第7章 学園都市メルキス編 第2話(4)

「それにしてもメルキスかぁ……本当に久しぶりね」

 ギルドの詰所を出、青く静かに澄み渡った空の下、聖堂学園に続く道を歩きながら、サリューが感慨深げに呟いたのが、話の種になった。

「久しぶりって……サリューさん、ここに来たことあるんですか?」

「正確には、ここにいたこと、ね。クララとエメリアも似たようなものでしょう?」

 サリューに話を振られたクラウディアは、簡潔にメルキスの町との関わりを話した。

「かつて、私とサリューが暮らしていた村を焼かれた後、私達はアルベルトに導かれて、方々の体でこの町に身を寄せた。そして、それからしばらく王都に招かれるまで、私達はこの町の世話になった。あれからだいぶ無沙汰にしていたが、今思えば随分と縁の深い町だ」

「そうですねぇ。エメリアちゃん達もちょうどこの近くで、アルベルト様やお嬢様方と出会ったわけですし……今のエメリアちゃんはここから始まったといっても言い過ぎじゃないかもしれないですねぇ」

「へぇ、あんたもやけにまともなのね、エメリア」

「どういうことですかぁセリナさん。エメリアちゃんはいっつも変わらずプリティ&キュートじゃないですかぁ。頭の弱い子みたいに言わないでくださいぃ」

「それだけ大事な場所だってことなんだろうね。それにしても……」

 ルベールがふと言い淀む様子を見せたことに、セリナは引っ掛かりを覚えた。

「どうかしたの、ルベール?」

「いえ……少し、立ち入りにくい話になりそうなんですが……」

 ルベールのその言葉が自分達の過去に触れることへの遠慮だということに、クラウディアもサリューもすぐに気付いた。

「そうか……皆にはまだ、ちゃんと話していなかったか」

「そういえばそうだったわね。まあでも、歩きながらする話でもないでしょう」

 クラウディアのその気付きを受けたサリューは、改めてその話への道筋を作る。

「近い内にどこかで時間を作って、ちゃんと話しましょう。そろそろ、私達のことも皆で共有しておいた方がよさそうな時期になってきたみたいだし……それに、もしかしたら私達の旅業についてもけっこう大事な話になってくるかもしれないしね」

 思わせぶりなサリューの言葉に、意味を取れなかったセリナが怪訝そうな顔を向けた。

「サリューさん、何の話ですか?」

「後々話すわ。それより、あれが聖堂学園じゃない?」

 サリューの言葉に、全員の視線が前方に向く。

 その視線の先には、清楚な白石造りの立派な校門が、黒い鉄格子の門戸を開いていた。その向こうには、広大な奥行きと明朗な雰囲気を思わせる敷地が広がっている。

 聖王国随一の学堂――メルキス聖堂学園、その堂々たる校門だった。

「クレア様に挨拶するのも久しぶりね」

「ああ、くれぐれも失礼のないようにな」

 クラウディアとサリューが屈託のない会話を交わしながら、校門へと歩いていく。

 その背を追いながら、クランツは何か、言いようのない予感を感じていた。それは奇しくも、ハーメスに入った時に感じたものと似ていた。

 この町で、何かが起こる気がする。

 それも、自分達のこれまでとこれから、その両方に関与するような、何かが。

(嫌な、予感だな……けど)

 たとえ何が起こるとしても、自分は彼女を守るために、できることをするだけだ。

 決意を新たに、不安を払って、クランツは先を行くクラウディア達の後を追った。


 敷地の中に一歩を踏み入れた途端、クランツはたちまち、その独特の空気感に呑まれた。

 正面奥に堂々と居を構える校舎と、校舎内外の境の役割を果たす校門と柵の間には、豊かな緑と水路、それに七星教会にまつわる様々な装飾を設えた広大な中庭が広がっている。大きく開かれた青い晴空の下、明るく清浄な空気の中に遊学を営む若者達が闊歩する空間は、さほどの学を修めていないクランツやセリナであっても、嘆息せずにはいられなかった。

(すごい……何か、皆、なんていうか……溢れてる……!)

