方針転換


 結婚してぇ……天龍院雪那と結婚してぇよ……。

 転生して初めて雪那と出会ったその日の夜、黄龍城の客室で俺はすっかりその願望に囚われていた。

 あの後、美春を始めとした黄龍城にいる他のヒロインの顔を見に行ったんだけど、雪那に出会った時ほどのインパクトはなかった。元々見た目が好みの差が大きかったんだけど、他のヒロインだって客観的に見れば負けず劣らずの美人・美少女っぷりなのにな。


「もうぶっちゃけ、天龍院雪那とエロいことがしたい!」


 他人が聞けば「お前は発情期の猿か!?」と言いたくなるようなことを言ってる自覚はあるけど、エロは抑えられない人間の本能で、何一つ恥じることのない欲求だと思ってる。

 それに今の俺の肉体は13歳。それぐらいの男なんて、人生で一番発情している時期だろ? だから好きになった女と猛烈にエロい事がしたくなるのは仕方がない事なんだ。  


「今まではどうやって貴族を辞めて自由気ままに生きるのかを念頭に置いて来たのに、もうそんな事はどうでもよくなってる……恋は人を狂わせるって聞くけど、まさにこの事か」


 しかもそれが嫌だとは全然感じない。むしろ不自由一つで雪那をモノにできるなら、俺は喜んで不自由な人生を歩んでも良い。

 こんなのは優先順位の問題だ。俺にとって自由気ままな生活よりも強く求めるものが出来た……ただそれだけのこと。こんなにも強い渇望を抱いたのは、前世を含めても初めてだ。


「……思えば、前世の俺は良くも悪くも普通の人間だったな」


 極々平凡で幸せな人生を謳歌していたと思う。しかし、ただ時間と労力の無駄になる可能性を恐れて、何事にも挑戦しない、ひたすら安定を求めるだけの人生でもあった。

 それが悪い事だなんて今でも思っちゃいない。ただ、「まだまだ寿命は残ってるから」と、その内リスクを負って挑戦したくなるようなことが出来るだろうと気楽に構えてて、最後にはあっけなく事故死。それが俺にとっての心残りだった。

 そして俺は無意識の内に前世と同じような人生を繰り返そうとしていた訳だが、妖魔なんて化け物がいるこの世界、人間いつ死ぬかも分からない。


「だったら今回の人生こそ後悔しないように、望んだモノを死に物狂いで獲りに行ってやろうじゃねーの……!」


 ここからは方針転換だ。大和帝国皇女にして、ハーレム主人公でも攻略できなかった非攻略対象、天龍院雪那をモノにする……!

 その為にはまずどうすればいいのか、それを頭の中であらゆる情報を整理する。


「この世界……というか原作って、和風ファンタジーを謳ってはいるけど、なんちゃって和風なんだよな」


【ドキドキ♡あっ晴れ戦姫恋愛絵巻】の世界観は日本の歴史とかあんまり参考にしていない。WEB小説の隆盛に乗っかったのか、魔術ありモンスターありで、国の制度とかは西洋ファンタジーによくありそうな感じの、なんちゃって和風ファンタジーだ。

 科学の常識を超えた魔術と、それによって生み出された魔道具のおかげで、薪や井戸、氷室に頼らない程度には文明レベルは高いので、現代知識と魔術による技術発展とかはあまり望めない……そんな世界で、皇女をモノにする必要があるわけだ。


「まず大前提として、雪那の破滅ルートは絶対に回避させないと」


 死んだらお付き合いも結婚もエロいことも出来ないし、俺にとって当たり前の目的だ。


「となると問題なのは、雪那が闇堕ちしてしまう原因を、どう取り除くかだな」


 俺は目を閉じて、【ドキ恋】のシナリオで語られた、天龍院雪那が闇堕ちする経緯をもうちょっと詳しく思い出す。

 勿論、忌み子として虐げられてきたことだって闇堕ちする理由の一端になる。そう言ったものが積み重なって鬱憤が溜まっているのは間違いないはずだ。しかし雪那にとってそれは闇堕ちの切っ掛けにはならない。

 作中で雪那が闇堕ちした最大の切っ掛け……それは大切な人物を惨殺されたことにある。


「田山宮子……皇族の就職斡旋政策の一環で黄龍城で働いている平民出身の下働きで、雪那にとって幼馴染にして唯一の理解者……だったな」


 今世では直接顔を見合わせていないけど、ゲームで見た感じだと明るい茶髪とソバカスがチャームポイントの、天真爛漫で優しい性格をした少女で、雪那の侍女みたいなポジションだ。

 本来貴人の侍女となると、それなりの後ろ盾がある人間じゃないとなれないんだけど、冷遇されている雪那に真っ当な侍女が与えられるはずもなく、平民の下働きがその役目を押し付けられたって感じだ。


「前向きで明るい宮子が近くにいたおかげで雪那は優しさを失わずに育つ……が、ラスボスの謀略によって宮子は家族諸共殺されて、雪那は闇堕ちする」


【ドキ恋】のラスボスは「人間を滅ぼして妖魔の国を作ってやるぜ」的な事を目的としている、典型的な魔王タイプだ。そんなラスボスがなぜ雪那を狙ったのか……それは、天龍院家の人間に稀に宿るという、龍印と呼ばれる力が雪那に宿ったからだ。

