⑲ エピローグ

 三年後 木内きうち刑務所前




「おやぁ? 僕なんかに出待ちっスか? コイツは良い」


 一連の事件の調査から三年が経ち、関吾は一橋清宗朗の出所を出迎えにきていた。


「……僕のことを覚えていますか?」

「ええ。覚えてるっスよ。ルポライターの向田関吾サン。名前が面白いもんだから、記憶に残っちゃいやしたよ」

「……少し、お時間頂いてもよろしいですか?」

「いいっスよ。歩きながら話しましょうや」


 そうして二人は道路を歩きながら会話を始めた。

 周囲には誰もいない。

 現在の時刻は七時十五分。

 通勤通学とは縁のない刑務所周辺の道は、利用者がほとんどいない時間帯だ。



***



「……で、何から話しましょう?」

「……僕が気になっていたのは、あの『儀式』の意味です。それをお聞きしたい」

「ははぁ。そうっスか。他に聞ける方はいなかったんで?」

「いることにはいましたが……まあ、ちょっとこれは僕のプライドの問題で」

「ハハ! 何スかそれ! 面白いなぁ!」


 関吾は少し照れるように頬を掻いた。


「……どうして『ハナミズキ』だったんですか? 他の花では駄目な理由は? もう刑期を終えたんだから話してもいいでしょう?」


 少し笑いを抑えると、清宗朗はニヤつきながら口を開く。


「……ハナミズキの花言葉をご存知で?」

「? ええ。確か『返礼』とか……『華やかな恋』とか……でしたっけ? 従妹からそう聞きました」

「フフ……そいつぁ日本語の花言葉っスよ。旦那」

「日本語?」

「西洋ではこんな花言葉もある。『Am I indifferent to you? (私が貴方に関心がないとでも?)』……とかね」

「……」

「チャットルームの創設者がどんな意図でハナミズキを選んだかは知ったこっちゃない。でも、少なくとも永島陸彦や夢咲楓、多々良伸二はそこに同じ意味を感じ取った」

「……『関心』……ですか……」


 堪えていた清宗朗は再び笑みを漏らす。


「フフ……でも旦那。コイツはちょいと調べりゃすぐわかることっスよ? 旦那はホントに……『儀式』に対して『関心』を持っていたんスかねぇ?」


 関吾は目を細めた。

 清宗朗の言うことはもっともだった。

 確かに関吾は自らそれを調べることをしてこなかった。


「……すみません。本当はただ貴方と話をしたいと思っただけなんです。僕が関心を持っていたのは……貴方に関してですよ」

「何スか? 告白? やだなぁ。僕にその気は無いっスよ」

「……ハナミズキや他の花を自殺した者の傍に添える事例は『花水木事件』以降数多く散見されました。しかし、人体を抉りそこに花を差し込んだ事例は貴方達三人だけなんです。考えなくてもそれが犯罪になることはわかっていたでしょう? 貴方はどうして……その罪を背負うことに躊躇いが無かったのですか?」

「……僕は死んでいった彼らのことをなぁんにも知らない。上沼サンも瑠璃宮チャンも、なぁんにも知らないんス。でも……せめて僕以外の世間の皆々様には多少知られてほしかった。結果は芳しくないものだったかもしれやせんけど……彼らを知る人間が若干でも増えたなら幸いっス。もちろん旦那もその一人っスよ」


 清宗朗はヘラヘラとしながら軽やかに歩く。

 関吾は歩幅を合わせるので精一杯だ。


「自殺した彼らは……孤独だったために死を選んだのですか?」

「さあ? 僕は詳しく知りません。でも、もし誰かに関心を持たれていたら変わっていたかもしれない。同じ結果にはならなかったかもしれない。……僕はわかりませんけど」

「……『Am I indifferent to you?』……。それがハナミズキの花言葉の一つだと言いましたね」

「ええ」

「『私が貴方に関心が無いとでも?』……『いや、私は貴方に関心がある』。ここまでが伝えたい言葉だったということですか?」

「……少なくとも、僕はそのつもりだったっスよ」

「そうですか……」


 もう清宗朗から聞き出したいことはない。

 関吾は前を向いて歩き続けた。


「そうだ。折角だしハナミズキの木でも見に行きませんか? どうせ暇でしょう? ねぇ、旦那」

「……いいですよ」


 こういう時に断れない。

 それが関吾の性格だった。

 だが、初めから断るつもりも毛頭ない。

 関吾は自ら自分の行動を選択していた。

 何事にも関心を持とうとする心持ちを、今後は何よりも大切にしていくことを決めていたのだ。

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