⑦ 『夢咲楓』

 二日後 夢咲家宅




 関吾は刹那を連れて『花水木事件』の被害者遺族の家に赴いていた。

 本当は直接会うつもりはなかったのだが、相手側の方から会いたいと言われたのだ。

 応対してくれたのは被害者である夢咲楓ゆめさきかえでの母親だ。

 シングルマザーらしく、小さなアパートで二人暮らしをしていたらしい。

 関吾と刹那は仏壇に線香をあげると話を伺うことにした。


「……私はまだ信じられません。絶対に……裏があるはずなんです。あの子は自殺なんてする子じゃなかった。そんなことをするはずが……」


 母親である夢咲由依子ゆいこは、目を伏せながら話を始めた。


「確か遺書が残されていたのでは? そこに自殺の理由が記されてはいなかったのでしょうか?」

「……私には……信じることが出来ません」

「え?」

「……あとでコピーをお持ちします。それについてのご判断はお任せます。ただ私には……何か別の事情がある気がしてならないのです」

「それは……例えばどういうことでしょうか?」


 基本的に会話をするのは関吾の役目だ。

 刹那は会話の記録を務めている。


「……向田さんは、人がどういった理由で自殺すると思いますか?」

「え……? えっと……そうですね……」


 関吾は少し困らされながらも自分なりに考えようとする。

 こういった時、自分の意見を述べるのが一番苦手なことだった。


「……やっぱり……心を病んでしまって……という場合がほとんどなのでは?」


 由依子は小さく頷いた。


「私もそう思います。ですが……あの子はそんなに弱い子じゃなかった」


 刹那がピクリと反応する。

 心を病むことを『弱い』と形容することに対して違和感を持ったのだ。

 しかし、関吾はどちらかと言えば由依子側の人間だった。

 それ故刹那が反応した事には気付かないし、由依子に同情を見せるだけだった。

 そして、由依子は顔を上げる。


「私は……『自殺』だと思っていないのです」

「な……」

「そう……きっと誰かがあの子の背中を押したんです! 屋上から! 地上へと落とすために!」

「ゆ、夢咲さん……?」

「そうでないとあり得ない! あり得ないじゃないですか! あの子が自分から死ぬはずが――」

「ちょ、ちょっと落ち着いてください。夢咲さん」


 慌てて関吾は宥める。

 刹那は冷や汗を見せつつも無表情でメモを取り続けていた。


「……ごめんなさい。どうしても調べてほしくて……」

「は、はあ……」


 ここで初めてわざわざ家まで自分を呼んだ理由を理解する。

 由依子は未だに娘の自殺を受け入れていなかったのだ。


「……お願いします。あの子の無念を……晴らしてください」


 深々と頭を下げられて戸惑うが、無視することは出来ない。

 関吾にありもしない真実を探す理由は無いが、目の前の彼女は痛々しくて見ていられなかった。


「僕にできることは尽くします。ただ……その……『ハナミズキ』に関して何かわかることは?」


 由依子は首を横に振った。


「いいえ。正直あの子の遺体を傷つけられたことはそこまで恨んでいません。もっと言えば……あまり興味もありませんので……」

「……そうですか」


 どうやらたいした情報は得られそうにない。

 由依子はそこから先も自殺ではない可能性を語り続ける。

 二人はどこか利用されたような形で彼女の思いの丈を受け止めた。



***



 取材を終えて家を出ると、刹那はようやく口を開いた。


「……言いたくないけど、あの人だいぶ参ってるみたいね」

「ああ。でも当然だろう。たった一人の娘を失ったんだ。誰だってそうなる」

「……でも、『自殺ではない』なんて可能性は存在しない。夢咲楓は間違いなく自ら死を選んだ。これはあらゆる証拠が既に証明している」

「……まあな。結局……『ハナミズキ』の謎は何もわからないままだが……」


 刹那は訝しむような視線を向けた。


「あれ? 『僕の仕事は事実を記録することだけだ』って言ってなかった? 謎はそのまま謎として記録するんじゃないの?」

「……ああ、そうだな。でも……何だか気になるんだよ」


 それを聞いて刹那は口元を緩めた。


「いいじゃん。良いと思うよ。カンちゃんがどう思うか聞きたい」

「……犯人は何故ハナミズキの花を使ったのか……。僕はハナミズキの花言葉に意味があると思う」

「花言葉? ハナミズキの花言葉といえば確か……『返礼』、『永続性』、『華やかな恋』、そして……『私の想いを受け取って下さい』……だったかしら」

「何なんだその知識……」

「まあ、弔いというよりは告白みたいな意味があるわね」

「実際鉢植えとしての贈り物にはピッタリだろうな。値は張るけど」

「プレゼントに値段気にするタイプ?」

「……いや、そういうわけじゃないけど。それにプレゼントとしてなら特別高いわけじゃない」

「でも……亡くなった人に贈る花なのかしら?」

「そもそも亡くなった人の胸を抉る犯人だ。どこまでの意図があるか読めない。でも、意味を考えるとしたらこれくらいしかないだろ?」

「……そうね。花といえば花言葉。いい線いってるんじゃない?」

「……どうだろうな」


 関吾は目を細めて明後日の方向を見つめた。

 もうすぐこの仕事も終える。

 そうなればこの事件について考えることも関わることも無くなるだろう。

 そうなれば自分はもう関心を持つことも無いのだと思うと、少しだけ寂しくなっていた。

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