 基本的に人間の魔力というのは体内で生成されるものなんだけど、この龍印を宿した人間は大地から……正確にはこの星から無尽蔵に魔力を供給することが出来るという、言わば魔力無限チートみたいなもんだ。


「原作じゃあ雪那が十五歳……つまり二年後には龍印が突然宿るはずだ」


 タイトルに戦姫なんてワードがあるだけに、ゲームの舞台である大和帝国は武を重んじる国だ。実際皇族や領主たちは前線に立って妖魔と戦って平和を守っているから民衆に慕われているところが大きい。

 そんな国だから、龍印なんていうチートを持った皇族はそれだけで次の皇帝と決まったようなもんなんだけど、雪那は忌み子として疎まれてきた人間だ。周囲の人間の多くが雪那を腫物扱いし、終いには化け物呼ばわりするようになって、雪那は庵からも出られない生活を強いられるようになった。


「そんな隙を、ラスボスが見逃すはずもない……か」


 無限の魔力を持つ人間なんてラスボスからすれば脅威でしかない。わざわざ人間を唆して、宮子とその家族を殺させるという謀略を巡らせることで、雪那に人間への憎悪を宿らせ、その上で宮子を蘇らせる魔術を教えると提案するという、とんでもないマッチポンプ戦略で闇堕ちさせて、主人公勢との同士討ちを狙ってくるのだ。

 そして主人公の刀夜と、メインヒロインの美春と戦うことになるんだが、その時のイベントは今でも忘れられない。 


 ――――……もう止まれませんよ……刀夜さん……!


 燃え落ちる黄龍城で、泣きながら歪んだ笑みを浮かべる雪那のCGと一緒に流れるセリフは、思い出すだけで胸が抉られるようだ。

 そして結局、雪那は刀夜と美春によって倒され、今際の際にこれまでの行いを反省した雪那は最後の力を使って龍印を美春に譲渡し、宮子の事を想いながら息を引き取る。

 刀夜は雪那の死を乗り越えて、ヒロインたちを引き連れてラスボスを倒す為に全国を巡る旅に出る……というのが、【ドキ恋】の第一部、首都壊滅編の顛末だ。最終的に刀夜が国中から集めたハーレムメンバーと一緒にラスボスを倒し、めでたしめでたし――――


「になるわきゃ無いだろぉおおおおおおっ!」


 雪那側からすれば全然めでたくないから! 完膚なきまでのバッドエンドだから! 最推しキャラが途中で死んだ前世の俺なんか、首都編が終わった後は惰性でプレイさせられたから!

 こんな未来を断じて認める訳にはいかない……! 雪那の未来を守る為、俺の幸せ結婚生活の為、やるべきことは大きく分けて四つ。


「一つ。まずは華衆院家の家督を継がないとだな」


 疎まれているとはいえ、皇女を娶るとなるとそれなりの家格が必要だ。今まで重荷にしか感じなかったけど、名門である華衆院家当主の座は、雪那と結婚するのに必須の肩書だ。面倒事くらい必要経費と割り切れる。雪那を幸せにするのにも経済力は必要だし。


「二つ。二年以内に雪那と宮子、そして宮子の家族全員を華衆院領に移住させる」


 二年後には雪那に龍印が宿る。そうなれば皇族は決して雪那を手放さないだろう。そうなる前に雪那を華衆院家で引き取る必要がある。そうなれば後はこっちのもんだ。龍印が宿ってもそれを隠してしまえばどうとでもなる。


「三つ。俺自身が強くなる必要がある」


 先述した通り、大和帝国は武を重んじる国だ。領主たちは何かにつけて力で解決する方針だし、原作の第一部で皇帝が死亡し、第二部以降は各地で内乱が起こるようになる。

 華衆院家の家督を継ぐ以上、妖魔やら他の領地の相手をするのは俺になる。ラスボスの事もあるし、どれだけ強くなっても足りないくらいだろう。


「そして四つ。下半身を、鍛え抜かないといけない」


 これは最も重要な事であると確信している。ちなみに足腰を鍛えるという意味ではない。いや、腰は鍛える必要はあるかもだけど、具体的には下半身のとある一部を重点的に鍛える必要があると思う訳よ。

 ほら、夫婦間においてセックスレスは重大な問題じゃん? 財力だけじゃなく、下半身を用いて毎日愛を表現してこそ、最高の男、完璧な夫だと思うわけよ。


「少なくとも、御剣刀夜よりも強く、裕福で、優れた下半身を備えた良い男にならないとな」


 何せあまりに簡単にモテるもんだから、催眠アプリ入りのスマホでも持ち込んでるんじゃないかと、プレイヤーから疑惑を持たれてる奴だ。額面上のスペックで圧倒して、ようやく対等と言ったところだろう。無事に雪那の生存ルートに入れても、刀夜が雪那のフラグを全力で建てに来ても困るし。

 

「よしっ。そうと決まれば、まずは一と二から片付けないとな」


 そう判断した俺は手紙を書いて早馬で領地に送り、皇帝との謁見に臨むことにした。ここからは崩すまいと思っていた原作シナリオを木っ端微塵にすることになるが、もうそんな事は知ったこっちゃない。

 かかって来やがれハーレム主人公。かかって来やがれ攻略対象たち。かかって来やがれ妖魔ども。そしてかかって来やがれ原作シナリオ! お前らの好きにはさせん。誰が相手だろうと、雪那との幸せ結婚生活の為に、邪魔する奴は全力ではっ倒してやるからな!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る