⑭ 『上沼昌平』

 二〇一六年 九月三日 株式会社三島みしまセンチュリー 




 関吾はオフィス内の応接間に案内された。

 周囲を仕切りで覆われているだけの空間で、隙間や入口からオフィス内の様子は窺うことが出来る。

 彼はソファに座って上沼昌平を待った。

 暫くすると、中肉中背で重い空気を纏った男が現れる。


「……どうも初めまして」


 入ってくるや否や挨拶をしてきた。

 それを受けて関吾は立ち上がる。


「初めまして上沼さん。本日は貴重なお時間を割いて頂き誠にありがとうございます」

「……いえ。今日は休日なので」

「え? じゃ、じゃあ何故会社で?」


 名刺を交換しながら困惑の表情を見せる。


「……ここならタダで使えます。私の家は小さいので」

「だ、大丈夫なんでしょうか……」

「問題はありません。上司に許可は取っているので」


 それを聞いて安心すると、早速二人はソファに腰を下ろした。


「……さて、確か多々良についてでしたか」

「はい。すみません、痛ましい出来事を思い出させてしまうことになって……」

「……『痛ましい』?」


 昌平は眉間に皺を寄せた。


「え?」

「……ここに来て、彼の死を悼んでいそうな人間に会いましたか?」

「え? いや、それは……」

「……誰も気にしていませんよ。当たり前じゃないですか。何なら多々良の死んだその翌日からはもう平常運転だ。彼が自殺したことで仕事に影響が出たことに憤る人間ならいましたが……そこまで悲しむ人間はいなかったと思います」

「そ、そんなことは……」

「他人なんだ。たとえ同じ職場の人間の自殺でも、『死』に対する恐怖で感情が揺さぶられることはあっても、亡くなった彼のことを心から想うことのできる人間は……少なくともここにはいないですよ」

「……多々良伸二たたらしんじさんは、周りに疎まれていたのですか?」


 昌平は小さく首を横に振った。


「いいえ。ただ……彼はいてもいなくてもあまり変わらなかった。潤滑油と言えば聞こえはいいですが、その実ただ周りに流されているだけだ。周りも同じようにただ流れるだけ……。誰も彼のことを気にしちゃいなかった」

「……はあ……」

「……まあ、それは良いでしょう。それより、ご質問をお願いします」


 自分が勝手に話し始めていることに気付いたのか、関吾からの取材を促した。

 関吾はそれを受けて早速口を開く。


「では……まず、単刀直入にお聞きしますが、貴方は何故多々良伸二さんへの死体損壊について自首をされたのですか?」

「……貴方はどう思われますか?」

「へ?」

「聞かせて下さい」


 昌平は重い空気を更に張り詰め、目を細くした。

 その目は鋭く、まるで蛇に睨まれているように感じられる。

 関吾は正直に話すことにした。


「……僕は、貴方が多々良さんの自殺を予め知っていたのだと考えています」

「……ほう」

「あるチャットルームがあります。『自殺予告』という名のチャットルームが。そこはある法人のホームページから辿り着くことのできる掲示板サイトにあるのですが……貴方はそのチャットルームを見たことがあるのではありませんか?」


 昌平はどこか瞳に光を灯したように見えた。

 そして、背もたれに深く寄り掛かる。


「……その質問をされたのは初めてです。成程……」

「上沼さん?」


 昌平は目を瞑って何かを考え始めた。

 しかし、思っていたよりもすぐに再び目を開く。


「……警察は、明らかな犯人が見つかるとそれで全てを終わらせてしまった。捜査を続けていれば辿り着く真実があったかもしれないというのに……」

「え? ど、どういうことですか?」

「……結局謎は謎のまま残してしまったわけだ。……貴方はどうしますか? 私は

「え!?」


 突然昌平は関吾が最も欲しがっている情報を目の前にちらつかせた。


「……今朝の報道を見ましたか? まだ増えているそうです。あの『儀式』を真似る人間は……」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 上沼さん、貴方は……」

「まあ、ハナミズキではなくそこら辺に咲いている花を添えるだけの模倣犯ですが……十分供養にはなるでしょう。これからも増え続けるのか、それとも事件が忘れられるとともに減り始めるか……。私は……後者だと思います」

「上沼さん! チャットルームの創設者とは一体……」

「……貴方は警察と同じですか?」

「は、はい?」

「貴方も……ただ仕事で真実を求めているだけで、それを世間に公表してそこで終えるつもりですか?」

「な、何を……」


 動揺する関吾とは裏腹に、昌平は恐ろしいほどに落ち着いていた。


「……私は何もお話しできません」

「え!? そ、そんな……」

「ただ、一つ条件があります」


 昌平はピッと人差し指を立てた。


「条件?」

「……一橋清宗朗は、私の知人でした」

「な……」


 関吾は驚き目を見開いていた。

 机に置かれたお茶には一度も手を付けていない。


「知人と言っても、ある日バーで会っただけです。しかもたった一度きり。その時彼はこう言った。『多々良さんの自殺の日、残念だが予定が入ってしまった。彼に誰か他に頼める人間はいないかと聞いたところ、貴方が挙がった。いや……貴方くらいしかいなかった。罪は僕が背負う。無理を承知で協力してほしい』……とね」

「な……何……だって……」


 それはつまり、多々良伸二の事件の実行犯も別人だったということだ。

 いや、正確にはその実行犯は、今関吾の目の前にいる人物だということだ。


「……さて。向田関吾さん。条件を話しましょう。果たして多々良の目にハナミズキを刺したのは私だったのかどうか。仮に私だというのなら、私のアリバイはどういうことなのか。全て答えて説明してください。もしそれが正しければ……貴方が先程しようとした質問にもお答えしましょう」


 目の前の男はどこまでも重々しく、それでいて冷静だった。

 そのことが不気味であると同時に、不思議と自分の心が鎖のようなもので縛られた気がした。

 ここで結論を出すことなど、到底できる気がしなかった。

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