革命のクラウディア -Klaudia die Revolutionar- 後編
青海イクス
第7章 学園都市メルキス編
第7章 学園都市メルキス編 プロローグ
グランヴァルト聖王国のとある地下深くに存在する、青い光に照らされた大回廊。
《墜星》の使徒・ジークが拠点であるその回廊に戻ったのを、出迎える者があった。
炎の赤、花の薄紅、樹木の檜皮色……青い暗闇の中に、それぞれの光る色を灯す者達。
ジークもまたそのうちの一人である、彼の家族――《使徒》達だった。
「やっほー、おかえりジーク。なんかずいぶん疲れてるみたいだね?」
その中の一人、淡い金色の光を纏う少年・セルフィが無邪気に問いかけてくる。
「ふふ。役目終わり総出でお迎えとは、随分と気前がいいじゃないか」
「お前の方こそ、随分疲れた面してやがんな。サリューの奴にしばかれたか?」
「はは、返す言葉もないよ。それよりも……」
仲間の一人、赤い髪の青年ハンスの無遠慮な物言いに参った様子で言葉を返したジークは、その場に居合わせた面々を睥睨すると、声をかけてきたセルフィに訊いた。
「セルフィ。君が帰ってきているということは、ミラも帰っているのかい?」
「ああ、さっきセルフィと一緒に帰ってきたところだよ。今、母様の所に報告に行ってる」
ジークの疑問には、奥に控えていた檜皮色の髪の青年・カルロスが答えた。
「ミラと君が戻るのを待ってたんだよ。そろそろ母様としても動き出す頃合いらしくてね」
「成程、そういうことか……ミラの方は無事だったのかい?」
「クララの手心のおかげでね。まったく……つくづく負けてばっかりね、あんた達」
その少し後ろに控えていた桜色の髪の少女・カレンが呆れたように言う。
「自分だけ例外みたいな言い方やめろよ。お前だってサリューに負けたようなもんだろ?」
「はいはい、負け戦を掘り返すのはやめよう。今はそれよりもやることがあるだろう?」
それに抗議するハンスをなだめるカルロスとの会話を横に、カレンがジークに言った。
「ひとまずあんたも報告に行って、ジーク。母様も待ってるから」
「わかったよ。わざわざお出迎えありがとう」
気怠そうに呟いて、ジークは闇の深い回廊の奥へ歩き出し、その場の四人の使徒も後に続いた。固い靴音が石壁の間に響く中、役目を終えた者同士、自然と会話が生まれる。
「しっかし、お前といいミラといい、大言壮語もいいとこだな。結局やったことは俺達とそう変わらなかったじゃねえか。むしろ俺達の方がちゃんと敵役をやってたぜ?」
「ミラの方はともかく、僕は囮役だったからね。負け戦くらいでちょうどよかったのさ」
ハンスの憎まれ口に平然と返しながら、ジークは目を細める。
「しかし、僕はともかく、ミラが惨敗で帰って来たのは正直意外だね。情に絆されて剣閃を鈍らせるなんて、彼女らしくもない」
「あの子のことだから、そういうことは言いそうにないけど、たぶんそうなんでしょうね。まあそれを言うなら、ここにいるあたし達みんなが同じなんでしょうけど」
「そうだね。敵役を演じるっていうのも、なかなか気苦労が絶えないものだ」
反省するようなカレンの言葉に、カルロスが答え、さらに続けた。
「けど、それもそろそろ終わる。僕らもようやく攻勢に出る時が来たってわけだね」
「攻勢ねぇ……それだって彼女待ちっていうのも、もどかしいものだけど」
「そこは仕方ないでしょ。元からそういう計画なんだから」
「わかってるよ。全ては母様の悲願のために。それが
カルロス、ジーク、カレン、再びカルロスの会話に、ハンスが意気揚々と割って入る。
「何にせよ、ようやく大っぴらに暴れられるチャンスが来たってわけだ。長い間待った甲斐があるってもんだぜ。十年以上の鬱憤晴らすくらい大暴れしてやる」
「気持ちはわかるがあまり突っ走りすぎないでくれよ、ハンス。後始末が大変なんだから」
「わーってるよ。お前らこそ乗り遅れるんじゃねえぞ。攻勢は勢いが命なんだからな」
「ああ、わかってるよ。勝機があるなら掴むまでさ」
ハンスの煽りに適当に乗り、ジークはここまでの動きを総括するように言う。
「いずれにせよ、母様の計画が事通りに進んでいるのが事実なら、僕達がここまで痛手を被ったのにも意味があったってことだ。僕らは使徒として、着実に邁進しようじゃないか」
「そうね。ひとまず母様の所に行きましょう。この先の話もしてくれるはずよ」
「ああ、そうだな。さっさと行こうぜ。お前らとの小難しい長話は好きじゃねえしな」
「奇遇だね。それは僕もだよ」
「それは偶然だな。僕もだ」
ハンスの言葉に、カルロスとジークが順に返した。それに「へっ」と軽く返したハンスに、その場の空気がわずかに和やかになる。
「ねーみんな。さっきから何の話してるの?」
「母様の所に行けば、この先のことがわかるって話よ。いいから行きましょ」
セルフィの疑問を軽く流し、カレンの後押しを受けて、使徒達は回廊の奥へと進んだ。
「成程……シャーリィは自らお前を見逃した、か」
何処にあるとも知られていない、青く重い暗闇の満ちる地下空間。
