⑮ 『一橋清宗朗』

 翌日 木内きうち拘置所




 一橋清宗朗との面会日が訪れた。

 関吾は刹那を連れてこの拘置所にやって来た。


「……別に刹那は付いて来なくても良かったんだけどな」

「私も傍観者でいられなくなったの。上沼昌平の言っていることが本当なら……」

「……」


 関吾は昨日の会話を早くも思い返す。

 昌平のアリバイは警察が認めるほど穴の無いものだ。

 それを崩す手立ては今のところ何も無い。


「……行こう。一橋清宗朗が何か話すかもしれない」


 不安を抱えつつ、面会へ向かった。



***



 案内されて面会室に入ると、アクリル板の向こうにその男はいた。


「初めまして。一橋清宗朗さん」

「こちらこそ初めまして。ルポライターの……向田関吾さん……でしたっけ?」


 一橋清宗朗は眼鏡を掛けたやせ型の男。

 何故か左目を瞑っているが、これは彼が斜視を患っているためだ。

 関吾を前にして彼はニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。

 そんな彼を訝しみながら二人は用意された椅子に着席する。


「そちらは?」

「ああ。従妹の刹那です」

「『助手』の向田刹那です」


 刹那は自分の立場を明確にした。


「へぇ。良いっスね。助手というには小さすぎる気がするっスけど」

「は?」


 刹那は自分を子どもだと勘違いした人間に対していつも厳しい目を向ける。

 つまり出会う人間ほぼ全員を敵視するということだ。


「……で? 何からお話ししやしょうか?」


 既に事件の取材に来たという旨は伝わっている。

 清宗朗は偉そうに両手を組んで肘を立てていた。


「直球で聞きます。貴方は本当に一連の死体損壊事件の犯人なのですか?」

「…………こいつは参った。実はルポライターじゃなくて探偵サンなんスか?」

「いえ。ただ……上沼さんから少しだけ話を聞いたんです」


 関吾は昨日のことを清宗朗に話した。

 清宗朗は驚きもせず、ただ気味悪く笑みを見せながら話を聞いていた。



***



「……成程。そいつぁ面白い。ええ、とても面白い。果たして旦那は例のチャットルームの創設者に出会うことが出来るのか……」

「貴方はご存知なんですか? 創設者の正体を」

「フフ……フフフフ」

「一橋さん?」

「フフフ……そんなこと知って……一体どうするんスか?」

「え?」

「旦那はルポライターでしょう? ジャーナリストじゃない。既に出揃ったありのままの事実をまとめて記事にすりゃあいいじゃないスか。真実を究明するのはジャーナリストの仕事だ」

