5 おわりに

筆者の見解

 さて、ここまで読んで下さった諸賢には万感の思いを込めて感謝をお送りしよう。

 そして、なるべくこの章は飛ばすことを推奨する。

 何故なら筆者の事件に対する見解など、実に聞くに堪えられないだろうからだ。

 ハッキリ言って必要ないかとも思われたが、こればかりは仕方がない。

 向田氏から話を聞くにあたり、こういった条件を出されてしまったのだ。

 『自分の意見を述べよ』。

 筆者のような歯牙にもかけるべきでない人間の意見を求められるとは予想すらしていなかった。

 まあ、約束である以上包み隠さず事件の全容を筆者なりに語らせて頂くとしよう。

 もう一度言う。

 この章は読み飛ばすことを推奨する。




 さて、では早速一つ一つの事件を順番に語っていこう。

 一つ目の事件の被害者は永島陸彦。

 彼の遺体の胸にハナミズキを刺したのは一橋清宗朗だった。

 これは監視カメラの映像で残っている決定事項だ。

 そして全てはこの事件を契機に始まっていく。

 ただ、永島陸彦は何故自殺したのか。

 これは物語内では説明を省いたのだが、向田氏はきっちり調べている。

 永島陸彦は職場でパワハラなどによるいじめを受けていたらしい。

 それも八年前からというとても長い期間だ。

 では逆に、何故八年耐えていたのに結局自殺してしまったのか。

 それは、彼の父親の死がきっかけだと考えられる。

 向田氏の記録によると、事件の起こる一週間前、彼の父親が病によって他界したそうだ。

 彼の母親は既にその十年前に同じく病で亡くなっていたのだが、父親も失ったことで心労がたたったのだろう。

 もちろん彼は遺書を残していないので真実はわからない。

 しかし、彼の身に起きたすべての出来事が彼の自殺という結果を生んだのではないだろうか。

 一つでも関係無いと断じることは出来ない。筆者はその様に考えている。

 永島陸彦は恐らく父の死から数日の間に、ネット上のどこからか『自殺予告』に辿り着いたのだろう。

 そうしてそのチャットルームで頼まれた一橋清宗朗が、彼の自殺後に『儀式』を行ったのだ。


 次に、第二の事件について語っていこう。

 既に諸賢もご存知の通り、夢咲楓は学校内で何らかのいじめにあって自殺を決意した。

 ただ、彼女の意志は遺書からもわかる通りどこか使命感のようなものを感じられるほど固まっていた。

 死を決意したためなのか、あるいは別の理由か、彼女は確かに悟るように俯瞰して世界を見ていたようにも見える。

 まあそれはともかく、向田氏の記録が確かならば彼女の遺体にハナミズキを刺したのは間違いなく瑠璃宮橘花だろう。

 これは筆者の想像だが、夢咲楓の遺書内に登場した『友人』とは彼女のことだったのではないだろうか。

 それ故夢咲楓のクラスメイトは事件後、彼女が自殺を決意したきっかけとなってしまった瑠璃宮橘花に対していじめを行うようになったのだ。

 しかし、それが本当なら夢咲楓が報われなさすぎる。

 彼女は恐らくクラスメイトではない誰かにいじめられていたのだろうが、それをクラスメイトである瑠璃宮橘花が把握するのは難しい。

夢咲楓自身が謝罪を述べていたように、決して彼女は責められるようなことはしていないのだ。

 そもそも、いじめによって一人の少女が自殺をしたというのに、また別の少女を苛め始めるというのは悲しさを通り越して不自然さすら覚える。

 もっとも、苛めている側は彼女の呼び方を変える程度のことしかしておらず、いじめだと認識すらしていないのだろうが。

 話を戻すが、元々友人だったからこそ、夢咲楓は瑠璃宮橘花に『儀式』を託したのだ。

 先の尖った金属パイプをどこで用意したかは不明だが、恐らく夢咲楓が自ら用意し、瑠璃宮橘花にハナミズキの花と共に渡したと考えるのが自然だろう。

 最後に一体どのような会話があったのか、それを筆者に推し量る度胸は申し訳ないが無い。


 では三つ目の事件だ。

 向田氏の記録通り、実行犯は上沼昌平だったのだろう。

 彼は自らの犯行を認めていたが、どうやら向田氏はそれを今の今まで公表してこなかったらしい。

 ま、今更どうこう言うものではないだろう。

 この事件についてはほぼ物語で語られている通りだと筆者は考えている。

 上沼昌平と多々良伸二、そしてチャットルームの創設者である『有田』という人物は同じFPSのゲーム仲間だった。

 だというのに、多々良伸二がずっと自殺を考えていることに二人は気付かなかった。

 恐らく彼は一人で抱え込んでしまう性格だったのだろう。

 孤独というものはそう簡単に耐えきることのできるものではない。

 多々良伸二には家族もいるし先に述べたような友人と言っていい人物もいる。

 それでも彼は耐えられなかったのだ。

 自分は孤独で誰からも関心を受けていないと、そう考えてしまったのだ。

 本当はそうではなかったかもしれないが、少なくとも彼に協力した上沼昌平は同様に考えていたのだろう。

 だから上沼昌平は死して頭部が切断された多々良伸二の眼球にハナミズキの枝を刺すことが出来た。

 上沼昌平は果たして多々良伸二に関心を持っていたのか。

 少なくとも筆者は、彼が自分は多々良に対して関心を持っていないはずだと思い込んでいるのではないかと向田氏の記録から読み取った。

 だからきっと彼は自分自身を責めているに違いない。

 彼にとって『儀式』は、多々良伸二という人物へたくさんの人間の関心を集めるためだけの禊だったのだ。

 自分自身も二度と多々良伸二を忘れないように、彼の悩みに気付かなかった自分を戒めるために、十字架を背負うことにしたのだ。

 これに関しては瑠璃宮橘花も似た精神構造だったと推測する。

 どうして自殺自体を止めなかったのかと考える人物も多くいるだろう。

 だが、彼らは自分にその資格があると思えなかったのだ。

 全く関係の無い人間ならば浅い気持ちで言えるだろう。

 しかし彼らには言えない。

 近くにいながら遠くにいるように感じていた彼らにだけは言えなかった。

 近くにいたからこそ浅い気持ちは出せない。

 遠くにいると感じたからこそその意志を止める気を起こせなかった。


 改めて言わせてもらうが、筆者は自殺を肯定しているわけではない。

 無論唾棄すべき行為だ。

 しかし、死んでいった彼らの最後の行動を、無意味なものだと切り捨てることは出来ない。

 そこには確かに意味があった。

 少なくとも筆者や向田氏は、夢咲楓の遺書にあった目論見通り自殺というものを忌避すべきと考えるようになった。

 少しは悩みを持つ人間に寄り添えるような努力も初めてみた。

 決して意味が無かったわけではないのだ。


 もっとも……あのチャットルームを作った全ての元凶と言える人物は、このような一連の事件が起きることも、最期に彼らが想いを託す選択をしたことも、何一つ予想していなかったのだろうが。

 向田氏の調査で、『有田』という人物がハナミズキという花を聞こえがいいからという理由だけで好いているとネット上で発言していたという事実が判明した。

 悪戯で作った『儀式』の中で利用するものとして『ハナミズキ』という花を選んだことに、彼はたいした意味を見出していなかったのだ。

 一橋清宗朗を始めとした利用者が勝手に意味を見出しただけ。

 その時の彼はきっと自殺で悩む人間に対して無関心だったのだろう。

 筆者としては、今の彼がそうでないと願うばかりだ。

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