第8話 アルストロメリアな君へ⑧
「へぇ、お前覚えててくれたのか。嬉しいなァ。この三年で一番嬉しいよ」
彼は中学時代、僕を散々イジメ抜き生きた地獄に叩き込んだ張本人。彼が先導し他の男子たちを焚き付け僕をいたぶって楽しんでいたリーダー格の男子だった。当時の彼は僕をイジメることに生きがいすら得ていたように見えて、邪悪な笑みと容赦ない暴力、弱者を蹂躙する様からいつかテレビで見たハイエナを思わせたが、今の彼からは生気に満ちた力強さは微塵も感じられない。
代わりに感じたのは、僕を呪い殺さんとするおぞましいほどの怨恨。
「俺さァ、オマエのせいで散々だったんだぜ。中学でオマエのことを可愛がってただけなのに、オマエに鼻の骨は折られて、親になんとかしてくれって言っても『全部お前とお前の馬鹿な仲間のせいだ』って言って何もしやがらねェ。しかも教員ども散々うるせえこと言われた後は仲間だった連中が俺をいたぶり始めたんだ! 俺がオマエに水ぶっかけようぜって言ったからこうなったって、それだけでアイツら俺を何度も、何度もいたぶって来たんだ! 仲間だったのに、俺と一緒にオマエを可愛がってたダチだったのに、手の平返して俺を痛めつけて来たんだよ! 最初は教科書を隠され、靴を隠され、机にゴミ入れられてな。次は購買の商品を時間内に買って来なきゃ腹パンされるんだぜ? 信じられるか? 本気で殴られるんだぜ? オマエの時でさえなかったいじりが俺の時だけあったんだよ! そっからの殴る蹴るは日常茶飯事だったなぁ!」
「オケヤァ。オマエ今幸せか? 俺は今の今まで最悪だったぜ。中学の間はずっとアイツらの
「……笑えないよ」
「何?」
「笑えないよ、僕も同じことをされたから」
「そうだよなァ! オマエならわかってくれると思ったよ!」
梶谷君は右ポケットから黒く細長い何かを取り出す。10センチ以上あるそれは、彼の慣れた手つきで銀色に輝く刃を露わにする。
「だからさァ、オマエにも俺の痛みを知ってほしかったんだよ! 俺ばっかり苦しむなんて不公平だろ! そのためにオマエの受かった高校のこと調べて、入学式の日取りも調べて、こうやって会いに来たんだよ! 先公にはイジメてたことをもう一度謝りたいからオケヤの受かった高校を教えてくれって聞いたらあっさり言いやがったよ!」
梶谷君の突進と同時に周囲から悲鳴がこだまする。鬼気迫る梶谷君の凶刃はまっすぐ僕のもとへとやって来る。すぐにでも逃げ出し、彼の狂気から距離を取ることはできたのだがこの時の僕に避けるという思考は存在していなかった。
僕のすぐ近くに羽鳴さんがいたからだ。僕が梶谷君から距離を取れば次に狙われるのは彼女になる。そんなことだけは絶対に阻止しなければならない。
彼の凶行に気付くのは遅かったが、気付いて羽鳴さんを突き飛ばせたのは早かった。
直後、感じたのは腹部の痛み。異物が体内に無理やり入り込む気持ちの悪い感覚。
「痛いか、オケヤァ? 俺が感じた痛み、しっかり味わってるかァ?」
梶谷君はナイフを両手で握りさらに刃を押し込もうと
「ちょっとでいい、ほんのちょっと痛がってくれれば俺は救われる気がするんだ。テメエがあのまま可愛がられてりゃ俺はこんな目に遭ってなかったんだからな!」
僕に向けられた殺気とナイフの切っ先はお腹に刺さったまま。恐怖と痛みで何もかもを諦めてしまいそうになるが、弱い心をなんとか奮い立たせて彼のナイフを持つ両手を必死に掴む。
だって僕のそばには、命の恩人がいるのだから。
「……わかった、僕は良い。悪いのは僕なんだろ」
「そうだ、悪いのは全部オマエ」
「でも羽鳴さんは巻き込むな」
梶谷君がナイフをさらに差し込むため前に力をかけたことが功を奏した。僕はさらに下がって彼を僕の方に寄りかからせ顔面を突き上げた。柔道の試合や練習では禁止技になっている頭突きは綺麗に梶谷君の鼻に入り、彼は鼻血を出しながら背中から倒れ込んだ。
羽鳴さんの言っていた通りだ。大切なのはタイミングと思いきり。
彼女の言葉を何度も思い出しながら、僕はゆっくりと
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