山場を二つ越えて


 皇帝が黄龍城に戻ってきた翌日。謁見の準備が整ったという報告を受けた俺は、正装に着替えて謁見を執り行う大広間に来ていた。


「大儀である、國久。華衆院家当主の訃報、確かに聞き届けた」


 上座に座る大和帝国の皇帝、天龍院玄宗に向かって胡坐をかきながら両拳を床に付けて頭を下げる俺の両脇には、帝国政府の中心的人物である家臣団がズラリと並んでいて、その中には【ドキ恋】の攻略対象であるヒロインが三人混じっていた。


(将来、雪那を殺すことになる天龍院美春……そして皇族直属の軍を預かる二人の将軍、柴元幸香と月島菜穂だ)


 気の強そうな青い目をしたピンク髪の少女がメインヒロインの美春。そして豊かな黒髪をポニーテールにした背の高い女が幸香で、温和そうな顔をした亜麻色の髪をした女が菜穂だ。

 この二人は【ドキ恋】の第一部に登場する年上枠のヒロインで、皇族直属の軍を取り仕切る二枚看板の将軍だ。個人の武力でも作中上位に位置するキャラで、少なくとも今の俺だと逆立ちしても勝てない。

 第一部に登場するヒロインは他にも大勢いるけど、この謁見の間に同席できるだけの立場を有した人間はこの三人だけだ。


(それにしても改造着物とは……流石はハーレムエロゲー。公的な場でも萌え系ファッションがまかり通る文化には恐れ入るぜ……!)


 美春たち三人……というか、【ドキ恋】の女キャラは全員、ミニスカ着物だったり、フリル付きの着物だったり、ヘソ出し着物だったり、ショートパンツと合わせた着物だったりと、もう日本古来の着物っていう感じじゃない、改造着物を着ている奴の方が圧倒的に多い。今美春が着てるのもミニスカ着物だし。

 幸香や菜穂みたいな年上ヒロインは比較的落ち着いたデザインの服を着るけど、それでも着物って言うか現代風ファッションを取り入れたようなデザインの奴だ。鎧を着た立ち絵も全ヒロイン分用意されてたけど、防御力がビキニアーマー並みだし。ちゃんとした和風って感じの服を着てるのって、雪那や宮子くらいなもんじゃないか? 


(でもああいう服も雪那には似合いそうだ……後々、雪那には是非ともあぁいう改造着物を着てもらいたいな)


 主に夜の寝室で……な。

 そんな事を心に決めながら、俺は皇帝の言葉に耳を傾ける。


「先の当主、華衆院優姫には心より追悼の念を捧げる。領地の運営に関しては、其方が成人するまでの間は父である前久を当主代理として領地を運営するのが良かろう」

「その事なのですが陛下。私は領地に戻り次第、父である前久を生家である五条家に戻そうと考えております」


 元々は貴族を辞める旨を伝えるはずだったこの場で、実の父を追放する発言をした俺の言葉に周囲は騒めく。

 まぁ気持ちは分かる。後継者が成人を迎える前に当主が死んだ場合、当主の伴侶や親族が代理として仕事をするのが慣例だ。ウチの場合、それが父親である前久になるわけだが、それは代理人としての資格を持った人間が、きちんと仕事をしていた場合の話。


「母である優姫は領主として民と土地を栄えさせてきました。それはこの十年で発展した華衆院領を見ても明らかであると自負しております……が、そんな母に婿入りした父の前久は、政務を助けることもなく華衆院家の財産を我が物顔で使って愛人の家に入り浸り、我が居城である饕餮城とうてつじょうにはここ十三年以上もの間帰ってきておりません」


 それを聞いた皇帝陛下は顔を歪め、家臣団の口々から父の行いに対する非難の声が漏れるのが聞こえてくる。

 そりゃそうだ。一夫多妻制が認められている国とは言え、たかが婿入りの分際で華衆院家当主である母と実子である俺のことなど一顧だにせず、働かずに愛人と遊んで暮らしてるなんて聞かされれば、誰だって眉を顰めるだろう。……まぁ惚れた弱みでそれを許したのは、他でもない母なんだけど。

 ぶっちゃけ、俺が当主になるのに父が邪魔なんだよね。あのオッサンが俺を差し置いて自分の娘を華衆院家の当主に据えようとしてるの、原作知識で知ってるし。


「そもそもにおいて、父は領地運営の経験もなければ、まともに学んだこともないそうです。そのような者を当主代理に据えれば、領民たちを不幸にするだけであろうと愚考いたします。幸いにも華衆院家の家老を始めとした臣下たちは皆優秀かつ忠義者ばかり。未だ成人にも至っていない若輩者ですが、次期当主として臣下たちから学び、臣下たちの力を借りながら領地を富ませ、大和帝国の発展に貢献する所存にございます」


 たった十三歳の子供が皇帝を前にして堂々とそう言い切って、礼儀正しく頭を下げる姿に、周囲から感嘆の声が漏れる。

 この世界に転生してから、俺は惰性で過ごしてきたわけじゃない。勉学や武術、魔術に作法と、様々な事を華衆院家の嫡男として学んできた。その中には当然、人の上に立つ為の帝王学だって含まれている。

 次期当主としての教育なんて言われてもモチベーションが出なかったんだけど、技術や知識ってのはどこに行っても役立つと思って真面目に覚えた。それが今まさにこの時に役立ってるんだから、俺の判断は間違ってなかったらしい。


「前久の良くない噂は聞いていたが、それほどとは……良いだろう。人をやって様子を見させてもらうが、華衆院領の運営は其方に一任する。見事、領地を治めてみせよ」

「ありがとうございます。必ずや、陛下のご期待にお応えいたします」


 よっしゃ、皇帝の言質は取った。母の死はまだ公表していないから父は知らないはずだし、これから領地に戻って父が当主代理の座を求めてきても、心置きなく追い返せる。


「つきましては陛下。華衆院家次期当主として、打診したいことがございます」

「何だ? 申してみよ」

「私と天龍院雪那殿下との婚約です」


 この言葉に、辺りは騒然とした。そりゃそうだろう、忌み子として冷遇されている皇女と結婚したいなんて、こいつ等からすればよっぽどのことだ。

 勿論、本人の意思に沿わない婚約で結婚を迫るのは俺としても不本意だ。しかし二年後には雪那に龍印が宿って外には出れなくなってしまうし、正攻法で皇女と婚約するのに、二年はあまりに短い。雪那には後で誠心誠意謝り倒すが、彼女と結婚するにはこれしか手段がないのだ。


「ちょっとあんた! それどういう事!?」


 家臣連中が騒めく中、一番過敏に反応して立ち上がったのは、雪那の腹違いの妹である美春だ。勝気なまなじりを更に吊り上げてこちらを睨んでいる。

 何をそんなに睨んでくるのか……その理由は原作シナリオを知る俺は知っているが、だからと言って考慮してやるつもりはない。


「美春、座れ」

「ですがお父様!」

「三度目は言わん。座れ、美春」


 皇帝に強くそう言われ、美春は渋々と言った様子で座り直す。まぁ相変わらず俺の事を睨みつけてきてるんだけども。


「して、何故アレとの婚姻など望む? アレとの婚約に、何を見出しているのだ?」


 上座から俺を不機嫌そうに威圧しながら問いかける皇帝を見て、誰かが息を呑むのが分かった。

 確かに国の長に相応しい威圧感だ。敬語が苦手で誰に対しても馴れ馴れしくタメ口で話す御剣刀夜が、作中でも皇帝が苦手と言っていたのが理解できる……が、何とも言えない無敵感に満ちている俺の心は、凪の水面みたいに穏やかだ。愛か? 愛の力が俺をそうさせるのか?

