恋愛暴走族


 皇帝への謁見を済ませた翌日。領地に戻るという日になって雪那との面会を取り付けた俺は、彼女が住んでいるという庵に足を運んでいた。

 とても皇女が住んでいるとは思えないほど小さくてみすぼらしい庵だが、良く辺りを見てみれば雑草とかは生えていない。結構頻繁に手入れがされた跡があった。


「雪那皇女殿下、この度は私の為に時間を取ってくれてありがとうございます」

「よくお越しくださいました、華衆院殿。どうぞ中へ」


 話を既に通してたからか、外で出迎えてくれていた雪那に誘われる形で庵の中に入ってみると、マジで小さい建物だと実感する。

 転生してからというものの、饕餮城という豪邸で暮らしてきた俺からすれば、物置ぐらいにしか感じない広さだ。着ている服のみすぼらしさと言い、雪那はずっとこんな小さな庵に押し込められて冷遇されてきたんだと、改めて思い知った


「何も持て成せない上に、古くて汚れの目立つ庵の中に華衆院家の嫡男を座らせるのは恐縮ですが……」

「どうか、お気になさらずに。確かに古い建物だとは思いますが、よく手入れされているのが見て分かる。こちらは殿下の侍女殿が?」

「いえ、侍女という訳ではないのですが……城の下働きの中に、私などにとても良くしてくれる者がいて……」

「それは素晴らしい。その者は単なる下働きにするには勿体ない、実に良い仕事をするのですね」

「あ……ありがとう、ございます」


 下働きの人間……つまり、幼馴染の宮子が褒められて嬉しいのか、雪那は嬉しそうに微笑んだ。そういう控えめな笑い顔も滅茶苦茶可愛いじゃねーかよ、チクショウめ!

 今の会話の流れは勿論、原作知識ありきで狙って作ったものだ。ズルしてる気分にはなるが、おかげで好感度が上がったのを自覚できる反応を見せてくれた。雪那との幸せ結婚生活の為なら、金だろうが身分だろうが原作知識だろうが、何でもかんでも利用してやろうじゃないか。

 それに別に嘘を言ってるわけでもないしな。古いけどよく手入れされてるのは本当の事だ。


「さて……では本題に入るのですが、私との婚約の経緯は、確と耳に入りましたか?」

「は、はい……!」


 きゅっ……と、膝に置かれた手を握りしめる雪那。多分、不安なんだろうな。ついこの間あったばかりの男といきなり結婚だなんて聞いたら、誰だってそう思うだろうし。


「まずは……殿下のご意思を尊重せずに、金に物を言わせて貴女を娶るような真似をしたことを、心よりお詫び申し上げます。本当に、申し訳ありませんでした」


 俺は畳に額を付けるくらい深く頭を下げて土下座する。いくら政略結婚が当たり前のご時世とはいえ、まずは相手の意思を無視したことを謝らなきゃ始まらない。


「あ、頭を上げてください。こんな私でも、皇族の姫です。国の為、民の為、政略に沿った婚姻を結ぶ日が来ることは覚悟していました。だから華衆院殿が気に病む必要など、どこにもないのですよ」

「では、失礼して」


 優しくそう言ってくれる雪那の言葉に従って体を起こす。

 

「ですが……疑問に思うこともあります。どうして華衆院殿は私などを娶ろうと思ったのでしょう? 知っての通り、私は忌み子と呼ばれる皇女です。そんな私の悪評は、華衆院殿にとっても足枷となり得ると思うのですが……」


 ジッと、真紅の瞳でこちらを見てくる雪那を見つめ返し、俺はここが一つの分水嶺だと思った。

 皇帝は雪那に碌な教育を施していないと言っていたが、皇女は皇女。そんじょそこらの田舎貴族よりかはまともな教育を受けているみたいだし、自分の置かれた立場がどういうものなのかを理解しているんだろう。彼女の疑問は当然の事だ。

 ここで俺に突き付けられた選択肢は、建前を用意するかしないかだが、童貞な俺の本音の部分は「正直に言うのは恥ずかしいから建前を用意しろ」と叫んでいた。


「殿下。私は評判や利益の為に貴女を娶りたいわけではないんです」

「え……?」


 しかし俺は理性を総動員し、本音の更に奥底にある欲求を引き摺り出して言葉に変える。


「陛下の前では建前と口実を言わせていただきましたが……本当は、貴女を一目見た時から、貴女に心を奪われてしまったんです」

「…………え……えぇっ!?」


 俺は気恥ずかしさを捨てて、本当の本音の気持ちを真正面から雪那にぶつける。

 正直に言って、女の口説き方なんて分からない。しかし、好きなのに変なプライドや羞恥心が邪魔して相手に告白できないような奴は生涯童貞だ。それは俺の前世が証明している。だから今世の俺は攻めて攻めて攻めまくり、好きな女に猛アプローチを仕掛けると決めたのだ。


