第7章 学園都市メルキス編 第2話(2)

 それを皮切りに、全員の頭を襲った疑念を晴らすべく、言葉が交わされ始めた。

 最初に、サリューが若干苛立ち紛れにゲルマントに突っかかるように訊いた。

「どういうこと? 詳しく説明してちょうだい」

「俺も全てを聞かされたわけじゃない。ただ、この間王都であいつと話した時に聞かされた。あいつも《魔戒》を利用しようとしてるらしい。《墜星》やベリアルとは別の目的でな」

 それに対するゲルマントの返答に、セリナが混乱交じりに声を上げていた。

「ちょ、ちょっと待って! だったらどうしてアルベルトさんはあたし達に……」

「ああ。その話だけを聞くと辻褄が合わなくなる。あいつは《魔戒》を利用する肚でいて、俺達にその建造を止めるための旅業を任せたんだからな。場合によってはあいつ自身も、何かしらの形で《墜星》やベリアルと示し合わせてる可能性もある」

 それに答えたゲルマントの要領を得ない返答に、サリューは語気を荒げて詰め寄った。

「可能性って……そんな大事なこと、確認しなかったの⁉」

「いや、あいつは明言してた。『自分の目的に変わりはない』ってな」

 ゲルマントのその言葉に、セリナとルベールが混乱を覚えながら言葉を交わす。

「目的って……《魔戒計画》を止めることじゃないの?」

「そうでは、ないんだろうね……でないと本当に辻褄が合わなくなる。アルベルト公はあえて僕達に何かを隠した状態でこの任務を預けたんだ。彼の《真の目的》を達成するために」

「何よそれ……どうしてそんなまだるっこしいことする必要があるの? 思ってることがあるなら話してくれれば協力するのに」

「そういうわけにはいかない話だったんだろう。僕も詳しくは知らないけれど、アルベルト公はこういう大事な話に関して意味のないことはしない人のような気がするしね」

 セリナとルベールのその会話を受け、サリューがどうにか冷静を努めながら言った。

「じゃあ、アルはその《本当の目的》のために、私達に何かを隠さなければならなかった……逆に言えば、そうしなければ達成できない何かがあったっていうこと?」

「今までの仮説が真実だとすれば。もっとも、その目的がいったい何で、どうしてそんなことをしなければ達成できないのか……そこまでは、さすがに僕でもわかりませんが」

 ルベールの話が切れ、話が振出しに戻ったことにセリナが苛立たしげに頭を掻いた。

「何よそれ~ようやく話が見えてきたと思ったのに、余計こんがらがっちゃったじゃない」

「だから言ったんだよ、目的を見失うなってな。それは俺達も同じってわけだ」

 その場に予想通りの困窮が広まったのを見ながら、ゲルマントは言った。

「俺の読みだが、アルベルトが俺達に《魔戒計画》の阻止を依頼して送り出したのは、あいつの《真の目的》を隠すための遠回りだ。あいつはおそらく、《魔戒》を何らかの形で利用しようとしてる。おそらく、最初にお前に話した目的の通りにな。クラウディア」

「え……」

 虚の内に虚を突かれたクラウディアに、ゲルマントは言い聞かせるように言った。

「言ったろ。アルベルトは『自分の目的に変わりはない』って明言してたってな。あの話をしてた時のあいつの眼は嘘つきの眼じゃなかった。俺達には話せない、隠し通さなけりゃならないようなやり方で、あいつは《本来の目的》を果たそうとしてる……概ねルベールの話した通りだが、俺もそう読んでる。あいつは伊達や酔狂でこんな策を打つ輩じゃあない」

「アルの……本来の、目的……」

 茫然となるクラウディアを始め、一同が言葉を失う中、ゲルマントは深刻そうに告げた。

「ここから先は、俺達自身が真実を見極めなけりゃならん時だ。今まで付き従ってきた前提が覆されてる以上、俺達も為すべきことを自分達の眼で捉え直さなけりゃならん。今まで俺達が辿って来た旅業の中で得た事実と今ある状況を合わせれば、何かが見えてくるはずだ」