 少なくとも、雪那を〝アレ〟なんて冷たく呼ぶ奴には負けられん……俺は表面上は平静を取り繕いながら口を開いた。


「無論、皇族と華衆院家がこれからも親密な関係を続けるためにございます。……恐れながら、東宮大橋の一件での褒美が遅れているようなので、金銭ではなく婚約でどうかと、提案いたしました」


 東宮大橋は皇族直轄地である首都の交易の要になっている橋だが、数年前に崩れて首都は経済的に大ダメージを受けたことがある。

 それを一早く助けに入って橋を修理したのが、他でもない華衆院家だ。その働きに対して皇族は「必ず褒美を渡す」と約束したんだが、正直に言って今の皇族は貧乏だ。華衆院家や他の貴族の方がよっぽど金持ちだし。

 結局、褒美は数年経って母が死んでからも渡されていない。端的に言うと、皇族は華衆院家に大きな借りがあるのに、未だに返せていない状態にある……この事実が、雪那と婚約するための俺の切り札だ。


「……素晴らしい話ではございませんか?」

「政府は華衆院家に借りを返せて、華衆院家は皇族との縁繋がりが出来る。どちらも得が出来る婚約ではありませんか!」

「國久殿はまだお若いのに、話が分かる御仁だ!」

「陛下! この打診、断るべきではございませんぞ!」


 思惑通り、この提案に真っ先に飛び付いたのは家臣団の連中だ。こいつらからすれば二年後に雪那に龍印が宿るなんて思いもよらないだろうし、雀の涙程度とはいえ世話にも金が掛かる忌み子を俺に差し出すだけで借金が帳消しになるんだから万々歳だろう。


「「「…………」」」


 まぁその中で三人ほど……攻略対象のヒロイン連中は、それぞれ何とも言えない微妙な顔をしてるけど。

 こいつらは別に、他の家臣みたいに迷信を心から信じてるわけじゃないからな。俺が雪那をどうするつもりなのかが気になるんだろうが、全く持って無駄な心配だ。俺の全身全霊を賭けて幸せにするから、そこは安心してほしい。


「ふむ……確かに互いの利になる話だ。相分かった、その打診を受けようではないか。……ただし、アレには碌に教育を受けさせておらぬが、それでも良いな?」

「問題ありません。華衆院家の女主人としての教育はこれから受けていただければ良いだけの事ですので。つきましては……雪那殿下には我が領に移っていただき、そこで教育を受けてもらいたいのですが」

「よいだろう。良きに計らえ」

「ありがとうございます。陛下のご英断によって、華衆院家はこれからも天龍院家の忠実な臣下であり続けることでしょう」


 俺は慌てて大きく頭を下げる。礼儀作法の一環でもあるんだが……それ以上に、顔がニヤけるのを止められないから。

 ……やった。やってやったぞ! 大目標の一と二を早速コンプリートだ! ぶっちゃけ、俺には皇族への忠誠心もないし、皇族との縁続きなんてどうでもいいから、今の今まで建前と口実の言葉しか吐いてなかったんだけど、面白いくらい上手くいって本当に良かった! もうね、許されるなら今すぐ小躍りしたいくらいだ! 

 正直、俺の本音にどこまで気付いているのかは知らないが、皇帝にとっても雪那は疎ましい存在であることは原作知識で知っている。分の良い賭けだと高を括って挑んだ甲斐があった!


「それでは、東宮大橋普請に対する報酬に関する契約書の書類は、領地に戻り次第破棄するように動きますので、私はこれにて失礼します」


 最後に一礼だけして立ち上がり、俺はそそくさと謁見の間を後にした。

 これで大きな山場を一気に二つも乗り越えた。あとは武力と下半身を継続的に鍛えるとして……領地に戻る前に、雪那に挨拶をしないとだな。当人の与り知らぬところで婚約を結んだことを詫びないとだし。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る