「前にも言ったとおり、私は迷信など信じていません。皇族との縁繋がりも、究極的に言えばどうでも良いんです。ただ一人の男として貴女に惚れてしまった……今回婚約を申し込んだ理由は、本当にそれだけだったんです」

「で、ですが……たとえ迷信でも、不吉と感じる者は少なくありません。私を娶ることで華衆院殿に迷惑が……」

「そんなものは関係ありません。たとえ貴女を娶ることで破滅の未来が待っていたとしても、私は貴女が欲しい」

「……あ、あぅあぅ……っ」


 茹蛸のように顔を紅潮させ、耳まで赤くする雪那を見て、俺は猛烈にムラムラしてくる。

 何だその可愛い反応は……! 自分でやっといてなんだけど、反応一つで男を誘惑してくるなんて……流石エロゲの美少女、恐るべし!


「か、揶揄わないでください、華衆院殿……っ!」

「揶揄ってなどいません! これが紛う事ない本音です!」

「え……あ……う……うぅぅ~~~……! だ、だからそれが揶揄っていると……うぅ……!」


 俺が断言すると、もう何も言えなくなってしまったのか、雪那は真っ赤になった顔を両手で隠すように覆って俯いてしまう。

 そんな反応をされるとこっちまで気恥しくなってきくるが、ここで怯むわけにはいかない……! 


「殿下。会って間もない私に愛など囁かれても困惑するだけというのは分かります。だから今日明日にでも私の事を好きになってほしいなどとは言いません」


 俺は畳みかけるように言葉を紡ぎながら、心を鼓舞する。

 今こそ童貞の限界を超えろ。草食系男子から肉食系男子になれ……! そしてなりきれ、異世界恋愛物のWEB小説に出てきそうな溺愛系ヒーローに……! 

 幸いにも、オタク男子をターゲット層にしたエロゲーの悪役である華衆院國久は、プレイヤーの反感を買いやすいようにする為か、とても顔が良い。このイケメンフェイスなら、聞いてて恥ずかしくなるような臭いセリフでも様になるはずだ。


「二十歳の成人式を機に、私は華衆院家の家督を正式に継ぎます。私たちの祝言もその時に上げることになるでしょう。それまでの間に、貴女が私の事を好きになるよう、全力で口説かせていただくので、覚悟してください」

「……は……はい……」


 首まで真っ赤にしてコクコクと頷く雪那。

 改めて振り返ってみると、十三歳のセリフとは思えないんだが……まぁ良いだろう。前世を含めれば三十路越えだし、今口にしたことは絶対に実現させるつもりなんだ。本人の前で宣言して、自ら逃げ場を塞いでおけば、後はもう前進あるのみだ。


「それでは、名残惜しいですが時間も押しているので俺はこれにて失礼します。殿下を我が領にお迎えするのにしばらく準備が掛かりますが、それまでの間は首都に建ててある華衆院家の別邸でお寛ぎください。……勿論、信頼できる下働きを連れて行っても構いませんよ。陛下の許可は既にとってありますので」


 そう言い残して庵を後にし、俺は早歩きで馬を預けている厩舎に向かう。

 正直、羞恥と緊張で心臓バクバクだ。よく最後の最後まで噛まずに話せたなって、自分でも感心してる……!


「別邸は何時も使用人が滞在してるから、すぐに使える状態だ。あとは迎えに行けるように手続きを済ませて、それから……っと」


 これから忙しくなる予定を頭の中で整理しながら庭園を進んでいると、向かい側から美春が歩いてきているのが見えた。その後ろには、幸香と菜穂の姿もある。

 俺は美春に道を開けて頭を下げ、通り過ぎるのを待つ。しかし面倒なことに、美春は俺の前で立ち止まってしまった。


「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はっ。何でございましょう? 殿下」


 ……チッ。面倒くせぇな……これから忙しくなるって時に、一体なんだよ?

 まぁこんな本音は出せないから表面上は平静を保ってるわけだが、そんな俺に美春は聞いてきた。


「昨日はお父様に止められて聞けずじまいだったけど、アンタ……あの人に結婚なんて迫って、どういうつもり?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る