⑨ 『自殺予告』
アパート・メイメン戸森
優斗から衝撃的な話を聞いてから帰宅した関吾は、自宅の戸の鍵が開いていることに気付く。
「刹那か……」
彼女がまた勝手に来訪したのだ。
小さく溜息を吐いてから中に入る。
やはり刹那はいつものように軽装で関吾のベッドを陣取っていた。
「……カンちゃん。丁度良い所に」
彼女はパソコンを弄りながらこちらに視線を向けてきた。
気のせいか、少しだけ汗をかいているようにも見える。
「どうした?」
「……やばいの見ちゃったかも。いや、まだわかんないんだけどさ」
「は? どういうことだよ」
「取り敢えずこれ見てよ」
言われて関吾はパソコンの画面を見にいく。
刹那のすぐ隣から覗き込んだ。
「……お前、これ……」
関吾は目を丸くした。
たった今刹那が見ていたのは掲示板サイトだ。
それも、先程関吾が話を聞いたばかりの、『SP協会』の『相談窓口』というページ。
「私、不思議に思ったんだよね。『花水木事件』の犯人と被害者がどこで最初に出会ったのか。『Witter』のダイレクトメッセージの内容だけじゃ、明らかに確認作業にしか見えなかったからさ。その前に初対面同士の挨拶とかが何らかの掲示板とかで行われたんじゃないかなぁって」
関吾は彼女の発想が優斗と同じであることに驚いた。
そして呆れ果てて息を吐く。
「……何だそりゃ。僕だけか? そこに疑問を持たなかったのは」
「? どういうこと?」
「いや、何でもない」
「……それでね、匿名掲示板の中で調べたんだよ。『自殺』を検索ワードにして。すると、このサイトを紹介している書き込みが見つかった。『自殺予告』が大量に寄せられているっていうこの掲示板サイトをね……」
「……マジか。そこまで知れ渡ってたのか?」
刹那は関吾がそのサイトについて既に話を聞いていることを知らない。
話の呑み込みが早いことに一瞬疑問を持った。
「『知れ渡る』? ああ、うん。その匿名掲示板の書き込みからは『自殺予告』がたくさんある不気味なサイトって感じに紹介されてた。でも反応は薄かったよ。多分普段から自殺とかで悩んでいる人の中には、このサイトに辿り着いた人がいるってくらいだと思う」
「……それで? お前はその『自殺予告』が流れるチャットルームの中身をどれくらい見たんだ?」
「……一年分」
「そうか。一年……一年!?」
「一年」
関吾は言葉も出ないくらい驚き呆れつつ、刹那の頭を撫でた。
思わず労いたくなったのだ。
「……で、やばいの見ちゃった」
撫でても表情を一切変えないまま刹那は続ける。
「何を?」
「……」
刹那は一度目を逸らした。
彼女自身、まだ信じられないと言った様子だ。
「刹那?」
「……見るのが早い」
そう言いながらパソコンを操作し、画面を関吾に見せる。
そこには――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『六月十九日。自殺します。供養をお願いします。@ミミヌキ』
『六月二十二日。自殺します。供養をお願いします。@め~ぷる』
『六月二十五日。自殺します。供養をお願いします。@センセイ』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……何だよ……これ……」
見せられたのは六月の書き込みの一部。
それらの上にも下にも全く同一の内容の文がいくつも散見されている。
ただ、それらのコメントに対するレスポンスも存在していた。
レスポンスの内容はただ一言。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『合掌。@助五郎』
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「……意味がわからない。何なんだこの掲示板は……」
たまに二つレスポンスが付いてある自殺予告もあるが、そちらは後から反応した方が被ったことを反省するかのように書き込みを削除している。
まるで早いもの順で自殺者を弔っているかのようだ。
「大事なのは今見せた書き込みの日付」
「日付? ……え……待てよ……。おいおいおい。六月十九日。二十二日。二十五日。これって……」
「『花水木事件』の被害者の死亡日」
「……!? 嘘だろ……こんなの……偶然……なのか……?」
刹那は冷静に首を横に振った。
「偶然じゃない。一つ一つの書き込みの最後に名前みたいなのが付け加えられてるでしょ? その名前が……公開された犯人と被害者の『Witter』上の名前と一致する」
「そんな……。それじゃあ、犯人と被害者はここで最初に接触したのか?」
「そうとしか考えられない。こんな一般社団法人のホームページ上にある掲示板サイト、警察には見つけられない。だって、私だって偶然ここに辿り着いただけだもの。そもそも犯人はもう見つかっていて、犯人と被害者は別のSNS上でも接触している証拠が出ているわけだから、ここまで警察が根気を出して調べる理由も無い。でも……発端が『ここ』だとしたら……」
関吾は髪をクシャクシャと弄った。
頭が度重なる衝撃に耐えきれない。
「まさか……そんなことが……! 一体何なんだこのサイトは!? どうしてこんなに『自殺予告』が行われているんだ!?」
「チャットルームのトップを見て。この『自殺予告』という名前の部屋の説明がされてるから」
関吾は動悸を激しくしながらその説明文を見た。
その内容は――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【自殺予告】
本チャットルームでは皆様の自殺予告を記載して頂き、またそれを見た他の皆様の手によって、ある儀式でもって自殺なさった方をお弔いして頂くことを推奨しております。
まず初めにその弔い方法についてご説明させて頂きます。
皆様は〝
それは他者への関心を無くすことによって自意識を保ち、己の存在を確立しようとするという人間の悪しき習性のことを言います。
無関識こそが人の常態であり本質なのです。
そして、それこそが皆様が自殺を決意する遠因にもなっております。
つまり、皆様に行っていただく儀式には社会全体の人々が無意識に行っている無関識を解く目的があります。
ではどのような儀式で他者の無関識を解くのか?
