第7章 学園都市メルキス編 第2話(5)

 メルキス聖堂学園の敷地は、メルキス市の実に広大な一角を占めている。

 元来が王国の歴史上由緒ある場所であり、学園と聖堂というメルキスを象徴する二つの施設を伴っていることから、聖堂学園は事実上メルキスの中枢である。メルキスの市長職を務めるのがこの学園を治める学園長であることも、その事実を証すものであるといえる。

「「はぁ~……」」

 先導するカルル達とクラウディア達に続いて正面玄関から校舎に足を踏み入れた途端、クランツとセリナはまたしても、神聖さと活気の溢れるその空気に呑まれた。

 広いドーム状の玄関ホールを擁する校舎内には、最奥に設えられたステンドグラス調の窓から彩を帯びた光が差し込んでおり、聖堂を彷彿とさせる雰囲気を漂わせていた。神聖にして闊達な雰囲気のその中を学生服に身を包んだ学生達が歓談しながら闊歩する様子はさながら、文字通り聖堂と学園が一つの空間に融合されている趣きであり、かつて学堂に通ったことのないクランツとセリナは、その若々しさの溢れる輝かしい光景に圧倒されていた。

「何か、すっごいなぁ……いよいよ住む世界が違う場所って感じ……」

 得も言われぬ劣等感を覚え始めたセリナに、リヴが関心を持ったように訊いてきた。

「何々、そこの彼女、もしかして圧倒されてる?」

「えーそーね、初めてだし圧倒されてるわよ。あとセリナね、名前」

 リヴとセリナの交わした言葉の間に入ったゲイツが、フォローするように言った。

「まあ、新入生ですら最初はこの雰囲気の中では落ち着かないものだ。その歳で初めて訪れたとなれば尚更だろう。追い追い慣れていってくれ、セリナ君」

「あ、うん……ってか、ゲイツだっけ。あんたもそんな歳いってないでしょ」

「同じ学園の土を踏むのに年齢の境はない。それに君もそんなに歳は変わらないだろう?」

「上からって言われてんのよ。察しなさいっての、この堅物」

「あんたもわりと大概だと思うけどね、リヴ」

 セリナの歯に衣を着せない物言いに、リヴは楽しそうに笑った。

「あはは、正直だねセリナって。なんか気が合いそう」

「そ、そう……? あたしまだこの空気に慣れられてないんだけど」

 困惑の色を見せるセリナに、ゲイツが任せろとばかりに堂々と言う。

「学内の見学を通して慣れていくといい。案内なら任せてくれ、セリナ君」

「あんたに任せるのは心配ねー。あんたの学内ルートって相当凝ってるでしょ」

「関心の幅が広いと言ってくれ。学徒の本分だろう。お前も見習え、リヴ」

「あー……二人ともありがとうなんだけど……大丈夫かな、あたし……」

 リヴとゲイツの会話の間で困惑するセリナを背に、ルベールが前を歩くカルルに言った。

「はは、随分色の濃い友達だね。カルル」

「ああ、いつも賑やかにやらせてもらっているよ。君達ほどじゃないだろうけれどね」

「いや、あたし達たぶんこういうノリじゃないと思うけど……」

 カルルの言葉になおも困惑気味なセリナの横で、ルベールが言った。

「まあ、否定はしないね。良い仲間を持てているというのは同じかな」

「ほう、俺もちょうど同じことを考えていた所だ。君は同学の士のようだな。名は?」

「ルベールと言います。学内の案内はお願いするよ、ゲイツ」

「ああ、任された。暇ができたらぜひ話を聞かせてくれ。町の外には知識がなくてな」

「僕に話せる程度でよければ、喜んで」

 ゲイツとルベールが意気投合するのを聞いて、そこにさらにリヴが絡む。

「なに、あんた達そういう奴? こりゃあんたの彼も隅に置けないねぇ、セリナ」

「誰があたしの彼よッ。あと絶対あいつらそういう奴じゃないし、あんた絶対あたしのことからかってるでしょ、リヴ!」

「あっはは、セリナ面白いなぁ。この二人相手だとなかなかないから、いい刺激になるわぁ」

「あたしをあんたの娯楽に使うんじゃないわよッ!」

 会話を交わすゲイツとルベールを傍に、軽く憤激するセリナと面白そうに笑うリヴ。

 それらを背に、前を行くカルルはクラウディアと言葉を交わしていた。

「すみません、後ろが騒がしくて。お恥ずかしい限りです」

「何、いいじゃないか。活気があるのは若者の特権だ。それはうちの者も同じだしな」

 軽く返したクラウディアに、カルルは早速探りを入れてきた。

「恐縮です。それより、クララさん。今回は、どのような目的でメルキスに?」

「私達がメルキスに来るのに何か理由が要る?」

「サリュー……」

 クラウディアにその横入りを窘められながら、サリューは続けて参ったように言った。

