第7章 学園都市メルキス編 第3話(6)
「さて……どうだ、調子は」
三方に分かれた一方で、書庫では取り残された面子三人――ゲイツ、ルベール、ゲルマントが資料調査に黙々と取り組んでいた。書庫の一画を借りて調べ物を進める三人の前には、机の上に三人がそれぞれ見つけてきた参考になりそうな資料が積み上げられている。
「関係していそうな資料自体はあらかた探し出せましたが……これだけの蔵書量となると、さすがに全部を当たるのは少し骨が折れそうですね」
蔵書を机の上に運び終えたルベールの言葉に、ゲイツが労いと評価の言葉をかける。
「そうか? 君の蔵書検索の手際は見事なものだったと思うぞ、ルベール。これだけの蔵書量の中から関連していそうな資料の領域をここまで精密に特定できるのは、学園においてもなかなか見ない。これはまさに適材適所という奴かもしれないな」
「あはは……まあ、そうだね。究極、個人的な関連資料を特定するのは一人作業だから。セリナやエメリアは発想や着眼点の意味で僕に無いものを持ってるから、正直一緒に作業してほしかったけど……まあ、彼女達が出払ってる以上、今は僕らでやるしかないね」
「そうだな。リヴの奴も調べ物と聞くや早々に逃げ出すとは、身内ながら情けない」
「まあ、それは今は措いておこう。それよりも、資料の調査に集中しないと」
そう口にして思考を切り替えたルベールに、ゲイツが訊ねるように言った。
「《魔戒》及びその開発計画について何か関連のある情報を探る、ということだったな。概要は先程聞かせてもらったが……具体的に、何か当てはあるのか?」
ゲイツの問いに、ルベールはこれまでの経験を顧みながら、自身の推理を語った。
「僕らが《魔戒計画》について正確に把握している事実は、今の所三つある」
そう言って、ルベールは目の前に重ねていた三つの本の山から、おもむろに一冊を手に取った。題名は『魔導科学の歴史・聖王暦魔女史との関連考察』とある。
「まず一つは、《魔戒》なる計画の中心物は、《魔導破壊兵器》を呼称しているということ。つまり性質上は、何らかの魔法を扱う《魔導器》らしきものであるということだ。これは、クラウディア団長が依頼主であるアルベルト公から聞いた話と、彼女が囚われた先で見たという現物の存在から特定されていると考えられる」
話しながら本のページを軽くめくって全体を確認するルベールに、ゲイツが言った。
「《魔戒》とはつまり、大規模破壊魔術を扱う魔導器ということか」
「そうとも限らない説も浮上してきたけどね。それが基本線であることは間違いない」
そう答えたルベールは手にしていた緑色の革の本を一旦脇に置くと、別の山から一冊の本を手に取った。青く分厚い革の本の題名は『グランヴァルト聖王国史考察:近現代』。
「二つ目は、この計画を進めている二つの勢力――《墜星》と《ベリアル・クロイツ宰相》について。両者の関係性の本当の所はまだ掴み切れていないけど、この二派が《魔戒計画》を推し進めている主たる勢力であることは間違いないと言っていいだろう」
「まあ、これについては今まで当事者とさんざんやり合って来た。疑いようはないな」
ゲルマントの言葉を受けたルベールの推理に、ゲイツが疑問を呈した。
「関係性が掴み切れていないというのは、どういうことだ。同じ計画を共同で進めているのなら、協力関係にあるのではないのか?」
「それがどうもそう単純じゃなさそうでね。まあ、そこも調べていけば見えてきそうだ」
ゲイツの疑問を一旦措き、ルベールは手元にあった本を元の山に戻しながら言った。
「そして最後、三つ目は、この《魔戒計画阻止作戦》を依頼してきたのが、アルベルト・ハインツヴァイス氏であること。彼はクラウディア団長やサリューさん、それにゲルマントさん達との旧交があって、そしておそらく何らかの形で先程の二派――《墜星》と《ベリアル宰相》の勢力のどちらか、あるいはその両方と対立していることは間違いない」
所々しこりの残るルベールの説に、ゲイツが立ち眩みするように頭を抱えた。
「すまん、理解が追いつかないんだが……依頼主はその計画自体を止めたいのだろう。ならば、その計画を推進している二派はどちらとも対立して然るべきなんじゃないのか?」
