⑱ 『創設者』

 二日後 株式会社三島センチュリー 




 昌平はすぐに関吾と会うことを承諾してくれた。

 前回と同じ応接間で周囲の雑音を受けながら相対する。

 昌平は相変わらず重々しい空気を垂れ流していた。


「……成程」


 出会うとすぐに関吾は昨日優斗が話したことを繰り返した。

 そして、全て話し終えると彼は、昌平が予想だにしていないことを言い出した。


「以上です。……ただ、上沼さんにお聞きすることはありません」

「……何ですって?」

「僕は……貴方の条件を達成できませんでした」


 昌平は眉間に皺を寄せ、不審な目を向けてきた。


「……いや、貴方の説明は完璧だ。多々良の目にハナミズキを刺したのは私。全て事実です。間違いはない」


 昌平はあっさりと罪を認めた。

 しかし、それすら今の関吾は放っておくつもりだった。


「……今の説明は、僕の友人が解いた推理です。僕は何もできていない。僕には何も……」

「……それは違う」

「え?」


 俯きかけた顔を上げる。

 すると、目の前の男の瞳には確かに輝きが灯っていた。


「私は、貴方に自ら考えて全てを説明するようにとは言わなかった。ただ説明を求めただけ。それを考察する人間は選んでいない」

「いや、それは……」

「貴方は……いや、貴方とそのご友人は私の想像を超えて動いてくださった。それだけで……今は十分です。お教えしましょう。『自殺予告』の創設者を」


 関吾はそれをもう聞く気が無かった。

 聞いたところで、自分にできることが思い付かなかったのだ。

 それを聞いても、何も変えられないような気がしていたのだ。

 しかし、昌平はもう口を動かしていた。


「……彼はかつて、私と多々良にあのサイトを紹介してきました。趣味の悪いチャットルームを作ったが、面白い反応が得られたと聞いてね」

「え? お二人は……創設者本人から紹介を?」

「はい。その時はまだあのチャットルームも小規模で、私や多々良はただ書き込みを眺めているだけでした。彼は……私や多々良とゲーム仲間だったのですよ。ネット上でしかやり取りはしていませんでしたが……」

「ゲーム仲間……?」

「まあ、私と多々良にそんな接点があったことを知っている人物はここにはいないでしょうね。皆……そこまで我々に興味が無い」

「……」


 オフィス内はずっとパソコンのキーボードをカタカタと打つ音が響いている。

 二人の声は仕切りに阻まれているとはいえ、外に聞こえてもおかしくはない。

 しかし、それに耳をそばだてる者は一人としていなかった。


「私は創設者である彼の顔と本名は知りません。しかし、ネット上で名乗っていた名前ならわかる。彼はどのSNSでも同様の名前を使っていて、今もなおネット上で活動しています」

「……その名前は?」

「……『有田』です」



***



 翌日 ダウンダウンアップジム




「……そうか。それで、創設者と思われる人物と実際に接触したのか?」


 更衣室で、関吾は優斗に昨日昌平から聞いた話を伝えた。

 関吾は自分の替えの衣服に手を伸ばし、一度動きを止めた。


「いえ。残念ながら……『有田』という名で活動している人物は多すぎて特定できません」

「上沼に直接教えてもらえば良かったんじゃないか?」

「……そうする気は起きませんでした」

「どうして?」

「……仮に創設者に取材できたとして、僕はその人物に何を話せばいいのかわからない。彼は今やあのチャットルームに全く関心を持っていないそうです。そもそも、上沼さんと多々良さんに紹介したのも冗談交じりだそうです。まさか多々良さんが自殺願望を持っていたとは思っていなかっただろうと……上沼さんは言っていました」

「それは本人に聞かなきゃわからない。どうしてあんな悪趣味な悪戯をしたのか……それを問いただしたいとは思わないのか?」

「……僕にはそれをする資格があるとは思えません」


 それを聞くと、優斗は大きく溜息を吐いた。


「……なぁカンちゃん。一体何を遠慮してるんだ? 自殺して亡くなった連中にか? それとも一橋清宗朗や瑠璃宮橘花、上沼昌平のように、自殺した連中に意味不明な弔いをした奴らにか?」

「遠慮なんかしていません。ただ……意味が無いとしか思えないだけです。僕は客観的に……物事を俯瞰的に捉える才能しか持ち合わせていない。主観でもって行動することで何かを成し遂げた経験も無い。意味が無いのに何故これ以上調査を続ける必要があるんですか」


 関吾は自分自身に苛立って僅かに声が上擦っていた。


「……それは違う。そいつは違うだろう。カンちゃん、『意味が無い』なんてのはよっぽどのことがない限り使っちゃいけない言葉だ。少なくとも、カンちゃんが能動的に動いた結果得たものが確かにあったじゃないか。今回だって」

「? 僕が得たもの?」


 優斗は誇らしそうに自分自身を指差した。


「俺さ。たった一つの調査のおかげで、こんなに頼れる友人が出来たじゃあないか。な?」


 関吾は思わず小さく噴き出した。


「……フフ。自分で言いますか? それ」

「ああ、俺は自分で言うのもなんだがかなり使える人材だ。確かにカンちゃんの仕事は客観的に記録した物事を伝える仕事だろうが……自分を出して調査しちゃ駄目ってことじゃあないだろう? カンちゃんのやってきたことには意味があるし、これからやることにも何か意味がある。そう決まっている」

「根拠は?」

「根拠は無いが俺はそう確信してる!」

「……それは大変心強いですね」


 胸のつかえがとれた気がした。

 軽くなった心を動かし、関吾は改めて手を動かした。


「ありがとうございます。でも、創設者の方と接触はしません。僕はそもそも上沼さんのアリバイを自力で崩せなかった。僕にもプライドはありますので」

「プライド? 何だよ。やりたいようにやるべきだと思うがなぁ」

「フフ……やりたいようにやっていますよ。僕はただ、神原さんに解けた謎が自分に解けなかったことが悔しいだけです。悔しいからせめて神原さんに借りを作りたくなかった。だって、神原さん借り作ったら鬱陶しそうじゃないですか」

「……ハハ! そうかもな!」


 関吾は笑いながら替えの衣服を取り出す。

 汗の滲んだ服は、もう既に脱ぎ捨てていた。

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