第7章 学園都市メルキス編 第3話(5)

「あぁ~もう……どこ行ったのよ、あいつら~!」

 突如としてエメリアに手を引かれて去って行ったクランツの後を追っていたセリナは、その姿を追いきれず、校舎の壁と木々に囲まれた裏庭で途方に暮れていた。

 別に、すぐに後を追わなくてもよかった。この学園内にいる間はよほどのことでもない限り、危険な目に遭うことはないだろう。大人しく、団長達と共に書庫での作業を行いながら帰りを待ってもよかった。

 それでも走り出していたのは、理由の分からない直感的な不安に駆られたからだった。クランツの身に何かが起ころうとしているのを、放っておくことはできなかった。

 もっとも、それがどんな変化と危険性なのかは、何も見当が付いていないのだが。

(考えなしに突っ込むのは、またいつもの悪いクセ……治ってないなぁ、あたし)

「あっはは、逃げられちゃったねぇ。ご愁傷様」

 そんなセリナの様子をおかしがるように、頭上からけろっとした声が聞こえてきた。

 セリナが声のした方に目を向けると、すぐ傍の木の枝の上に、リヴが腰かけていた。

「リヴ……あんたも抜け出してたのね」

「人聞きが悪いなぁ。あんたが急に飛び出したから追っかけてきたのよ、セリナ。団長さん達、いきなりいなくなったから心配してたよ」

 そう言いながら木の上から飛び降りて、セリナの前で軽く埃を払うと、リヴは言った。

「で、何で急に走り出したの? もしかして、あんたもサボり?」

「あんたも、って……あんた、あたしを口実に書庫での作業サボったってこと?」

「いいじゃん、あたしも調べ物とか苦手なんだもん。セリナだってそうなんでしょ?」

「う……」

 言葉に詰まるセリナを同情の目で見ながら、リヴは続けて言った。

「ま、あたしもそれは同じだから別にいいんだけどさ。セリナにとっては、書庫での作業よりもあの弟君の様子の方が優先事項だったってことでしょ?」

 リヴのその言葉に、引っ掛かりを覚えたセリナは訊き返した。

「弟君って……クランツのこと?」

「うん。なんかそんな雰囲気だったし。違うの?」

「ん……まあ、確かにそんな感じではあるけど」

 漠然と答えたセリナの不意を突くように、リヴが言った。

「あの子のこと、好きなの?」

「はあッ⁉」

 その言葉に過剰に反応したセリナをからかうように、リヴはなおも言う。

「お、反応がデカいねぇ。これは脈アリかな?」

「違、そういうんじゃ……ってか、なんかさっきからあたしのことばっか聞いてない?」

「あら、気づいたか。さっすが、勘は鋭いねぇ。あいつの言ってた通りだ」

「へ……」

 セリナのその気付きを確かめるように、リヴは言った。

「あんたが理由があって飛び出したのと同じように、あたしがそのあんたの後を追って来たのにも理由がある。まあ元々どっかであんたを呼び出すつもりだったんだけどね。そういう意味では、あんたが自分から飛び出してくれたからタイミングが良かったってわけ」

