天龍院美春と夜の庵


「昨日はお父様に止められて聞けずじまいだったけど、アンタ……あの人に結婚なんて迫って、どういうつもり?」


 父親が同じでもあまり似ていない、雪那の腹違いの妹は、露骨なまでに警戒心を滲ませた目で俺を睨んでいる。

 まぁ……雪那が心配だからそう言ってきてるんだろうなってのは分かる。それは後ろの二人も同じだ。ポッと出の男がいきなり姉を、主筋の人間を搔っ攫っていくんだから、心中穏やかじゃないだろう。……だからって、配慮してやるつもりはないけど。


「どういうつもりも何も、先日お話したことが理由ですが……なぜそのような事を聞いてくるのです?」

「だって……だっておかしいじゃない! あの人は、その……!」


 どうにも要領を得ないが、言わんとしていることは何となく分かる。

 今でこそ雪那を「あの人」なんて他人行儀な呼び方をしてるけど、宮子と出会う前の雪那と美春は仲が良かったらしい。しかし雪那は父親からも家臣からも忌み子と疎まれる存在。そんな人間に帝位継承権一位である美春が近づくことを良しとするはずもなく、二人は周りの大人たちの手によって距離を取らされた。


(そこに関しては同情するよ。相当逆らい難い状況だったんだろうなってことくらいは想像つくから)


 でもどんな理由があろうとも、美春が「大人に怒られて怖いから」っていう保身の為に雪那から距離を取ったから、雪那を孤立させたことになったのに変わりはない。後になって罪悪感に駆られて遠巻きから見守るようになったとしても、結局何もしないようじゃな。


(しかもその後、罪悪感が悪い方向に転じるんだよな)


 確かシナリオだと、雪那に抱いていた罪悪感が、時間や周囲の言葉、次期女王としてのプレッシャーで歪んで、雪那に対して辛辣な態度を取るようになるんだ。

 今の美春が雪那にどんな態度をとっているのかは知らないけど、二年後には皇帝の証とも言える龍印が雪那に宿ることでより、次期皇帝として教育を受けてきた自分の時間を否定されたような気持になって、二人の関係はより悪化。物語開始時点では、「もう一度仲良くなりたい」っていう正直な気持ちに素直になれず、顔を合わせれば暴言を吐いてしまうっていう設定だったはずだ。


(原作を所々読み飛ばしてたってのもあるんだけど、結局は雪那のことよりも周りの目を気にしてるって印象が強かったな。次期皇帝っていう自分の立場を追われるのが嫌だから、周りに同調して雪那と距離を取ってるって感じ。後ろの二人も似たようなもんで、大勢の部下を従える自分の立場と、雪那に対する罪悪感の板挟みになってるって感じだったな)


 別に保身に走るのは悪い事じゃないけど、時と場合によると思う。

 自分の好きなキャラを傷つけた挙句、何の償いもなく最終的には殺してしまうようなキャラを好きになれるはずもない。そんな前世で抱いた印象が今世でも持ち込まれているのか、正直に言って俺は美春に対してあまり良い印象を持っていないのである。


(結果的に言えば、美春は雪那を散々傷付けた挙句、最後には龍印を手にし、精神的に成長するための踏み台にするわけだ)


 勿論、そんな未来は断固阻止ししなきゃならない。その結果、美春に龍印が渡らず、精神的に成長できなくても知った事じゃない。

 むしろ雪那生存ルートを俺が全力で突き進むことで、二人は最善の形で和解できる可能性があるんだから、後で感謝してほしいくらいだ。雪那が望むなら、俺がそれに協力してやってもいいし。


「何もないようでしたら、失礼してもよろしいでしょうか? 急いで領地に戻らなくてはならないので……」


 表面上は申し訳なさそうに言うと、美春もこれ以上は引き止められないと思ったのか、一歩後ずさる。

 それを見た俺は立ち上がってこの場を後にしようとすると、今までのやり取りを見ていた幸香が、美春の代わりにとばかりに俺に話しかけてきた。


「待て、華衆院國久。最後にこれだけは聞きたい。お前は雪那殿下を悪いようにはしないのだよな?」


 ……なるほど。ヒロイン三人が雁首揃えて俺を待ち伏せしてた理由は、それを聞きたかったからか。

 まぁここは変に誤魔化す必要はない。正直に言ってしまおう。


「勿論です、柴元殿。一度婚約を結んだ以上、妻となる女性が幸せな生を謳歌できるよう尽力させていただきます。……まかり間違っても、見た目を気にする他人の言葉に惑わされ、雪那殿下を虐げるような真似は致しませんので、ご安心ください」


 最後のセリフは、原作で雪那を助けることをしなかった、助けられもしなかった奴らへのちょっとした皮肉だ。

 俺は苦虫を噛み潰したような顔をする三人を置いて、その場を立ち去るのだった。


   =====


 國久が黄龍城から領地へと戻っていったその日の夜。雪那の庵の中に招かれた城の下女として働く少女、田山宮子は事の顛末を聞いて、思わず赤くなった頬を両手で当てて悶えていた。


