⑪ 『実行犯』

 定鯨さだくじら高等学校周辺




 瑠璃宮橘花の取材を終えると、三人は夢咲楓が亡くなった場所であるこの学校周辺にやって来た。

 学校は周辺を柵や壁で覆われており、三つある門からしか中に入ることは出来ないように見える。

 関吾は優斗の提案で一橋清宗朗の供述にあった『金網の穴』を探しにきた。


「……しかし良い顔するのが上手いな。カンちゃんは」


 優斗は先程の関吾の姿を思い返してそう言った。

 ただ、唐突にそう言われても関吾には伝わらない。


「何がですか?」

「さっきの嬢ちゃんに対してだよ。澄ました顔で嘘言っちゃってまぁ」

「? それが『良い顔』なんですか?」


 ここまで言っても伝わっていない。

 もしくは伝わっていない振りをしているのか。

 優斗は後者のように考えた。


「……いや。ちょっと可哀想じゃないか? ホントはお前だってあの子のこと疑ってんだろ? ありゃ明らかに何かを隠してる」

「それくらいわかってますよ。彼女が容疑者に挙がっていた情報を得た時から。だから彼女の分の飲み物注文する前にさっさと取材終わらせたんじゃないですか。ま、世間話は出来なかったですけど」

「ん? どういうことだ?」


 優斗はわかっていないが、既に刹那はわかっていた。

 ……関吾の人間性を。


「本当はもう少し信用を得たかったんですけど……流石に未成年相手だと上手くいきませんね。取材の後にようやく何か奢ってあげて、そこから和やかな雰囲気で談笑できれば、多少は心を許してもらえるかと思ったんですけど」

「……お前、『自分は真実を知る気が無い』って嘘吐いた理由は何なんだ?」

「え? 安心してほしかったからに決まってるじゃないですか。神原さんが憎まれ役を買って出てくれましたから、少しは神原さんを制した僕の言葉を信頼してくれているといいですけど……」

「……俺は憎まれ役になった覚えは無いが……」

「それはどっちでもいいですよ。今日は一緒に来てくれてありがとうございます。とても助かりました」


 関吾は朗らかな微笑みを優斗に見せる。

 優斗はそれを見て若干戦慄した。


「お前……案外怖い奴なんだな」

「え?」


 刹那は初めて優斗に共感を見せて頷いていた。

 関吾の最たる能力はこの対人スキルにあった。

 若くして人脈がいるフリーのルポライターになれたのも、刹那や優斗のような扱いづらい人物と一緒に居られるのも、彼の能力に由来するものだ。

 ただ、関吾自身はそのことをあまり自覚できていない。

 ある意味それが彼の伸び代でもあるのだが、周囲の人々は誰もそれを教えたりはしない。

 今以上に他人を意のままに操るようになれば、関吾が面倒な人間になってしまうからだ。


「……これじゃない?」


 そんなこんなで学校のグラウンド外側を歩いていると、刹那がある場所を指差した。

 グラウンドは高い金網で覆われていて、関吾たちのいる道路側には植え込みが端まで敷き詰められている。

 刹那が指差した場所もまた、植え込みがあった。


「何だ? そこに何がある?」


 優斗はしゃがみ込んだ。

 刹那の身長に合わせるためだ。


「この植え込みの奥……穴が空いてる」

「え?」


 関吾は植え込みを少し手でどかした。

 すると、確かに金網に穴があることが確認できた。


「本当だ……。少し小さいけど、入ろうと思えば……まあ大人でも入れるかな……」

「そうか? 俺は無理そうだけどな」

「一橋清宗朗の身長は百六十五で体重は四十九。多分余裕です」


 刹那は瞬時に自身が記憶していた情報をひけらかした。


「……そんなに細身なのか。俺とは大違いだ」

「大丈夫ですよ。神原さんも最近ジムで頑張ってますから。気を落とさないでください」

「いや落としちゃいないが……」


 刹那は少しだけ膝を抱えて穴をじっくりと見つめる。


「……供述に嘘は無い。警察もこの穴の存在は知っているはず」


 関吾は頷いた。


「だろうな。確かにここからなら勝手に侵入できる。というか直してないんだな……」

「警察もハッキリと穴の場所は公表しなかったから。一応植え込みに隠れてるし……学校側が大丈夫だと思ったんじゃない?」

「……いや違うな」


 そう言ったのは優斗。

 顎に指を乗せながら意見を口にする。


「中を見ろ。ここから入っても……グラウンドのど真ん中じゃないか」

「そうですね。でも、夢咲楓が自殺したのは早朝ですよ? グラウンドには生徒がいない」

「そう思うか? 部活の朝練をしてる生徒は?」

「……確かに。すみません。僕はちょっと黙ります」

「いや気にし過ぎだろ。……とにかく、要はここから入っても誰かがすぐに侵入者に気付くってこった。だから利用するのは他の生徒が見ても気にしない、遅刻しそうになったここの生徒だけ。そもそも穴を塞ぐ必要は無いんだよ」