 そう告げて、ゲルマントは心の底を見透かすように、クラウディアを見据えた。

「思い出せ、クラウディア。アルベルトの《本来の目的》は……何だと思う?」

「私、は……」

 問われ、記憶を探るクラウディアの脳裏に、去る日の記憶が蘇る。

 王都を出る前、初めて《魔戒計画》のことを打ち明けられた時に、彼が言ってくれた言葉。

《君を犠牲にする選択肢を、僕はどんな形であれ容認するわけにはいかないんだ》

 それを思い出した時、クラウディアの口から自然と言葉が零れていた。

「アルの……本来の、目的は……『私を守る』こと……?」

 零すように口にしたクラウディアの言葉に、クランツは心臓を鷲掴みにされるような思いをした。それを知ってか知らずか、ゲルマントが話を先に進める。

「これも俺の読みだが、あいつの目的は《墜星》ともベリアルの奴とも異なってることだけは明らかだ。《墜星》の目的は今までの話を総合する限り、《魔女狩り事件》以来の魔女迫害への復讐、ベリアルの奴の目的は帝国を始めとする列強国と渡り合うための国力の保持。そのいずれでもないあいつの個人的な《目的》を推し量るとしたら、正直そんな所な気はするな。そのためにどうやって《魔戒》なんてモンを使うのかは、とんと見当が付かんが」

 ゲルマントの観念したような言葉に、セリナが意味不明とばかりに言っていた。

「そうだよ……《魔戒》って、最終兵器なんでしょ? それを、団長を守るために使うってどういうこと? 団長がそんなこと望んでないことぐらい、アルベルトさんだってわかってるはずじゃ……」

「そうね。ゼクスも大概だけれど、今回のアルの行動はそれ以上に訳が分からないわ。もしもアルが終始正気なんだとしたら……間違えてるのは、私達の方なのかもしれないわね」

 サリューの言葉に、理解を得られないクランツは訊き返していた。

「どういうことですか?」

「《魔戒》が単なる破壊兵器なら、そんなものでクララを救えるわけがない。アルだってそんなことはわかりきってるはず。じゃあもし、《魔戒》が兵器以外の何かだったとしたら?」

 サリューの大胆な推測に、クラウディアから聞いた話を信じていたクランツは反論する。

「でも、アルベルトさんは《魔戒》は最終兵器だって」

「それを話したのが私達に隠し事をしてたアルなのよ。アルを悪く言うつもりはないけど、こればかりは信用できないわ。そう考えないと今までの仮説と辻褄が合わないもの」

 クランツの疑念を軽く一蹴し、サリューは論を方向付けるように言った。

「《魔戒》はアルに聞かされた通りの単なる魔導破壊兵器じゃない。アルの《真の目的》……クララを守るために役に立つ《別の何か》としての性質を持っている。これが私の読みね」

「団長を守るための別の何かって……そもそも団長を守るのに何が必要なんですか?」

「そうだね。しかもおそらく《魔戒》はその《別の性質》の他に、兵器としての機能も兼ね備えているはずだ。今までに見聞きしたことを総合する限り、《魔戒》が兵器であることにも変わりはないだろう。破壊兵器と何らかの救済物の役割を兼ね備えた存在……どんなものなのか、さすがに見当もつかないな……」

「救済、物……」

 ルベールの推測が途切れ、再び沈黙が降りようとした時、クラウディアがふと零した。

「そうだ……私に《魔戒》の話を最初にしてくれた時に、アルは言ってくれたわ。ゼクスが《魔戒計画》を推し進める側にいることと、彼はそれとは道を異にしているということを」

 クラウディアのその記憶を元に、わずかずつ推測が進んでいく。

「ってことは、アルベルトさんの目的はやっぱり、《魔戒》を使って人間に復讐するとかってわけじゃないってこと?」

「おそらくそうなるわね。アルは天地がひっくり返ってもクララに嘘を吐くような男じゃないわ。隠し事はわりとあるみたいだけれどね」

 サリューの概観に、エメリアが首を傾げながら疑問を呈した。

「でもそうなるといよいよ《魔戒》っていったい何なんでしょうねぇ。アルベルト様の《目的》が《お嬢様を守る》ことで、そのために《魔戒》を利用しようとしているってなると、《魔戒》ってどう考えてもただの破壊兵器ってわけじゃなくなってきそうなんですよねぇ」

「ああ。思うに、僕らは《魔戒》のことを知らなすぎたのかもしれない。もっと言えば、《魔戒計画》という事案そのもの、そして、それに関わるいくつもの思惑についても……」

 思考をまとめたルベールは皆を見回して、その場の澱んだ気分を一新するように言った。

「ゲルマントさんの言う通りだ。僕らは一度、僕ら自身の動いている理由を明らかにして、見直さないといけない。そうしなければ、僕らは間違った方向に進み続けてしまう気がする」