その最奥の玉座に座った黒い魔女・ゼノヴィアは、レオーネでの任務を終えて帰還した《十二使徒》ミラの報告を、彼女から受け渡された神鳥の羽を弄びながら聞いていた。悠然と構える姿にすら威圧感を湛える黒い魔女の前で、ミラは傅きながら報告を続ける。
「私達を見逃した時の状況や言葉から察するに、どうやら、私達がクラウディアを利用しようとしていることに、薄々ながら気が付いているような様子でした」
「シャルの『勘』は性質が悪いからのう……しかし、それを知ったうえで妾とクララを共に信じると来たか。全く……相変わらず天気の良い女よの」
虹色に光る羽の毛並みを愛でるゼノヴィアの前で畏まるミラに、背から声が飛んできた。
「よう、お勤めご苦労さん、ミラ。やっぱ俺の思った通りだったなぁ?」
「ハンス、意地悪は良くないよ。女の子をいじめるなんて紳士のやることじゃない」
背中で交わされる自分に当てた会話に、ミラは目だけを向けるように振り返る。
そこには、『炎』のハンス、『木』のカルロスを始め、そのすぐ傍にいた『花』のカレンや『空』のセルフィ、帰還した『風』のジーク、さらにいつの間にか回廊の中にいた《使徒》達が勢揃いしていた。壮観というには不吉に過ぎる光景に、ミラは声を出した。
「あなた達……何の用ですの? 今は私が母様への報告を……」
「結局、大口叩いたがクララは仕留められませんでしたって報告かぁ?」
嘲りの色剥き出しのハンスの言葉に、ミラの眼が氷のように芯から冷えた。
「ハンス、あなた……私を嘲笑いに来たんですの?」
「いやぁ別に。ただまぁ出て行く時はあんだけ威勢良かったからさぁ。クララを泳がすのも計画の内とはいえ、手傷の一つくらいは負わせてくると思ったら、俺以上に手ぇ出せないでやんのな。クク……さすがにちっと拍子抜けって感じかぁ?」
「ハンス、あなた……」
これ見よがしにプライドを傷つけられる憤りのあまり腰元の剣に手を掛けかけたミラの対岸で喧嘩腰を見せかけるハンスに、奥の玉座から森厳な声が飛んできた。
「戯言はそこまでにせよ、ハンス。兄妹をいじめるのは、感心せんぞ」
「ちっ……はい、さーせん」
ゼノヴィアの言葉に、ハンスは素直に従い肩を竦めて、矛を収める。ミラが感情を向ける矛先を失ったその一瞬の隙に、彼の隣にいたカルロスがフォローするように言った。
「ごめん、ミラ。何も君を笑いに来たわけじゃないんだ。気分を害したようなら謝るよ」
「カルが謝ることではないですわ。それに、私が甘すぎたせいでクララに傷一つ負わせられなかったのは事実です。それに関して言い逃れをする気はありませんわ」
カルロスの言葉に促され素直に自分の非を認めたミラの背中から、ふむ、と、ゼノヴィアの呟く声が聞こえた。彼女の視線は、奥に控えていたジークに向いていた。
「ジーク、そなたも帰ったか。ご苦労じゃったの」
「ええ、ただいま。帰還が遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
ジークの帰還の挨拶に、ゼノヴィアは労いの言葉と共に訊いた。
「無事ならそれでよい。それで、事の進捗はどうじゃった?」
「ええ、全て予想通りでした。宰相が我らの動きを察して特務部隊を動かしてきたことも、それを利用してサリュー達の行動を阻害できたことも、全てね」
「そうか。損な役回りだったがよくこなしてくれたな。大義じゃ」
ジークの報告に、ゼノヴィアは、ふむ、と小さく頷くと、おもむろに言った。
「そろそろ、あの子らも勘付き始める頃合いじゃ。動き始めるならそろそろじゃの」
そして、ゼノヴィアはおもむろに玉座からその重い腰を上げた。
「どれ、少し挨拶に行こうかの。ゲオルグ、ヘレネ。付いて参れ」
言って、玉座から離れたゼノヴィアは、彼女の前の道を開ける十二使徒の間を通って、暗い回廊の奥へ消えていく。その後に続く二人の使徒を見ながら、状況把握が追い付かず唖然とするミラに、傍にいたカルロスとカレン、それにセルフィが説明する。
「君が出かけている間に彼らの動向を見ていたんだけど、君の報告通り、そろそろクララ達も違和感に気付き始めてるみたいでね。撹乱はここまで、そろそろ本丸に切り込もうか、って話を僕らの間で進めてたわけ。僕らが集まってたのはそういう理由だよ」
「と、いうことは……」
状況を理解し総毛立つミラに、脇に立っていたカレンが重ねるように言う。
「動き時ってことみたい。今度はゼノヴィア様自ら、クララに逢いに行くみたいね」
「ああ、これで一気に状況が動き始めそうだ。『来るべき時』に向けて、僕らも準備を怠らないようにしないとね。さて……今回はゲオルグとヘレネか。どうなることやら」
カレンとカルロスの話を聞いたミラは、大いなる闘争の予感に背筋が震えるのを感じ、またその革命の火蓋が切られる時に自分が居合わせられないことを悔しく思った。
「行かれるのですね……母様」
暗闇の奥に消えていくゼノヴィアの黒い翼を負った背中を見送り呆然と呟いたミラを見て、一人まだ事がよく掴めていないセルフィがまた「?」と首を傾げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます