チーレム主人公対策


【ドキ恋】の世界には、炎とか氷とか出して攻撃する、ファンタジー作品にありがちな魔術がある。この世界の人間たちは妖魔に対抗するために、基本的に魔術と武術を組み合わせて戦うのが主流で、【ドキ恋】のヒロインたちは武術も魔術も達者な武闘派揃いだ。


「妖魔だけじゃない。第二部には大和中で内乱が起こるようになるし、家督を継ぐ以上、あの武闘派ヒロインたちともやり合わないとダメなんだよな」


 ちなみに和風ファンタジーの作品なのに、陰陽術とか道術みたいな和風チックな呼び方ではないのは、創始者が海外の人間だからだとか何とからしい。そうして海外から伝えられた魔術は、大和帝国で爆発的に発展し、以来この国は世界有数の魔術大国の一つと言われている。

 日本で言うところの、種子島に鉄砲を持ってきたポルトガル人的なアレか? まぁそこはどうでも良い事だ。


「よっしゃ……これまで以上に魔術の腕を磨かないと」


 俺は今、饕餮城の裏手にある岩山を魔術の訓練場に選んで来ていた。

 死んだ母が遺したものや、重文たちの働きのおかげで、領地運営には今のところ時間に余裕がある。どうやら母は自分が死んでも領地運営が上手くいくように色々と準備していたらしい。それも全ては父の為を想っての事だったんだろうが、俺が父を追放した以上、有効活用させてもらうとしよう。


「さて……まずは現状確認をするとしよう」


 まず、原作の國久は序盤の悪役なだけあって、ぶっちゃけ弱い。平和な日本からこの世界に来たばかりの主人公、御剣刀夜に簡単に倒されてしまうくらいには。理由には幾つか心当たりがあるんだが、その中でも特に大きな理由がある。


「単純に原作の國久が練習サボってた……正直これに尽きると思うんだよな」


 魔術に限らず、何事においてもそうなんだけど、練習しない奴が上達なんぞするはずがない。その結果、原作ではなぜか古流武術を習っていた刀夜に木刀でボコられて、美春から婚約破棄をされた挙句に華衆院家から追放されるという展開になるわけだ。

 実際、怠け者で疲れるのが嫌いな原作の國久は魔力量が大したことないからショボい魔術しか使えない。まさにザコと呼ぶのに相応しいキャラだった……のだが、この問題点を俺は既に解決している。


「魔術なんてものがある世界に転生したら、頑張って使えるようになりたくなるのが、現代日本のオタク男子の性だよな」


 何を隠そう、この世界が【ドキ恋】の世界であると分かった時から、俺が今まで一番力を注いで練習してたのが魔術なのだ。

 だってファンタジー作品を読み漁ってきた身としては、魔術とか憧れるしかないじゃん? だから魔術がある世界に転生したと分かった時から、俺は必死になって魔術の訓練に身を費やしていた。


「今までは基礎的な訓練……魔力量の増加や魔力の制御能力の向上に費やしてきたけど、ここからは満を持して魔術そのものの練習を始めるという訳だ……!」


 魔術の基礎練習が趣味になるレベルで時間を費やしてきたから、今の俺の基礎能力は同年代と比べても頭二つ分は突き抜けていると太鼓判を貰ったくらいだ。

 これまでも簡単な魔術は練習がてらに使ってきたけど、戦うための魔術を本格的に練習し始めるのは今日が初めて……そう考えると、胸が高揚でドキドキしてくる。


「でだ……ここで問題になるのは、華衆院國久はどんな魔術師になるか、だ」


 原作に登場した魔術の使い手……魔術師たちには色んな特色があった。一つの属性に特化した奴、攻撃に特化した奴、回復に特化した奴、援護に特化した奴と、様々な系統のキャラが。

