魔術は無かったように思うんだけど、原作キャラたちはよく使わなかったなって思う。
……地味だからか? 地属性の使い手は地味な印象を持たれるっていう風評被害があるからなのか? 実際に使ってみたら、そんな地味って事はないと思うんだけどなぁ。
「何はともあれ、妖魔は討った! 死骸の処理が完了次第、引き続き首都の別邸へと向かうぞ!」
『『『おうっ!』』』
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