⑧ 『SP教会』
翌日 ダウンダウンアップジム
関吾はランニングマシンの上を走っていた。
暫くしたら優斗がニヤニヤしながら隣のランニングマシンを使いだしたが、気にするそぶりは見せなかった。
優斗は少しだけ慣れたのかそれともまだ始めたばかりだからか余裕な表情を見せていた。
「フッ、フッ……よぉっ、カンちゃんっ。どうよ調子はっ」
「まあまあですかね。そちらは?」
「フッ、フッ、フッ……ぼち……ぼち……かなっ」
ほとんどウォーキングの速度のはずだが、優斗はかなり体力を消耗しつつある様に見えた。
一方で関吾は何食わぬ顔で話しながら走り続ける。
「と、ところでっ。どうなったっ? 事件の方はっ」
「……僕は刑事じゃないですよ。事件について調べているからって、謎を解き明かすつもりはありません」
「そ、そうかいっ。じゃっ。最近起きてる模倣犯の奴はっ? どうなんだっ?」
「同じですよ。犯人捜しはしてません。というか、自殺した人の近くにハナミズキを置いたってだけじゃその犯人の特定は無理ですよ」
「そうかっ」
まだ始めて十分も経っていないというのに、優斗はランニングマシンを停止させてしまった。
喋っていた分疲労が溜まってしまったのだ。
「ハァ……ハァ……まあ、でも……無理とは言い切れんだろ……ハァ……」
「え?」
そう言いながら後ろのベンチへと向かってしまう。
関吾は聞き捨てられずに自分もランニングマシンを止めてしまった。
優斗はサッサと自分のドリンクを飲みだした。
「……ッハァー」
「あの、どういうことですか?」
関吾はタオルで汗を拭いながら尋ねた。
「ん? 何が?」
「いや、だから、犯人の特定が無理じゃないってどういうことですか?」
「そりゃあお前……。いや、逆に聞くが、犯人はどうやって自殺した奴がそこで死ぬって予め知ってたんだよ」
「それはもちろん自殺した人がどこか犯人に知られる場所で自殺予告をしたからでしょう?」
「ああ、そうだ」
「でも、それが匿名掲示板とかなら特定は不可能ですよ?」
「ん? ……それもそうだ」
「……はい?」
関吾は拍子抜けさせられた。
「確かに無理だな。何だ? 匿名掲示板だってことはわかってたのか?」
参ったというような表情でベンチに腰を下ろす。
関吾は彼の前に立ったままだ。
「いや、まだわかってないですけど……」
「何だ、調べてなかったのか。まあ俺が言えた義理でもないけど」
「そこまで調べる理由はありませんよ。第一、僕には当てが無い」
「……そうだろうな」
優斗はタオルで汗を拭きとる
それが話を変える合図のようにも見えた。
「なあ、カンちゃん。『花水木事件』の被害者はどうやって犯人と連絡を取ってたか知ってるか?」
「SNSでしょう? 『Witter』だ。それのダイレクトメッセージでやり取りをした」
「その内容は?」
「え? いや……普通の自殺予告でしたよね? いや、『普通』って変か……」
「正確にはこうだ。被害者からは『〇月〇日〇時〇分、場所は〇〇でお願いします』と言った旨の内容。そして犯人からの返事は『了解』の一言。たったそれだけだ」
「ああ、そうですね。それが何か?」
優斗は口をあんぐりと開いた。
「『何か?』ってお前……どう考えても変だろ? 何でそんな短い要点だけを並べたようなやり取りなんだよ」
「それは警察がそこしか公開してないからでは? 他にも詳しいやり取りはあったかもしれない」
「じゃあ何でそれは公開しない?」
「え……それは……必要ないと思ったから……では?」
「ホントにそう思うか? 普通に考えたら犯人と被害者の初会話くらい公開するだろ? ちょっとした挨拶だとしても、最初の接触部分は重要だ」
「それは……うーん……警察の判断によるのでは?」
優斗は小さく溜息を吐いた。
関吾に呆れたというよりは、単純に説得が困難だと感じたからだ。
優斗はどちらかというと、理詰めでものを考えるよりは自分に都合よく物事を捉えたがるタイプだった。
それを自分自身理解していた。
だからそのまま続ける。
「……俺が思うに、そもそも初会話の部分は無かったんじゃないか? ダイレクトメッセージに残されていたのは、公開した部分が全てだった」
「え? そんな馬鹿な……。だとしたら被害者は初接触でいきなり自殺予告をしたとでも?」
「少なくとも、ダイレクトメッセージの中ではそうだった……。聞くが、被害者は他の人間にも自殺予告をしていたりしたか?」
「僕の知る限りは……してませんね」
「だとしたらもう二通りだ。一つは被害者が無差別に適当な人間を選んで自殺予告をしたか。あるいは犯人の方が無差別に自殺予告をしてもらいにいったか」
「……後者の方が可能性は高いと思います。偶然自殺予告を三人から受け取ることはあり得ないでしょう」
「そうなんだ。そうなんだけど……実はこれもあり得ないと立証されてる。何故なら犯人は無差別ではなくその三人からしか自殺予告をしてもらってなかったからだ。無差別に自殺予告をしてもらうように頼んでいたとしたら三人以上との会話の記録が残っていてもいいだろ? でも犯人は三人としか会話をしていない」
「え? じゃ、じゃあどういう……」
「つまり、最初の接触が自殺予告だけのはずがないんだよ」
関吾は眉をひそめて肩をすくめた。
もう優斗が何を言いたいのかがわからない。
呆れるようにして彼の隣に座り込んだ。
「……何が言いたいんですか? 初会話の部分が無かったんじゃないかって言い出したのは神原さんでしょう?」
「ああ。『Witter』の中ではな」
「え……」
「犯人と被害者たちの初接触は……別の場所だった」