「普通ならそうなるはずだ。けど、ここにもはっきりしてない点があってね……」
「はっきりしていない点?」
「簡単に言うと、依頼主のアルベルト公は《墜星》の面々とも旧交がある。これはクラウディア団長やサリューさんと旧交があるのと同じだね」
そこまで話すと、ルベールは視線を後ろに控えて様子を見ていたゲルマントに向けた。
「そして、彼の双子の兄ゼクシオン氏が、《墜星》の幹部を務めている……ですよね、ゲルマントさん」
「ああ。俺はローエンツで《墜星》の使徒を庇うあいつと接触した。間違いない」
ゲルマントの証言とルベールの話から、ゲイツはようやくその含意を読み取った。
「なるほど。そこまで深い関係性があるのなら、そのアルベルト氏と《墜星》の間の因縁は簡単なものではなさそうだな」
「そういうこと。彼がどういう目論見で僕達にこの依頼を持ち込んできたのか、その真意もできれば推測したい所だね。ここの所、引っ掛かりを覚えることも多いから」
そこまで話して、ルベールは赤い革の本を手に取りながら、結論付けるように言った。
「僕らが調べるべきは、僕らが何を目的として、誰と、何と戦うべきなのか、それを改めて明らかにすることだ。それを推理する目処は、ここにある」
『聖人王伝説』の本を目の前に置いたルベールに、ゲイツが気付いたように言った。
「そう言えば、先程からほとんど歴史関係の書籍ばかりだな。何か関係あるのか?」
「まあ、個人的な推測だけどね。僕の当てが正しければ、何かしらの繋がりが見えるはずだ。宰相、王子、そして六星の巫女に、二度に渡る魔女迫害事件の被害者達……どれも、この王国の歴史において無視できない存在達だ。それらが同じ因縁の元に連なっている……この王国や僕達が辿って来た因果に、何も関連がないわけがない。調べがいがあるよ」
何やら興が乗っているルベールの様子に、ゲイツとゲルマントは揃って信頼を覚えた。
「乗り気だな」
「ま、学術系はこいつの専門みたいな所だしな。特に乗ってる時の閃きは大したもんだ」
二人の期待を買うように、ルベールは才気の漲る瞳を、机の上の書物群に向けた。
「時間も惜しい、調べ始めよう。皆が戻ってくるまでに、なるべく情報を集めたい」
集中力を高めるルベールの肩を、隣にいたゲイツが信頼を表すように叩いた。
「協力しよう。君はいい学友になりそうだ」
「ありがとう、助かるよ。それじゃあ早速、調査の方針だけど……」
ゲイツの助力を受け早々に調査を始めたルベールを、ゲルマントが興気に眺めていた。
(こいつも仲間には恵まれてるな。魚心あれば水心ありって奴か)
そして、自らも真実を見極めるべく、思考を巡らせる。
アルベルト、ゼクシオン、《墜星》、ベリアル・クロイツ宰相、魔女迫害事件、六星の巫女、セフィラス媼の殺害――それら全てが《魔戒計画》という一本の糸で繋がっている。普通に考えても、何らかの関連を疑うのは自明と思われた。
問題は、これまでに紡がれたその関連が、今とこれからの状況にどう関係してくるのか、だった。
事と次第によっては、自分達の向かうべき道まで大きな見直しを図る可能性も出てくる話だ。だからこそ、各々の調査を通じて現在の状況とこの先の見通しを立てる。それが今ここにいる自分達の仕事であり、方々に散っている王都自警団員全員の意志だ――そう、ゲルマントは散り散りになっているように思われる一行の行動を大局的に見ていた。
(ま、明らかにしたいことが色々あるのは事実だ。今はお前の勘に期待するか)
そう思考をまとめると、ゲルマントは若者の邪魔をしないよう、一旦書庫の外に出た。
(それに、何やらピリピリし始めてきたしな)
ゲルマントもまた、この学園内に満ち始めている、ひりつくような空気を感じ取っていた。何か、因果のようなものが迫りつつある――そんな戦士の感覚で感じ取れる空気を。
(いつ奴らが手を出してきてもおかしくない……俺の仕事はこっち方面ってこった)
内心でそう呟き、ゲルマントもまた、己にできる仕事を始めた。
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