 しかし、原作の國久がそのいずれかの系統に属しているのかと言われると、答えはノーだ。


「典型的な弱い器用貧乏キャラ……それが原作の國久だったな」


 作中での描写からの推察になるけど、原作の國久はまさに器用貧乏の典型だ。

 炎、水、風、地、雷の魔術における全五属性を満遍なく使えるけど、威力も範囲もショボいし、魔力量も少なければ操作能力も低いから器用万能とは口が裂けても言えない、まさに主人公に負けて踏み台にされるためだけに生まれてきたようなキャラだった。


「他の戦闘要員のヒロインキャラは皆、何かしら尖がった能力を持つ奴が多かったし、基礎力が高くて満遍なく何でもできるタイプのキャラは原作でも強キャラ扱いだったし、実際のところもそのどちらかじゃないと強い魔術師とは言えないらしいんだよな」


 要は性能が尖がった奴か、器用万能な魔術師じゃないと、戦いでも碌に勝てないという事だ。原作の國久はまさに、勝てない魔術師そのものなのである。

 ここで俺に示された道は二つ。性能が尖った魔術師になるか、器用万能な魔術師を目指すか。幸いにも、子供の頃から基礎練に時間を費やしてきた俺はどちらのタイプの魔術師にもなれる下地があると思うわけだが……。


「こういう時は、これから戦う可能性がある奴らのことを見つめ直してみるか」


 これまでは魔術が使えるという状況そのものが嬉しすぎて、これと言った目標もないのに、魔術の基礎練習に熱中できていた。

 しかし今は違う。雪那と幸せな結婚生活を送り、そんな日々を妖魔やらラスボスやら他所の美少女領主(攻略対象)から守る為という、魔術を極める上で明確な目標が出来た。

 要は俺の邪魔となる存在に勝つための魔術師になればいいんだろうが……俺にとっての真の敵は、雪那を闇堕ちさせるラスボスでも、各地で猛威を振るっている妖魔でも、侵攻してくる可能性がある美少女領主たちでもないと、本能が叫んでいる。


「俺にとっての真の敵……主人公、御剣刀夜であるという予感がしてならない……!」


 前世では、何で刀夜はこんなにモテるのかまるで理解できなかったんだけど、この世界に転生してからはその理由が何となく分かった。

 武を重んじる大和帝国では、強さは男のステータスなのだ。刀夜は古流武術の天才であり、チートパワーに目覚める男……そんな奴が大和帝国に現れて、勝利で強さを証明していけば、そりゃモテるだろうなって、今なら納得できるところがある。思い返してみれば、原作で登場するヒロインの殆どが刀夜の強さに惹かれて惚れる訳だし。


「雪那の男の好みまでは分からないけど、もしも一般的な大和人女性と同じように強い男に惹かれるのだとしたら……俺は御剣刀夜にだけは負けられない……!」


 何せ相手は催眠アプリを持ち込んでる疑惑まである、とんでもないハーレム野郎だ。婚約を結んだからと言って安心はできないし、もしもまかり間違ってNTR展開にまで発展しようもんなら、俺の脳味噌は木っ端微塵に破壊されるわ。


「関わらない、関わらせないっていうのがベストなんだろうけど……俺と刀夜の性格は合わないんだよな。原作で敵対したとか関係なく、もし関わるようなことになったら、どこかでぶつかり合うようなことになりそうで怖い」


 そう思う根拠が実はある。刀夜が極度のフェミニストで、それが原因になって暴走するところがあるからだ。

 女に優しいと言えば聞こえはいいけど、女の為なら何しても良いと思ってるところがあるんだよな。ヒロインが自分に非があってモブ敵に襲われてたら、問答無用でヒロインの味方をしてモブ敵をぶちのめすっていう、見てる側からすれば「えぇえー……」って言いたくなるような展開もあったはずだし。


「原作でも、國久との婚約を嫌がった美春の為って言っていきなり國久に挑みかかってたし、それでなんか知らんけど本当に婚約破棄されたんだから、【ドキ恋】って作品は本当にご都合主義満載だったなぁ」