「そ、それは……何ていうか、すっごく情熱的ですね! そんな熱心に口説かれたらと想像したら、なんだか私も恥ずかしくなっちゃいますよ!」

「は、はい……今でも思い出すだけで胸がドキドキしてて……すごく恥ずかしい……」

「女の子なら一度は言われてみたいって感じではありますけどねー。特に華衆院國久様って、名家の跡取りで将来有望な美男子だって、さっそく侍女や下女の間じゃ既に話題なんですよ! そんなお方に求婚されるなんて、流石は姫様って感じです!」

「も、もうっ! 揶揄わないでください、宮子!」


 キャーキャーと騒ぐ宮子に対し、昼間の事を思い出すだけでも顔が赤くなって変な汗が流れるようになっていた雪那は、「相談してよかった」と心の中で呟く。

 明るく前向きな宮子は雪那にとって一番大切な親友であり、尊敬できる相手だ。そんな宮子と話していると気分も紛れてきて、フワフワと浮ついた気持ちがようやく落ち着いてきた。


(……今でも、思い出すだけで顔が赤くなってくるんですけど……うぅ、考えないようにしないと、眠れなくなっちゃう……!)


 何せ男に口説かれるなどという経験は、生まれて初めてなのだ。これまで碌に異性と接したことのない雪那にとって、國久の告白は衝撃的すぎた。


「……でもよかった。姫様の事をちゃんと好きになってくれる人が現れたみたいで」


 雪那は顔を上げて、しみじみと言った様子で呟く宮子を眺める。その表情は喜びと安堵に満ち溢れていた。


「私ずっと悔しかったんです。姫様はこんなに良い人なのに、何で見た目だけで皆悪く言うんだろうって。大体目が赤かったら忌み子だ不吉だなんて、もう色々古いんですよ! 実際、小さい時から姫様と接してる私には何の害もなかったんだから、他の人も普通に接すればいいのに。どいつもこいつも腰抜けっていうか、心が狭いっていうか」

「み、宮子……他の人が居るところでそういう事を言っちゃだめですよ……? 上役の耳に入ったら処罰されてしまいますから……」

「はーい、分かってまーす」


 一応やんわりと窘める雪那だが、正直に言って宮子の言葉は本当に嬉しかった。宮子だって、忌み子扱いされている雪那の世話係にされて、周りから色々と言われているのに、それでも変わらず接してくれている。そんな人間は雪那にとって貴重だ。


(お母様やお父様、血を分けた美春ですら、私を受け入れることは出来なかったのに……)


 美春とも一時期仲が良かったこともある。まだお互いに偏見を抱いていない、純真無垢な幼少期の頃は、庵まで美春が遊びに来てくれたものだ。

 しかし、何時の頃からか自分の立場を自覚した美春は、雪那と顔を合わせても眉を顰めて無言で立ち去ってしまうようになり、二人で顔を突き合わせて談笑することも無くなってしまった。

 産みの母に至っては、雪那が忌み子だと知るや否や、「どうしてお前なんかが生まれてきたんだ」と憎しみをぶつけるようになった。美春とは逆に顔を合わせれば悪態をつき、時には暴力を振るわれることもあったので、雪那は母がいる本宮に足を運ぶことすら出来ない。


(分かってる……平民の宮子と違って、二人には公人としての立場がある)

 

 皇太女である美春が評判の悪い人間と接していれば、今後の支持力に影響が出るし、母は自分などを生んだから、皇帝である夫にも臣下にも軽んじられ、精神を病んで城に閉じこもるようになってしまった。迷信を信じる年齢層に権力者が多いこの時代、皇族に忌み子が生まれるというのはそういう事だ。

 だから二人が自分を嫌い、距離を取るのは仕方がないのだが……それでも、心が傷付かなかったわけではない。


「もうお偉いさんの中には姫様の事を理解してくれる人なんて居ないんじゃないかって思ってましたけど、やっぱり居るところには居るんですよ! 姫様の事をちゃんと分かる人間が! それでそれで、姫様は華衆院様の事をどう思ってるんですか!? かっこいいとか、もう好きになっちゃったとか!?」

「それが……自分でもよく分からないんです」

「えー? そうなんですか?」


 國久本人も言っていたことだが、今日で会ったばかりの相手を好きになれるかどうかなんて聞かれても、はっきり言って無理だ。

 雪那が國久に対してどのような感情を抱いていくのか……それは今後次第だろう。


(でも……私の眼の事なんて気にしないって言ってくれた殿方は、あの人だけでしたね……)


 父を含めたどんな男も、雪那のことを忌まわしいものを見るような目で見てきたのに、國久だけは違った。時間が経った今でも、雪那の真紅の眼を真っ直ぐ見つめてくる熱い視線を鮮明に思い出せる。

 あんな男性は、これまでの人生に一人もいなかった。その事を思い出してまた恥ずかしくなってきた雪那は、雪のように白い顔をまた赤く染めるのだった。


 


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通達です。今回は閑話という意味合いが強いので、物語をサクサク進めるために、本日の18時ごろにもう一話投稿します。

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