第7章 学園都市メルキス編 第3話(8)
同じ頃、学園内の書庫では、ルベールとゲイツが資料調査に勤しんでいた。
「――なるほど。少し、見えてきた」
革張りの本を閉じ、手元のメモに特筆事項を書き記しながら、ルベールが呟いた。
「見えてきたとは、何がだ」
「この《魔戒》の正体と、それを求める勢力のだいたいの思惑がね」
何かを確信したようなルベールの語調を察しながら、ゲイツは訊いた。
「順番に聞かせてもらって良いか。まず、《魔戒》の正体とは何なのだ」
「まず、《魔戒》が単なる魔導破壊兵器であるとしたら、それを有効に利用できるのは対外的な戦力を必要とする政府、具体的にはベリアル宰相の勢力だけだ。とすると、それに加担している《墜星》の動機に説明がつかなくなる。これまでの話を聞く限り、彼らは心無い人間に全てを奪われてきた孤児の集まりだ。仮にその動機が人間への復讐心として根付くとしても、彼らの理念上、単なる国家の戦力増強策に易々と加担するとは思えない」
ルベールの経験に基づいた推測を、ゲイツは補強するように訊ねた。
「理念、か。それは、これまでに会敵してきた君なりの感想か」
「うん。彼らは単なる暴虐を振るう復讐者ではなく、何らかの行動理念を持っている。でなければ、エヴァンザで会った使徒がルチアに問答なんて吹っ掛けたことの説明がつかない。彼らの理念、ないしは目的に、何らかの形で合致する。彼らの掲げる理想を可能にするもの……《魔戒》もまた、そういう性質のものと考えるのが妥当だと思う」
「自らを貶めた畜生と同じ外道に落ちはしない、か。君の話を聞く限り、その《墜星》の使徒達というのも、頷けそうな手合いではあるな」
ゲイツの納得を受け、ルベールは手元のメモ書きに目を走らせながら結論付けた。
「そういうことから判断する限り、やっぱり《魔戒》はただの魔導兵器じゃなさそうだ」
「だが、ならば《魔戒》とは何なのだ。まさか壮大なデマではあるまいな」
「そうは言わないけど、それくらいに近いかもしれない。これを見てくれ、ゲイツ」
そう言ってルベールの差し出したメモ書きを、ゲイツは受け取り、ざっと目を通した。
「これは……魔導科学史の考察書の書き抜きか?」
「うん。かつて、聖人王期の伝説に記された力を魔道科学で再現しようと科学者達が躍起になっていたことがあったらしい。当時は理論も未成熟な上に必要な資材も不足ってことで、立ち消えになったみたいだけどね。これは、それに関する記述の覚え書き」
ルベールの話を聞きながらメモを読んでいたゲイツは、ある特徴的な単語を見つけた。
「《女神の器》……?」
「当時はそういう名前で呼んでいたらしい。天涯に住まう観測者たる女神の意思を受け止めて力に変える、《万能の願望器》……かつて聖人王アスレリアが女神センティアの神託により力を受けた伝説を、科学技術で再現しようとしたみたいだね」
その言葉にゲイツは顔を上げ、ルベールの目を、その真偽を問うように見た。
「馬鹿げていた……とは、考えていないようだな」
「うん。むしろ当時、魔女の力を人間が扱えるようになった時点でこの発想まで辿り着くのは、ある意味自明だったと言ってもいいかもしれない。魔導科学はそもそもからして、この聖王国の得た新しい《力》だ。《最大の力》の研究に従事しても何もおかしくない」
ルベールのその言葉に、徐々に彼の意図を察しつつ、ゲイツはさらに訊いた。
「では、《魔戒》というのは……」
「僕の推測なら、その《最大の力》の研究を、現代の技術で再現しようとしたものだろうね。具体的にはおそらく、この《女神の器》を模したものだろう。女神の意思を授かり、天地を掌握できる万能の力を操れる……どこぞの浪漫主義者が考えつきそうなことだ」
自らに確信を与えるようにそう言うと、ルベールは推論をさらに深めるように語る。
「けど、これが正しいなら、《魔戒》が単なる破壊兵器ではないという推論にも説明がつく。そして、アルベルトさんがこの計画に僕達を関与させようとした狙いにもね」
「どういうことだ?」
「うん、つまり――」
だが、その話をする矢先、突然に書庫の扉が開き、ゲルマントが歩み寄って来た。
「ルベール、出ろ。悪いが調べ物はそこまでだ」
切迫した様子のゲルマントの語調に、ルベールは異常事態の接近を察した。
「ゲルマントさん……何かあったんですか?」
「サリューから連絡が入った。《墜星》が現れたらしい。しかも今度は本丸が直々にな」
「本丸……?」
その言葉を確かめる間もなく、ゲルマントはルベールを急かした。
「詳しい話は後だ、とにかく現状を確かめに行くぞ。下手したら町が吹き飛びかねん」
危急の様子を察したルベールは、即座に頭のスイッチを切り替えた。
「わかりました。ゲイツ、すまないけど……」
「ああ、任せておけ。後始末はこちらでやっておこう。後で続きを聞かせてくれ」
「助かるよ。それじゃあ、また後で!」
そう言葉を残して書庫を出て行ったルベールの背中を、ゲイツは回想していた。
(俺とさほど変わらぬ歳で、この国の命運に関わる身か……)
「柄にもない冒険心がくすぐられるな……全く、面白い男だ」
己の心に起きた変化を喜ぶように小さく笑いながら、ゲイツは先程の会話を思い返す。
ルベールが調査と推論により導き出した、《魔戒》の正体たるもの。
「《女神の器》か……」
掌握した使用者のあらゆる意思を可能にする、極めて大規模な万能の願望器。
(もし、そんなものが現実に現れたら、この世界はどうなるというのだ……?)
その思考に至った時、ゲイツは神の領域に踏み込んだように、微かな寒気を覚えた。
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