 都合が良かったと語るリヴのその言葉に、今度はセリナが訊き返した。

「それは、あたしに直接話があるってことでいいの?」

「ま、そんなとこ。っていっても、個人的な関心も含めたちょっとした確認程度だけど」

「確認……?」

 話の意図が見えないセリナに、リヴは唐突にこう訊いた。

「ねえセリナ。あんた、あのクランツ君のことについて、どのくらい知ってるの?」

「へ……」

 奇妙なことを訊かれたと思いながらも、セリナは一旦思考を整理した後、こう答えた。

「どのくらいって……別に、ってか、あんたがあいつのことなんて知ってどうするのよ」

「そっか……ってことは、やっぱり何も知らされてないみたいだね」

「え……」

 その後にリヴから返って来たその言葉の意味を、セリナはすぐに理解できなかった。

「カルルから言われてんだよね。あんたにクランツ君のこと、教えといてあげてって」

 それに続いたリヴの訳知り気な言葉に、セリナは不穏なものを感じながら訊き返した。

「何よ、それ……あんた達の方があたしよりもクランツのことを知ってるっていうの⁉」

「ま、そう思うよねぇ。でも申し訳ないけど、それが事実なんだ」

 セリナのその様子を至極当然とばかりに捉えながら、リヴは言葉を続けた。

「クランツ君個人のことについては、あんたの方が付き合いが長いからあんたの方が良く知ってる。けど、そもそもクランツ君が何者なのかについては、たぶんこっちの方が情報があるんだよねぇ。何せ、こっちにはその手の事情通がいるからさ」

 真綿で首を絞めてくるようなリヴの物言いに、セリナはだんだん焦れてきた。

「何が言いたいのよ、さっきから……!」

「まぁまぁ、落ち着いて。まぁこっちも煽っておいて何だけどさ」

 そして、そこまで言うとリヴは軽い足取りでセリナの眼前まで歩み寄って、言った。

「あたし、あんたと友達になりたいんだ」

「え……」

 思わぬ言葉を突き付けられたセリナのその隙を突くように、リヴはさらに言った。

「せっかくだから少しお喋りでもしようよ。お互い、大事な時にサボった者同士さ」

 奇妙な仲間意識を出してくるリヴに、セリナは明らかな警戒心を覚えながらも言う。

「何よそれ……あんた、絶対何か企んでるでしょ。怪しすぎ」

「何か企んでちゃ、お喋りもできないかな?」

「まあ、別にそういう訳でもないけど……」

 リヴの掴めない言動に、セリナは僅かな間で思考を整理する。

 彼女がクランツやカルルのことについて情報を持っているのなら、聞かない手はない。

 それに、自分がクランツについて知らないことを赤の他人が知っているなど、クランツの誰よりも身近な人間として容認できるはずがない。クランツについての秘密は、彼に迷惑をかけない範囲で知っておきたい。彼をちゃんと理解した上で守るためにも。

 そう思考をまとめたセリナは、挑むような口調でリヴに言った。

「そういうことなら、わかった。あんたの知ってること、全部吐いてもらうわ。あんたを信用するか、友達になれるか、それで判断させてもらう。文句は聞かないからね」

「お~怖い。ま、こりゃ、こっちも大事なことの話しがいがあるってもんだね」

 警戒心を剥き出しにしたセリナを前に、リヴは不敵にニカッと笑った。


「…………?」

 空気の不穏なざわめきを感じて、クラウディアは聖堂へ向かう足を止めていた。

「どうしたの、クララ?」

 サリューに呼びかけられ、クラウディアは不穏な予感を孕んだ言葉を返す。

「いや……何やら風が騒がしいなと思ってな」

「そう? 風の具合は普通だと思うけど……」

 そう返したサリューは周囲の気配を読み取り、やがて納得したように頷いた。

「いえ……そうね。確かに少し、渦巻いてるみたいね。この場の空気が」

「ああ。何か嫌な予感がする。早い所皆と合流した方が良いかもしれない」

 本件とは別の件で気を逸らせるクラウディアを諫めるように、サリューは言った。

「気持ちはわかるけど、一旦それは置いておきましょ。これからあの頃ぶりにクレア様に会うのよ? お世話になった分、ちゃんとご挨拶しないと」

 サリューのその言葉に、クラウディアも落ち着きを取り戻しながら返した。

「ああ……そうだな。あの時のお礼を、こんな形でお伝えできる日が来るとは。アルと一緒に逃げるばかりだったあの頃には、考えられなかったな」

「ええ……そうね。クレア様、今の私達を見たらどんな顔をするかしらね」

 かつての知己を懐かしむサリューの言葉に、クラウディアの表情も自然と綻んでいた。

「あの方のことだ。見ればすぐにわかるだろう」

「ふふ、そうね。それじゃ、早く行きましょ、クララ。今は時間が惜しいんでしょ?」

「ああ。少し急ごう」

 サリューの言葉に頷きを返し、クラウディアは聖堂で待つ人の元へ足を速めた。

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