「……僕は記事にすべき事実がまだ出揃っていないと思っているだけです」

「主観的な意見っスねぇ。元々のテーマは何なんスか? 『花水木事件』についてまとめるだけなら、その背後にあるかもしれない謎なんてどうでもいいはずだ」

「僕は……それらも含めてこの事件の一部分だと思っています」

「だからそれが主観的なんスよ。客観性を重んじるべきルポライターの本質から外れている。それとも……旦那は仕事なんざ無視してでも真実を知りたいと?」


 関吾は一瞬だけ目を瞑って決意を固めた。

 答えは決まっている。


「……はい。その通りです」


 刹那は少しだけ目を見開いた。

 関吾は明らかに今までとは違っていた。

 自ら『何か』に関わろうとする姿勢を見せるのは、この仕事を始めるよりも前にもなかなか見られなかった姿だ。

 関吾はこの事件にたいして無関心ではいられなくなっていた。


「……フッ。フフフフフフ……ハハハハハ!」


 あまりに大声で笑い出したため一瞬刑務官が注意をしようとするが、清宗朗は自らそれを手で制した。


「いやぁ……申し訳ない。素晴らしいと思いますよ? 結構なことだ。なら……旦那はあと少し頑張らなくちゃならない。上沼サンから聞き出すために」

「貴方は何も知らないんですか?」

「フフフ……僕だって創設者のこと少しは知ってるっスよ?」

「え……」

「まあ多少はね。というか……今更誰が創設者だろうと同じことなんスよ」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味っス。何せ、創設者はもう一切あのチャットルームに関わっちゃいない。ただ部屋を作った人間ってだけで……それを広めているのは第三者だ。それも匿名の人間が複数。僕もその一人だった。今じゃ誰が最初に始めたかなんてどうでもいいんスよ。誰もそんな事気にしちゃいないし、創設者は何も悪いことしたわけじゃない。ただ趣味の悪い悪戯のつもりだっただけで……本当は自殺願望を持つ人たちのことなんて考えちゃいないのかもしれない」

「……あの『儀式』には何の意味があるんですか? それに、今は関わりがないかもしれませんが、少なくとも創設者は貴方の起こした事件を知っているはずだ。だからルームのトップに追記も入れていたし――」

「ああ、それはたぶん別の人っスよ」

「え?」

「誰でも協会員なら弄れるんスよ。現に僕も数回訂正や管理をしている」

「な……!? 貴方は協会員だったんですか!?」

「ええ。警察はそんな掲示板いちいち調べちゃいないでしょうけど。仮に僕が協会員だと知っても、僕と『自殺』ってテーマを繋げる材料くらいにしか考えなかったんじゃないかなぁ」


 ここで刹那が割って入る。


「……それで、『儀式』の意味は?」

「ああ。それは…………フフフ。自分で考えてみては?」

「は?」

「ま、胸に刺したりだとかは、多分冗談のつもりだったんじゃないすかね? 意味があるのは『ハナミズキ』だ」


 苛立っている刹那を抑えて関吾が再び相手をする。


「貴方は何も教えてはくれないと?」

「ええ。折角上沼サンが条件を出したんだ。僕はそれを尊重するっス」


 関吾は眉間に皺を寄せた。

 それではここに来た意味がほとんどない。

 何としても彼から情報を得たかった。


「……貴方はどうしてあの『儀式』を行ったんですか? それに何の意味があったんですか?」

「『意味』ねぇ……。死んだ人間を弔うのに理由が必要ですか?」

「僕は貴方のやったことが間違いだと断ずる気はありません。もちろん他のあの二人についても。ただ……どうしてもわからない。そこまでする理由が果たしてあったのかと。貴方はこうして捕まってしまったじゃないですか。どうして死体の胸を抉ってハナミズキを刺したんですか? 僕にはわからない。わかることが……できない」


 初めて清宗朗から笑みが消えた。


「……じゃないスか?」

「え……」


 しかし、すぐにまた笑みを戻す。

 まるでそれは仮面のようだった。

 不気味に感じるのは、それが作られた笑みだからなのかもしれない。


「……なんてね。僕は旦那を信じてますよ。旦那はきっと『そう』じゃない。上沼サンは多分犯人を逮捕しただけで終わった警察に苛立っているんスよ。だから旦那を試すんだ。フフ……身勝手な話っスよね」

「……何を言いたいかわかりませんが、貴方は結局最後まで一連の事件を全て自分の罪として受け入れる気でいるんですか?」

「やだなぁ。初めから全部僕のやったことじゃないスか。ねぇ」


 清宗朗は刹那に同意を求める。

 ただ、刹那はそっぽを向いて無視した。


「……あと、一応言っておきますけど、永島陸彦に関してはちゃんと証拠もあるんスからね。ま、わざと残したんスけども」

「彼とはやはり他人同士で?」

「はい。ああ、そうだ。彼の最期の遺言、聞きます? これ、警察にも話してないっスけど」

「……何ですか?」

「いいっスか? 彼の遺言はたった一言……」


 清宗朗は幸福そうに白い歯を見せた。


「『俺を忘れないでほしい』……ってね」

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