➁ 『向田刹那』
アパート・メイメン
小綺麗な狭い賃貸アパートが関吾の自宅だった。
もちろん一人暮らしだが、彼は従妹の刹那に合鍵を渡している。
つまり、既に鍵が開いている場合、刹那が勝手に来訪しているということだ。
「……開いてる」
今日も鍵は開いていた。
時折刹那は断りもなく彼の自宅にやって来る。
仕事に協力してもらっている為ではあるが、給料は払っているので文句は言える。
関吾はどんな説教をしようか考えながら扉を開けた。
「刹那」
返事は無い。
中に入ると、彼のシングルベッドが彼女に占領されていた。
どうやらうつ伏せの体勢でパソコンを弄っている。
ラフな格好をしていると一瞬思ったが、よく見たら上半身はキャミソール姿だ。
従妹とはいえハッキリ言って無防備すぎる。
「……何してんだ人のベッドで」
「ん?」
ようやくこちらに気付いたのか、刹那は体を捩らせる。
下着が透けているというのにまるで恥じらいは無く、欠伸する余裕まで見せた。
「ああ……カンちゃん。よく来たね」
「いやここ僕の家なんだが」
「良い所に来た」
「話聞いてる?」
「これを見て」
何もかもを無視してパソコンのディスプレイを向けてきた。
彼女のペースに関吾は逆らうことが出来ない。
「……何だよ」
関吾は溜息を吐きながら近付いていく。
画面にはニュースのまとめが貼られているサイトが開かれていた。
どうやら彼女が見せたいのはこのニュースらしい。
≪【またハナミズキ……】 自殺者の傍に添えられた一輪の花の意味とは?≫
「これは……」
まさにおあつらえ向きの情報だ。
どうやら千葉の言っていた事例というのは小さなネットニュースになっているらしい。
ただ、何故刹那がそのニュースを見ているのかがわからない。
「刹那。どうしてこのニュースを……」
「え? いや、何となく見てただけ。ほら、一ヶ月前の『花水木事件』。関係してそうで面白そうじゃん」
「……お前はいつも情報が早いな」
刹那は情報収集能力が高く、些細な情報でもすぐさま手に入れることが出来る。
そういったところが関吾のサポートに繋がっていた。
「……で、次はどこに取材? 暇なの、私」
「大学大丈夫なのか?」
「……聞くな……!」
眼光が鋭くなる。
「気を付けろよ? 多少は単位落としても、留年することになったら叔父さんと叔母さんに何て言われるか……」
「『仕事に付き合わせてるカンちゃんが悪い』って言い訳するから大丈夫」
「ふざけんな! だったら帰れ。僕一人で仕事するから」
「嘘嘘。単位は全然大丈夫だからアルバイトさせて。お金欲しい。金金金」
「守銭奴かよ……。だったら何で『聞くな』とか言うんだよ」
「……聞くなぁ……!」
刹那はわなわなと頭を押さえようかという状態でベッドから立ち上がった。
その様子から関吾はあっさりと看破する。
「……成程。サークルでやらかしたのか」
「だ、黙れぇ……」
「お前は人間関係だけがホントに駄目だな。僕を見習うといいよ。僕、友達たくさんいるから」
「貴様ぁ……」
「……冗談はこれくらいにして、話を戻そう。実は次の取材はさっき言った『花水木事件』についてなんだ」
それを聞いて刹那は目を見開いた。
偶然自分が先程まで見ていたニュースと関係があったからだ。
「……それってこのニュースと関係あるの?」
刹那はパソコンに触れる。
関吾は頷いた。
「どうも模倣犯というか悪戯というか不謹慎な奴がいるらしい。まずは情報を集めよう」
「ふーん……」
関吾が椅子に座る一方で刹那はまたベッドに腰を下ろした。
正面のデスクを向いた関吾だったが、まだ手を動かしはしない。
「……ところで、怒ってないんだな」
本来二人はこの前に会った時に喧嘩をしてしまっていた。
しかしどういうわけか今日は刹那の方から関吾の自宅に上がり込んできていた。
不機嫌な様子でもなかった為いつも通り接していたが、一度落ち着くとまた関吾の方は気にし出したのだ。
「……いいよもう。別に、カンちゃんは悪くないし」
「そっか」
どうやら刹那も気にしてはいたらしい。
いつも通り接していたのは忘れようとしていたからだろう。
それを察した関吾は、もうそれ以上この場で前回の話を蒸し返すことはなかった。
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