「って言いたい所だけど、もう貴方は事情に通じちゃってるものね、カルル君」

「ええ。それに、僕の目的と皆さんの目的には、重なる部分もありますから」

 カルルはそう言うと、傍にいるクラウディア達にだけ聞こえるように声を潜めて言った。

「僕の方も、ジャックスと別れてからの旅程をお話ししたいと思っていたんです。ぜひ情報共有をさせてください。皆さんの旅業の役にも立てるかもしれません」

 密談のようなカルルのその提案に、サリューが探るように訊いた。

「カルル君。貴方の素性、彼らは知っているの?」

「クランツにも訊かれました。本当に気を配っていただけてますね、皆さんには」

 サリューのその気遣いに感謝するように照れ笑いながら、カルルは平然と答えた。

「安心してください。僕の身元はこの学園の誰もが知っています。ですから、そのことは以後お気になさらないでください。秘密にしなければならないものではありませんので」

 それに、とカルルは視線を前に戻しながら、概観するように言う。

「それは学園長先生も同じです。むしろ先生が一番事情に精通している方かもしれません。何せ、僕の身柄を預かる話を直接受けていただいたのは学園長先生ですし」

「この学園の皆が、君をカール王子だと知った上で、普通に会っているということか?」

「え⁉ カルルって……王子様だったの⁉」

「え?」

 リヴの唐突な反応に当惑するクラウディアを前に、ゲイツがリヴを叱るように言った。

「こら、リヴ。部外の方の疑念を煽る真似はやめろ。混乱するだろう」

「へへ、なーんてね。っていう感じよ。まあ、後から来る色目は別物かもしれないけど」

 リヴの言葉に周囲を見ると、すれ違い校内を行き交う多くの学生や教員達が、関心にも似た視線を向けて来ているのが見えた。しかしそのどれも、部外者である王都自警団一行を好奇の目で見るものはありこそすれ、道を行くカルルことカール王子に過度な遠慮をしているものはなかった。

 それら、自分を取り巻く視線に注目されているのを認めたカルルが、笑いながら言った。

「はは……まあ、そういうことです。なのでそこはご配慮いただかなくても大丈夫ですよ」

「そうなのか……そういうことなら、そのことについて憚るのは止めよう」

 クラウディアが納得したように言う脇で、クランツは道の脇に控える女子学生達が、リヴの言う通り王子としての彼を見る目でないとはいえ、カルルに熱く輝く視線を向けているのを寸分違わず見抜いていた。それら、道行く女子の視線を独り占めにするカルルを見るクランツの胸中に、軽い男としての嫉妬心が芽生える。

(まあ、王子ってこと抜きにしても、モテるよな……こいつなら)

「そうですねぇ。クランツさん的には悔しいかもですけど、それは事実でしょうねぇ。眉目秀麗、品行方正、公明正大なキラキラ王子様ときたら、若い女学生の皆さんがキャーキャーなっても仕方ないですよぉ。クランツさん、気を落とさないでくださいねぇ」

「何も言ってないんだけど……心配しなくていいよ。別にそんなに気にしてないから」

 エメリアのフォローのような追い打ちに、クランツはやりきれない思いに肩を落とした。

(まあ、僕にはクラウディアがいるから、究極別にそれはいいんだけど……)

 そう思考するクランツは、改めて親愛なる人と肩を並べる仇敵に目を向ける。

 カルルは、他ならぬそのクラウディアに目を付けているのだ。たとえ彼が王子であろうが何であろうが、渡すわけにはいかなかった。

(絶対、お前にその人は渡さないからな……)

 クランツが心中で決意を新たに燃やしていた間に、一行は学園長室の前まで来ていた。

「着きました、こちらです。準備はよろしいですか?」

 カルルの確認に、クラウディアは一同に視線を回し、頷きを返されたのを認め、言った。

「ああ。ご紹介を頼む」

「わかりました」

 クラウディアに向けて軽く会釈すると、カルルは丁寧に学園長室のドアをノックした。

「学園長先生、カルルです。お客様をお連れしました」

『おお、入りたまえ』

 室内から返ってきた老練ながら矍鑠とした声を受け、カルルはクラウディアの方を見た。クラウディアがそれに頷きを返すと、カルルも小さく頷き、おもむろにドアを開けた。

「失礼します」

 一礼して中に入ったカルルの後に続き、王都自警団一行も学園長室に足を踏み入れた。

 

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