それは、死した皆様の傍にハナミズキの花を添えることによって果たすことが出来ます。
ハナミズキの花にはそれが出来る特別な力が備わっているのです。
もっとも効果的な方法は亡くなられた方の身体にハナミズキの花を枝ごと差し込むことでしょう。
その場合力が人間のエネルギーと混ざって広範囲に解き放たれます。
(追記:先日の事件以降この方法は犯罪行為に当たるというご指摘を頂きました。予め遺書などを用意して亡くなる方からの許可を頂くか、狭範囲になりますがハナミズキの花を添えるだけという方法を取ることを推奨いたします)
さて、それではこのチャットルームの利用方法についてご説明いたします。
➀自殺願望をお持ちの方はチャットに自殺予告をコメントしてください。
➁弔いは主に協会員が行いますが、基本的に最初に予告コメントに反応した方が行う形を取っております。二人目以降に反応してしまった方は自身のコメントを削除するようお願いします。
➂自殺の詳細記入は推奨しておりません。自殺者と供養者のお二方で別のSNSでの話し合いをするようにお勧めいたします。
➃その場合、皆様にはコメントの最後にそのSNS上でのニックネームの記載をお願いします。
(例:「〇月〇日。自殺します。供養をお願いします。@〝ニックネーム〟」といった風に)
➄最後に、供養者の方は予告に対して一律に『合掌』のコメントをお願いします。(予告のコメントと区別をするためです)
以上のルールを守って社会全体から無関識を完全に取り除けるように、皆様にご協力をお願い致します。
無関識がこの社会から無くなれば世界から自殺は無くなるでしょう。
人間は更なる進化を遂げるのです。
手と手を取って我々の命を捧げていきましょう。
全ては、より良い未来のために――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……これが……『花水木事件』の真実なのか……?」
関吾は目頭を押さえながら椅子に座った。
その内容はあまりにも理解不能なものだった。
しかし、確かに紛れもなく目の前の画面に表示されており、そこには事件との繋がりを示す文言が記されていた。
「……恐らく。もしこれが本当だとすれば、自殺した人たちとハナミズキを置いた人物はみんな予めこのサイトでコンタクトを取っていて、別のSNSでは日時と場所だけを連絡していたのかもしれない。そうすれば一橋清宗朗と被害者のダイレクトメッセージの内容が単調だったことにも説明が付く。いや……『だとすれば』なんて言う必要も無い。このチャットルームのトップには事件に言及している文章がある。全ての発端は……この掲示板だったんだ」
関吾はいっぱいになった脳をほぐすように頭を手で揺らした。
「……警察は犯人が自白した時点でもう捜査を止めてしまった。する必要が無くなったんだ。
だからもうここに辿り着くのは偶然以外不可能だ。僕らが見つけられたのも偶然。でも……それでも全ての始まりに辿り着けたわけじゃない。一体誰がどんな目的でこんな掲示板を作った? そして……どうしてこのまま放置されているんだ? 明らかに事件の原因はここにある。『SP協会』は……何を考えているんだ……」
「それはわからない。でも、カンちゃんの言うように偶然でしか辿り着けないってわけじゃないよ。匿名でこのサイトのURLをばら撒いている人間が何人かいる。私もそのおかげでここに来られたわけだから。あと自殺について悩む人間は、相談先を求めて必然的に辿り着く可能性もある」
「事件の被害者もそういったところからこのサイトに辿り着いたってことか? 一橋清宗朗も?」
「それは本人に聞くのが一番いいんじゃない? 被害者遺族への取材は終わったんでしょ? あとはもう彼への取材だけなんだから」
「……そうだな」
椅子に座ったまま下を向いた。
もう関心が無いなどとは嘘でも言えない。
関吾は真実を求め始めていた。
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