第7章 第1話
第7章 学園都市メルキス編 第1話(1)
アスレリア聖王暦1246年、8月27日。
白い陽光の降り注ぐ昼日中、王都自警団所属の《黒獅子》ゲルマント・ゲガンゲンは、合流地点である飛空船発着場で、二手に分かれた別働隊の到着を、空を眺めながら待っていた。青く晴れた空はその日も、地上の波乱など知らないように穏やかな光に満ちていた。
「今日も女神サマの加護に感謝……なんて柄じゃねえよな」
暇潰しのように呟きながら、ゲルマントは飛空船の到着時刻を確認しつつ、思索に耽る。
商業都市ハーメスでクラウディア達と別行動を取ることにしたゲルマントは、一度出発地点であった王都ブライトハイトへ戻り、依頼主であるアルベルトに話をしに行っていた。ローエンツとハーメスで起きた事件と、それを導いた《十二使徒》を名乗る者達との接敵。それらの事実と、アルベルトに託された案件との関係を明らかにするためだった。
ゲルマントはそこでアルベルトから、ある事実を打ち明けられた。それは、彼の依頼してきた自分達王都自警団一行の旅業の目的を、大きく左右しかねないものだった。
「あいつも人が悪いな……まあ、話せない気持ちはわからんでもないが」
悪態のように呟きつつ、ゲルマントはその話を踏まえて、今後のことに思いを馳せる。
こちらがアルベルトから聞き出した情報を持ち込むことで、今後の自分達の旅業にも何らかの新しい指針が見えてくるだろうとゲルマントは確信していた。事が自分達の前提を覆しかねないものならば尚更である。これから合流する二派の別動隊もそれぞれの情報を持ち込んでくると考えれば、いずれにせよ何らかの視野が開けるはずだった。
「ま、ひとまずはあいつらを待つか。話はそれからだろうな」
ゲルマントが機を待つようにそう呟いたのと、発着場にまもなく到着のアナウンスが流れると共に、分かれていた二派を乗せたそれぞれの飛空船の機影が空の向こうに見えてきたのは、ほとんど同時だった。
二便の飛空船が無事に到着してしばらくすると、乗客が次々と到着口に降りて来た。一般客のその中に混じって、一際目立つ二つの色が、それぞれ別口からその中に姿を現した。
海浜都市レオーネの便からは、燃え上がる灼火のような紅色の長い髪。
工業都市エヴァンザの便からは、透き通る清流のような水色の長い髪。
凡夫ならざる一際目立つその色を見るや、ゲルマントは手を挙げて両方に声をかけた。
「おう、ここだお前ら。合流しろ」
大柄なゲルマントの大きく太い声に、声をかけられた二色の女性――王都自警団現団長クラウディア・ローナライトと、同所属のサリュエリス・シャーンセは揃って彼の方を見た。彼女らはそれぞれに、両脇に二人ずつの同伴者を連れている。
灼紅のクラウディアの傍らには、しっかりと前を向く小柄な少年団員クランツ・シュミットと、にこにこと笑顔を浮かべて付き従うメイド服姿の侍女エメリア・クラリスが。
清水のサリュエリスの傍らには、これまた迷いのない眼を見せる細身の青年ルベール・コーバッツと、何やら気まずそうに目を逸らしている小柄な少女団員セリナ・カルディエが。
全員の無事を確認したゲルマントは、全員の集合を待つと、まずは一声をかけた。
「よう、お疲れさん。全員無事で何よりだ」
簡潔極まりないゲルマントのその言葉に、まずはクラウディアとサリューが答えた。
「ええ、どうにかね。出迎えありがとう、ゲルマント。皆無事に合流できてよかったわ」
「そうね。こっちはこっちで大変だったけど、そのあたりの話は腰を落ち着けてからにしましょうか。色々と情報をまとめる必要もありそうだしね」
「だな。先に着いた分、諸々の手続きは済ませてある。まずは宿に行って長旅の疲れを取れ。こっから先の話はそれからだな」
一行のリーダー格である大人の三人が話を合わせていた間、残りの従者組達もそれぞれに再会を喜んでいた。白金色の波打つ髪が、ててて、と三人の背後を駆け抜けていた。
「やぁ~ん、セリナさんお久しぶりですぅ。エメリアちゃん逢いたかったですよぉ」
