⑫ 『親友』

 一週間後 カフェ・Re:BAY




 関吾と橘花は二人で対面することになった。


「……あ、あれ? まさか今日もお一人で……」

「? はい。駄目ですか?」

「あ、いや……はは、大丈夫です」


 流石に女子高校生と二人きりというのは若干の不安があった関吾だが、問題は無い。

 どうせここで少し話を聞いて帰るだけだ。

 関吾自身にやましいことがなければ妙なことにはならない。

 一方で橘花の危機管理の無さを少し心配した。


「……それで、どういった御用でしょう? 大抵のことは力になれますよ! 悩み事があれば優秀なカウンセラーなども紹介できますし、学校のことで何かあれば僕の知り合いの教育委員会の人にも話を付けることが出来ます。他にも高校生向けの相談窓口を用意している団体に友達がいるので、僕を間に立てて話を聞いてもらうことも出来ますよ」

「ほ……本当に顔が広いんですね」

「職業柄ですかね!」


 関吾は満面の笑みを向ける。

 橘花は彼の柔らかい態度に安心しきっていた。


「……実は……その……」

「はい!」

「実は……」


 言い淀んでいた。

 安心しているとはいえ、話しにくい内容であることに変わりはないらしい。

 だからこそ家族や学校の人間ではなく、敢えて先日会ったばかりの大人である関吾に頼ったのだ。


「……わ……私……学校で……その……」


 関吾にはもう悩みの内容が読めていた。


「……い……いじめられてるっていうか……その……はい……」


 どこか恥に感じているかのような言い方にも見えた。

 しかし、関吾は真面目に彼女の話を聞いている。

 若干の沈黙の後、関吾は口を開いた。


「……成程。家族や学校の先生に相談はされましたか?」

「……できないです」

「それは……どうして?」

「……それも……言えません……」


 関吾は特に困った様子も見せずに思案した。

 このくらいの年の子どもならば言えない悩みはたくさんある。

 こういった形でも、他者を頼ろうとすることが出来る分彼女はマシな方だった。


「……うーむ……僕としては家族や先生を頼ってほしいところはありますが……瑠璃宮さんは僕とほぼ初対面だからこそ、逆にこうして話してくれたんですよね?」

「は……はい」


 少し表情が明るくなった。

 関吾が自分を理解してくれていると感じたのだろう。


「それは良いと思います。まったくの他人だからこそ話せる悩みもある。瑠璃宮さんは間違ったことをしているわけではありません。僕もできることなら力になりたい。ともすれば……例えばどういった内容のいじめを、どういった人物からされているかくらいはお聞きしてもよろしいですか? ああ、もちろん名前などは伏せてもらって構いません。言いたくなければ別の質問をさせてもらいます」


 橘花は間を置かずに話し始めた。


「クラスメイトです。その……内容は……多分向田さんも『いじめ』だとは思わないかもしれませんけど……」

「いえ。『いじめ』かどうかを決めるのは僕の仕事じゃありませんよ。些細な内容だと思うのならば……むしろ解決の可能性も高まると考えましょう」

「……呼び方です」

「呼び方?」

「少し前までは、みんな私のことを名前やあだ名で呼んでくれていたんです。でも……最近はみんなで知らない間に共謀したのか、『貴方』や『お前』といった風の呼び方しかしなくなったんです」

「……成程……」


 確かにそれだけでは『いじめ』とは言いづらいかもしれない。

 しかし、それで彼女自身が心的外傷を受けているのなら解決するべき問題だ。


「……えっと……どうしてそのようにみんなが変化したのか、その原因はわかりますか?」

「……」

「瑠璃宮さん?」

「……すみません。それは……言えません」


 関吾は彼女の反応から、原因は自分にあると考えているのだと推測した。

 しかし、彼女がそう思い込んでいるだけの可能性もある。


「もしかして……瑠璃宮さんはご自身に原因があると思い込んでいるのでは? それが勘違いでしかないという可能性も……」


 しかし、橘花はすぐに首を横に振った。


「いえ。原因は……私にあります」

「そうですか……」


 だとすれば彼女自身がその原因を取っ払うのが解決に最も早い手段だ。

 しかし、関吾はそれを率直に言うことはしない。

何故なら橘花はそれが出来ないからこうして他人の関吾に相談しにきたのだから。

 彼女は何よりも自分に同情してくれる人を欲したのだ。

 家族や先生に話せば自分が責められると思ったのだろう。

 他人の関吾には当然彼女を責める理由が無い。

 よって、ここは同情を寄せることに重きを置くべきだと関吾は考えた。


「……やっぱり嫌ですよね。急にみんなの態度が変わったら……」

「はい……」

「でも、変わったのは呼び方だけなんですか?」

「はい。みんなもきっと……周りに怒られるのが嫌なんです。だから気付かれにくいことをして、私を責め立てることにした……」

「『責め立てる』?」

「あ……」


 橘花はそこで『しまった』という表情をした。

 どうも橘花はクラスメイト全員に責められるようなことをしたらしい。

 関吾は話を変えることにする。


「……では、瑠璃宮さんはどうされたいですか?」

「え?」

「最終的な目的です。みんなの瑠璃宮さんへの呼び方が戻れば……それが一番良いですかね?」


 橘花は少しだけ考えると、首を横に振った。


「……いいえ。私は……このままでも……仕方ないと思います……」


 やはり、彼女は問題解決を目的にはしていなかった。

 関吾に話したのは同情を寄せてほしかったからだ。

 これは関吾からすれば楽な話だ。

 ただ頷きながら彼女の悩みを聞いて、彼女を庇う言葉を発すればいい。

 そうして彼女から信頼を獲得できれば、もしかしたら事件について隠していることも話してくれるかもしれない。


「……変……ですよね。私……何しに来たんだろう……。ごめんなさい、向田さん……」

「いえ。謝ることはありませんよ。瑠璃宮さんが僕に話をしてくれたのは、瑠璃宮さん自身のストレスを軽減することに大いに役立ちます。ちなみに僕に関して言えば、こうして女子高生と会話ができるってだけで最高に幸運ですからね! ハハハ」


 関吾が冗談を言うと、橘花はフッと笑みを溢した。

 信頼関係は確かにこの短時間で築かれていた。

 それもこれも関吾の容姿とコミュニケーションスキルによるところが大きいが、橘花が悩みを抱えていたことが、ある意味関吾には運が良かったのかもしれない。

 もちろん、関吾がそれを口にすることはないだろうが。


「……向田さんは……楓の遺書を読みましたか?」

「え? は、はい。読みましたが……」


 突然、橘花は全く関係の無い話をし始めた。

 もっとも、彼女にとっては関係のある話なのかもしれないが。


「……誰が悪いと思いますか?」

「え?」

「私は……楓のたった一人の親友でした」

「え……え?」


 そのような情報は初出だった。

 誰も夢咲楓と瑠璃宮橘花が親友関係にあったことを知らなかったのかもしれない。


「向田さんは……私を責めますか?」


 そう言われても、関吾には何のことだかさっぱりわからない。

 ただ困惑した顔を見せるだけでいると、ついに橘花は重い口を開き始めた。


「……私はあの捕まった人と知り合いじゃありません。名前も顔も知らない。そして……向田さん。私は親友だった彼女の『最後の頼み』は……断れなかった。それが全てです」


 橘花は真っ直ぐ関吾の方を見ているようで、全く別の遠くを見ているようだった。

 それ以上橘花は何も言わなかったが、考察するには十分の言葉だった。

 彼女は確かに無関係ではなかったのだ。

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