 それを聞いて刹那は思案する。

 では、犯人は何故誰にも気付かれなかったのか。


「……警察は、犯人が奇跡的に誰にも気付かれず中に入れたのだと結論付けた。可能性はゼロじゃないから。彼らの目的は……犯人を捕まえることだけ。多少の違和感はそのままにしておく」

「そりゃちょっと語弊ある言い方だなぁ、嬢ちゃん。警察だって中にはまだ調べたいと思ってる奴がいたかもしんねぇだろ? でも、組織である以上解決した事件をいつまでも調べるわけにはいかねぇ。上からの圧力もあるんだからな」

「下らない」

「はは……」


 普通犯人でない人物が自白するケースは無い。

 少なくとも、取り調べの監視が強化された今では自白の強要はまずあり得ないのだ。

 だから一橋清宗朗の自白には信憑性がある。

 警察は彼が誰かを庇う様な人間には見えなかったのだ。

 故に、多少の謎は都合よく解釈されてきた。


「……俺が思うに、やっぱり一橋清宗朗は犯人じゃないんじゃないかな」

「それは……無いですよ。彼にメリットが無い。どうして彼が罪を被る必要があるんですか?」

「……そこが違うとしたら?」

「?」


 関吾は首を傾げた。

 刹那も気になって耳を傾ける。


「確かに他人の罪を被る理由は無い。だが……自分の罪なら背負って当然だろう? 多少人格に難があっても、そう言った線引きのできる人間だから自白したんじゃないのか?」

「? わけがわかりませんよ? じゃあ犯人はやっぱり一橋清宗朗じゃないですか」

「いや、そうなんだがそうじゃないんだ。俺が何を言いたいかというと……そうだな……」


 口ごもる優斗を刹那がカバーする。


「犯行を決めたのは一橋清宗朗。だけど、実行犯が別の人間だと言いたいの?」


 優斗は嬉しそうに指差した。


「そうだ! そう言いたかったんだ! やるな嬢ちゃん!」

「……それはつまり、実行犯は瑠璃宮橘花だと言いたいんですか?」


 関吾はザックリと言い放った。

 優斗は頭を掻きながら困ったように頷く。


「あ、ああ。まあ……そうだな。あの嬢ちゃんには悪いが、俺にはそうとしか思えない」

「……神原さんだけじゃありませんよ。正直僕もそう思っています。ただ……それがチャットルームの創設者に繋がるとは思えなくて……」

「それはまあそうだな。だが、瑠璃宮嬢が仮に実行犯だとすれば、当然夢咲楓の自殺も予め知っていた可能性が出てくる。すると……」

「……チャットルームの利用者である可能性が挙がる」


 刹那が続くと優斗はコクリと頷いてみせた。


「果たしてどこから情報が得られるかわからない。正直あの嬢ちゃんにはもっと話を聞きたかったよ」

「……あの子が僕に気を許してくれていたら、話してくれたかもしれませんね」

「……はぁ……」


 刹那は大きな溜息を吐いた。


「どうした?」

「……何言ってんの? あんだけ笑顔見せてあげたんだから……次でいけるでしょ?」

「いや、そんな簡単じゃないと思うけど……」

「はぁ……」


 何故か優斗までもやれやれといった様子で肩をすくめる。

 二人とも完全に呆れ果てていた。


「カンちゃんは自分のことだけは客観視できないよね」

「まったくだ」


 関吾は比較的容姿端麗だった。

 学生くらいの年の女性からすれば少しだけ年上であることも含めて憧れの対象になりやすい。

 彼の意識下と無意識下の両サイドから攻めるコミュニケーション術はかなり有効だ。

 仮面を作って言葉を発し、自然と生まれる笑顔を見せる。

 それだけで十分、瑠璃宮橘花はもう気を許していただろう。

 ……と、刹那と優斗は考えていた。


「……あれ? すみませんちょっと」


 その時関吾のスマホが音を立てた。

 なんと、影を差すかのように橘花から連絡が来たのだ。


「……はい。え……? あ……はい。はい。ええ、もちろん。……任せて下さい! はい……はい。……わかりました! 僕なんかを頼ってくれてありがとうございます! 瑠璃宮さん!」


 そう言って、自然と生まれた笑顔のまま通話を終わらせる。

 刹那と優斗の予想通りだった。


「どうした?」


 何となく読めていたが、優斗は一応尋ねてみた。


「……なんか、実はずっと困っていたことがあったって。また別の日に……今度は僕だけと会いたいと……」

「は?」


 どこか不機嫌そうに眉間に皺を寄せる刹那には目を向けず、優斗に話す。


「……僕、彼女に信用されるようなことしましたっけ? 本当のこと話してくれるんですかね?」

「……いや、多分アレだ」


 優斗は関吾から目を逸らした。

 実はあまり期待していない。

 

「多分……イケメンと話したい年頃なだけだろうな……」

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