 原作は既に改変されて俺と美春は婚約関係にはないけど、雪那との婚約の経緯を知ったら、「金の力で女の子に結婚を迫るなんて最低だ!」とか何とか言って襲い掛かって来そう……そんな危うさが刀夜にはある。

 そんなやべーサイコパスがモテるんだから、この世界の女の好みっていうのは色々と問題があると思う。強ければ何でも良いのかって。


「いずれにせよ、俺以上に優れた男が居ると雪那に思われるというのが我慢できない。むしろ女にモテモテのチーレム野郎を倒して、俺という男の魅力を雪那に見せつけたい」


 好きな女に振り向いてもらうために努力するなんて当たり前だ。その為なら、チーレム主人公だって踏み台として乗り越えて見せるさ。

 

「その為にはまず、刀夜の能力をどう対処するかだな」


 魔術がない地球からやって来た刀夜がどんなチートパワーに目覚めたのか……簡単に言ってしまえば、魔術の無効化能力だ。

 黄龍城の宝物庫には、魔力が由来するものなら何でも切り裂いてしまう、選ばれた人間しか鞘から抜くことが出来ないっていう宝刀が眠ってるんだけど、刀夜はこの宝刀に選ばれて最強クラスの魔術メタ能力を手にしたっていう展開だ。ちなみにこの宝刀も美少女に擬人化するヒロイン枠だったりする。


「この魔術メタに加えて天才的な武術の腕前が組み合わさってる……魔術が戦闘に組み込まれるのが当たり前のこの世界じゃ、かなり強力だ」


 その特性上、器用万能型の魔術師は刀夜とは相性が悪い。となると、尖った能力を持つ魔術師になるのが、刀夜打倒に一番向いていると思う。


「それに刀夜にも有効な魔術もあるしな」


 あらゆる魔術を無効化する刀夜に対して有効な唯一の魔術……それは地属性魔術だ。

 炎だろうが雷だろうが氷だろうが、刀夜は魔力で生み出したものなら何でも無効化してしまうが、地属性魔術は周辺の岩石や地面を操って相手を攻撃する、魔術の中で唯一の物理攻撃枠。作中でも、刀夜は地属性魔術の使い手には苦戦させられていた。 


「安易に考えれば地属性に特化した魔術師になれば刀夜との戦いになっても有利に働く……だけど、敵となり得るのは刀夜だけじゃないんだよなぁ」


 ラスボスとかの事も考えると、地属性に特化して鍛えるのもリスキーだ。地属性魔術だけじゃどうにもできない相手っていうのもいるだろうし。

 だからって器用万能型の魔術師は刀夜に対して不利だし、何よりも原作開始までにそこに至れる保証がない。何事も満遍なく高い次元で収めるというのは難易度が高いのだ。一体どうした物か……。


「…………いや、待てよ? そもそも尖った性能の魔術師か、器用万能の魔術師かの二択を一々選ぶ必要はないのでは?」


 どんな魔術も高い次元で扱えて、それでいて突出した強みや能力がある。それこそが目指すべき一番の理想形なはず。

 問題はそれが出来るかどうかなんだけど……原作開始までに理想形そのものの魔術師になれるかって言うと、多分間に合わない。それでも訓練内容次第では限りなく近いところまではいけるんじゃないかと、これまで頭に叩き込んできた魔術知識をフル動員させて結論付ける。


「そうと決まれば検証と実践の繰り返しだ!」


 その後、俺は華衆院家直属の魔術の専門家の知恵も借りながら実践を繰り返し、時には領内に現れた妖魔を相手に実戦的な試験を繰り返した。俺が考えた戦闘スタイルは本当に可能なのか、出来たとして戦闘で使い物になるのか、とかな。

 で、結論から言うと……俺の考えた刀夜やラスボスとかにも対抗できる戦闘スタイルは実現可能であり、戦闘でも使えることが分かったのである。




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