 学堂中に溢れる若さの空気に、経験の無いクランツとセリナはすっかり当てられていた。

「はぁ~、すっごいなぁ。なんかいよいよあたしみたいなののいる場所じゃないって感じ」

「僻みすぎだよセリナ。何ならここで勉強していけばいいじゃないか。聖堂学園は奨学制度も充実させてくれていると聞くよ?」

「煽るのはやめてよ……何であんたがここに入らなかったのか不思議だわ……」

 セリナとルベールの会話を横に、サリューとクラウディアが道筋の言葉を交わす。

「さて、どうしましょうか。まずは学園長先生にご挨拶に行く?」

「そうだな、それが順当だろう。確か、学園長室は――――」

「クララさん!」

 途端、待ち構えていたかのように聞こえてきた聞き覚えのある声と、その声のした方から駆け寄ってきた人物を目にして、クランツは思わず苦い声を漏らしていた。

「げ……」

 そこにいたのは誰を隠そう、件のカルルだった。

「よかった、間に合って……来てくれたんですね。お待ちしてました」

 嬉しそうに駆け寄ってきたカルルを前に、クラウディアは呆れたように微笑んだ。

「毎度のことながら、随分と手際が良いな。君は」

「クララさんの前で不手際を見せたくないだけですよ。あ、そうだ」

 カルルはそこで言葉を切ると、彼の後ろに控えていた二人の学生に目をやり、言った。

「クララさん、それに皆さんにも。僕の友人を紹介させてください」

 その言葉に、クラウディアは改めて察しがついていたことを言った。

「なるほど、そこの彼らが、君の学友か」

「はい。入学してから、いつも世話になっています」

 そう言うと、カルルは後ろに控えていた、気の強そうな金髪のポニーテールの女子と、利発そうな茶髪の眼鏡の男子に向き直って、クラウディア達を紹介するように言った。

「リヴ、ゲイツ。この人達が、前に紹介したクラウディアさん達だ」

「へぇ、ってことはこの人なのね。あんたがぞっこんになってるって女の人は」

「なッ……?」

 動転するクランツをよそに、カルルを茶化した女子は一歩前に傲然と歩み出ると、堂々と胸を張りながら、金色の眼を一行に向け、自信を込めた笑顔で名乗った。

「初めまして、クラウディアさん達。高等部2年生のリヴ・アーヴェネッタです。カルルにはいつも世話を焼かせてもらってるわ。どうぞよろしくね」

 目が覚めるように眩い笑顔でウィンクを決めるリヴの隣に、壮健そうな男子が一歩前に踏み出て、自然と胸を張る姿勢のまま、続くように名乗る。

「同じく、ゲイツ・ルヴィン。高等部2年生だ。カルルとリヴにはいつも手を焼かせてもらっている。不肖の身ながら、宜しくお願いする」

 壮健な男子・ゲイツの名乗りに、早速リヴがじとりとした目を向けた。

「ちょっとゲイツ。あたしの挨拶しれっと食わないでよね」

「細かいことは気にしすぎるな、リヴ。若い内からそんなだとこの先気苦労も増えるぞ」

「えーそーね。あんたら二人のお守りだけであたしは白髪が生えそうよ、まったく」

 紹介早々揉め始めるリヴとゲイツに、クラウディアが代表して名乗りを返した。

「クラウディア・ローナライトだ。こちらこそカルル君には以前世話になった。学園を訪れるのは随分久しぶりだ。土地勘のない者もいるので、よろしくお願いしたい」

「ええ、よろしくお願いされるわ。学園はあたしの庭だから、案内なら任せてよね」

 リヴの爽快な挨拶も済んだ所で、カルルが自然な流れでクラウディアに訊いた。

「それで、クララさん。これからどうなさるおつもりですか?」

 カルルのその何気ない質問に、クラウディアも自然にその問いに答えた。

「ああ、学園長先生にご挨拶に行こうと思っていてな。先生がどこにいるか、ご存知かな」

「学園長先生なら学長室におられるはずです。よければご案内しますよ」

 カルルのその自然な申し出を、クラウディアも疑いなく受けた。

「ああ、では申し出に与ろう。案内を頼む、カルル君」

「畏まりました。リヴ、ゲイツ。一緒に行こう」

「はいはい。まったく随分調子が良くなったわよね、この王子様は」

「はは、いいじゃないか。威勢が良いのは若者の特権だ」

「あんた同学年でしょ。まったく……」

 そう言葉を交わしながら、カルル、リヴ、ゲイツの三人は肩を並べて校門の奥、校舎の方へ向かっていく。その背中を見ながら、セリナとルベールが言葉を交わしていた。

「何か……何となくだけど、あの三人、あたし達と似てるわね。見た感じ」

「そうだね。二人ともカルル君とは相性が良さそうだ。お調子者と諫め役の間で光る輝石人……何とも、どこかの誰かに重なるものを見ている気がするね」

「な……何だよ、二人とも」

 二人から向けられる視線に困惑を覚えるクランツをよそに、クラウディアが言った。

「彼に付いて行こう。せっかくの厚意を無下にするのも忍びない」

「そうね。皆、行くわよ。カルル君達を見失わないようにね」

 そう言って歩き出したクラウディア達の後に続きながら、クランツは唇を噛んでいた。

(あいつ……絶対、全部狙ってやってる……!)

「そうですねぇ、エメリアちゃんも同じニオイを感じてますよぉ。相変わらずキラキラした瞳の奥はいっつもお嬢様にギラギラですねぇ、あのカルルお坊ちゃまは」

 心の奥を見透かしながら隣で囁いたエメリアに、クランツはもう毎度ながら訊いていた。

「エ、エメリア……何で全部僕の思ってることがわかるの?」

「そりゃあもちろん、エメリアちゃんもクランツさんと同じクララお嬢様の親衛隊だからですよぉ。お嬢様に迫る危険を察知することにかけては、エメリアちゃんとクランツさんは志を同じくする同志に他なりませんからねぇ」

「危険?」

「あれぇ、だってカルルお坊ちゃまにお嬢様を取られたくないでしょう、クランツさん?」

「あ、当たり前だろ……あいつにだけは負けられないよ、絶対に……!」

 途端、俄然奮起したクランツを鼓舞するように、エメリアは楽しそうに言った。

「ふふ、その意気ですよぉ。お嬢様を幸せにする限りにおいて、エメリアちゃんはクランツさんをこのちっちゃいカラダとパワフルなハートで精一杯サポートしますからねぇ。お望みとあればあんなことやこんなことからそんなことまで何でもお申し付けくださいませ♡」

「いや、そんなことまで頼みはしないと思うけど……」

 くねくねと身体をしならせるエメリアに呆れつつ、クランツは思案する。

 クラウディアに自分に近い関心を寄せる、カルルことカール王子。

 彼のクラウディアに対する関心は、いったい何によるものなのか――クランツはある時期からそれを気にかけるようになっていた。彼の身分からしても、自分のように、ただ恋焦がれているだけとは思えない。何か、隠れた思惑があるような気がしてならなかった。

 無論、もしただ恋焦がれているだけだとしても、それはそれで厄介なのだが。

(絶対、何考えてるのか暴いてやる……決着付けてやるからな)

 心中憤然となりながら、クランツはエメリアに付き添われる形で、クラウディア達の後に続いた。


 

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