関吾は驚き目を見開いた。
そのように考えたことはこれまで一度も無かった。
「もしそうだとすれば、ダイレクトメッセージでのやり取りはただの最終確認だ。計画的な自殺に、計画的な死体損壊。何もかも……その場所で始まったものだとしたら……」
「ちょっと待って下さい! 何を根拠にそんな……」
焦り始めたわけではない。
あまりにも自然な口調で語り続ける優斗に対して恐怖に似た感情が芽生えたのだ。
「……あー……根拠か……。根拠ね……」
「そうですよ。仮にそんな掲示板やSNSがあるのなら、犯人は何故それだけは隠したんですか? 警察はどうして見つけられなかったんですか? やっぱり……ただ警察がダイレクトメッセージの内容を省略したと考えるのが自然でしょう」
「……うーむ……まったくその通りだ。全ての可能性を潰した後なら、カンちゃんの言う通りそうだと諦めて無駄な妄想もせずに済むんだがなぁ……」
「? それだとまるで『可能性』があるみたいですけど?」
「ああ、ある」
「!?」
スンとした顔で言い放つ優斗に対し、関吾はもう言葉が出なくなり始めた。
「……ここまでカンちゃんから色々聞いて、隠すわけにもいかねぇか……」
優斗はそう言いながら立ち上がった。
汗はもう消えていた。
「……前に言ったろ? 俺は今、ある社団法人について調べてるって」
「ええ、はい。それが……?」
「その法人の名前は『SP(suicide・prevention)協会』。偶然そこを調べていたから……俺は『可能性』を見つけられたんだ。ま、ホントに『可能性』ってだけだけど」
優斗は適当にストレッチをしながら続ける。
「ホントに偶然なんだ。その法人のホームページを調べていたら……気になる項目があった。それは『相談窓口』っていう名前の項目だ。どうやら自殺防止のために用意された掲示板のようなもので、同じ悩みを他人と共有したり、協会員に対して相談ができるようになっていたりする場所らしい。ただ、それらはこのサイトに訪れた一般人が利用するときに使えるサービスだ。協会員になれば……掲示板の中で自らチャットルームを作り、呼びたい一般人だけを入れて会話することも出来る。そしてそれは同じ協会員ならば覗き見ることも出来るんだ」
「? 一体それがどういう……」
「……その掲示板の中に、『自殺予告』ってタイトルのチャットルームがあったんだ」
「な!?」
「中身はタイトル通りだ。いついつどこどこで自殺しますって内容がいくつも散見された。イカレてるだろ? こんなのを放置してるんだぜ? この法人は」
「そんな馬鹿な……そんな滅茶苦茶な……」
「だが事実だ。そして何より気になったのは……所々で『ハナミズキ』って単語が見受けられたことだ」
「そんな……まさか……」
「誰かが意図的にあのチャットルームで広めてるんだ。自殺予告に応じて、死んだそいつの傍にハナミズキをお供えするっていう『儀式』をな。俺はその掲示板の前に法人について調べることが山ほどあるから、その『儀式』がいつから伝播されているのかはまだわかってない。確認したのはここ一ヶ月程度の書き込みだけだからな」
「まさか……『花水木事件』の発端はそのサイトだと……?」
優斗はスッと目を逸らした。
「……さあな」
優斗はそのまま歩き出した。
まだ気になることばかりだというのに、関吾は立ち上がることが出来なかった。
「俺はその法人の金回りを調べるのが仕事だが、カンちゃんは事件を調べるのが仕事だろ? まあ、頑張れ」
「……場合によっては神原さんにも協力をお願いしたいですね」
「……じゃその『場合』が来ないことを願うとするよ」
二人の言う『場合』とは、その法人自体が『自殺予告』のチャットルームを意図的に残して管理している場合だ。
もしそうだとすればきな臭い話になることもある。
優斗の言う『金回り』に関わってくる可能性も、ゼロではなくなるのだ。
完全に偶然だが、二人は初めから同じ組織を調べる運命にあった。
「ただの偶然だと思いたいもんだ。頼むぜジャーナリスト君、仕事を楽にしてくれ」
「……前から気になっていたので一応言っておきますが、『ジャーナリスト』と『ルポライター』は明確に別物ですからね」
「え? そうなのか?」
関吾は何とか立ち上がり、優斗の後ろを付いていっていた。
向かう場所は同じ更衣室だったからだ。
「ジャーナリストは主観性を持って問題に取り組みますが、ルポライターは客観性を重視します。要するに、僕は記事などに自分の意見や見解を載せません」
「へぇ……。でも、考えが無いわけじゃないだろ? なあカンちゃん。お前はどう思う? どうしてこの法人の所有する掲示板の中で、こんなチャットルームが存在しているのか。果たして『花水木事件』の犯人と被害者たちはこのチャットルームで出会ったのか。そして最近起きている模倣犯と自殺者たちも、このチャットルームが発祥なのかどうか……。お前さんはどう考えている?」
関吾は下を向きながら歩みを進める。
目の前の優斗の背中が大きく見えた。
「……僕は調べるだけです。考えるのは領分じゃない。それに……まだそこまでこの事件に対して関心があるわけでもないですから」
「……………………そうか」
関吾は適当な相槌代わりに嘘を言ってしまった。
関心はむしろ高まってきていたところだ。
彼は別に重要な返事でもないだろうと思ってしまったのだ。
ただ、関吾のその言葉を聞いて、優斗はどういうわけか少し切なげな表情を見せるのだった。
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