第7章 学園都市メルキス編 第2話(3)
翌日、勤勉な町が朝日と共に一日の支度を始める早朝。
王都自警団一行は早々に準備を整え、自警団協会メルキス支部の詰所を訪れていた。メルキス聖堂学園長への紹介状を貰うと共に、昨夜決定した行動方針を伝えるためだった。
「そうですか……調べ物のために、学園の書庫を……」
話を聞いて思案顔になったエマに、サリューが訊いた。
「何か、問題があるかしら?」
「いえ、学園長は寛大なお方ですし、学園の書庫は一般開放もされていますから。事情をお話しすれば使わせて頂けると思います。ですので、問題というよりは……懸念、でしょうか」
「懸念?」
サリューの言葉で向いた一同の視線に、エマはどこか不安げな顔で頷きを返した。
「ゲルマントさんから、皆さんがこれまでに辿って来た経緯を、部分的にですがお聞きしました。王都のアルベルト公の密命を受けて、各地の代表や自警団に協力を取り付けていること……そしてそれに付随するように、それを阻もうとする者達の襲撃を受けていることも」
エマのその非難めいた色の言葉に、セリナとクランツが突っかかる。
「何よ、それ……あたし達があいつらを引き寄せてくるって言いたいわけ?」
「確かにそうだったけど……けど、町の人達はちゃんと守ってきたし……」
二人のその反発を、ルベールとエメリアが実質的な観点から諫める。
「まあ、それは究極的には結果論だからね。僕達の旅業が妨害を受けてきたのは事実だし、エマさんは実質上この町の治安を守る責任者の立場だ。それを気にするのは当然だろう」
「そうですねぇ。エメリアちゃん達が悪いわけでは決してないですけど、お気持ちはわかります。アブナイことをわざわざ町中に持ち込みたくはないですよねぇ」
互いを打ち消し合うその会話の後に、静かな間が降りた後、
「そうか……では、私達の行動に協力するのは、気が進まないか?」
クラウディアの端的な問いに、エマはふっと表情を崩しながら言った。
「私は、皆さんがこれまで辿って来た経緯の全てを把握しているわけではありません。しかし、ゲルマントさんから聞いた話の限りでも、皆さんの任務が只事でないことくらいは推し量れます。国府官になられたアルベルト公の直々のお達しで、全国に密約を取り付ける旅業……何か、途轍もなく大きな事態が見えない所で進んでいる。そう考えざるを得ません」
知る限りの事情を分析しながら、エマは明晰に自らの考えを言葉にしていく。
「そして、奇しくもアルベルト公が自警団創立の際に掲げた通り、自警団協会はこの聖王国の市民を守るための一団であり、アルベルト公がそのような行動を起こした理由もその理念に基づいていると信じています。その使命を受けて行動している皆さんの理念も、また」
そう言うとキッと強い眼を上げ、次いですぐに信頼を映した穏やかな微笑みを浮かべた。
「そして私もまた、グランヴァルト聖王国自警団協会の理念の下に連なる者の一人です。王国とメルキスの市民の皆さんを守るため、微力ながらお手伝いさせて頂きたいと思います」
「そうか……アルの信念に共感する者にそう言ってもらえるのは心強いな」
感慨と共に呟いたクラウディアに、エマはにこやかな微笑みを返した。
「ちなみに、これまでの町のギルドには、もうその話は通っているのですか?」
「ああ、ローエンツ、ハーメス、エヴァンザ、レオーネの四都市のギルドには、既に計画の情報を通してある。それらの町なら私達の名前を出せば、事情は共有できるだろう」
「そうですか。でしたらこちらも連携が取りやすいですね」
了解を得てそう答えると、エマは再び腕を組んで思案顔になる。
「そうなると、残る主要都市は、このメルキス、マクセルン、エルクテン、そして最果てのウィオザニール……これまでの町が4か所だったことを考えると、ちょうどここが折り返しのようになるようですね」
「言われてみればそうね。この旅業ももう折り返しかぁ……」
セリナの呟きと共に回想に入りかけた一同のその場の空気を、ゲルマントが引き戻した。
「おい、思い出に浸るのは全部終わってからにしろ。むしろこっちこそ新しい懸念が浮上したばっかだろうが。緩んでる場合じゃないぞ、気を引き締めろ」
「そうですね。ここは気を引き締めるべき時です。全部が終わってから、振り返りましょう」
ルベールもそれに乗り、流れを戻す。それを見ていたエマがふいにクスリと笑った。
「エマさん……?」
「いえ、ごめんなさい。皆さん、とても仲が良さそうで……場を盛り上げる方も、冷静に諫める方も、バランスが取れていて……羨ましいくらい、素敵なご一行だなと思って」
「あら、何だったら一緒に来る? 貴女とってもいい女みたいだし、酔わせがいがあるわぁ」
「こらサリュー。町を預かってる人に無闇やたらにちょっかいをかけるんじゃない」
「あらぁ、エメリアちゃん褒められちゃいましたぁ。やっぱりみんなを元気にするエメリアちゃんのキラキラムードは見る人が見るだけで自然と伝わっちゃうんですねぇ。さすがのエメリアちゃん、天下無敵のキューティ仔猫ですぅ、えへ♡」
「あんた一人じゃないでしょ。ったく……相変わらず調子だけはいいんだから」
冗句をかますサリューをたしなめるクラウディア、おどけるエメリアに呆れるセリナ、個性的な女性陣のやり取りを微笑ましげに見ながら、エマはふとクランツの方に目を向けた。
「クランツさん、でしたか。カルル君がよくあなたのことを話していましたよ。意中の方のすぐ傍に付き従う、自分とよく似た少年がいる、と」
「え……」
エマのその言葉に、クランツはわずかに迷った後、恐る恐る訊いた。
「あの、エマさん……その、あいつがどんなふうに言ってたか、訊いてもいい、ですか?」
「あら、面識があるのでしたら、直接お会いして話すのがいいと思いますよ。せっかくメルキスに来ているのもありますし、彼もきっと話したがっているんじゃないかしら」
「そ、そうかな……」
思わぬ対応に困惑するクランツを好ましげな目で見ながら、エマは伝言のように言った。
「彼はあなたに強い関心を持っているようです。また会いたいとよく言っていましたよ。早く同じ場所に立って、互いに競い合いたいと」
「同じ場所で、互いに競い合いたい……?」
「彼の話から察せられる所もありますが……まあ、そこからは外野の見解ですから」
そう言うと、エマはそれ以上は関与の外というように話を外した。
「学園に行くのなら、すぐに会えるでしょう。訪問の伺いは通しておきますし、彼もあなた達が来るのを楽しみにしていたようですから」
そして最後に、一行の正面に姿勢と表情を正して、礼儀正しく挨拶をした。
「何か気にかかることがあったら、いつでも私の方にご報告ください。この町を守る自警団の一員として、微力ながらお力にならせてもらいたいと思います」
頼もしいその佇まいに、クラウディア達は安心を覚えながら頷いた。
「ああ、頼みにさせてもらおう。ではそろそろ行こうか、皆」
「そうね。クレア様を待たせるのも忍びないし、早々にお邪魔しましょうか」
挨拶と共に身を翻したクラウディアとサリューに続き、一行は詰所を後にしていく。
その後に続きながら、クランツは一人思案していた。
町に入る前から、自分にやけに関心を示しているという、カルル。
ハーメスでの思わせぶりな言動からしても、それに何の含みもないはずがない。
(あいつ……何を考えてるんだ……?)
町に入った時に輪をかけて、クランツの懸念は膨らんでいくばかりだった。
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