第7章 学園都市メルキス編 第3話(3)

 エメリアに手を引かせて、クランツは学園の裏庭の、緑に囲まれた一画に来ていた。

 息を切らせるクランツを眺めながら、エメリアは喜色満面とばかりに言った。

「ふふ、やっぱり成長しましたねぇクランツさん。演技、とってもうまくなりました」

「ほとんど勘だけだよ……君もホント、無茶振りがきつすぎるんだって……」

 参ったように言うと、クランツは顔を上げ、エメリアを見た。

「僕と君が、二人であの場から抜け出す……それで、あいつを釣るっていう手順だよね」

「ご明察ですぅ。さすがですねぇクランツさん。今ではもうエメリアちゃんとの心の相性ピッタリです♡」

 喜んでみせるエメリアに、クランツは今更ながら気になっていたことを訊いた。

「けど何で、わざわざそんな回りくどいことをする必要があったのさ」

「そう言わないでくださいよぉ。今回に関しては、さすがのエメリアちゃんにもちゃんとした理由がいくつかあるんですからぁ」

 そう言うと、エメリアは指を一本立てて、クランツに説明した。

「一つは単純に、あの人が最大の情報源にして一番警戒するべき方だからです。どちらに転ぶかもわからない方から情報を聞き出すには、あの場はちょっと開かれすぎてました」

「密談ってことなら、あいつも話に乗るってことか……」

 納得したクランツに、エメリアは立てていた指をしまうと、腰の後ろで手を組んで、乙女のようにはにかみながら言った。

「もう一つは、エメリアちゃんにもクランツさんに個人的にお聞きしたいことがあったからです。これは本当に、お嬢様方にも秘密にしたいことなので」

「え……僕に?」

 意表を突かれたクランツに、クランツさん、と、エメリアは問いかけた。

「クランツさんには、女神様の声が聞こえるんですか?」

「え……」

 再び虚を突かれたクランツは、思わず訊き返していた。

「何で、そんなことを」

「似てるんです、エメリアちゃんも」

「え?」

 クランツがその言葉に再三虚を突かれたその時、二人の背後から声が飛んできた。

「やれやれ。僕を連れ出すためにわざわざ芝居を打つなんて、つくづく面白い子だね」

 悠然と歩み寄ってくる声の主に、エメリアは警戒心を滲ませた目を向けた。

「やっぱり来てくれましたねぇ。カルルお坊ちゃま……改め、カール王子殿下」

 果たしてそこには、不敵な笑みを浮かべながら二人を見つめるカルルの姿があった。

「話したかったなら、言ってくれればいいのに。素直じゃないな、君も」

「お生憎様ですぅ。エメリアちゃんはこう見えてシャイなので、皆さんの見てる前で秘密のお話を開けっぴろげにするなんて恥ずかしくてできなかったんですよねぇ、てへ♡」

「全く……本当に読みにくい子だな、君は」

 カルルが呆れたように言う中、クランツは険しい視線をカルルに向けていた。

「カルル……」

「君達の様子を見てくるってクララさん達には言ってあるから、心配はいらないよ」

 そう前置きをした後、それよりも、と追及するような目でエメリアを見た。

「どういうつもりだい、エメリアちゃん。こんな手間をかけて僕だけを皆から引き寄せるなんて。よっぽど内密にしたい話でもあるのかな?」

「ご明察、さすがですねぇ。それにエメリアちゃんはお仕事柄、クラウディアお嬢様の身辺にタカる悪い虫は見逃せないんですよねぇ」

 エメリアに悪し様に言われても、カルルは苦笑するだけで済ませた。

「やれやれ、随分と警戒されてるな。そんなに僕が目障りかい?」

「はい、と言ったらどうします?」

 エメリアの言葉を、カルルは杞憂とばかりに、ふ、と笑って流すと、言った。

「まあいい。君達が僕をどんなふうに思おうと、それは僕の意志を枉げるものじゃない。君達が僕を利用しようとしているように、僕も君達を利用させてもらう。それぞれの目指す目的のためにね。そういう意味では、僕達は至極フェアな関係だ。違うかな?」

「目的……利用……?」

 クランツに、カルルは笑みを崩さないまま言った。

「何だ、まだ知らないのか。まあもっともさっきまでの話しぶりだと、それを知るためにここに来たみたいだったね。無理もないか」

 まるで何かを見透かしているかのようなカルルの物言いに、クランツは訊いていた。

「お前……やっぱり、何か知ってるのか?」

「これでも一応、王国の最重要機密に触れられる人間の一人だからね。それなりの情報は独自に仕入れてるよ」

 そう言ってふっと笑うと、それに、と、カルルは視線をクランツに向けて、言った。

「僕の方からも、君達には訊きたいことがあるんだ。いや、正確には君にか、クランツ」

「え……?」

 その言葉の意図を測れなかったクランツを前に、カルルは自戒のように言った。

「僕は、君のことを知らないといけない。僕の目的地に辿り着くためにもね」

 そして、クランツに穏やかな、しかし野望を秘めた瞳を向けて、言った。

「せっかくこうして誰の邪魔も入らない場を持つことができたんだ。食後の雑談もかねて、少し語り合おうじゃないか。僕達の、そしてこの王国の目指す場所について、さ」

 そう言って不敵な笑みを見せたカルルに、クランツは底知れない不穏な予感を覚えた。

 自分が、何かとてつもなく深い闇に足を突っ込みかけているような感覚を。

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