「なッ、ちょっと、なんであたしなのよ。普通ならここはルベールでしょ」
出会うなりセリナの胸元に飛びついたエメリアは、くりくりとした蜂蜜色の眼を上げた。
「あらぁ、セリナさん、ルベールさんに他の女の子が絡みついてもいいんですかぁ? てっきりお邪魔虫は追い払う方だと思ってましたけどねぇ。ちょっと意外かもですぅ」
「それはそうっていうか……まあ、そういうわけじゃないんだけどさ」
歯切れの悪いセリナに、エメリアは、ふふ、と悪戯っぽく笑って言った。
「心配ご無用ですよぉ。ルベールさんには後でた~っぷりじゃれつかせてもらうつもりですから。逢えなかった間の寂しさ、全身撫で撫でして癒してもらいますからねぇ」
「そっちの方が心配になるわよ。ったく……ちょっと間が空いても全然変わんないのね、あんたは。まあ、当たり前っちゃ当たり前かもだけど」
呆れたように言うセリナに、エメリアは蜂蜜色の瞳で彼女の顔を見上げながら言った。
「セリナさんは、少しお変わりになったみたいですけどねぇ。目を見ればわかりますよぉ」
「え……そ、そう?」
「はい。随分と逞しいお目目をなされてます。エメリアちゃんがいない間にルベールさんと何があったのか、後でお宿でじっくりたっぷりねっとり聞かせてくださいねぇ」
「勘繰るなっつの。ったく……どうせあたしが話さないならルベールの方に行くんでしょ」
「さすが、わかってらっしゃいますねぇ。今夜が楽しみですぅ、ふふふ」
楽しそうにセリナを茶化しながら、エメリアはちらりと視線を別の方向に向けた。
「それに、お変わりになったのはお向こうのお二人もそうみたいですからねぇ。エメリアちゃんはお二人のお邪魔にならないようにセリナさんの方に来たんですよぉ。せっかくの男の子二人のご成長からの再会ですからねぇ」
「へ……そうだったの?」
それにつられて、セリナもエメリアを胸の内に抱きながら、彼女の視線を追う。
そこには、何やら張り詰めた雰囲気で対峙する、クランツとルベールの姿があった。
「お疲れ様、クランツ。無事に再会できて何よりだ」
「そっちこそ。まあ、おまえなら大丈夫だと思ってたけど」
クランツの返した憎まれ口に、ルベールは彼の成長を確かめるように訊ねた。
「一人で二人を守るのは、大変だったかい?」
「まあ……うん。大変だった。一歩間違えば、大変なことになってたかもしれない」
わずかに言い淀んだ後、クランツは自らの内に生まれた自信と共に言った。
「けど、たぶんもう迷わない。大事なことを覚えたから」
「そうか……よかったね」
成長を喜ぶようなルベールの言葉に、今度はクランツが訊き返した。
「おまえの方こそどうだったんだよ。実家に帰るって話だったけど」
「はは……そうだね。こっちも色々あったな。けど、こっちもこっちで大切なことを身に付けられた気がするよ。もう、前のように不安にはならないだろう。皆の……仲間のおかげだ」
「そっか。よかったな」
何の遠慮もなく自然とそう言ったクランツに、ルベールは感心したように言った。
「ちょっと見ない間に変わったね、クランツ」
「え……そうかな?」
「うん。口調に弱弱しさが無くなった。今の君はとても堂々としているように見えるよ」
「そ、そうかな……」
そう言われてまたいつもの弱腰を見せるクランツに、ルベールは苦笑しながら言った。
「まあ、詳しい話は腰を落ち着けてからにしよう。皆長旅で疲れてるだろうし、情報共有もしないといけない。僕も、君と話したいことも色々あるからね」
「そうだな……そうした方がよさそうだ」
クランツとルベールが話を締め括った所に、ゲルマントの呼ぶ声が飛んできた。
「行くぞお前ら。続きは宿でやれ。立ち話も何だからな」
「「はい!」」
クランツとルベールは力強く頷くと共に、ゲルマントに堂々とした返事を返した。
新たな決意に満ちたその表情を、彼らの成長と変化を知る女性四人――クラウディアとエメリア、サリューとセリナは、揃って見届けていた。
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