「一から調べ直すってことか……でも、どうやって?」

 弱気になりかけたクランツに、セリナ・サリュー・エメリアが続けて進言する。

「こうなりゃ片っ端から洗い直すしかないでしょ。今までにあたし達が見たり聞いたりしてきたこととか全部。元から騙されてたんなら、最初から考え直すしかないんじゃない?」

「そうね。前提が間違っていたのなら、本当の姿を見つけ直すしかない……手間ではあるけど、真実もわからないまま誰かの手の上で踊らされっぱなしになるよりはマシね」

「そうですねぇ。エメリアちゃんもちゃんと本当のことを知りたいです。アルベルト様は決して悪い嘘を吐くような方じゃありませんから。アルベルト様がエメリアちゃん達に託そうとしてくれた《本当の気持ち》を知らないことには、それに応えられませんからねぇ」

「アルの……本当の、気持ち……」

 話が進む中、ルベールがおもむろに手を挙げた。

「調べものということなら、提案なんですが……聖堂学園の協力を得られないでしょうか」

「学園の協力?」

 サリューを始め全員の視線が向く中、ルベールはその趣旨を説明した。

「メルキス聖堂学園は魔女にまつわる王国の歴史に深く根差している場所ですし、学園の書庫は国内随一の蔵書量を持つと聞きます。《魔戒》は魔女の力を用いる兵器ということですし、もしかしたら《魔戒》に関わる何らかの情報を得られるかもしれないと思って」

「なるほど、まずは手堅く文献を当たるって訳か。悪くない案だな」

「そうね。手がかりを探す場所としては打ってつけかもしれない。どうかしら、クララ」

「ああ、賛成だ。何もわからずに動けないままでは埒が開かないからな」

 サリューに声をかけられたクラウディアは、賛意を示すように頷いた。

「それに、《魔戒計画》が王国や魔女の歴史に関係しているという線も見え出してきた頃だ。王国の歴史に精通している蔵書群を当たれれば、あるいは有益な情報も見つかるかもしれない。この町で行える策としては最適だろう。明日、早速学園長殿に交渉してみよう」

 クラウディアの総括に全員が頷きを返した所で、話の区切りを見たゲルマントが言った。

「ところで、だいぶ話が先行しちまったが……そっちの方はどうだったんだ、クラウディア」

「ん? ああ、レオーネでのことか。そうだな……」

 その言葉に、クラウディアは改めてレオーネであったことを、事実についてのみ語った。

「こちらも似たようなものだ。町長に協力を取り付けることはできたが、使徒の急襲で《柱》の力も奪われた上に、民間人に被害が出た。結果的に使徒を退けることはできたが……あの町の民意を十分に取り戻せたかはわからない」

「そうか……で、お前はどうするつもりだ、クラウディア?」

 ゲルマントの問いかけに、クラウディアは一瞬虚を突かれた顔になった。

「どうする……とは?」

「アルの野郎がこの計画に片足突っ込んでるかもしれないって情報を踏まえて、お前や俺達は今後どう行動するのかって話だよ。このままあいつの話に乗り続けるのか?」

 ゲルマントのその問いに、クラウディアはわずかに思案した後、律と答えた。

「アルが何を考えて、なぜそんな隠し事をしたのか……まだ判明していない事実が多くある以上、現時点で全てを判断することはできないわ。それに、私達を送り出したことが彼の《目的》にとって必要なことだったとしたら、このまま彼の意の元に行動を続けることで、見えてくるものもあるかもしれない。今すぐに道を逸れるのは、早計だと思う」

 何より、と、クラウディアは己に語るように言った。

「アルは、誰かの不幸や破滅を願うような人じゃない。彼の行動には、必ず何か、彼なりの善に向かう信念があるはず。彼の《目的》が私に話してくれた時と同じものだというのなら……それは、信じるに値する。私はそう思う」

 そして最後に、それらの気持ちを決意に変えて、宣言した。

「私はアルを信じたい。だから私は、このまま行動を続ける。彼が私達に隠した真意を探り出して、本当の意味で彼の助けになるために……私達はこのまま、行動を続ける」

「そうか……わかったよ。お前がその気なら、俺達も文句は言えんな」

 その答えを聞いたゲルマントは、その場の空気を入れ替えるように膝を叩いて言った。

「そうと決まりゃ、明日から早速新しい方針で行動開始だ。ここから先の動きは、今までのものとは変える必要がある。俺達の本当の意味を探る行動だ。素早く切り替えろよ」

 ゲルマントの総括に、一同は一様の緊張を感じながら、頷きを返した。

 こうしてこの日、王都自警団一行の旅業は、大きな転換点を迎えることになった。

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