④ 『記録』

 数日後 アパート・メイメン戸森ともり




「はい……はい。本日は貴重なお時間を割いて頂き誠にありがとうございました。はい、はい。……いえ、はい。はい。それでは……」


 そう言って相手方が電話を切るのを待つ。

 関吾は電話で直接関係者に取材をしていた。

 そして、今日も刹那は彼の自宅に訪れていた。

 また関吾のベッドを占領している。


「……はぁ。取り敢えず……ひと段落かな」


 右腕を伸ばし、左手でそれを掴みながら大きく伸びをした。

 疲労の表れか、関吾は背もたれに寄り掛かるとそのまま背後の刹那の方に頭を倒した。


「お疲れさん。で? 誰と電話してたの?」

「遺族さ。自殺で亡くなった人達のね」

「よく話聞けたね」


 関吾は首を振りながら体勢を戻す。

 そして体を彼女の方に向けた。


「いやぁほとんどは駄目だった。当然さ。でも、『断られた』という事実はそれはそれで重要だ。僕はどちらでもよかったけどね」

「それで? 話を聞けた人からは何がわかったの?」

「……話を聞けたのは全部で四人。いずれもここ最近亡くなった自殺者の遺族で、ハナミズキの花が近くに添えられていたという事例だ」


 ここ数日の間にも何件か同じ事例が新たに発見されていた。

 関吾はその全ての自殺者の遺族にコンタクトを取っていた。

 もちろん種々雑多な反応をされ、中には叱責を受けることもあったが、関吾はそういったことに慣れている。

 少しだけ粘っても駄目な相手は諦め、それ以外から情報を手に入れることにしていた。


「ふーん。それで?」

「一人目は立島秀一たてじましゅういち。彼は会社員だったが、同僚達からは真面目な奴だと認識されていたらしい。仕事は並み以上にできてミスも少ない。ただ……口数は少なく、彼のことを詳しく知る人間はいなかったという。遺族すらね」

「なんか複雑ね。家族なのに」

「色々なご家庭がある。結局最後まで自殺の理由はわからなかったらしい。遺書も無いし、やり切れないと仰っていたよ」

「……二人目は?」

前野礼子まえのれいこ。中学生だ。遺族の方はまだ何か理由があると考えて学校や教育委員会に相談しているらしいが……今のところ成果は無い。こちらも遺書は無く、クラスでは友達もいていじめも無かったと見られているらしい。遺族はそれ信じきれないようだが……」

「……何か理由があってほしいと思うのは当然ね。そうでないと胸の靄が晴れない。いや……仮に何か理由が判明したとしても晴れないかもしれないけど」

「……三人目は三沢啓介みさわけいすけ。彼は工場勤務で、遺書は無いが遺族はその理由を予測している。彼は以前工場内でミスをして同僚一人に怪我を負わせている。たいしたものではなかったが、それ以降彼は病んでしまったのか無口になってしまったらしい。それまで一度もそういったミスをしてこなかったらしく、だいぶ気に留めてしまったんだろう。それから一年後の先日、彼は自ら命を断った」

「一年? それはちょっと……間隔が空き過ぎじゃない? 絶対それが原因じゃないでしょ」


 関吾は小さく頷いた。

 少し苦々しい表情をしているのは、あまり事件に対して自分の考えを出したくない性分だからだ。


「僕もそう思うが……遺族はそれが遠因だと考えている。きっかけはわからないが、ずっと抱え込んでいたのかもしれない……ってな」

「……それで四人目は?」

湯木林太ゆきりんた。彼は会社員で遺書も残している。ただ……その内容は家族と会社への謝罪と別れの言葉だけだった。しかし、自殺の理由と見られる原因は後に同僚から明かされたらしい。どうも上司からのパワハラが頻繁に行われていたらしい。それに耐え兼ねて命を断ったのではないかと、遺族はそう聞いた。彼の務めていた会社はそういったことからハラスメントへの対策をもっと推し進めていくようになったらしいが……もう今更関係ないことだと語っていたよ」


 関吾が目を細めると、刹那も少し下を向いた。

 内容が内容だけに、どうも室内の空気は重苦しくなってしまっていた。


「……ハナミズキに関してわかったことは? 自殺した人たちが、死ぬ前にその予告を誰かにしていたという話はあった?」


 関吾は首を横に振る。


「いや、それがわからないらしい。つまり……よく利用するSNSで行ったわけではないってことだ。ともすれば匿名掲示板の可能性もある。全くの他人に対して自殺の予告をして、全くの他人が彼らの傍にハナミズキを添えたのだとすれば……特定は難しい。誰も犯罪を行ったわけじゃないしな」


 自殺を予告する書き込み自体は匿名掲示板でありふれている。

 調べればこれまで亡くなった人物の書き込みも見つかるかもしれない。

 だが、その予告を受けて何者かがハナミズキを添えに向かったとしても、それだけでは犯罪にはならない。

 当然犯人を開示することは出来ないのだ。

 いや、犯罪ではないのだから『犯人』という言い方もおかしいかもしれない。

 とにかくその実行者は決して見つけられないのだ。


「……まあ、カンちゃんの仕事は悪戯の犯人を見つけることじゃないしね。それはわからないままでいいんでしょ?」


 どこかぶっきらぼうな言い方だった。

 関吾は少しだけそれが気に障る。

 だが文句は言わなかった。


「……そうだな。考えるのは僕の領分じゃない。僕はただ……事実を記録するだけだ」


 それが自分のやるべきことだ。

 しかし、彼自身まだ割り切れてはいない。

 本当は彼も客観的に物事を見るだけではなく、主観的に取り組みたい欲求も持ち合わせていたのだ。

 刹那も含め彼のそんな本心を知っている人間は、だからこそ彼にもっと素の意見を出してほしいと思っていた。

 もちろんそれを仕事に出せというのは論外だが、少なくとも刹那は自分の前でくらいはさらけ出してほしいと考えている。

 たとえそれが、真実に程遠い意味の無いことだとしても――。

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